Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 全国に名を轟かせる国民的テーマパークには規模内装イベントどれも劣るが、郊外の遊園地も週末となれば集客数において負けないぐらいの力はある。
 電車に乗っていても予想できた混みようだったが、鞠乃はコレを計画段階から想定済み。ジェットコースターなどの人気あるアトラクションは後回しに、先に小粒なモノから回っていき、昼間に人が食事のため引いていった時を見計らって本命のところへ行く。それをより効率的に、短い時間で多くの場所に回れるようルートを作る。
 なかなか忙しない計画だが、結果から言って成功のように思える。現に、普通は四~五十分待たされるジェットコースターだが、僅か二十分足らずで直前まで来ることができた。
「結構余裕だね。さっすがあたし」
「すげーな鞠乃ちゃん」
 伊達に小中時代に来慣れてない。
「お待たせいたしました、お次にお待ちのお客様ご乗車下さい」
 今の立ち位置だと、コースターの真ん中辺りで三人とも乗れそうだ。車体は縦二列の十六人乗り編成で、列を見ると私がちょうど十人目にあたる。
 私たちの先頭を立つ鞠乃が、勝手知ったる顔で堂々と乗り込んだ。
「あ」
 ここでようやく、何故か私と正也が隣り合って座る形になってしまっていることに気がついた。
「どうかしたか」
「え、いや、何でもないんだけど」
 鞠乃がさっさと乗った今、席を代わろうと提案するのは不自然すぎる。自分が前から何人目か数えていたくせこうなることに気付かないとは何という失態か。どこぞの誰かにアドリブをしっかりこなして成功させると宣言した本人がこの様だなんて情けない。
 正也も何の問題ないといった感じで平然と奥の席へ座る。後ろの人を待たせるわけにもいかないので、そのまま私も乗り込んだ。
「ホラ」
 車体と乗り場の隙間を飛び越えようとしてると、ふと何の気なしに正也の手が伸びてきた。反射的にその手助けを借りようとして、
 ――パシンッ。
「え」
「お、っと」
 意識しない内に、一度は掴んだその手を弾いた自分がいた。私からはたいておきながら、甲の辺りに奔るヒリヒリとした痛みに動揺してしまう。
「ごっ、御免」
「ビックリした……一人で乗れるか?」
「あ、あぁ、えっと」
 正也が好意で手を差し伸べてくれたのは分かっている。それを私は本能的に拒否してしまった。まだ昨日のことを引きずっているらしい。
 そんなこと露も知らない正也は、まだ乗り場でまごついている私に、再び掴まれと言わんばかりに手を伸ばす。冷静に、理性的にそれを取って、引き上げてもらった。
「……うふふ」
「な、何よ鞠乃」
「えへへぇ。ちゃんと乗ったー?」
 やらしい顔つきで振り返る彼女に見られ、すかさず手を放した。
 気恥ずかしさがあったのは否定しないが、それよりも苛立ちが先立って別の感情を上書きしていく。私なんかに手を伸ばしたりして、隣で何事もなかったかのように薄く笑うこの男は事の次第を分かっているのだろうか。
 若干進みが上手くいかないのが心に引っかかるが、上からシートホルダーが降りてくると思わずアトラクションの方へ意識が身構える。何度かこのコースターには乗ったことはあるのだが、正直気持ちまでは乗ってこないモノがある。コレを飽きもせず乗るたび満足気な顔になる鞠乃は大物だと思う。
 コースターが前に進んで、出口から漏れてくる光に出迎えられるという見慣れたスタートを目前にして、少々億劫になる。そんな頭の隅で、どうしても外に追いやれない感触が一つあった。
 正也の手に触れたとき、痛みによる痺れとは別の、ぞわり、と怖気の奔る触感があったことを、気のせいという一言で片付けられなかった。

