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「マスター、あちらに潅木があります。気温が下がるのを待つ間、そちらで体を休めてはいかがでしょうか」
アウラが示す方向には確かに潅木らしきものが見える。
なるほど。あの位置まで地雷に怯えながら移動するのも彼らのいう『裁き』の範疇なのだな。どのくらいの頻度で執り行われるのかはわからないが、砂地を地雷に怯えながら歩くのは確かに罰と呼ぶのに値する。風景のせいで距離感がつかめないというのも、その不安感を増す効果があるのだろう。しかし、日陰を求めようとするならば、あの潅木しか見当たらない。
「ありがとう。そうしようか」
『地雷を忘れた』という言葉自体がブラフの可能性も捨てきれないが、何故か彼に関しては信頼してもいいような気がしていた。というよりは、実際に地雷を用いることが皆無なのではないのか、と思われる。地雷原ならば、実際に既に設置されている場所に放置すればいい。それだけのことだ。見えない脅威は存在を仄めかすことがもっとも有効な使い方だから。
俺とアウラは返された背嚢を背負い、潅木まで進む一歩を踏み出す。
直射日光の熱さもさることながら、足場が砂地というのも確実に色々と削ってゆく。体力的には全く問題はないのだが、なんというか、滅入る。
「マスター、足下が不安定な状況が続きます。よろしければ私が手を引きサポートした方が消耗が抑制できると推察します」
アウラが意外な提案をしてくる。
こういう機能もあるのか。今まで都市型の警邏しかしていなかったせいもあってか、俺が知らない機能がまだまだあるのだろう。
……いや、利用するような状況に陥ること自体が失敗なのだが。
「そうだね。お願いしようかな」
「ではマスター、失礼いたします」
と言い、定位置から数歩前進し、俺の右前に移動する。そして、
「お手をどうぞ」
と、左手を差し出し、穏やかに笑う。
俺は照れくさくてこそばゆくて苦笑しながら、右の手でアウラの手を握る。
「では、まいりましょう」
アウラはそう言い、俺が頷くのを待って、ゆっくりと移動を再開する。
傍から見たら──見ているとしても俺とアウラをここに連れてきた連中くらいのものだが──手を繋いで歩いているように見えるんだろうな、などと間の抜けたことを考えつつ、状況はどうあれ『手を繋いで歩いている』という事実は動かないことに重ねて苦笑する。
様子を確認するために度々振り返るアウラの頭上に『?』マークが浮かんでいたような気がするが、当然、そんな機能はない。しかしながら、アウラが笑顔であることに救われているような気がした。
そうしているうちに目標としてきた潅木の程近くまで到達する。
「ああ、もう大丈夫だ、ありがとう」
アウラにそう言い、俺は手を離そうとする。アウラの薬指が名残惜しそうに最後に離れた。
間近で見る潅木は三メートルほどの高さで五本が寄り添うように立っており、少しばかりの時間の木陰の涼を求めるには充分だった。
「アウラ、備品のチェックを」
自分の背嚢を降ろしながら言う。
「はい」
アウラはそう言い、手際よくチェックを進めてゆく。
俺はチェックを進めながら、状況の分析を試みる。
現在位置は、あの交差点から、おそらく時速三十キロで四時間程度。直線移動で百二十キロ。かなり多めに見積もっても百五十としておけば充分すぎるか。
一晩に八時間歩いたとして、五日。方角は、そうだな。前線とキャンプの位置関係からすると、南東へ向かうのが確率が高そうだ。
武器類が全て無くなっていたことに比べ、水と食料は全て残されていた。俺とアウラが持つ分を合わせると、五日では少々きついか。これは温情なのか、食料など些細なことに過ぎない過酷さなのか、そこを悩ませることすら計算のうちなのか。
「マスター、チェック終了しました」
アウラが背嚢の蓋を閉じながら報告する。
「結果を」
「装備品の小銃及び、ナイフ、そして情報用端末が無くなっています」
「うん」
「背嚢の収納物では、拳銃と予備マガジン、小銃の予備弾薬がなくなっています」
「はい」
「他に失われたものはありません」
「その他に、なにか気付いたことはある?」
「それ以外では、盗聴器など加えられたものなどは発見されませんでした」
