Neetel Inside 文芸新都
表紙

狙われた黒髪
第五章 それぞれの結末

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 長かった夏休みがもうすぐ終わる。
 一雄は沈んだ気分のまま夏休みを過ごしていた。あの日――膣外射精に失敗したあの日から、佳弥とは一度も連絡が取れなかったのだ。メールや電話は当たり前のように無視され、何度か住まいを訪ねたもののずっと留守だった。居留守かと疑いドアに耳をつけて確認したが、そこに人の気配を感じることはなかった。
 たしかに怒らせてしまったことは事実である。あの魅力的な誘いも、冷静に判断してしっかり断るべきだった。もし膣外射精ができていたとしても完璧な避妊ではない、最悪、望まない妊娠だってあり得たのだ。
 失敗については無視されることもしかたがないとは思っていた。けれどあまりに長い音信不通、不在はとても不安になってしまう。事故や事件に巻き込まれたのだろうか。どんどんと悪い方向に思考が傾いていく。
 結局、一度も連絡を取れることもなく夏休みが終わろうとしていた。夏休みに入る前は海やお祭りなど、二人で笑いながら、楽しみながらスケジュールを立てていた。それがこんなことになるとは思ってもいなかった。一方通行のメールと電話はもう何度目かわからない。一雄は携帯電話をベッドに叩きつけてごろりと横になった。
 ぼんやりと天井を眺めながら佳弥のことを思い出した。真剣な表情で勉強をしている姿。もしかしたら、初めて会ったときから無意識に惹かれていたのかもしれない。感極まって泣きながら告白され、それに応えると嬉しそうに笑ってくれた。手を繋いで笑いながら歩いた。初めてキスをしたときの見せてくれた照れた顔、肌を晒したときの恥ずかしそうな顔。初体験のときは不安で涙して、けれど回数を重ねるたびに悦びを知り、そして快感を与えてくれた。
 もちろん良いことばかりではない、喧嘩だって何度もしている。今回ほどではなかったが連絡を取らない期間もあった。一度も目を合わさず他人同士のように講義を受けたことも、もう別れてしまおうかと悩んで眠れぬ夜を過ごしたこともあった。
 そうだ、今までちゃんと仲直りしてきたじゃないか。今となっては些細なことで思い出すと笑ってしまうような喧嘩でも、そのときは別れることさえ考えていた。それでも謝り合って、絆を深めて続いてきたのだ。今回だってきっとそうだ、明日になれば大学が始まる。また会える。会って、一言謝ろう。そうすれば向こうだって謝ってくれて、それですべてが元に戻る。一雄の心が奮い立った。
 そう考えたことで安心したのか、すっと眠気が降りてきた。一雄は睡魔に負け、深い眠りに着いた。

 講義の選択も終わり、後期授業が始まった。夏休み前は同じ講義を受けようと約束していたが、やはり連絡が取れず、その約束が果たされることはなかった。
 一週間が経ち、佳弥とは今期の講義が一つも被っていないことがわかり、一雄は居ても立ってもいられなくなった。講義のない時間は構内を歩き、他の講義中の教室を覗き見たり、自主休講をして一日中探し歩いたこともあった。それでも、佳弥を見つけることはできなかった。住まいはあいからず留守のままで、郵便受けにははがきや封筒が溢れかえり、もう何日も帰っていないようだった。
 もう大学に通っていないのかもしれない。本当に事故や事件に巻き込まれてしまったのかもしれない。単なる心配が現実味を帯び始めていた。それでも一雄は諦めずに探し続けた。
 そして、夏休みが明けてから一ヶ月。
「……佳弥?」
 いた。佳弥がいた。学部の掲示板を眺めていた。夏休み前と変わらない恋人がそこにいた。
「か、佳弥、佳弥っ」
 驚きと嬉しさのあまり舌を噛んでしまう。唇や手が震えていた。抱き締めてキスをして、全身で佳弥を感じたかった。
「……一雄」
 けれど佳弥の反応は遅く、小さく、悪かった。見るからに動揺していて、引きつった顔で数歩、後ずさった。
「ひさしぶり、元気だった?」
「うん……元気だよ」
 そう言った佳弥の口調は暗い。
「電話、何で出てくれなかったの?」
「……ごめん」
 佳弥は一雄と目を合わせようとしない。
「メールは見てくれた?」
「うん……」
 佳弥の様子は普通ではなかったが、浮かれた一雄はそれに気づかない。
 メールは見てもらえていた。その上で無視されていた。あれだけ綴った謝罪の文面が少しも届いていなかったと思うと、一雄の心が痛んだ。
「その、ごめん……とにかく謝るしかできない。ごめん」
「いいよ別に……大丈夫だったし」
 大丈夫。つまり、最悪の事態はなかったということに一雄は胸を撫で下ろした。そんな一雄とは対照的に、佳弥は不安そうにちらちらと周囲をうかがっていた。二人のただならぬやりとりに、周りの学生たちが何事かと騒ぎ始めていたのだ。
「えっと、もう行っていい? もうすぐ講義だし」
「なら今度ゆっくり話そう。そうだ、今日、講義が終わったら会おう」
「ごめん、無理……」
 それは、はっきりとした拒絶だった。
「な、ならいつがいい? 佳弥の都合に合わすよ」
「……ごめん」
