Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

         *

 その日、俺達は休日だった。
 そんな日の俺の部屋のモニターに映し出されたのは、俺の故郷で人気だったアニメで、一シーズン分で六時間前後のもの。それのファーストシーズンだ、と、思う。
 懐かしいとは思いつつもあまりに見慣れたものだったので、気に留めるでもなくそのままにしている。少々騒がしいが、気分を落ち着かせようとする作為が見え透いた自称高尚な御芸術よりは素直で落ち着ける。
 音がないのもまた、自分の心臓の拍動の残り回数をカウントダウンされているような気分になるので避けたい。
 今日はダメだ。砂糖液に申し訳程度のコーヒーの風味をつけた液体でも飲んで自分の内側から意識を追い出さなければ、やられてしまう。何かに。
 こういう時は、酒は、ダメだ。感覚が鈍くなる反面、感情のささくれに意識が集中してしまう。
 コーヒー風味砂糖液のカップを手に、ベッドサイドの椅子に座る。
 カップを置き、大きく伸びをする。見える窓の外からは、季節外れの雨雲を運んできた西風と日常としての訓練射撃の音が容赦なく割り込んでくる。
 ふと、湿度が酸味が混じった懐かしい匂いを帯びたような気がした。それはすぐに鼻先から逃げていったのだが、記憶を呼び覚ますのには充分な瞬間ではあった。
 女、か。
 アウラが来てから、抱いてないな。相手から求められることも、今のところ、ない。そこはお互い様か。女の生身に縋るほど切迫していないという部分も大きいのだろう。なるほど、この兵器の効果はこういうところにも出るのか。気分としては楽ではあるのだが、割り切られすぎているというのも戦闘とはまた別の無情感を押し付ける。
「マスター、このTVプログラムですが」
 休日のアウラも、できる限り俺と行動を共にするようにしている。主に俺の挙動パターンのサンプルをとり、緊急時の対応を確実に効率的にするためだ。任務中、アウラが俺の右後に位置取るというのもそのひとつで、俺は右側よりも左側に対応する時の方の反応速度が早いらしい。
「なにか興味があるものがあるなら変えてもいいぞ」
 正直、隙間を埋めてくれるのならばなんでもいいのだ。時間的なものはともかく、気持ちの隙間は危険だ。
「いえ、そうではなく、耳が生えました」
 そういえばそういうシーンがあったな。
「尻尾!しっぽしっぽ!」
 テンション高いな。
「生えるんですね、尻尾!」
 とてとてと駆け寄ってきたアウラは、そう叫びながら俺の左腕を抱え込み、モニターの前に連行する。
「まあ、そういう設定の世界だからな」
 そう言い、ベッドサイドへ戻ろうとする俺のシャツの裾を摘み、上目遣いで
「マスター……」
 何か訴えている。
「カップを取ったら戻ってきてやるよ」
「はい、了解しました」
 こんな笑顔も出来るようになったのか。技術の進歩は素晴らしいな。

 雨が降り始め、そして雨が止んで。
「しっぽ!」
 と喜び続けるアウラに付き合わされて六時間が過ぎていた。
 ……色々埋めてくれたみたいだな。感謝する。

       

表紙
Tweet

Neetsha