 食事の混雑回避も考慮されている鞠乃の計画に沿って、進行の上ではとても円滑に進んでいる。昼食ラッシュ時を避けて、人がレストランなどから引いたときに食事をするというただそれだけの策なのだが効果覿面。問題があるとしたら少し遅目の昼食になってしまうぐらいである。
「……うぅ」
 園内にはフードコートが一角を占めている場所があり、様々な屋台と飲食店が鎮座している。軽く手早く済ませようという鞠乃の方針に基づいて、テラス状になった開放的なテーブルチェアに陣取って、屋台のファストフードにするところまで決定していた。
「大丈夫か志弦?」
「ちょっと……きついかも」
 陣取り役が私になってしまった理由は、件のジェットコースターとその後に乗ったコーヒーカップにある。コースターで散々上下に揺り動かされた後、鞠乃の悪操縦で滅茶苦茶に左右に回されて平衡感覚が大分おかしくなっていた。
「私のことは大丈夫だからさ……鞠乃の手伝いしてきてあげてよ……」
「いやでも、その様子見せられるとな」
 その上でなお放っておけと言っているのだが一向に通じる気配がない。気を遣うべき相手はもっと他にいるだろうと言いたいのだが、あまり押し付けがましいのも駄目だろうなと思い直接的な表現ができなかった。それに大元はアトラクションで酔う私に非がある。
 テーブルに腕を突いて頭を投げ出している私に、正也はこちらを覗き込むようにしてしきりに心配してくれる。その姿すら歪んで見えていた。平静を装うのに慣れたはずの人間が情けないものである。
「しかし、鞠乃ちゃんのはしゃぎようはすげーな」
「えぇ。子供みたいね」
 言葉もぞんざいにして返答する。
「俺も結構楽しいんだけど、あそこまで全身で面白がりはできないな」
「ジェスチャー分かりやすいからね、あの子」
「志弦は、どうだ?」
 グロッキーな相手に飛ばす質問か、と少し気に障ったが、
「楽しいわよ。鞠乃があんなに喜んでる姿久々に見た気がするの。アレ見てるとこっちも何となく楽しくなるよね」
 努めて平静に、本心で回答した。
「じゃあ、さ。変なこと聞くけど」
「何よ突然」
 ふと改まって向かい直られるとドキリとする。
「志弦本人としては楽しんでるのか?」
「……」
「鞠乃ちゃんがいなければ、つまらなかった?」
 妙に図星を指す上、質問の意図がまるで掴めない。何となく詰問のように感じて不快なのだが、どう返したものかと考えると気の利いた返事が思いつかなかった。
 そして、率直に答えることしかできなかった。
「鞠乃がいなかったら、もう少しゆっくりとした園内散策になったでしょうね」
「あぁ」
「疲れてるのもあるんだけど、色々回っちゃってぐったり来てるわ。鞠乃に楽しんでもらっているのだから話を持ち出した私としては冥利につきるんだけれど、自分個人の話をすると、もう少しじっくり楽しみたいところがある」
 神妙な面持ちの正也が、相槌のみでこちらの話を聞く。
「鞠乃がいなかったらいなかったで楽しんでるとは思うし、鞠乃がいる今もとても楽しいわ」
 尤も鞠乃がいないとなればこの年になって遊園地には来ないと思う。飽くまで例え話の域を出ない。
「それが、どうかしたかしら?」
「……何でもないよ」
 ふ、と嘆息してそう零す正也。何となく意味ありげな動作に見えるが、どんな心情か探る気持ちが湧かなかった。
「もう少し、限定した話にしていいか?」
「うん?」
 今日は変なことばかり喋りたがるな、と思う。こんな正也珍しいので見物ではあるのだが、如何せん気持ち悪さが邪魔していまいち真剣に会話をする気力が起きない。
「もし、鞠乃ちゃんなしに俺と二人でどこかに出かけるとしたら――」
「とうっ!」
「ひゃっ!」
 正也の発した言葉を脳内で理解するよりも早く、額に冷たい感触が起きた。勢いで飛び上がると右隣、正也と私の間に鞠乃が帰ってきていた。手にはストローの刺さった紙カップがある。
「もう、びっくりするじゃない」
「まだぐったりしてたからさぁ。少しは覚めましたかーっ?」
「えぇ。元々そんな酷いモノじゃなかったし平気よ」
 形ばかりの虚勢を張ってはみせるが、もう無意味だろうか。コーヒーカップから降りて直後のよろめきようを見られた今どんな取り繕いも見破られていそうだ。鞠乃にもそれぐらいの観察力はある。
「少し急いであちこち歩き回っちゃったからねぇ。ココでゆっくり休んじゃおっか」
「悪いわね、付き合わせちゃって」
「やーん、遊園地って言い出したのあたしだし、付き合ってもらってるのこっちですよぉ」
 鞠乃も私の対面、正也の右隣に座り、手提げ袋から屋台で買ってきた諸々のモノを広げる。フランクフルトにフライドポテト、ハンバーガーなどファストフードの典型がずらりと並んでいた。身体を持ち上げ、どれも油物であることを確認してから、自重しがちな食欲に無理をさせるためひとまず飲み物を口にすることを決めた。

       

表紙
Tweet

Neetsha