Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 ホームセンターから車を走らせ2、30分。客の住むアパートに着いた。
 セキュリティーもそれなりに整っていて高級感漂うアパートだ。つまり彼女を運び出すのには少し手間取るということだ。
 前回の彼女の受け渡し時にブライヴァシー保護のため、彼女を箱詰めにして運んだのだが、今回の引き取りもそうするべきか斉藤さんは既に事前確認を行っていた。今回も彼女を運ぶ際は箱に入れて彼女を隠してほしいという事らしい。
 僕が梱包材を、斉藤さんが段ボールを持ってアパートに入ることになった。

●―■

「こんにちはー」
 インターフォンで部屋番号を押した斉藤さんが声をかける。声は朗らかに、顔はいつものしかめ面で。
 "セクサロイドの受け取りに来た"なんて言って客の家族の方と一悶着でもあったら面倒だ。まずは挨拶を済ませてから客本人を呼び出すというのはいつもの流れだ。
「え、ええとどなたですか?」
「株式会社ロボタの物です。菊川清太郎さんはいらっしゃいますか?」
 一瞬の間。
「私です。ああ、セクサロイドの返却ですね、鍵を開けておきます」
「はい、では伺います」
 セキュリティの扉が開く。斉藤さんが通り、僕も追って通ろうとしたら梱包材がつっかえた。まいったな。内心紅香に会える事に喜んで焦ってるみたいだ。
「注意しろよ、その調子で六号機つっかえさせてぶつけたりしたら減給だからな」
「うっへえ、冗談に聞こえないですよそれ」
「マジだからな」
 言わずもがな元より紅香を傷つける気はない。

 客である菊川氏の家は一階。彼女を運び出すのが簡単なのはありがたい。
 菊川氏の家の前に着き扉をノック。
 ノブが回りドアが開く。僕はドアが開いた瞬間に首を動かし中の紅香を探そうとした。が、それも適わなかった。
 家の中は段ボールが山のように重なっていて奥が見えないのだ。
「すみません、近々引っ越すことになっていまして家が混沌としています」
 視界にさらに邪魔が入る。眼鏡をかけた特徴の特にない爽やかな青年。このアパートに合った少し高貴な雰囲気がする。セクサドールを借りるような人には見えないけれども大抵の客はそういうものだ。
「かまいませんよ。ただちょっと通路確保のためにダンボールを動かすかもしれません」
「はい、構いません」 
 菊川氏は返事をしながら、中へと案内し始めた。
「一人暮らしがもうすぐ終わるのでね、最後の思い出に彼女を借りたんです」
 訊いてもいないのに突然語りだした。何か話していないと気恥ずかしいのだろうか。
「はぁ」
 斉藤さんも興味なさそうだ。
 菊川氏の足が止まる。けれどもその部屋には彼女の姿が見あたらない。僕は部屋中に目をやった。
「来客に備えて彼女を隠してあるんです」
 菊川氏は僕の動きを見たからなのかクスリと笑う。一呼吸置いて菊川氏はタンス兼クローゼットになっているそれを指差し、すぐに開いた。

 そこには体育座りをしてしまわれている彼女の姿があった。クローゼットの下は引き出しになっており、彼女が低いところに置かれていなかったことに何だか意味もわからず喜んでいる自分がいた。クローゼット内上部にはネクタイがかけられていて垂れ下がったネクタイが彼女の顔を部分的に隠している。
 彼女の金色に輝く髪をよく見たくてネクタイを全て取り払ってしまいたい衝動に襲われる。
「では運び出させていただきます」
 斉藤さんの声に我に返る。そういえば仕事中だった。
「六号機、起きろ」
「あ、斉藤さんちょっ」
 紅香は言葉に即座に反応して立ち上がり、クローゼット内の天井に頭をぶつけた。
「ああ、やっちまった。上の奴らには秘密な」
 安易に彼女を傷つけたことに内心イラつきながらうなずき、僕は梱包材の用意をする。
 斉藤さんは紅香を箪笥から抱えおろして立たせる。
 こういう時は当然ながら少し嫉妬の炎が燃える。が、我慢。
 降りてきた天女のような彼女の体に梱包材を巻きつける。
 いつもながらこの作業はなんだか興奮する。僕は変態だろうか。
 しっかり梱包材に巻かれてミイラになった彼女を二人がかりで箱に入れる。通路の引越しの段ボールもどかした。菊川氏は見ているだけだった。
 運ぶ段取りになって斉藤さんはウェストポーチから紙を取り出す。
「サインこちらにお願いできますか?」
 軽い返事とともに菊川氏のサインをもらいさっさと家を出た。気のせいか斉藤さんがいつもより足早だ。
 玄関に菊川氏が来て一礼。斉藤さんはこういう場面ではにこやかに礼を返すのに無視するように外に出た。
 箱をセキュリティドアにぶつけないように慎重に通る。そこ気をつけろよと言った後に斉藤さんは愚痴りだした。
「ったくふざけんな!通路くらい確保してろよ」
「ハハ、まぁよくあるケースじゃないですか」
「あるからって許されるわけじゃねえよ」
「しかしお金持ってそうな好青年に見えるのにどことなく子供っぽい感じの人でしたね」
「人形遊びなんてする奴だ。そりゃガキに決まってる」
 自分のことを言われているようで内心少しバツが悪くなる愚痴を聞きつつ駐車場まで彼女を運びだした。箱入り娘というか娘入り箱を車後部に乗せて車は走り出した。

       

表紙
Tweet

Neetsha