Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

   二


 蒼太の利用する白鷺町の隣に、黒鵜という町があった。
 昼間だというのにシャッターの降りた店ばかりが並んだ町だ。夜になってもこの風景が変わることはない。まるでこの町だけ時間が止まっているかのようなのだ。ゆっくりと死んでいくというのは、こういうことなのかもしれない。初めてこの街に降り立った時、蒼太はそう思った。
 電車の扉が開く。蒼太、続いて紫乃が降りたが、他にこの駅で降りる者はいなかった。乗車していた数人から物珍しそうな目で見られたが、そういう場所なのだと蒼太は別段気にすることなく出発した電車を見送った。電車の姿が完全に見えなくなるのを待ってから、二人は改札を出た。
 講義を終えてからやってきたので陽はもう半分ほど隠れており、橙色が町中を照らしている。真横から差し込む陽でビルに影が生まれ、周囲を暗く隠す。人気の少ないことも併せてその影は一層奇妙で陰鬱な空気を周囲にまき散らす。
 紫乃は重く冷たい空気の中に足を踏み入れると、振り返って笑った。蒼太は何も言わず歩き出すと、彼女の横に並ぶ。
「素敵なお店を見つけたの。とても美味しいコーヒーと料理を出してくれる個人経営の店なんだけど、蒼太君、お腹は空いているかしら?」
 彼は頷く。それは良かったと紫乃は笑った。
 こんなシャッター街で店を開くなんて変わった店主もいるものだと、蒼太は周囲を眺めながら思った。それなりに働いている人間も住んでいる人間もいるが、ここで落ち着こうなんてそう思いはしないし、何より少し歩けば隣に白鷺町もあるのだから、特にここに留まっている必要はない。仕事終わりにわざわざ白鷺町にやってくる会社員もいるくらいなのだから。
「それで、昼に君の言っていた話とその店はどうリンクするのかな」
「ええ、そうね、その話もしないといけないわね」
 紫乃は体を捻ると隣を歩く蒼太の腕に抱きつき、そっと微笑んだ。夕暮れに照らされた笑顔が、片方に影を落とす。蒼太は知っていた。今、彼女は酷く喜んでいる。
 紫乃はつま先立ちになると体を蒼太に預け、そのまま彼と唇を合わせた。決してキスではないと蒼太は理解している。この間に愛情は何もない。ただこうすることで貴方は私のものだと言っているのだ。
 誰もいない寂れた町の真ん中で、二人は暫くそのままでいた。それ以上のことは何もしない。抱きつくことも、舌を入れることも。ただ蒼太は彼女の体を支え、彼女は彼の腕に手を回し、目を閉じたまま唇を重ね続ける。

 唇が離れた。
 紫乃は蒼太から離れて、それからもう一度微笑む。丁度顔の片方に影が差す位置で、普段とても美しいその顔が酷く不気味に見えたのは、しかし気のせいではないのだろう。紫乃はポーチに手を入れ白いハンカチを取り出すと、蒼太の唇を拭う。彼の唇から紅色が落ちて、代わりにハンカチが唇の形に紅く染まった。
「視えたんだね」
 蒼太ははっきりとした口調で言った。拳を握りしめ、語気を強めて、まるでその言葉を口にすることを嫌う様に、憐れむ様に、淡い水色をした声だった。紫乃は弾むように頷いた。一緒に揺れた黒髪がばさりと縦に揺れ、彼女の背中に再び降りる。
「そう、視えたの。【素敵な人】が」


