Neetel Inside ニートノベル
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 男女問わず学生が苦悩するものといえば、勉強とか宿題とかテストとか、学業に関する事項だろう。
「朝川さん……テストどうだった……?」
 午前の部最後の授業を終え、前の席の子がそんな話を振ってきた。ちなみにさっきの授業、不意打ちの小テストをぶつけられクラス中が沈鬱な雰囲気に包まれた。しかも成績に関与するところが大幅にあるという。進学も視野に入れなくてはいけない二年生の私たちには精神的に来るものがあった。
「全然よ。前日鞠乃に勉強教えてもらってたらまた変わってたかもしれないけれど」
「難しかったよね。て言うか、ふじたんに勉強教えてもらってるんだ」
 鞠乃の方を見てそう呼ぶ彼女。藤田という姓だからふじたんなのだろうが、苗字をもじったというより外見に由来するところが大きい気がするあだ名だった。
「えぇ。部屋一緒だから」
「あそっか、ルームシェアしてたんだっけね」
「そう」
 というのもあるが、要因としては私がバイトしている事の方が重い。
 学校帰りに直接バイト先へ向かわなければいけないし、シフトが入っている日は夜まで拘束されるため、帰った後に勉強する気力などほとんど消え失せてしまっている。
 対して鞠乃は、寮に帰ってやるべき家事を済ませたら残りの時間は自由に使える。夕食、掃除洗濯、果ては買い出しとこちらもやることはたくさんあるが、僻みでも嫌味でもなく純粋に、時間は鞠乃の方が持てていた。
 鞠乃も高校二年生ということで勉強ばかりに時間を費やしている訳ではないらしいが、ちょくちょくと予復習をして私の帰りを待つ日など多いようで、学力は鞠乃の方がそれなりに高い。勉強できない日がある私としては自力でやるのも限界があるので、鞠乃に教えてもらったほうが効率もあがるため大いに助けられていた。
 その当人は、横の席で机に突っ伏していたところ顔だけぷはっ、と持ち上げて、
「あたしが教えてもぉ、そんな変わんなかったと思うー……」
 垂れ目がちな瞳を糸のように細めてそうこぼした。
「じゃあふじたんも?」
「ダメダメでしたぁ……」
 語尾と連動して再び頭が引っ込んでいく。マスコット的な可愛らしい仕草なのだが、発言内容からして何とも声をかけづらい。前の子も鞠乃を見て苦笑しか出てこないようだ。
 ……さて、気持ちを切り替えよう。これから昼休み、昼食の時間である。
「朝川さん、今日もお弁当?」
 のつもりだったのだが、
「あ、鞠乃。お弁当作ってないよね?」
「うわあぁぁぁそうだったああぁぁぁ」
 食費節減のため普段は鞠乃が弁当を作ってくれるのだが、正也の来訪で私も鞠乃もすっかり忘れていた。
「志弦ちゃんごめーん……」
「別にいいわよ。ホラ落ち込んでないでパンでも買いに行こう?」
 鞠乃の手料理は美味しいからそれが食べられないのは惜しいが、食費の問題を加えても些細なことだ。そんなことよりこのしおれた鞠乃を立ち直らせるのが先決である。
「……なんか、二人とも楽しそう」
「え? どうしたのいきなり」
「いやまぁ。あーあたしも一緒にご飯食べたかったなー」
 寂しげに弁当箱を取り出す彼女。テストの如何を聞いたり弁当かどうか訪ねたり、彼女は交流の薄いこの学校で懸命に輪を広げようとしたのかもしれない。そう考えると少し申し訳なかった。
「御免なさいね、また今度のときにでも。鞠乃」
「ひゃあぅっ!」
 いつまでも沈んだままの鞠乃の首元に手を入れてやった。指を少し折り曲げて、ゆっくり引き抜くと悲鳴が一つあがる。
「ふふ、じゃあまた」
「あ、うん。いってらっしゃい」
 前の席の子に挨拶して、自分だけさっさと教室を出る。こうすると、
「……もぉ~!」
 鞠乃も誘導できた。