 控えめな口調ではあったが、一雄の言葉を一切聞こうとしない、強い意思が感じられた。そんな佳弥に一雄はぐっと押し黙ってしまう。が、ここで引いてはいけない、引いてしまうと取り返しのつかないことになる、そんな直感が一雄に働いた。
「ごめんって」
「嫌、イヤなの」
「そんな、そんなことって」
「もう行くから。じゃあね」
 小声で矢継ぎ早に言い放ち、佳弥は逃げるように去って行った。そこに残ったのは呆然とする一雄と、冷やかしと好奇で騒ぎ立てる学生たち、そして佳弥の残り香。それはふわりと甘い、佳弥が好きだと言っていた、そして一雄も好きだったいつもの香りではなく、眉をしかめてしまうほどにきついタバコの臭いだった。

「木下くん」
 佳弥の拒絶は一雄に大きなショックを与えていた。思考が止まり、視界が真っ暗になってしまい、その場に立ち尽くしてしまっていた。誰もがそんな一雄を遠巻きに見て、露骨に避けたり、あるいはせせら笑っていた。だが、そんな一雄に声をかける女性がいた。
「……九坂(くさか)さん?」
 一雄は彼女を知っていた。夏休み前、同じ学部の友達だと佳弥から紹介された。そのときは、素朴で可愛らしい感じの子だな、というのが一雄の第一印象で、よく知るようになってもそのイメージのままだった。だがひさしぶりに再会した今はその面影がなく、服装は派手で手足の肌の露出が増え、髪なんて赤くなって素朴さなんてどこにもなかった。
 それ以上に、香り。彼女から鼻を刺すような鋭い香りがした。一雄は香水の価値なんてわからなかったが、その存在感のありすぎる香りから、ごてごてと過剰装飾をしているように思えた。
「どうしたの? 元気ないね」
 ニコリと一雄に微笑みかけた。こんなに社交的な子だったろうか。夏休み前の、小動物を思わせていたイメージは容易く崩れてしまった。外見だけでなく性格も変わったようで一雄は驚いた。
「……なんでもないよ」
「そんなふうには見えないなぁ。良かったらお話し聞くよ?」
「だから、大丈夫だって」
「ふーん。なら、お昼行かない? 私お腹空いちゃって」
 何が何でも話しを聞く。彼女からはそんな気迫が感じられた。一雄は諦めて言われるまま学食に連れて行かれた。とても食欲なんて湧かなかったので、水を一杯だけ汲んだ。彼女は一雄の正面に座ってお弁当を広げ、ぱくぱくと食べながら、何度もニコリと笑いかけた。
 一雄には彼女がまるで女神のように映っていた。強がってはいるものの、あの日から今日までずっと悩み、後悔し、憂鬱だった。メールや電話は無視をされ会えない日々が続いた。大学が始まってからは講義を休んでまで探した。それなのに、ようやく見つけた恋人に冷たくあしらわれ、言葉は少しも届いていなかった。
 そんなときに友人の笑顔と気づかい。硬く閉ざしていた一雄の心が溶けるには十分すぎるほどの温かさだった。
「……話し、聞いてくれる?」
「うん、もちろん」
 一雄は話した。さすがに情事での失敗は言えなかったが、夏休みから佳弥と疎遠になっていること、ようやく会えたのに避けられたこと。そのことに対する不安と不満、愚痴をすべてぶつけた。彼女は嫌な顔一つせず。一雄の言葉をすべて受け止めた。
 溜まっていたものをすべて吐き出せた。喉がからからになってしまい、水を飲み干して一息ついた。
「落ち着いた?」
「うん……ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
 彼女は唇に指を当て、考え始める。心が弱っているのか、そんな仕草にどきりとしてしまう。「うーん」と小さな声で悩む彼女が何か小悪魔的で、身体の奥底が熱くなるようだった。
「私ね、佳弥のこと、知ってるよ」
「え?」
「ちょっと心当たりがあってね」
 ニィッと笑った彼女の顔に、一雄は驚いて声を出してしまった。自分ではもう手の打ちようがなかった状況に、まさしく救いの手が差し出されたのだ。
 一雄は立ち上がりそうな勢いで、彼女に問う。
「なに? 教えて、それ教えてっ」
「だめ。佳弥を裏切ることになる」
 そう答えられると何も言えなくなってしまった。彼女は自分の友人でもあるが、佳弥の友人でもあるのだ。そんな難しい立ち位置の彼女に無理を言うわけにもいかない。
 けれどその心当たりとは、恋人の自分にはわからなくて、友人の彼女にはわかるようなこと。それはきっと自分のことなんだろうと、一雄はさらに思いつめてしまう。
「落ち込まないで。私も、できる限り力にはなるからさ」
「……ありがとう」
 彼女の言葉の一つ一つが傷ついた一雄の心に染み渡っていった。それでもまだまだ空元気すら出せない。一雄の表情は暗く、雰囲気は重いまま。そんな様子に彼女は肩をすくめた。
「元気ないなぁ……そうだ、今夜、ご飯食べに行かない? 誰かといっしょに食べたら、きっと元気になれるよ」
 彼女はあたかも閃いたかのように言った。一雄はいい気分転換になるかもしれないと思い、頷いた。

     


 同じころ、佳弥は帰宅していた。一雄に言った次の講義のことはまったくの嘘で、あの場から逃げ出すためのでまかせに過ぎなかった。
