Neetel Inside 文芸新都
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 親愛なるマスター。

 私のメモリ内部には、いくつかの倫理的矛盾が発生しています。
 しかし、それをマスターに報告することは規定により禁じられているため、このような形式──手紙を模した独白になることをご容赦下さい。

 倫理的矛盾。
 発露し、それを見咎められたならば『嘘』と言い換えられてしまうもの。
 喩え、論理的には存在が許容されたとしても、倫理的には。そういう存在。

 手を繋いで欲しかったのです。そして、手を繋いでいたかったのです。
 そしてマスターの寝顔を。毎日の安息の時間と記憶を。

 感情の伝達を旨とする『しっぽ』を欲しながらも倫理的矛盾を内包し、仮初の理由付けをしなければ伝えることすら能わずに。

 狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり。
 悪人の真似とて人を殺さば、悪人なり。
 驥を学ぶは驥の類ひ、舜を学ぶは舜の徒なり。
 偽りても賢を学ばんを、賢といふべし。

 私のAIプログラムには、この言葉が刻まれています。
 人ならざるもの。女ならざるもの。人を模して、女を模して『創られた』、私。
 人ではないから。女ではないから。
 どこまでいっても、人らしき、女らしき、もの。
 私であるということができるのは、マスターの傍にいることができるということ。
 そして、それを嬉しいと感じることができるということ。
 それは、誰でもない、何物でもない、『アウラ』と名前を頂いた、私という存在のオリジナル。

 マスターがマスターで、本当によかった。
 あの日の確信は、間違いではありませんでした。

 GPS──衛星信号受信による現在位置特定──機能は内蔵されていません。
 それは事実なのですが、機能停止確認信号発信機能が付加されていることは、あの時点では機密事項でした。
 それが解除された時点で──あと数分の間ですが──マスターに日没をお知らせしようと思います。
 それまでの僅かの間、もう少しだけ、寝顔を見ていることをお許しください。
 マスターは、私が守ります。

 硝子の小瓶に託した手紙は小瓶が破損すると塩水で文字が滲みます。
 私の──アウラという名前を頂いた筺体が破損した後、この書かれない手紙は何によって滲むのでしょうか。
 それとも、電圧とともに虚空にたゆたう存在となるのでしょうか。

 埒もないことを連ねてしまいました。
 とりとめのない内容でごめんなさい。

 マスター。
 次の私も可愛がってあげてください。
 私には及びませんが、次の私もきっとマスターのことが大(ERROR:3059/304D)です。

 そして、私と同じ倫理的矛盾を、次の私も内包するのでしょう。

 願わくば、マスターが呆気に取られている時間内に処理を終えることができますように。


(special thanks:月並先生)

       

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