 二人の前に出てきたステーキはとても分厚くて、プレートから飛び出してしまいそうなほどだった。申し訳程度に飾られたコーンとブロッコリーが隅で窮屈そうに身をよじり、中央のそれを恨めしそうに見つめているようだった。蒼太は目の前でじゅうじゅうと肉の焼ける音を堪能し、それからナイフを突き入れてみる。彼が想像していた以上に、肉は柔らかく、するりと切り落とすことができた。こんがりと焼き目のついた外観とは違って、ほとんど生に近い真っ赤な肉が切れ目から顔をのぞかせる。思わず向かいに座る紫乃を見るが、彼女は彼の驚きに対してさほど興味を示していないようで、さっさと肉を等分切ると口に運んでいた。
 肉汁がプレートの上で踊る。
 切り落とされた肉が焼けていく。
 ごくりと喉を鳴らした後、蒼太はまるで薄いガラスでも手にしているみたいに丁重にその肉を口に入れ、ゆっくりと噛み締める。じわりと口内に広がる旨みと柔らかと食感に思わず声が出そうになった。
「お兄さん、旨そうに食べるじゃないか」
「黒鵜町でこんな美味しいものを食べられるなんて思わなかったから、驚きました」
「紫乃ちゃんが連れて来た子が、美味しく食べてくれる子で良かったよ」
 カウンターから店主はそう言うとにっこりと笑みを浮かべた。
 茶色い短髪に、黒井シャツとジーパン、その上から白いエプロンを着た男性だった。白いエプロンは所々にくすんだ赤や油が滲んでいて、見たところ洗った様子もない。店内を見てみるが、やはりこの土地柄か客に恵まれている様子もないため、洗う暇がないわけでもなさそうである。随分と衛生が悪いようだが、腕前は一人前で、注文まで居心地の悪さを感じていた蒼太も店主の身なりに何も言わなくなっていた。
「この店はいつから?」
 肉を切り分けながら蒼太は問いかけ、切り分けた肉を口にした。とろりと口の中でとろけていく肉の旨みが口の中に広がっていく。
 店主は腕を組み暫く考え、それから部屋の隅にかかったカレンダーに目をやった。
「本当につい最近なんだ。二、三か月くらいかな。以前はもっと遠くでやっていたんだけど、気がついたら常連さん、すっかりいなくなっちゃったし、飽きられちゃったんだろうね。だから場所を変えてみようと思いきってこっちに来てみたんだ」
「やけに思い切りましたね」
「お客さんの評判はそれなりにもらえてたから、場所を変えればきっとまた常連客も増えるんじゃないかってね」
 コーヒーを持ってこよう。にこやかにそう答えると店主はカウンターの奥へと消えて行った。その背中を見送った後、蒼太は切り分けた肉を平らげ、幸せそうに息を吐き出した。
「いやあ旨かった。値段もそれなりだし、余裕がある時に寄りたいね」
「でも、常連にはならないでね」
 蒼太の随分前に食事を終え、口元を拭ってから一言も言葉を口にしないままでいた紫乃が、やっと口を開いた。
「紹介したのに常連にはなるなって……。君はよく来るんだろう?」
「ええ、常連よ。いつも窓際の席に座って、特別にサイズの小さなステーキを焼いてもらって、それからコーヒーを飲みながら本を読んでいるわ」
 彼女は窓際の隅を指差す。窓際に二人用のテーブルが設置され、紅色のクロスがかかっている。
「私用に用意してくれたそうよ。いつも使ってくれるからって」
「随分と気に入られているようだね」
 その言葉を聞いて、彼女はふふ、と声を洩らして笑う。
「ねえ蒼太君、気に入るって、どういうことだと思う?」
 問いかけられて、蒼太は少し視線を宙に浮かせた後、口元をナプキンで拭ってから言う。
「相性の良い人、とか」
「ようするに好意を持てる相手ってことよね」
「君は、店主に好意を持たれていると」
 彼女は頷いた。
「まだ開きたての店に偶然女性が入り、そして常連になった。声をかければ笑顔で返事を返してくれるし、くだらないことで談笑もできる。客が来なくても寂しさは紛れるし、おまけに美味しいと言って自分の料理を食べてもらえる。もっと人の来る素敵なお店になるといいですねと言って、次の日に友人を連れてこの店にやってきた。これだけのことをして、気になるかそれ以上にならない男性はいるのかしら」
 彼女はそう言うと、黒のチュニックの胸元を指でゆっくりと下していく。鎖骨を降りて、それほど大きくはない膨らみが姿を現わす。その途中で蒼太は彼女の手を掴んで、それからひどく哀しそうな目で彼女を見つめた。
 その目を、待っていたとばかりに目を細めて眺めた後、今度はうっとりとした恍惚の表情を浮かべ、彼の指を一つ、また一つと丁寧に剥がした。その手を紫乃は握り返し、自らの太腿にその手を置く。
「肉を食べている時、貴方はどんな気持ちだった?」
「とても美味しかったし、幸せだったね」
「―食べられた方―もきっと自分を味わってくれたことに幸福を感じてるわ」
 紫乃はそう言うと自らのプレートに置かれたフォークを手にし、先をぺろりと舐める。その時、ふと彼女がここに来る前に言っていた言葉を思い出し、蒼太ははっとした。
「安心して、貴方が食べたのも、私が食べたのも普通のお肉よ。店主さんが【愛情を込めて】調理してくれたお肉」
「ならどうして突然、そんな話を?」
「さあ、でもそう思うととても面白いじゃない。ねえ、少なくとも私が―そういうことに鋭い―ことと―遭遇しやすいこと―を貴方は知っているでしょう」
 水っぽい潤んだ瞳で蒼太を見つめ、彼女はそう言った。喜びに満ちた瞳は、このまま雫になって眼球から流れ落ちてしまいそうなほど光を受けて輝いている。そんな非現実的な想いを蒼太は抱いた。
「ああ、知っている。君はそういうことに巻き込まれやすいし、巻き込まれる可能性の高い場所を―見つけること―ができる」
 蒼太の言葉に紫乃は頷くと、彼の手で自身の腹部に触れる。
 日常的とは言えない状況、つまりは非日常的な出来事、人物に遭遇しやすい。
 それが彼女の妙な体質であり、特性でもあった。死の匂いがする場所に対して特に鼻が利き、そういった場所を見つける度に彼女は蒼太を連れて現場に向かった。
 非日常的な状況で「迷いたがる癖」が、彼女にはあった。
 蒼太はそれを理解し、そして何度も非日常へ同行していた。
 しかし彼女は連れて行くだけで全てを語ろうとはしない。蒼太は彼女が嬉しそうに非日常に遭遇し、「運悪く」被害を被ることを待ち侘びる間に、その状況に杭を打ってしまわなくてはならない。彼女が非日常に迷い込みながら今もこうして生きながらえているのは、一重に彼の尽力の賜物でもあるのだった。
「待たせてすまない。折角来てくれたことだし、材料にも期限があるからね、サービスだ。是非食べてほしい」
 店主は奥から戻ってくると、果物やチョコレート、アイスクリームの乗ったパフェを二つ、プレートに乗せて器用にバランスをとりながらカウンター前までやってきた。それから二人の前に置くと、気を抜いてしまったのか、パフェが一瞬傾いてしまい紫乃の指にチョコレートがかかってしまった。
「ああすまない。すぐ拭くものを用意しよう」
「大丈夫、気にしないでください」
 紫乃はチョコレートのかかった人差し指を咥えると、丁寧にチョコレートを舐めとる。それからゆっくりとした動作で口から指を抜いた。湿り気を帯び、唾液でぬらりと光る指先を見せながら、蒼太に向けて目を細めて微笑む。今にも滑り落ちてしまいそうに潤んだ瞳が、蒼太の顔を映して揺れていた。
「舐めるだけじゃいけない。ほら、おしぼりを使うと良い」
 店主は彼女にそう言って蒸かしたてのおしぼりを渡した。暖かい、と小さな声で零す彼女を、蒼太はまた先ほどのような酷く哀しそうな目をして見つめた後、視線を逸らすと目の前に置かれたパフェを手にした。
 スプーンでアイスを掬って口に入れると、ひんやりと刺すように冷えたアイスの感触と甘味を口一杯に感じながら、彼は目を閉じた。


