Neetel Inside 文芸新都
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終着駅のラジオ
alison

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「あれ、先輩」
 駅に一歩入ったところで思わぬ先客に呼ばれ、蟻村有は思わず背筋を正した。外では相も変わらず梅雨が叩き付けており、毎日を一様に灰色の色彩で染める中で、その明るい声に有はひどくハッとさせられた。思えば何日も誰とも話していないのだからそれも当然だ。
 目の前にいる少女は自分と同じ制服を着ているのだから、同じ学校の生徒なのだろう。そして、先輩、と呼ぶからには後輩なのだろう。顔にも見覚えはある。問題は、ただでさえ友人のいない有が、部活動や生徒会、委員会に所属していないのに後輩と接点を持ち得ないことだ。あの、お名前は、とか、どなたですか、とか、丁寧に相手が誰なのか確認しようと色々と考えを巡らしてはみるのだが、結果的に口から出るのはもっとそっけない言葉だった。
「だ、誰?」
「あ、そっかー、一回会っただけだから、憶えてなくても仕方ないですよね。ほら、私は新利春子ですよ。写真部の」
 少女は笑顔を崩さずに、さもその会話が驚く程楽しいものであるかのように自己紹介した。
「ニイリ、ハルコ」
 有はたどたどしく繰り返した。
「そう。先週、写真部の展覧会で会ったじゃないですか」
 ああ、あの子か。
 有はようやく少女の正体に思い当たった。そして、同時に、なんとも言えない気分になった。憂鬱と切なさと郷愁が入り交じった、あの居心地の悪い冷たさを思い出す。


       

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