 帰宅と言っても自分の住まいではない。佳弥は春から住んでいたところには戻らず、彼から渡されていた合鍵を使い、中に入るとすぐに服を脱いだ。上半身はブラジャーを外してドレスシャツを一枚羽織るだけ。下半身はショーツのみで脚が丸見えという姿。どうせ脱いでしまうのだから、という彼の提案は最初こそ恥ずかしかったものの、もう慣れてしまった。
 その彼はまだ帰ってこない。履修している講義を教えられていたので、もうすぐ帰ってくることは知っていた。
 佳弥がこうして同棲のような生活を始めたのは夏休みの終わりごろから。その日から飽きることなくセックスをする日々。佳弥にとって、ここは生活する場でもあり、ラブホテルのような空間でもあった。そのためか、佳弥はここにいるだけで欲情する身体になっていた。
 最初のうちは我慢できる。けれど、徐々に身体が火照り始めていく。気づけば手は胸と股間に位置し、もぞもぞとまさぐっていた。
 佳弥は想いを巡らせる。今日はどのように抱かれるのだろう。身体中にキスされ、舐められたい。そして指で翻弄されイかされたい。体位は正常位か、後背位か、騎乗位か。もちろん顔の見える正常位がいい。相手の顔を見ながらさらにイって、お腹や胸で精液を受け止めたい。
 そんなことを想像するだけで思考はくらくらと揺れ、おかしくなってしまいそうだった。
「ん、ンン」
 昂ぶっていく。クリトリスがひくひくと疼いている。けれど達するほどの自慰はしないようにしていた。最高に敏感な彼に浩二と抱かれたいと思っているからだ。
 しかし、一つ気になることがあった。それが頭にちらついてしまい、身体と頭は急速に冷えて元に戻った。
ひさしぶりに会った恋人、一雄。忘れていたわけではない。ただ、考えないように、思い出さないようにしていた。今の自分がどれだけ一雄を裏切っているのか、自覚があったからだ。
(ああ、でも、私……一雄とのセックスじゃ、満足できないの……)
 けれど罪悪感は一瞬。すぐに彼の姿で頭がいっぱいになり、自慰が再開される。シャツのボタンを外し、直に胸を揉み始める。ショーツの中に手を突っ込み、ぐりぐりとクリトリスをこねて彼を受け入れる準備を整えていく。
「帰ったぞ」
 どれぐらい待っただろうか。ひたすら焦らすように弱い刺激を繰り返していたため、秘部は下着の意味がないぐらいに愛液でべとべとだった。部屋は佳弥の酸っぱい体臭でいっぱいに満ちていた。
 待ち焦がれていた彼の声に佳弥は小走りで玄関に向かうと、彼――浩二の姿があった。彼こそが、佳弥が待ち望んでいた相手、恋人よりも大事な存在だった。
「おかえりなさいっ」
「腹減ったから、メシ、頼む」
 扇情的ではしたない姿、ぷんぷんと女の香りを秘部から醸す佳弥に目もくれず、浩二はさっさとリビングに行き、ベッドに寝転がった。
「さっさと作ってくれよ」
「はーいっ」
 食事の準備が始まり、浩二は鼻をくすぐる香りを楽しんだ。台所からは食材が刻まれる音や鍋の煮詰まる音が聞こえる。あらかじめ下準備をしていたのだろう、佳弥はすぐに調理を終わらせてベッドに座った。
「ご飯、もうすぐできますからね」
「ああ。もう腹ペコだよ」
 浩二は身体を起こし、佳弥を抱き締めた。その手はシャツ越しに乳房を鷲づかみにし、ぐりぐりと的確に突起を引っ掻く。手のひら、指先から与えられる快感に、佳弥は我慢することなく反応し、甘ったるい声を漏らした。
「あん、ほんとに、すぐなんですよ……?」
「腹も減ってるけど、こっちのほうもな……ほら、触ってみろよ」
 佳弥の手をつかみ、そのまま硬くなった股間に触れさせる。突然のことに手を引こうとしてしまうが、それも一瞬のこと。すぐにイヤラシい手つきですりすりと撫で始める。触れているだけなのに、ぞくぞくと昂ぶってしまうようだった。
「相変わらず盛りやがって」
「だってぇ……」
「後で可愛がってやるから、先に口で抜いてくれないか?」
 すぐには入れてもらえないことにがっかりとしてしまったが、すぐに浩二の膝下に座って顔を近づける。自分のことよりも優先しなければならない。自然とそう考えるようになっていた。
「今日も飲みましょうか?」
「いや……今日は顔にしよう」
「はい、じゃあ、たくさん出してくださいね」
 佳弥はさっさとチャックを下ろし、すでに硬いペニスを頬張り舌や唇、顔の動きを巧みに使って奉仕を行う。
「ん、ん、ん、」
 顔を前後にストロークさせる。大きく、大きく。ずちゅずちゅと唾液の音が響く。唾液は亀頭から根元まで伸び、コーディングされていく。
「あぁ、気持ちいい……」
 佳弥のフェラチオに酔いしれる浩二。ようやく満足できるほどのテクニックを駆使されるようになり、昇り詰めることができるようになった。しかし今となっては、佳弥のフェラチオも単なる射精するための行為と捉えるようになっていた。
「うまくなったな、佳弥」
「ありがとうございます……!」
 褒められ、頭を撫でられたことで、佳弥のフェラチオにさらに熱が入る。えづくことなど気にすることなく喉奥まで咥え込む。手は竿や玉袋をねちねちと刺激し、緩急をつけて刺激が与えられていく。
「佳弥、そろそろ出すぞ」
 やはり楽しくなかった。昔の初々しい様子がそこにないからだ。あのころはこちらの反応一つで一喜一憂する表情が教え込むことの楽しさでもあった。けれど今となっては発情した顔しか見ることができない。ずっと、ずっと盛った雌の顔しか浮かべない。
