Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 会社へ戻るまで車内で談笑が始まる。談笑、じゃないか。いつもの斉藤さんの社員への愚痴だ。
 今日の愚痴がいつもと違ったのは上司ではなく後輩への愚痴から始まったことだ。僕は機材管理課に所属しているのだが彼はまた専門が違う後輩だ。
 僕は動作関係のメンテナンスをするが愚痴を言われている彼、海老沼はコンピューターをメンテナンスする係だ。
 大雑把に人間に例えれば僕は神経と筋肉と肺や心臓、海老沼の方は頭脳のメンテナンスという感じだろうか。
 僕もさえない男だが彼はそれに輪を三重くらいかけてさえない男だ。
「海老沼の野郎よ、なんか少しビクビクしてるんだ」
「斉藤さんがいつもそう強気で接するからじゃないですか?」
「なんか隠し事してる感じがしててよ。客のこういう風に動いて欲しいっていう要望の話とかあんま聞いてくれねえんだよ」
「反抗期?」
「じゃねえだろ。っつーかそんな怖いか俺?」
 入社時は結構怖くて話しかけられなかったですよ、という言葉は飲み込んで苦笑いを返ることにした。
 案外斉藤さんは傷つきやすいタチだから。

■―●

 海老沼の事をかばいつつ談笑していたら会社前にさしかかる。なにやら会社前に人だかりが出来ていた。
「なんだ?一人二人轢き殺すかもしれないから覚悟してくれ」
「洒落にならないからよしてください」
 そんなこと言いつつも斉藤さんの運転テクのお陰で一人も轢かずに敷地内に入り、社屋横の駐車場に車を止めることが出来た。車から降り、何があったのか様子を探るとみな一様に社屋の上の方を眺めている。
 屋上に目をやるがよくわからない。四階建てのこの社屋でさえ見えないのかと自分の視力の低さに呆れる。
「んー、なんだろう。僕目ェ悪いんで何が起きてるか教えてくれませんか?」
 多分人が鳥になろうとしてるんだろうなと思いつつ斉藤さんに聞く。
「あー飛び降りだなーありゃ」
「うぇっやっぱり」
「で、飛び降りようとしてるのはさっき話題にしてた男だ」
「海老沼!?」
「そう、海老沼」
 斉藤さんはどうしようかという顔で僕の方を見てくる。
 海老沼は確かにさえない男かもしれない。だが彼がいなくなるということは大きな損失だ。
 セクサロイドのコンピューターメンテナンスが出来る職人なんて国内に数百人、いや数十人程度なんじゃないだろうか。パッと見彼はどこにでもいそうな男だがそれほどの希少価値を持つ職人だ。
「助けるに決まってるでしょう。斉藤さん、ちょっとついてきてください」
「おう」
 車のボンネットをクッションにする案が瞬時に思いつき、車へと向かう。

 ひとまず車を落下予測地点に走らせて車から降りた。地面はモロにコンクリートでうまく落ちれば即死ということになるのは容易に想像がつく。
 だが車をクッションにする策も穴は勿論ある。海老沼が下を見て車のクッションを避ける可能性も存分にありうるのだ。もう一つくらい策は必要か。
 様子を探るため、車から取り出した眼鏡をかけていると上から海老沼の声が聞こえてきた。
「なんだよ!なんでだよ!なんで捨てたんですか!」 
 敬語とタメ語が混じる。誰と言い争っているんだろう。
「君が、四号機にうつつを抜かしていることに気付いてだな」
「四号機って言うな!せめてでいいから商品名で呼んでください!」
 海老沼が少しずれたことを大声で叫ぶ。いつもあれくらいの声出してればやりやすいのにな。
 言い争っている相手の声は部長のものだ。相手が部長でよかった。あの人は気が早いが根は社員に優しい人だ。海老沼にあんな口をきかれているが、もし彼が生き残ったら会社から出ていくのを引き止めてくれるはずだ。
「そもそもあの機体はもう随分と古かったし、挙動もおかしいとお客様からクレームも来ていたんだ」
「でもあんな汚い梱包材に包まれたまま捨てるなんて人のやることじゃない!」
 昨日部長が捨てた梱包材には、四号機が包まれていたのだ。梱包材を捨てると言う名目の元、四号機を捨てたのだろう。
「だがな海老沼君、」
「ああ、ああ、ああ、もうディアナは帰ってこな、ああ、ああ」
 四号機にディアナなんて名前付けてるのか、純和風なのにな。そんな脳内ツッコミをしていると海老沼がふらりと体勢を崩す。瞬間、屋上の縁から足を滑らし、落ちる。

 あの落ち方だと車が置いてある地点からずれる。まずい。
「斉藤さん!」
「おう!」 
 車の策だけでは足りないと判断した僕らは既に策を張っていた。斉藤さんが事前に脇に広げておいた梱包材を掴む。既に四重ぐらいに重ねてあるものだ。
 果たして僕の貧弱な肉体で彼を受け止められるのだろうか。海老沼と頭をぶつけあって死ぬという未来も少し頭をよぎる。
 上を見ると海老沼がすごい速度で大きくなるのが見えた。 落下予測地点の修正もできている。あとは上手く受け止められるかどうかだ。
 衝撃に備えて目をつぶる。

 バシィィィイ

 音とともに肩と指にものすごい衝撃が走る。
 筋繊維が切れる音もした。
 いやこれはプチプチが潰れる音か。
 バランスを崩し、僕は落ちてきた海老沼に抱きつく形に倒れた。もちろん僕にそんな趣味は無い。
 斉藤さんが倒れてこないが無事だろうか。頭が動かせず斉藤さんの方を見れない。

「うう」

 海老沼の呻き声が聞こえた。どうやら海老沼は無事なようだ。
「そのままちょっと聞け」
 乗しかかる体勢のまま僕は小声で海老沼に囁く。
「『ディアナ』なら無事だ。詳しい話はあとで僕に電話をかけてくれ」
 海老沼は聞くや否や僕の体を押しのけガバっと起き上がり、
「本当ですか!?」
 と僕の肩を揺さぶった。

 バカ、色々察しろよ、まずマジで肩痛いんだ。揺らすなよぉ・・・。
 痛みのせいか変な笑いが止まらない。斉藤さんが上の方から大丈夫かと問いかける。この分だと斉藤さんは全然平気そうだ。よかった。

 ちなみに僕は割りと大丈夫じゃない。

       

表紙
Tweet

Neetsha