Neetel Inside 文芸新都
表紙

感じない温度
3059 304D

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 降格が二階級から一階級になったところで、やることもできることも大きく変わりはしない。
 作戦区を移ったことで上司が変わったのだが、今度は無味乾燥というより官僚的で、面白みがないことには変わりはない。
 一番の変化は、今回の任務が警邏というよりは現地探査に近いという部分なのだが、それは、この担当地区では人影らしき存在の確認も当初から任務のひとつに含まれているということをも意味する。なので、警邏を終えキャンプに戻り次第、気配や物音、変化などを感じた地域をアウラとともに地図で照会する作業を念入りにしている。そして、それをサーバに保存し、同地区の担当者と指揮官など上位者が閲覧できる形にしてある。
 そしてそのデータをプリントアウトし、現地でチェックし、書き込みしてゆく。
 アウラのような監視兵器を作り出すほど技術が発展しても、紙は偉大だ。
 地図上にはいくつかの丸と、そこで発見された状況が何色かで書かれている。これは、ここ数日、俺とアウラの組、そしてそれ以外の担当者によって記録された何らかの形跡を表している。
 前日にはなかった空き缶。
 釘で打ち付けられた板が外され、侵入を許した形跡がある扉。
 栄えた商業区であったらしいこの地域では、大きめの商店が立ち並び、三階建ての建物も混ざる。
 食料さえ確保できるならば、転々としながら身を隠し住むには申し分ないだろう。そして、その食料も商業地区である故にある程度揃っているだろう。
 となると、だ。
 指示が下った段階での『子供らしき人影』のみならず、流れ者や荒くれ、食い詰めた無法者にも目をつけられ、流入を招きやすい状況にあるということでもあるわけだ。
 時間が経てば経つほどに。
 そして、逃げだす力すら持たざる者の保護は出来る限り早急に行われなければならない。手遅れになった段階での発見は無力であることの追認作業に等しい。
 全てを救えるわけではない。
 ないのだが。
 確実に、人の気配は、ある。明らかに人為的な変化もある。そして、こちらの動きを探っているような視線を感じることもある。
 しかし、未だ、居場所の特定には至っていない。
 人間の動線というものは、ある程度のパターンがある。地図上の印が集まれば集まるほどに、その動線がひとつの可能性に収束してゆく、はず。
 その可能性によって見えた『何か』、そこに明らかな形跡を、あわよくば足取りをつかみ、積み重ねてゆく。そんな作業だった。
 そして、形跡や足取りが増えるごとに検討作業の時間も増し、昨日などは警邏が終わってから四時間、二十一時まで作業に費やしてしまった。
 アウラが楽しそうに作業を手伝ってくれるので救われている部分がなければ、ただのつらい作業だな。
 アウラがいても面倒であることにかわりはないのだが。

 そして、その『可能性』が高いであろう、ひとつの交差点に俺とアウラは到着していた。
 僅かな変化も見逃さないように神経を尖らせる。
 交差点から南西へ延びる道の左側の三軒目。
 ホテルとして使用されていた建物だろうか。三階の一室の窓が開いている。
「アウラ、あの窓だけど、昨日はどうだった?」
 紙を見る限り、変化があったとは誰も記入していない。誰かが手柄を独占しようとしているのでなければ、新しい変化だ。
「特に記録されていません」
 うん。ということは、前回と前々回、そしてそれ以前には変化がなかった部分ではあるわけか。記入漏れでもない、と。
「この交差点から見える範囲で、他に大きく変化した部分はあるか?」
「見当たりません」
 俺は紙のマップにペンで赤い丸を付け、日時に添えて『三階・窓』と書き入れる。
「それじゃ、確認にいこうか」
 アウラはにっこりと笑い『はい』と頷き、肩にかけていた自動小銃を取り出し、安全装置を解除した。