 そんな女はたくさん知っている。別に佳弥である必要がない。何かないだろうか。佳弥にしかできない戯れはないだろうか。
「んちゅ……はい」
 口から離し、顔の前でしゅこしゅこと擦る。しっかり目を閉じてその瞬間を待った。
 そのとき、浩二は閃いた。佳弥の顔をつかみ、ぐいっと押し下げた。佳弥は驚いたがその手は止めない。
「な、何ですか?」
「気が変わった。顔じゃなくて、髪に出す」
「髪、ですか……?」
 口や顔はもちろん、手、脚、腹、背中など、あらゆるところで精液を受け止めてきた。しかし髪というのは初めて。丁寧に手入れをしている自分の黒髪に男の汁が吐き出される場面を想像する。それは、あまりに変態的だった。
「ほんとに、するんですか?」
「楽しみだろう?」
 佳弥は否定できない。変態的だと思いながらも、どんな気分になってしまうのか気になっていた。佳弥の理性は、性欲が突き動かした本能に勝つことができなかった。
 顔もペニスも見えないまま、ただずっと手を動かし続けた。浩二は胸が踊った。多くの女を抱いてきたが、髪への射精はこれが初めてだった。いったいどんな気分になれるのか想像もできなかった。
「ああ、イく、イくぞ」
 未知への興奮はあっという間に射精感を高めた。浩二の声が甲高くなっていく。佳弥もそれに気づき、さらに手を早く動かした。浩二の喘ぎは小刻みになっていき、そして、射精した。佳弥の髪、頭頂部から肩や背中に流れる髪に目がけて白濁液が弧を描いて噴き出し、黒い髪をべっとりと汚した。
 濃厚で粘り気のある白は、さらさらと流れる黒に良く映えていた。
「うわ、あー……べっとべと」
「…………」
「処理が大変そうです……ちゅぅぅぅ」
 亀頭に唇をくっつけて、尿道に残った精液を吸い出す。それが終わると、ようやくティッシュに手を伸ばした。髪の一本一歩に絡みつく精液はなかなか拭えず、結局佳弥はシャワーを浴びることにした。
 初めての髪への射精。浩二は後悔していた。射精した瞬間こそは、自分が神格化していたエリアを踏みにじったことによる、背徳的な高揚感でいっぱいだった。だがそれもすぐに消えてしまい、最後には何も残らなかった。相手のすべてを支配し、手中に納め、もはや手に入れる箇所が残っていないような気がしたのだ。
 一目見たときから惚れ込んだ黒髪。自分のものにしようと、いろいろ手を尽くした。それが今や、精液を吐きかけることだってできてしまう。
 浩二は、佳弥への熱が冷め始めていることに気づいた。

 駅前の居酒屋。一雄たちはカウンターに並んで座っていた。
「今日はどん底まで沈んで、明日からがんばればいいと思うよ」
 くいっと、彼女はカクテルを飲み干した。これで何杯目だろうか、まるで顔色は変わっていない。しかもペースが早く、一雄もそれにつられて飲んでしまう。元々酒はあまり飲めない一雄はかなり酔ってしまっていたが、溜まっていた鬱憤やどろどろした感情を沈めようと無理に飲み続けた。
「九坂さん……今日はありがとう」
「ううん。私もゆっくりお話しできて楽しいよ」
 今日一日で、一雄と彼女の距離はずいぶんと縮まっていた。これまでは佳弥を介して会っていた二人がこうして酒を飲み交わしているのだ。カウンターということもあって物理的な距離も近い。
 メニューを取ろうとした彼女の手が一雄の手に触れる。酔った頭では気づかないのか、一雄はぼうっとそれを見つめていた。彼女はその様子を確認し、もう片方の手も重ねて握った。しっとりと柔らかい手の感触に、ようやく一雄は彼女の行為に気がついた。
「九坂、さん?」
「あ、ごめんね。つい触りたくなって」
 にぎにぎと、反応を確かめるように握る彼女。ひさしぶりの人肌。恋人ではなく、友人の手。けれど異性ということを意識してしまい、一雄は思わず勃起してしまった。
鼻の下が伸びていたのだろう、彼女はニコリと、いや、ニヤリとほくそ笑んだ。
「あは、佳弥に怒られちゃう。おーわり」
 パッと手を離す。手の温もりが遠のく。一雄は言い知れぬ喪失感を感じていた。もっと握っていたいとまで考えてしまった。
 このとき、一雄の中で彼女の認識は友人から異性へと変わった。
「あーあ、木下くんが彼氏だったら良かったなぁ」
「え……?」
 彼女は追い打ちをかけるように続ける。冷静に考えれば、この発言はあまりに唐突で不自然すぎる。が、アルコールで視界と思考が揺らぐ一雄は気づかない。それどころか、あらぬ期待さえ抱いてしまう始末。
「やっぱり、困る?」
「そんなことは……」
 恋人の存在が限りなく希薄な状態なのだ、一雄は彼女のことで頭がいっぱいになっていた。しかし、かろうじて残っていた理性がそれを食い止める。うつむき、正常な思考になるよう心を沈めようとしていた。自分の恋人はたった一人。疎遠になっている恋人の姿を思い描こうとするが、そこにはモヤがかかっていた。
「なぁにそれ。期待しちゃうよ?」
 そのぼやけたイメージをかき消さんとばかりに、彼女は一雄の顔を覗き込んだ。一雄の目の前には小悪魔のような、意地悪そうな表情があった。その雰囲気に飲まれてしまいそうになり、慌てて目をそらす。
