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不幸の価値は
等価値なもの

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 2012年6月29日。
 ぬぐってもぬぐってもまた汗が出る、異様に暑い初夏の真夏日でした。
 夜勤明けでせっかくの休みだからと言って出かけていった父。朝、盗み見た時には八万円入ってた財布が、帰ってくると空っぽになってました。
 ふつふつと、震える程の怒りが湧いて出る。唇を噛み締めるとじわりと血がにじんだ。

 -8万円(パチンコによる損失。×1.00倍)
 ×影響度(親密な肉親。それも一家を担う父。×0.85倍)
 =-6.8万円。

 最悪だ。また今日も、私は6万8千円もの不幸を負った。


 不幸の価値は 1『等価値なもの』


 本日の負債を確認してから私はパーカーを羽織って外に出た。もう夜の12時を回っている。真夏日とはいえこの時間になるとまだ少し肌寒い。一日で6万8千円分を稼ぐというのは大変だ。気合いを入れてスニーカーの紐を締め直す。
「よし」
 自転車にまたがり、まだ灯りのともる街の方へと向かう。
 ――あのクソ親父、また負けやがった。8万……。8万て。どれだけ家族に迷惑かければ気が済むのか? 修学旅行の積み立て金だって大変だとお母さんが言っていたのに、こっちに気を回すということはないんだろうか。そもそもどこから金を出したんだか。だめだ。やっぱり死んで欲しい。あんな最悪なお父さん、いないよ。
 ただ自転車をこいでいるとそんな考えばかりが浮かんできて頭の中をグルグル回る。これ以上気が滅入っても仕方ない。自然と腰が浮いて、ペダルを踏む足に力を込めた。
 十五分くらい自転車を漕ぐと市の中心部へと入ってゆく。もう少し進んだ先の歓楽街とは違って、このあたりは市の中心とはいえ12時を回るともう静かなものだ。私はいろいろと考えたのち、また“いつもの”パチンコ店へと向かった。市内でもおそらく大手の部類であろうパチンコ店で、駐輪場にもかなりスペースをとっている。
 あたりには、仕事帰りのサラリーマンやら呑み終えたオヤジ共が数人見えるだけだ。いずれにしろ、こちらを気にしているような様子はない。パチンコ屋の前で一度自転車を停め、携帯をいじる振りをしながら周囲を見渡した。そして一気に、ペダルを漕ぐ!
 駐輪場へと行くには車と並んで駐車場の入口を通る必要がある。これが結構な傾斜で、かなり勢いをつけないとなかなか一気には駆け上がれないのだ。途中の監視カメラを無視して進み、息をきらしながら傾斜の上の駐輪場へとたどりつく。
 はぁ。はぁ。
 これしきの運動で火照ってしまうなまった体はひんやりとした独特の空気に包まれて、白い蒸気を周囲に纏う。それでも私は間髪入れずに作業に移った。ぱぱっと終わらせて、ぱぱっと出る。本当なら、父を駄目にしたパチンコ店なんかには一歩たりとも近寄りたくない。
 ポケットからソーイングセットのハサミを取り出し、右手で覆うように持つ。もちろん、駐車場の入り口に一台あったのと駐車場の奥にもう一台あるきりで、この駐輪場に監視カメラはほぼ無さそうであることは何度も確認しているが。そもそもカメラに映っているからなんだと言うのか。パチンコ店なんて悪いことばかりやってるんだ、これくらいで警察に泣きつけるもんか。だから私は堂々と、でも万が一どこかに隠れてる監視カメラに映ってたらなんとなくやだな、という程度の危機感で、ぽつぽつと並んでいる自転車のライトの配線を切りまくった。
 バツン、バツンとコードは簡単に切れていく。その度に私の気が晴れてゆくのがわかる。
 二分も経っていないぐらいで、私は再び自転車にまたがり駐輪場を出た。入ってきた時の上り坂が今度は下り坂で、爽快な風を体いっぱいに感じる。

 +2500円(自転車のライト修理費。身に覚えのない被害。×1.00倍)
 ×影響度(見知らぬ他人だが、同じ市内の住人。×0.3倍)
 ×16台
 =+1.2万円。

 2012年6月29日の不幸度、マイナス5万6千円。

       

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