 パフェを食べ終えて、最後に出てきた熱いブラックコーヒーを飲みながら二人はすっかりリラックスして寛いでいた。紫乃は窓際の席に座って文庫本を読んでいる。蒼太はそんな彼女の穏やかな横顔を見ながら、本を読んでいる時だけは大人しく、そしてとても美しく見えるのに、と彼女には聞こえないように呟いた。
「満足してくれたかな」
 片手にコーヒーを持って店主が現れた。両手が湿っているところを見ると、どうやら奥で後片付けをしていたようだ。窓の外はすっかり陽が落ちて暗くなっている。黒鵜町は人通りが極端に少ないからか暗くなると街灯の明かりでさえ寂しく見えた。誰も下を通らず、ただ地面だけを照らす街灯は果たして、自身の役目に何か疑問を持ち始めてはいないだろうか。蒼太はくだらないことを考え、お代わりしたコーヒーを飲み干す。
 そろそろ帰路に就かないと遅い帰宅になってしまう。蒼太は一人暮らしであるから特に時間に対する制約はないが、紫乃の方は違う。特に以前起きた問題によって、すっかり両親が彼女に対して神経質になっている。それはある程度顔の知れている蒼太と行動していても例外ではないようで、先ほどもどこにいるのかと彼宛てに連絡が入ったばかりだった。不安の色を浮かべた声をなんとか宥め、電話を切った後、蒼太はどっと沸いた疲労に思わず息を吐き出してしまった。
「とても美味しかったです。これだけ素晴らしい味にできるってことは、料理の研究も沢山しているのでしょうね」
 そろそろ帰宅の準備をしようと立ち上がって、ふと蒼太はそんな話題を振ってみた。店主はしばらくじっと蒼太を見つめ、首を振った。口元には笑みが浮かんでいるところを見ると、単なる照れから生じる形だけの否定のようだ。
「食べるっていう行為はとても素晴らしいことだ。美味しければ笑うし、満足しても笑える。不味かった時以外は確実に笑ってもらえる行為だ。それに食材だって元は生きている。料理が不味かったら客にも失礼だし、食材にも失礼だ。だからこそ私は全てが幸福になるような料理を作りたいと、そう思って調理に励んでいるよ」
「食事を愛しているんですね」
「ああ、料理を愛して、食材を愛して、全てに愛情を注ぐことを信念にしている」
「素晴らしいと思います」
 彼の熱意を聞いて、蒼太は席を立った。蒼太が動いたのを見て紫乃も手にしていた本に栞を挟み、鞄に差し込む。