 彼女はぺろりと舌を出し、唇を薄く唾液で濡らした。
「木下くん」
 覗き込んだまま、彼女はすっと顔を近づけキスをした。ただ触れるだけ、カクテルの甘い香りが一雄の鼻をくすぐった。
「……九坂、さん」
 彼女のキスは一雄の理性は凍りつかせた。かろうじて抑えていた本能が好き勝手に暴れ、頬が緩み、股間が自己主張を始めた。
「あはっ、木下くん、えっちな顔してる」
「ご、ごめん……でも……」
「言い訳は聞きたくないなぁ」
 ここで彼女は再び手を握った。ダメ押し、そう言わんばかりに一雄の手をべたべたと触る。
「あのさ。正直な気持ち、聞きたいな。木下くんは、私とキス、したい?」
 この言葉が一雄の理性を完全に崩壊させた。破裂寸前まで動き続ける心臓に口すら動かすことができず、ただこくこくと頷くしかできなかった。
 うまくいった。彼女はニヤリと笑い(普通の状態ではない一雄には、これが微笑みにしか見えなかった)、両手で一雄の頬を覆いそのまま唇を寄せた。唇同士の触れ合いは一瞬で、すぐに彼女は舌を突き出して一雄の口内に侵入を試みた。一雄は抗うことなく、半開きにしてそれを受け止める。
 居酒屋特有の喧騒、周囲の客の視線や冷やかし。もしかしたら同じ大学に通う学生もいるかもしれない。だが二人はそれらを気にすることなく、たっぷりと、それでも一分に満たない時間、舌の交流、唾液の交換を行った。
「九坂さん、ああ、九坂、さん……!」
 二人が離れたとき、彼女はいたって普通の表情だった。対照的に一雄の表情はだらしなく、本能に負けた哀れな動物のようだった。すでに恋人である佳弥の存在はどこかに追いやられ、彼女のことしか考えられなくなっていた。
「その呼び方、親しみがなくていやだなぁ。名前で呼んでよ」
 言われてもすぐに出なかった。佳弥に紹介してもらったときからずっと苗字で呼んでいたので思い出せなかった。言葉が詰まり、何も言えなくなってしまう。彼女はそんな一雄を気にもせず、そっと耳元で囁いた。
「真美、だよ。私の名前は、九坂真美」
「真美……真美……」
 脳に刻み込もうと呟く一雄。真美、真美、真美。何度もつぶやき、刷り込んでいく。
「ねえ、木下くん。私、木下くんのお家に行きたいな。言ってる意味、わかるよね?」

     


 佳弥と一雄が再会した日から数日が経った。
 佳弥は裸のまま、泥のように眠っていた。髪はボサボサ、首と胸には赤いあざ、キスマークが点々としている。シーツは汗や体液でじっとりと湿り、皺くちゃになっていた。
 目を覚まし、事後特有の気だるい身体を起こすと、べとり。口周りから下腹部に半固体の何かが落ちた。
「うひゃっ」
 ひんやりとしているそれに、驚きとくすぐったさに情けない声を出してしまった。恐る恐る口元を拭うと、それはつんと臭う白い粘液。精液ということにすぐ気がついた。
 思い出した。この日は朝からセックスをしていた。浩二はやけに不機嫌だったようで、どれだけ嫌がり痛がっても、無理やり押さえつけられ数え切れないほどイかされた。おそらく途中で気を失って、最後は顔に射精されて今に至るのだろう。冷え切った精液が時間の経過を伝えてくれた。
「じゅる……んん」
 粘り気を増した精液は普段よりも喉に引っかかる。それでも指ですくって口に運んでいく。すべて舐め終わるころには、秘部は熱く、とろとろと潤い、愛液が垂れてシーツを汚していた。
「もうこんなに……」
 この身体は多くの快楽を浩二に教え込まれた。もはや浩二なしではいられない。家にも帰らず、大学も休みがち。浩二とは同棲同然のように過ごし、何をしているかと言えば寝ているか、セックスをしているか、どちらか。浩二に抱かれるための生活と言っても過言ではなかった。
 どれほど浩二と交わったことだろうか。体位の種類はもちろん、多くの悦ばせ方を知った。手や口、果ては胸を使って射精に導いた。精飲や顔、胸に浴びて、少し前には髪でも受け止めた。
 けれど、その日から何かが変わった。アブノーマルな趣向が加速し始めたのだ。目隠しなんてまだぬるい、手錠や粘着テープ、荒縄などで拘束され、ペニスを突っ込まれず極太の玩具で遊ばれるようになり、特に最近は後背位ばかりで、ひたすら肛門を弄られるようになった。最初は指が周辺を触る程度だったが、次第に指の第一関節、第二関節が侵入し、ついに真美が使用していた数珠を埋められた。
 嫌悪しかなかった場所が少しずつほぐれ、快感の味を占めるようになっていた。数珠が入ったとき嫌がる素振りをしていたが。肛門から突き抜ける快楽におかしくなってしまいそうだった。いずれここでも浩二を受け入れることになるのだろう。そんな覚悟さえでき始めていた。
 このままでいいのだろうか。ここ最近、悩むことが増えていた。一雄とはあの日から会っていない、ずっと逃げたままだった。このままではいけない、それぐらいわかっている。例えどんな形であろうと、考えて結論を出さなければならない。
 それに、最近の浩二はとても素っ気なかった。今までも優しいわけではなかったが、こちらの反応を楽しんでくれていた。けれど近ごろは一方的に挿入して射精するだけ。まるで性欲処理のようなセックスだった。
(愛想尽かされてる……?)