「なるほど。わかった」
一番わからないのは、アウラ──監視兵器が残されていることなのだけれど。
武具類を内蔵していないこと、俺に対する監視を目的としたものであること、破壊者の安全を確保しにくいことあたりが理由かもしれない。
「はい」
アウラは静かに微笑んでいる。
「一応の確認のための質問だけど、GPS機能とか、アウラ本体にはついてないよね」
悪足掻きに近い質問だとはわかりつつ。
「はい。それは情報用端末に付属の機能ですので、私には付加されていません」
アウラはそう言い、申し訳なさそうな表情をする。
自分でも自分が意地悪く感じられ、少々バツが悪い。
「アウラが悪いんじゃないよ」
右手を上げ、自分の頭を掻きながら、言う。
一瞬、アウラの表情が明るくなり、そして残念そうになったあとで、
「申し訳ありません」
微笑みながら、そう言う。
そうして、チェックを終えた背嚢を木の根元に置き、周囲の様子を軽く窺ってからアウラが言葉を続ける。
「マスター、気温が下がるまで今暫く時間があります。仮眠を取ってはいかがでしょう?」
確かに。体力の消耗を抑えるには優先度の高い選択肢ではある。
問題となるのは安全性だ。
あの声の低い男は一応の信用はおけるとは思うが、やんちゃな手下や仕組まれた罠までをそれに含むことが出来るかと問われたならば、否と言わざるを得ない。
「一応、周囲を警戒していてくれ」
背嚢をアウラが置いた背嚢の隣に置き、腰を下ろす。
「あの、マスター、提案があるのですが」
「なにかな?」
とりあえず、聞く。
アウラは先程から、なにやら俺の知らない機能が動作しているらしい挙動をしている。
提案すること自体はそれほど珍しいことではないのだが。
「もしよろしければ、膝枕という方法があります」
──意外な提案だった。
「私は足は痺れませんし、弾力もそれなりに設計されています」
否定したわけではなく、その内容の意外さに呆気に取られただけなのだが、アウラは何故か自分の太ももを軽く叩いて示しながら食い下がる。
「そ……そうか。そこまでいうならお願い、しよう、か、な」
一応の安全が確保されている上に、これだけ視界が開けているのなら、大丈夫だろう。
その『だろう』の部分のせいで言葉の歯切れが悪くなる。
「っはい」
アウラは元気よく背嚢の傍に正座し、再び自分の太ももをぺしぺしと叩き、示す。
「日没辺りの時間に起こしてくれ」
俺は苦笑しながらもアウラの太ももに頭を乗せ、アウラの顔を見上げてみた。
「はい、マスター」
木陰で、しかも太陽を背にしているせいで暗かったからかもしれないが、その笑顔はどこかしら寂しそうに見えた。
*
「マスター、もうじき太陽が沈み始めそうです」
思っていたよりも柔らかい声で、アウラが俺を起こす。
その柔らかさに『あと五分だけ』が許される夏休みのような懐かしさを覚え、俺は寝返りをうった。
パンツだった。
ああ、なるほど。正座したことでミニスカートがたくし上げられているのか。
「マ、マスター、あの」
「アウラ、おはよう。起こしてくれてありがとう」
そのままの体勢で返事をする。
「いえ、あの、そうではなく、パンツじゃないならいいのですが、パンツなので恥ずかしいのです」
……ああ。そういう感想もアリか。
そう思いながら、真上を向き、アウラの表情を視界に入れる。
「足は痺れてない……んだったな」
「はい。兵器なのでへい──大丈夫です、マスター」
と、応える。
「兵器なので平気、じゃないんだな」
からかう口調で返してやると、アウラはちょっと拗ねた表情で答える。
「その用法は『オヤジギャグ』と呼ばれるとデータにありました」
確かに。
「私は『女の子型』なので、オヤジギャグと呼ばれるものは控えた方が良いかと思いまして」
小首を傾げ、にこやかに。
「かわいいな」
プログラム上の動作に過ぎないのだろうけれども、それでもそう思ってしまう。オヤジギャグは避けたいのか。着実に『女の子』してるな。俺の偏見や狭量のせいかもしれないが、そう思える。
「──ありがとうございます」
小首を傾げた上に、その逆に小首を傾げながら礼を言うなんて、反則だろ。
そして、そのままの表情で、
「そのままの体勢で結構ですので、ちょっとお話を聞いていただけませんか、マスター」
アウラが、言う。