「返事がないのでお邪魔しますよー」
 そんな間の抜けた言葉を──いや、その言葉の前には定型句的な警告や宣言を大声で言っているのだが、その全てが減衰し、その気恥ずかしさもあって砕けた言葉になってしまう──何回か繰り返し、その部屋に到着した。
 その部屋は外観から想像できるとおりにホテルとして使用されていた建物の一室で、比較的上質の客室とされていたようだ。
 まず目に付いたのは、ふたつのベッドにタオルケットとシーツがないこと。バスアメニティが揃っていることから、避難後にタオルケットとシーツが持ち出されたのだろう。
 この部屋で休んでも問題はないだろうにわざわざ持ち出すということは、ここ以外に拠点が確保されているということなのだろう。もしくは病人・怪我人を抱えて身動きが取りづらいのか。
 急ぎたいな。
 開け放たれた窓から外の様子を確認する。
「アウラ」
 声をかけ手招きする。
 交差点には、タオルケットとシーツを抱えて運ぶ子供がいた。逆側の階段を使って入れ違いになったか。
「追うぞ」
 俺は一瞬迷ったが、窓は目印がわりに開け放ったままにしておくことにした。

 子供がいた場所。
 子供の体の大きさと注意力では出来ることに限界がある。必要に駆られて必死にならざるを得ない場合もある。
 後をつけるのは容易だった。
 シーツを引きずった跡が残されていたから。
 俺は苦笑したらいいのか状況を心配したらいいのか決めかねたまま、その跡を辿る。
 交差点を北西に向かい、小売の店の八軒目と九軒目の間の細い路地。マンホールの脇で、その跡は途切れていた。
 立ち止まって振り向き、アウラの顔を目で確認する。アウラは俺の次の動作を待つように、俺の様子を窺っていた。
 うん、そうだね。
「状況を記録する。端末を」
「はい」
 奥を調べる前に、位置情報を確定させなければならない。
 アウラから端末を受け取り、交差点の座標、この細い路地の周囲の画像、そして、マンホールの蓋の画像を記録する。
 この情報を共有化しておけば、注意が向けられやすいはずだ。事実、子供は存在したのだから、その状況や意思を確認するためにも、手がかりがひとつでも多いに越したことはない。
 さて。行こうか。
 俺は端末をアウラに預け直して目配せをし、アウラが頷くのを確認してからマンホールの脇にしゃがみこみ。そして、中指の関節で軽くノックする。そして一応決まりどおりの定型文を宣し、マンホールの蓋を開ける。そして、その開いた入り口に顔を近づけて、再度宣する。
 反応はない。
 懐中電灯を取り出し、マンホールの入り口から顔を入れて様子を探る。意外と広い。
 降りて、更に様子を窺う。
 このマンホールは古い地下道を再利用して作られたもののようで、子供が隠れ住む程度には居住性もあるようだ。
 アウラが用心しながら降りてくる。
「大体でいいけど、子供がいそうな位置、つかめる?」
 一応、質問する。
「すいません、マスター。これだけ反響音が多いと音源位置の特定は困難になります」
「ま、そうだね」
 感度が良すぎるが故の難点だ。
「仕方ないね」
 俺はアウラにそう言いながら肩を竦める。
「すいません」
 とアウラは言うが、別にアウラの不備というわけではない。
「君のせいじゃないよ。行こうか」
 そして、そう促す。
 奥へ進むと、広めの分岐点に突き当たる。落ち着いて左右を観察すると、右の方に光が揺れながら漏れている箇所があった。
 アウラにそこを指で示し、静かに光の方へと足を進める。