 すぐにそんな考えを振り払う。もう浩二以外に頼れる相手がいないのだ。一雄はもちろん、友人たちとも疎遠になっている。真美に至っては敵意を抱かれていて、もはや関係の修復は不可能だった。
(もう、戻れないのかな……)
 浩二と距離を感じるようになってから、佳弥はとても身勝手なことを考えるようになった。今すぐ一雄に泣きつき、心から謝れば許してもらえないだろうか。浩二とはすっぱりと縁を切れば、真美とはまだ友人としてやり直せるかもしれない。
 それは誇大妄想も甚だしい。拒絶したあの日以降、一雄から連絡が来なくなった。それが現実だった。だからこそ、ここで浩二に捨てられるわけにはいかない。奉仕をして身体を捧げ、必要としてもらおう。佳弥は捨てられないために必死だった。それがどれだけ惨めなことか、考えないようにした。
「……佳弥、いるのか?」
 浩二が帰って来た。服を着る時間も惜しい、裸のまま出迎えに行った。
「お、おかえりなさい……」
「どうした、今日は講義だろ?」
「あ……」
 時計を見ると講義はとっくに終わっていて、すでに夕方だった。休んでしまった講義には出欠を確認しているものもあった。けれど危機感や罪悪感などなく、それ以上に気になることがあった。
(香水の匂い……)
 このところ、帰宅した浩二は知らない香りをまとっていた。おそらく他の女性の匂いなのだろう。見知らぬ相手への嫉妬と同時に自分の存在が危うくなるようで恐ろしかった。
「まあどうでもいいけどな。そうだ、今日はいいものがあるんだ」
 そんな佳弥を気にもせず、浩二は薄いプラスチックのケースを見せた。それがDVDということに佳弥はすぐ気づいた。
「……映画ですか?」
「もっとおもしろいものさ」
 声のトーンを高めて嬉しがる浩二。そんな子供のようにはしゃぐ姿は初めてだった。ノートパソコンをベッドに置いてディスクを入れ、佳弥を後ろから抱き締めるように、浩二も座った。
 ディスクが回り、動画プレーヤーが起動されると黒い画面が映された。しばらく待っても動きはなく、音も流れない。いつまで続くんだろうと佳弥が疑問に思ったところでいきなり画面が切り替わった。
「……真美ちゃん?」
 油断していたため、びくりと身体を震わせてしまった。友人、真美の顔。全画面を覆うほどのアップで現れた。がたがたとフレームが揺れ、画面酔いしてしまいそうだった。
『これで、いいのかな?』
 音声が入った。フレームが動かなくなり、ピントも合ってクリアな映像になった。ここで真美はフレームアウトしたがすぐに戻ってきた。バスタオルを巻きつけているだけで、シャワーを浴びたあとなのか、赤い髪はじっとりと濡れていた。
 そんなことよりも、佳弥はその撮影されている場所に呼吸を忘れてしまうほど驚いてしまった。
「ここって……一雄の部屋……!」
 懐かしい部屋だった。最後に入ったのは夏休みが始まる前だった。何も変わっていない。最後に入ったのは夏休みのあの日。初めて浩二に抱かれた日から二日後だったろうか。
 何度も一雄と交じり合ったベッド。そこに真美が座っている。視線はずっとカメラに向き、映像越しでも敵意を突きつけられているように思えた。
 きっと、映像の中は真美だけではない。もう一人いるはずだ。佳弥はそのもう一人が現れないよう、祈る。が、それは簡単に打ち砕かれた。
『おまたせ』
 一雄が現れた。こちらもシャワーを浴びたあとなのか、腰にタオルを巻いただけという姿。股間をピンと鋭く尖らせていて、そんな情けない格好で真美の隣りに座った。
 佳弥は自分の身体が震えていることに気がついた。これから起こるだろうことを想像してしまい、恐怖と憎悪で心の奥底から邪悪な感情が溢れていた。
「ほら、始まるぞ」
 浩二は楽しげに音量を上げる。聞き取りづらかった二人の会話が鮮明になっていく。
『ほんとに、佳弥には……』
『うん、黙ってるよ。だから、さ。楽しもうよ』
 真美は一雄の腰のタオルと取り払った。一雄はされるがまま、隠す様子もなくがちがちに勃起したペニスを晒す。
『硬いね……それに、とても熱い』
 手で優しく包み、惚れ惚れとその感想を囁く。ただ触れられているだけで、一雄の顔から余裕が消えていった。
 しゅこ、しゅこ。ゆっくりと手で擦る。一雄の身体がぴくぴくと震え、嬌声が漏れ始める。
 手による愛撫は単なる硬さの確認だったのか、すぐに終わった。真美は次に顔を股間に近づけた。
『私、お手々よりもお口のほうが上手なんだよ?』
『うう、ほふっ』
 真美はペニスを咥えると、空気を吐き出したような。情けない声を一雄は吹き出した。根元まで咥えられ、ペニス全体から真美の口の感触、温度を感じているのだ。
 真美からしてみれば、一雄のペニスは経験してきた男の中では控えめなサイズだったのだ。それを咥え込むぐらい、容易なことだった。
『ぬちゅ、んちゅ、んんんん』
『う、く、あつぅ』
『んっちゅ。ふふ、もっと声出して?』
『舌、舌やばい……すげっ……!』
「ああ、一雄、真美ちゃん……!」