 学校の購買は校門側、南館の一階にある。遠方からこの学校に通う生徒もおり時間的に家で朝食を取れない人が、学校にきてすぐ寄れるようにという据え付けらしい。事実、中庭に向けてカウンターが開いており、そこから購入できるようにもなっている。
 昼時はそのカウンターも校舎内部のレジも混雑して大変だ。外に出る必要はないので私たちは店内で買い物をしたのだが、
「うー……っ」
 陳列棚で未だ、腰をかがめ唸る小さな姿一つ。私はさっと見繕ってパンを買ったのだが、鞠乃は随分な長考者で棚と棚を何度も行ったり来たりしている。
 購買の店内にはフードコートもあり、席を確保したいがため先に買い物を済ませた私は椅子に座って、哀れなその背中を見つめていたのだが……。
「……やっちゃった」
 あまりにも鞠乃が遅いため、先に食べ終えてしまった。手持ち無沙汰になり、待つ間の暇を潰すついでに飲み物の紙パックも潰し始める。
 手元を見もせずに上の口を開ける。鞠乃がフードコート側の陳列棚に戻ってきた。
 紙パックの横っ腹を内側に折り込んでいく。鞠乃はもうほとんどパンのない棚に向かい屈み込む。奥の方でも探してるのだろうか。
 折り込む手が底に辿りつく。片手で髪をすき上げ片手を膝に添える鞠乃。その憂いた仕草が少しだけ、様になってる。
 底の固い紙質に、折り込む手が止まる。屈み込む分スカートが上がってしまっている。サイズは最小でも鞠乃にとっては余る大きさで、丈の長さが膝下よりもあった。
 折り込む手は進まず、腕をテーブルに乗せる。腰回りも緩いスカートをベルトで止めているせいか、鞠乃の細い腰が一目瞭然。同時にお尻との差が否応にも強調されていた。
 腕は動かない。ついに彼女は両手で頭を掻きむしりしゃがみ込んでしまう。小さな背中がさらに小さく丸まる。
 頬がほわほわする。その姿が哀れで、可哀想で、なにより、とても愛らしい。
「……いやいや馬鹿。何考えてるのよ」
 さっさと紙箱を潰して、もう空のパンの袋も一緒にゴミ箱に捨てる。そして購買の袋を持って、およそ高校生とは思えない行動をとっている子供めいた背中に近づいた。
「鞠乃、これ」
「え……?」
 こっちを見る顔はうっすらと目が滲んでいる。そこまでなるか、と少し呆れる反面、苦しさとは違う息の詰まりを感じた。
「メロンパンにしといたわ。鞠乃、好きでしょう?」
「あ、あたしの分……?」
「先に一緒に買っちゃってたの。飲み物はまだ棚に余ってるから自分で買って。私はもう食べちゃったからちょっとトイレに行くよ。席も自分でとってね。もう随分人も退いてきたから座りやすいと思う」
「……うん! ありがとー志弦ちゃん!」
 パッ、と一瞬で切り替わる喜怒哀楽にこちらも一安心する。並んで買い物した際、嫌な予感がしたから保険で買っておいたがまさか的中するとは。
「私はここに戻らないから、食べ終わったら教室に戻りなさいね」
「うん。ごめんねぇ遅くてさ……」
 同年齢の人間に言う台詞ではないと自分で思いつつ、つい子供扱いしてしまう。鞠乃の幼げや仕草や外見もそうさせる要因だが、自分の心配性にも少し困りものだ。
 しかしあのまま放っておいたら、きっと鞠乃も私も危なかった。
 しゅん、とところ構わずしゃがみ込む鞠乃をずっと見ていたら、私はあの子にパンを渡す代わりに何をしたか分からない。

       

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