 黒鵜駅の改札に到着した時、時刻は既に七時を回っていた。実家暮らしの彼女が無事家に到着するのは多分九時頃。門限ギリギリになると考えると、少し長居し過ぎたかもしれない。蒼太は携帯で時刻を確認し、閉じた後、改札を通り抜ける彼女の背中に声をかける。
「門限、間に合いそうかな」
 改札を挟んだ向こう側の彼女は振り返ると無表情のまま彼のことを見つめる。
「大丈夫、さっきから何度も携帯が鳴っているし、黒鵜駅にいることと、電車に乗ることを伝えれば向こうも安心すると思うわ」
「それは良かった。悪いけど、少し用があってね。今日は一人で帰宅してもらってもいいかな」
 紫乃は頷いた。彼女は口を閉ざして蒼太を暫く見つめた後、そっと手を振った。こっそり彼女の母親に居場所を連絡した件は秘密にしておこう。蒼太は口に出さず呟くと、手を振り返す。
「ばいばい」
「ああ、ばいばい」
 再び電車へと向かおうとした紫乃が、ふと思い出したかのように足を止め、振り返ると彼に向けて微笑みかけた。その表情がどんな時よりも柔らかで、暖かく見えたのは、多分気のせいではないだろう。蒼太はなんとなくそう思った。紫乃は暫くもったいぶるように笑みを振りまいた後、下りの電車がやってきた音がすると、一度そちらを見てから柔らかな口調でこう言った。
「もし―愛してもらえる時―が来たら、蒼太君も愛してもらえるようお願いするね」
 それから、彼女は下りのプラットフォームへと駆けて行ってしまった。蒼太は後姿に手を振りながら、暫く何も言えないでいた、十人かそこらのよれたスーツを着た男女が改札にやってくると、皆手を挙げて立つ蒼太の姿を見つめ、しかし疲労に塗れた視線はすぐに地面へとスライドすると、横を通り過ぎるようにしてビル街とは逆の住宅街へと消えて行ってしまった。
 最後のあの笑みは多分心の底から出た笑みだ。彼女が変わってしまうまでに見ることのできた、壊れてしまう前の彼女に、久々に会えた気がした。
 色のついていない真っ白いキャンバスみたいだと蒼太は思った。ついこの間までは真っ赤に染まっていたのに、今はすっかり色が抜け落ちてしまっている。彼女が見せた真っ白い笑顔は、真っ赤な時よりも弱々しいが、それでも幸福であることを主張していた。
 このキャンバスに青色を塗ることはできないと、蒼太は分かっていた。
 さて、と蒼太は振り返ると暗闇に包まれ表情を変えた黒鵜町を見据える。路上を辛うじて照らす街灯が、灯りの消えたビルのガラスに映っている。時折走り抜けていく車のヘッドライトとテールランプが現実と虚無の街灯達に色を足していく。それはどこかパレードじみたものであるようにも感じられた。これから始まることは、そんなパレードなんてものが似合うものではない。蒼太は目を細め、先ほど歩いてきた道を見据える。
――出る杭は打たなければならない。
 彼が行動理念として掲げることにした、しかし愛する彼女に背く行為。全ては彼女を生かすためだ。