 扉のようなものがない入り口。その脇へ身を隠しつつ、いつもの宣言を繰り返す。
 中からはちょっと驚いたような、でも意外というほどではなさそうな空気が伝わってくる。
 刺激しないように中を窺うと、就学前くらいの小児が三人、八歳くらいの子供がその三人の面倒を見ながら一緒に遊んでいた。部屋の奥では、十歳くらいの子供がタオルケットとシーツを畳んでいた。そしてその全員が、こちらの方を見て行動を止めている。
 武器の携帯の兆候が見られず、かつ、害意も感じられないので、子供達から姿が見える位置に移動する。手を開き、こちらにも害意がないことを示しながら。
「おなかはすいてないか? 病人や怪我人はいないか? 何か足りないもの」
 カチャリ。
「マスター」
 右後ろから金属音とアウラの声が。そして。
「そのまま動かずに、ゆっくりと手を上げてもらおうか」
 聞き慣れない、体格の良さそうな男の低い声。
「そして、この娘に銃を下ろすよう命じてくれたまえ」
「アウラ、武装を解除」
 子供達は俺たちより後に来た奴等のほうに驚いているようだ。
 そして俺は、自分でも強がりだとわかっているのだが、一応笑顔になってみせる。
「マスター」
 アウラが抗議の声を上げる。
「子供が流れ弾に当たる状況は避けたいんだ」
「……マスター」
 アウラは俺の思考を理解したかのように。
 そして、俺は──おそらくアウラも──目隠しをされ、背嚢を奪われた。
 彼らは銃の金属音を殊更たてることで俺とアウラを脅そうとしているようだ。
 そして、低い声の男が言う。
「よろしい。それではこれから少々お付き合いいただこうか」

 地上に出ると、俺とアウラはトラックの荷台のような乗り物に乗せられた。
 俺とアウラを拘束した連中も一緒に乗り込み、どこへ向かうのだか動き出した。
 そして数時間、脅しの金属音とエンジン音、そして幌の風切り音が耳に入るのみで、連中の会話すら殆どなかった。
 そうしてトラックは移動をやめる。
 降りろ。
 言葉ではなく、銃口を押し付けることで指示される。
「君たちは、突然やってきて自分たちの法で我々を裁いた」
 低い声の男が口を開く。
「我々にも法がある。それに従ってもらう」
 目隠しを外される。五人の男が俺とアウラに小銃の銃口を向け、低い声の男はトラックの荷台に腰掛けたままで話し続けていた。
 アウラの扱いは俺へのそれとほぼかわりないようで、暴行を受けた形跡などもなかった。アウラも俺の姿を確認し、わずかばかり俺に微笑みかける。
「我々は常にこの大地に生きてきた。大地は力無き者には容赦しない」
 心なしか自嘲が混ざったような気がした。この争いの中で自分達が『力無き者』となる覚悟を既にしているのか。
「これからここに君たちを放置する。自ら自陣に辿り着くか、仲間に必要とされるか、それが生き延びる条件だ」
 小銃を構える一人に無線が入る。声が低い男が頷くと、その男は俺が理解できない言語で会話を始めた。
 無線での会話が終わり、男は小声で声が低い男に耳打ちする。声が低い男の右の眉が軽く上がり、俺とアウラを見て、軽く微笑みながら溜息をつく。
「武具と通信装置は取り上げさせてもらったが、その他の装備は全てそのままにしてある」
 そう言い、俺とアウラの背嚢を返してよこす。
「君たちは、犬を連れた少女に見覚えはあるか」
 唐突に話題を変える。
 しかし十中八九、あの少年──少女のことで間違いないだろう。
「ああ。以前に担当した地区で何度か会話をした」
 俺はアウラと目配せをしてからそう告げる。
「素直な子だったのに、子供の命が失われるのはいつでもつらいな」
 俺がそう続けると、声が低い男は俯き長く息を吐いた。
「やはりあの娘だったのか」
 そして空を見上げ、大きく息を吸い、再び長く息を吐く。
「あの娘に食料を分け与えてくれていたそうだな」
「それも事実だ」
「あの娘は君を信頼していた。その気持ちに応えよう」
 どういった関係だったのかを問うことは、せずにおこう。哀しみを追い撃ちしても、それはお互いのためになることは少ない。
 そんな意を汲んだのか、低い声の男も極端に表情を崩すことはしない。
「なので、ひとつだけ約束する。我々は監視はするが、君たちに直接危害を加えることはしない」
 低い声の男はそう言うと、俺とアウラに銃口を向けてる連中に荷台に乗るよう腕で大きく指示をする。
 男たちは順番に乗り込み、そして改めて荷台から俺とアウラに銃口を向ける。
「ああ、そういえば地雷の設置を忘れていた。こいつは失敗した」
 低い声で、聞こえるように呟き、掌で自分の額を大袈裟に軽く叩く。
 そうして、トラックはゆっくりと去っていった。

       

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Neetsha