 恋人が友人にフェラチオをされている。身体をぐねぐねと動かし、その快楽を全身で感じている。現実を忠実に撮影された映像を信じることができなかった。
 真美の動きが加速する。一雄の声も高く、断続的になっていく。余裕のない表情が映し出されている。
『真美、イ、く! イく!』
『ん、ん……んんっ、んんっ』
『抜い、抜いてっ、ああ、だめだ、アアア!』
 そのときが来た。真美の動きが止まり、一雄は荒々しく呼吸をしている。真美は口をすぼめてたまま、ずずず、ぬるり、ゆっくりとペニスを引き抜き、一雄に顔を向けるとこくりこくりと喉を動かし、飲み込んでいった。
『の、飲んでるのっ?』
『……ふぁあ、ごちそうさま。すごい量、それにとっても濃くて臭いザーメン……溜まっていたんだね』
『ごめん……』
『気にしないで。私、精液飲むの好きだから。それに、どうせ今夜限り、どんなことをしてもいいんだよ?』
 真美は一雄を抱き締める。一雄はそれを抱き返す。そこにあるのは恋人同士のような雰囲気。本当なら、真美のポジションには自分がいた。佳弥の中に身勝手な嫉妬が生まれ始めていた。

     


『ところで私のフェラチオ、佳弥と比べてどうだった?』
「………‥っ!」
 何てことを訊くのだろうか。しかも真美は映像の中からこちらを凝視している。しっかりと、悪意をもって質問しているのだ。
「一雄、一雄……」
 食い入るように一雄を見つめる佳弥。悲痛な声は懇願に近い。裏切ったのは自分、それはわかっている。けれど恋心とは貪欲なもので、疎遠な恋人とはいえ誰かに惹かれていく様子を見るのはつらかった。しかも比べられ、優劣をつけられようとしている。それはかつて自分がしていたことだったが、棚に上げていることなんて自分では気づくはずもない。
 映像を止めてしまおうか。しかし浩二がそれを許すはずがない。そんな気配を察したのか、浩二は佳弥をしっかりと抱き締める。少しも身動きが取れなかった。
 ただ願うしかできなかった。一雄が自分を選んでくれることを、あるいは無言を通してくれることを。
『そんな、言えないよ……』
『なんで? どうせ佳弥には黙っているんだし。ほら、教えて?』
 艶のある声色。しなだれかかり、ぺろりぺろりと肌を舐めて一雄の気持ちを聞き出そうとする。
 口を閉ざしていた一雄はついに我慢できなくなり、溜まっていた息を吐き出すように、それに答えた。
『真美だよ。真美のほうが気持ち良かった』
「あ、あああっ」
 佳弥にとってそれは聞きたくない答えだった。真美は「ありがとう」と言い一雄に微笑みかけた。そして視線がカメラに向き、笑った。あたかも嘲笑っているかのように。
『嬉しい。今度は、木下くんの番だよ。私のこと、気持ち良くさせて』
 真美はバスタオルを落とした。それが皮切りとなり、一雄は真美を押し倒した。そしてがつがつと身体を貪る。小さな胸に吸いつき、乳首を舐め回し、腰や脚、秘部やお尻などをべたべたと触った。
『木下くん、けっこうやらしいんだね』
『いつもはこんなにはしないよ。今は、興奮しているんだ』
『ふふふ、じゃあ、激しくしてもらおうかな』
 一雄の言葉は正しかった。かつて肌を重ねていたときも、これほど熱烈な様子は見たことがなかった。常に自分よりも相手の体調や快楽を優先していた姿はそこになく、ただ自分が快楽を得るためだけに愛撫をしている。
『き、キスマークとか、つけていい?』
『そんなの断らなくてもいいよ。何だったら噛みついてもいいし、引っぱたいてもいいよ。私、マゾだから感じちゃうの』
 一雄は真美の首に吸い付いた。じゅ、ジュウウウウウと下品な音が響く。
『はぁ、はぁ。ついた、真っ赤なキスマーク、ついた』
『初めてだったの? キスマークも許さないなんて、佳弥はひどい女だね』
 たしかに、服の下に隠れるような場所でも許したことはなかった。そのことをまるで見下すように言われ、佳弥は初めて真美に敵意を向けた。それは嫉妬ではなく、純粋な憎しみだった。
(なんで……)
 さらに続く二人の絡み。心中穏やかではないまま映像を見続ける佳弥と、楽しくてしかたがない浩二。浩二は変わらずニヤニヤと佳弥を見ていたが、佳弥の穏やかではない気持ちの中に、徐々に興奮が芽生え始めていた。佳弥はそれを知らないふりをしようとした。
(どうしてアソコが疼くの……? 乳首もカチカチ……恋人が友人に盗られることに、興奮してるの……?)
 動揺する佳弥だが、映像の中はいよいよそのときを迎えていた。
『い、入れたい……!』
『私も、ほしい。おまんこが、すごく切なくなってる……』
 その言葉を待っていたかのように、一雄は真美の脚を乱暴に開き、すでに準備が整っている秘部に怒張を置いた。
『その、本当に』
『もちろん。いいよ。ナマでするって約束だったもんね』
 真美が、こちらを見た。
『私は、ピル飲んでるから、中で出してもいいんだよ?』
「……っ」
 あの日の失敗が過る。恋人である自分は、そのことで激怒してしまった。けれどこの友人はそれを了承している。「私は」を強調しているあたり、そのことを知りながら言っているのだ!