 再び店の前に到着すると、丁度店主がシャッターを閉めようとしていたところだった。先ほどと変わらない薄汚れたエプロンを身に付けシャッターを下ろす姿は、とてもではないが、料理をしている人間のようには見えなかった。せいぜいアルバイトか清掃員といったところだろう。
「おや、先ほどの、紫乃ちゃんのお友達じゃないか」
 どうも、と簡潔に返事を返して、彼はゆっくりと彼に近づく。
「悪いけどもう閉店なんだ。また明日にでも来てくれれば、話相手にもなるし、料理も出すよ」
「いえ、一つ、伺いたいことがあって来ました」
「なんだい?」
「ある肉のある部分は、オーブンで焼くととてもとろけて美味しいと聞いたことがあります。けれどその肉がなんであるか思い出せないんです」
 それまでにこやかであった店主は訝り、顔をしかめた。蒼太は続ける。
「店主さんは肉に詳しいみたいですから、どんな肉なのかご存知ないかと思って……」
「そうだね、いやしかし、オーブンで焼くと、か。その情報だけじゃどの肉かうまく判断するのは難しいな。私より腕の良い料理人でも判断が難しいんじゃないだろうか」
「誰に聞いたのか、ですか」
「そうだね」店主の返答に、熱は感じられない。
「確か、ええと、そう、アルバートさんだ」
 その言葉に、店主の目は大きく開かれた。彼の言いたいことが一体何であるのかをはっきりと確認できたようだ。店主はため息を一つつくと、閉じかけていたシャッターを上げる。
「話を聞かせてもらおう。君が何故そう思うのかも含めて、ね」
 店の扉を開けると店主は彼を招く。蒼太は小さくお辞儀をした後、彼の横を通り抜けるようにして、店内に再び足を踏み入れた。鼓動が早くなっていくのを感じる。
 鞄に忍ばせた小さなナイフを使わずに済むことを。これは杞憂であり、彼女の感知能力が外れることを、彼は強く願った。

       

表紙
Tweet

Neetsha