Neetel Inside ニートノベル
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 私たちの住む寮から銀丈学校を結んだ延長線上に、遊園地のためだけにあるかのような駅がある。
 正也とは家で落ち合って、登校する時と同じルートを歩き、降りる駅を何個か後にするだけで行くことができる。実家からの行き方も乗る駅が違うだけでほとんど同じ。小学校までの頃は結構足繁く通ったものだ。
「さ、いよいよでっすねぇ!」
「何か年甲斐もなく楽しみだな」
「いやいやまだまだ若いからねーあたしたち!」
 電車に乗り込むなりそんな会話を交わす鞠乃と正也。対して私の方は若干グロッキーだった。
 昨日、労基法が許す限りの時間ギリギリまで働かされたのだ。疲れ切った身体は食欲すら発さず、寮についたときは思考が寝ることだけに支配されており着替えもしないままベッドに倒れ込んだのだが、鞠乃に引き起こされてなけなしの理性でシャワーだけは浴びたのだ。
 そのくせ、寝る準備が整った後がなかなか寝付けなかった。昼間の散咲さんの言葉が尾を引いて、ふと胸の中に収まっている鞠乃が私の元からいなくなってしまう錯覚が何度も起き、その度目の前の存在を確かめるように抱きしめる力を強めたりしていた。いずれ現実として起きるだろうその感覚に今はまだ耐えられないようで、不安で不安で仕方がない。
 結局、睡眠を貪欲に欲していた脳と身体が、やかましいほどの展開を見せる思考に休息を邪魔されて、疲れも取れぬ内今に至る。
「志弦ちゃん昨日は眠れましたかー?」
「……えっとね、実は全然」
「ふっふーん。あたしのプランニングが楽しみすぎて目が冴えちゃってましたかぁ」
 さっきからこの流れを何度も繰り返している。嬉しそうにしている彼女には悪いが、全く別の理由で眠れなかった身としてはたまったものではない。
 こうしてはしゃいでいる鞠乃が。毎晩欠かさず私と一緒に寝る鞠乃が。何かのきっかけを境にいなくなってしまうと考えると、目を瞑っていても到底落ち着かなかった。
 とは言え、私の勝手な事情でテンション上がりまくりの彼女に水を差すわけにはいかない。昨日の不快感に打ち勝っても、今日の倦怠感に台なしにされてはどうにもならない。鞠乃には気兼ね一つなしに思いっきり遊んでもらいたい。
 幸い、平常を装うのはお手のモノである。
「そんなに自信のあるルートなら是非ついていかないと。全部お任せするね」
「まっかせなさーい!」
 昔からこういうことにかけて、彼女が天才的センスを持っているのは承知していた。
 鞠乃はパタパタと両足をふらつかせながら電車に揺れる。見た目とも相まってまるで子供である。
 午前中、電車が一番混み合う時間を避けても乗客はそれなりにいて、子連れの家族や同年代の男女二人組などが席に隙間なく見られる。恐らく目的地も私たちと同じだろう。
 そんな人達の目も気にせず感情の赴くまま身体表現する鞠乃と、その両側に座る私と正也は彼らからしたらどう映るのだろう。特に今回は学校帰りの駅前散策と違い、制服という画一的カテゴリに属していると一目で分かる格好をしていない。はりきっている鞠乃は勿論、休日デートに制服で赴くという野暮ったさは流石に持ち合わせていなかった正也も私服を着こなしていた。
 黒ジャケットにジーパンと無難に男子高校生らしい服装をしている正也はいい。問題は鞠乃の方で、店によってはSでも合わない背丈の低さをしているのに加え、前チャックの開いたパーカーから覗く身体が高校生とは思えない平坦さを見せている。この点については私も人の事を言えた身分ではないが、身長その他諸々を含めるとこの比ではない。癖っ毛ウェーブヘアーも、セットの仕方が分からない子供の無造作な髪型と捉えられなくもないし、快活さというよりは幼児性が先行する裾上げの半ズボンと、どこをとっても小学生と間違えられてしまうような要素で固められているのだ。
 制服を着ていれば高校生と分かるのに、服装一つでこうも変わってしまう。そしてその影響は私と正也にも及び得る。幼く見える鞠乃と並ぶことで相対的に私たちが年増に見える可能性がある。せめて従姉妹とか、年の離れた姉妹辺りに収まっていてほしいものだ。
「なぁにボーッとしてるの、志弦ちゃんっ。もう電車降りなきゃだよ?」
「え、あらいつの間に」
「もーっ」
 こちらの手を両掌で包み込むように掴み、降り口まで引っ張ってくる。気が急く娘がマイペースな母親を急がせているような構図になってしまっていた。
 というのも、両開きのドアガラスに映った自分の姿がまさにそんな感じだったのだ。直前までラフかシックか迷いに迷って、果てに選んだ中間の選択肢に沿って、控えめの黒フリルブラウスに丈の長いこれまた黒のカーディガンを羽織り、デニムのロングパンツでなるべくカジュアルに揃えてみたのだが、鞠乃と並んだ瞬間コンセプトなど対比のお陰で吹っ飛んでいった。イメージ云々関係なくコレでは親子に間違えられてもおかしくはない。
 そんな外見をしていた自分に軽くショックを受けつつも、
「これからパーッと遊ぶんだから! ぼんやりなんてしてないの!」
 停車してドアが開いた瞬間、車内から飛び出す鞠乃。片手で引っ張られる私もつられて外へ。
 自分のペースで動かせない足で何とか付いて行きながら、外出して遊ぶにも体力が必要なことを理解してほしいと思うのだが、遊びイコール休憩と分類する鞠乃相手に言っても無駄であろう。
 そも、そんな発想すること自体何とも年増染みてるなと自嘲さえ出てくる。
「ま、鞠乃、ちょっと待って」
 ささやかな抵抗は虚しく駅のホームへ消え入った。まぁ、無理もない。
「お、やっぱりまだ回ってんだなアレ」
 ここからでもあの遊園地のシンボルである観覧車が、屋根と屋根の間を見上げるだけで視界に映るのだから。
「早くっ! 早く行こう志弦ちゃんっ!」
「待って、待ってよ鞠乃、足辛いんだから」
「っはははは」
「ちょと、正也、助けて」
 改札口目指して勢いよく階段を駆け上がる鞠乃へ付いていくにはさらなる労力を要した。流石に止めてほしくて正也に助けを請うてみたのだが、
「ホラ、頑張れよ」
「ちょ、やだっ……!」
 鞠乃が掴んでいる方とは逆の手を掴まれ、後ろにいた正也がそのままダッシュで前へ出てきて、私は二人に引っ張られる形になる。悪ノリもいいところだ。手助けどころか悪化させてくれた。
 全段上がりきった後、駅構内の移動中は屋根に視界を遮られてか速度が和らいだが、改札を抜け外に出てからはもうずっとこの調子だった。

       

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