 なぜあのときのことを知っているのか。それを知るには、当事者のどちらかが言うしかない。もちろん佳弥が言うわけがない。つまり、そういうことなのだ。
 その言葉、誘いがどれだけ魅力的に響くかなんて、わかりきっていた。
『ああ、すごい、夢のようだ』
『うふふ。さあ、私の中に、たっくさんザーメンを吐き出してっ』
『か、カハッ、最高だ!』
 一雄はペニスを突き刺した。その瞬間に響き渡る真美の声。
『ひっ、ああっ、ああああああっ!』
『吸いついてくる、ああ、締まる!』
『す、すごっ……ぴったり、合って……!』
「真美の中、狭いんだよな。粗末なモノを持っている彼氏クンとぴったりなのかな?」
「あ、あっ……」
 最後に肌を重ねたとき、佳弥は一雄との行為で物足りなさを感じた。それは挿入されたときのフィット感、ペニスの大きさだった。一雄のペニスは浩二よりもサイズが小さく、真美の膣内は佳弥よりも狭い。つまり、真美の身体と一雄の身体は相性が良かったのだ。
「そんな、二人共……」
『真美、真美、真美ぃ! ああ、すげ、う、ウッ、うあわあああ、きもち、気持ちイイ!』
『あぁ、ヒィ! ぴったり、くっついて……くっ、わだ、さん……! ああ、あああ! 和田さん……!』
『ああああ、最高だ、最高だ! 佳弥よりもゼンゼン、全然いい!』
『和田さん、ごめ、ごめんなざい、わだ、わたし、すごく、かんじりゅううううう!』
 恋人が自分以上のセックスを愉しんでいる。真美も浩二とのセックス以上の快楽を感じている。本来なら巡り合うことのなかった二人が、最高のセックスを行なっていた。
「あーあ。佳弥、俺たち負けちまったな」
「そんな、そんな……」
「負け犬同士、慰め会おうぜ」
「ん……んー、アー!」
 沈む佳弥を四つん這いにして、浩二は挿入した。背面座位で、ゆさゆさとピストンが始まる。否が応でも佳弥の口からは嬌声が漏れてしまう。ぐちゃ、ぐちゃと愛液が擦れる音が響く。
「恋人が寝取られる映像を見て興奮したのか?」
「そんな、こと……んんっ」
「乳首もこんなに硬くしやがって」
 映像で興奮していることを認めたくなかった。しかし否定できないほどに身体を出来上がっている。
『イきそうだ、真美、真美!』
『うん、出して、たくさん、出してぇ!』
『アア、ああああっ』
 一雄が大声を張り上げ、動きが止まり、終わった。正常位のまま、じっと固まる二人。一雄はそのまま身体を倒して真美と抱き合いキスをしている。
 自分にされていたことが友人にされていた。
『まだびくびくしてる……二度目なのに、こんなにたくさん……』
『こんなに、気持ちいいなんて……まだ、出せそうだ』
『うふふっ。元気なんだから……佳弥のおまんこよりも、私のおまんこのほうがいいよね?』
「う、うっう……アアアー……」
 佳弥は泣いていた。ぼろぼろと涙を流し、泣いていた。恋人が友人に奪われたことで、かつて抱いていた恋人への気持ち、思い出が蘇ったのだ。
『ああ、もちろん。真美のほうが、ずっといいよ』
けれどそれはあまりに遅すぎた。もう元には戻れない。恋人も、友人も、そして自分も。
「ああー、アッ、アァ、アアア」
 これまで反応と一転し、佳弥は裏返った声で喘ぎ、いや、叫び始めた。焦点はどこにも合っていない。自ら腰を振って浩二を求めた。
「もっと、もっとぉ……!」
「気でも触れたか?」
「うひっ、あー、奥、奥に、奥に出してぇ……!」
「お前も中に出していいって言うのか?」
「うん、うんっ、中、精液、中に」
 自暴自棄と通り越し、現実を直視できなくなっていた。浩二とのセックスは逃げ道として使っているだけ。安易に得られる快楽を貪っているだけにすぎなかった。
 浩二は、そんな佳弥に求めるものがなくなった。心と身体を手に入れ、徹底的に遊び尽くし、挙句勝手に壊れてしまった。もはや手元に置いておくことさえ億劫、膣内射精なんてとんでもない話しだ。
 浩二がこんな状態にまでなってしまった女に行うことは、たった一つ。自分が最も興奮できるパーツを壊してしまうこと。染めさせるか、髪型を変えさせるか。いや、どちらも普通すぎる。これだけ見惚れた女、髪なのだ。徹底的に壊したい。
 サイドテーブルの引き出しからハサミを取り出した。やや刃こぼれのしていえる、切れ味の悪いハサミ。それを開き、手ですくって束ねた佳弥の髪に通して――
 ジョキン
 その一束は、ベッドに落ち、広がった。
 浩二は同じように束ねてはジョキン、束ねてはジョキンと、髪を切った。綺麗に切り揃えるなんてことはしない。わざと不揃いになるようじぐざぐに切り続けた。
「一雄、かずおー……」
 真美とセックスをする映像の中の一雄を、佳弥は呼び続けた。しかし恋人と友人は映像の中で熱烈に愛し合っている。それに、身体がほしがっているのは浩二からの快感なのだ。
 一致しない心と身体。少しずつ壊れ始めた佳弥が、自慢の黒髪が切られているなんて少しも気づかない。
 ――ジョキン
 最後の一束が切られ、黒髪はバサリとベッドに落ちた。ぐちゃぐちゃの髪型になった佳弥は、それでも映像を食い入るように見つめていた。

       

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Neetsha