Neetel Inside 文芸新都
表紙

踊るには朱過ぎる月の夜に
「視られたがり」

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   一


 「視られたがり」は胸の高鳴りを抑えることができなかった。
 自然と口元が歪み、笑みを浮かべると目の前で横たわるソレを愛おしそうに見つめてしまう。
 両手足、そして頭部をがっちりと固定され、仰向けのままソレは眠っていた。もうそろそろ起きる頃だろう。「視られたがり」は逸る気持ちをぐっと飲み込み、ソレが目覚めるのを待つ。
 数日ぶりだ。もう欲しくて堪らなくなっていたところに、素敵な目を持っているソレが現れた。「視られたがり」はソレの目を自らのものとしたかった。
「……ここは?」
 もぞもぞと身を捩じらせてソレは目覚める。それから手足を動かそうとして、今自身の置かれている状況を、まだ輪郭の歪む意識の中で何故私はこんな状況に置かれているのかと考え、唯一動く目で周囲を見回した。
「ようこそ」
 ソレはぎょろり、と声のした方を見て、それから「視られたがり」の背後のスチールラックを見て、ひぃ、と声が漏れてしまう。
「視られたがり」はソレの反応に、恍惚とした表情を浮かべる。

――目だ。
 
――沢山の目に、見つめられている。

 ここは、地下室だろうか。ソレは目だけを動かし、混濁した意識の中でどうにか状況の理解を図ろうとする。コンクリートの無感情的な冷たい天井がソレを見下ろし、四方には多くの目がソレをじっと見つめていた。
「君の瞳は、とても素敵だ」
 「視られたがり」はそう呟くと、まるで酩酊しているように緩んだ顔をソレにそっと近づけ、頬を撫でた。ソレは小さな悲鳴を漏らし、唯一動くことのできる目を逸らす。
 何故、私がこんな目に遭っているのだろう。遭わなくてはならないのだろうか。ひたすら自問を繰り返すが、自答はできず、投げかけられた疑問は泡となって溶けて消えていった。
 とにかく、一つだけはっきりとしていることがあった。
 五体満足で帰ることはできない。いや、帰ることすらできないかもしれない。
 「視られたがり」は満足するまで頬を撫でまわした後、ソレから離れると、寝かされている台のすぐ傍に手を伸ばす。カチャリ、とスチール製のプレートと「視られたがり」の手にした器具が触れ合って、硬質な音が響く。何だ、一体何が始まろうとしているのか。ソレは視線を横に巡らせるが、その位置から「視られたがり」の手にしたものは確認ができない。
「前から気になっていたんだ、君のその瞳」
 ソレは、目の前に現れた器具が始め、一体何であるのか理解できなかった。いや、理解したくなかったという方が正しいのかもしれない。先端がリング状の器具と、「視られたがり」の言葉。この二つから割り出されるのは、この先起きる出来事は一つしかない。ソレはここから逃げ出そうと体をもがくが、がっちりと固定されたその身体が動くことはなかった。
「君の視線が欲しくてたまらない」
 リングが右の瞼に固定される。強引に開かれたことによって、じわりと涙腺が刺激され涙が滲む。溢れるように次々とにじみ出た涙が、遂には目の端から流れ出した。はたしてこれは刺激されたことによるのか、恐怖からなのか、どちらでもいい。誰かこの状況から私を解き放ってくれ。ソレは歯を固く食い縛りそう念じるが、開いたままの目に映る恍惚とした「視られたがり」を見て、それは最早叶わないのだろうと思った。諦めたくないけれど、もう次の瞬間にはきっと……。
「ああ、どこまでも素敵だ。瞳の色も、眼球も。涙によって潤んだその姿も麗しい……」
 「視られたがり」はそっと呟くと、器具で固定されたままの眼球にそっと顔を寄せると、キスをした。突然の出来事にソレは大きな悲鳴を上げ、体を震わせる。ガチガチ、と固定器具と寝台がぶつかりあって金属的な音を鳴らす。どうも「視られたがり」はその音が嫌いなようで、それまでの恍惚とした表情から一転し、機嫌の悪そうな歪んだ表情を浮かべた。
「全く、何故これほどまでに素晴らしい目を持ちながら、何故、持ち主はこんなにも醜いのか」
「貴方は……一体……?」
「君に用はないんだ」
 
――ずるり。

 初め、ソレは何が起こったのか分からなかった。固定された目の端にずぶずぶと「視られたがり」の人差し指が沈んでいく。目がうまく動かない。異物感と共に、沁みるような痛みが沸き上がっていく。
「あ、あ、ああ……!」
 人差し指が回ると、眼球がソレの中から抉りだされる。ソレの視界が揺れて、縦横無尽に右の視界が暴れまわる。沁みる、まるで針にちくりと貫かれているような痛みにもう片方の瞼を思わず固く閉じてしまう。
 右の視界が、「視られたがり」の掌の上で止まる。
 眼球をくり抜かれたショックと激痛にソレはとうとう声を上げてしまった。喉が潰れんばかりの悲鳴に「視られたがり」は眉を顰めつつ、プレートに乗ったナイフに手を伸ばすと、眼球とソレを繋ぐラインにあてがい、そして……。
 ぷつん、と断ち切った。
「あ、ああ……あああ!」
 空洞溶かしたソレの右の目から紅と白濁した液体の混ざり合った涙が溢れ出す。左の瞳孔が開き、ソレは更に乱暴に身体を捩る。
 「私の目」とうわ言のように呟くソレを尻目に、抉りだされた眼球を掌に乗せたまま、「視られたがり」は胸が高鳴るのを感じていた。濡れた手の中に収まった眼球は、乳白色に赤い根が張り、少し出っ張るように膨らんだ瞳が浮かんでいる。
 瞳に映る自身の姿を見て、「視られたがり」は堪え切れず笑みを浮かべ、もう一度瞳にキスをすると、スチールラックから円筒形の容器を持ち出し蓋を開け、液に満たされた容器の中へ眼球を落とした。
 とぷん、と小さな飛沫を上げて眼球が沈んでいく。
「返してよ! 私の返して!」
 ヒステリック気味に叫び続けるソレを嫌悪感に塗れた目で見つめると、「視られたがり」はそっと微笑み、右側にはめ込んだままのリングを抜き取った。そうして、次は左の眼にリングを押し付ける。
「嘘、でしょ……」
 その両の眼に見つめられたい。瞳にこの姿を映して欲しい。
 部屋一面に飾られた眼球達は、血に濡れた指を下していく「視られたがり」と、とうとう恐怖で声すら出なくなってしまったソレの姿をじっと見つめていた。何も言わず、何の感情も抱かず、ただ眼の前で起こる光景を傍観していた。


【行方不明の女性、両目を負傷した状態で発見。
四日ほど前に行方が不明となっていた女子大生が黒鵜町の駅前で倒れているのが発見された。女性は現在病院に運ばれたが失明し、混乱状態となっているため、後日詳しい話を聴取する予定である。
 数年前から続く目を対象とした奇怪な事件だが、未だ犯人の身元が不明。今年に入ってから事件が起きていなかったことから逃走中と見られていた。今後は事件の発生した黒鵜町を中心に捜査を行う予定である】

       

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