Neetel Inside 文芸新都
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終着駅のラジオ
twisterella

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 土曜日に続いて、日曜日も文句のつけようがない晴天となった。久しぶりに青を湛えた空はひどく明るく、太陽のせいでなにもかもが「鮮やか」を通り越して白く灼けてしまう。有はたっぷりと寝坊をしたあとの寝ぼけ眼をこすりながら、今日はキツい、と呟いた。
 しかし、そのきつさは決して不快なものではなかった。このところ、天候とは一切関わりのないライフスタイルを送っていたため、晴れていようが雨が降っていようが全く生活に影響はなかったが、今日は晴れていた方が絶対にいい。
 明後日の日曜日でいいですか。
 何度でもその言葉は有の頭の中で流れる。その都度カレンダーを見ると、今日が間違いなく「明後日の日曜」であることが確認できた。
 
 金曜日の夕食の席で有が春子との待ち合わせの話をした時、父も母も大層驚いた。
 あんたにしちゃ、随分と積極的な付き合いじゃないの。母が嬉しそうに言いながらトマトとモッツァレラチーズのサラダを皿に取る。でしょ、と有は胸を張って軽く威張ってみせた。
 物好きな子がいるもんだな。父が母からサラダの皿を受け取って取り皿によそいながら冷静に言い放つ。有は聞かないふりをした。父の、野球の解説者のような余計なコメントはいつものことだから、対応は手慣れたものだ。
 食事を終え、土日の分の宿題をその晩のうちに片付けてしまうと、有は身をベッドに投げ出して力を抜いた。枕元には、読みかけの文庫本が二、三冊転がっており、ベッドの隣に置かれている椅子にはラジカセが一台、デンとでかい図体で場所を取っている。自分の部屋という狭い島の中でも、ベッドの周辺程特別な場所はなく、それはいわば一人分だけの帝国のようだった。「FM WILD SEVEN」という、神村高校放送部有志が運営する地元のミニFM局にチューニングし、一番手近にあった恩田陸の「ネバーランド」の表紙を開けば、有はもう違う次元に飛んだも同然なのだ。
「九時と言えばぁ!」
「マウストラーップ!」
「だいせいかーい! という訳で、今夜もやってきました、ハイスクールなみんなのための青春落書き電波、『mouse trap』!」
 無駄にハイテンションでかなり時代感覚のずれた司会の二人は日替わりで、その晩は有は名前を知らないが、昼休みの放送で面白いかつまらないかの境目付近を行き来しながら、妙に息のあったトークをする一年生コンビだった。もっとも、司会が日替わりでも、司会のノリは日替わりではないらしく、毎晩九時になると金切り声、裏声、シャウト、脅しをかけるようなドスの効いた声などで「mouse trap」の始まりをけたたましく告げられるのだが。
 有はなかなかの人数を誇る熱狂的な「FM WILD SEVEN」のリスナーの中でも、とりわけ熱心な部類である。特に午後九時からの「mouse trap」は毎日の予定の一角を常に占めている。

「ところでチャコちゃーん、ちょっと聞いてよ聞いてよー」
「なになに、バカミキちゃん」
「バカは余計じゃ、バカは。こないだ部活の帰りにラーメン屋行ったのよ、ラーメン屋」
「うわ」
「なによ、『うわ』って」
「女一人でラーメン屋行くなんて、微妙じゃーん」
「いちいち話の腰を折らないの。で、とりあえずチャーシューメン頼んだの」
「あんた太るわよ」
「いっぺん地獄見る?」
「だが断る」
「まぁそれはともかく、チャーシューメン頼んだのに、来たのがワカメラーメンだったの。で、それを指摘したら、店員さんが『すみません、今から作り直します』って言ってきて、ワカメを取ってチャーシュー乗っけるのかなって思ったら、本当に作り直してきたのよー。しかもワカメラーメンを目の前に置いたまま」
「いいじゃん、二杯食べられて」
「ところが、まだ話は終わらないの。作り直してきたのがまた間違ってて、今度は肉野菜ラーメンだったの」
「あれまー、哀れミキちゃん」
「で、指摘したら、店員も相当慌ててね。今度はちゃんとチャーシューメンが来たんだけど、目の前にはワカメラーメンと肉野菜ラーメンが置かれたまま」
「……いくらあんたでも、三杯は食べないよね」
「ハハハ、バカね、チャコちゃん」
「そうだよねー、ミキちゃん」
「……人間、超えようと思えば限界はあっさり超えられるのよ、チャコちゃん」
「……あんた、まさか……」
「おかげで三日三晩おやつ食べてないわ」
「この人外め!」
「はい、という訳で今日の一曲目、行ってみよー! 三年二組のラジオネーム・横浜ベイ最凶伝説さんのリクエストで、NUMBER GIRLの『はいから狂い』!」
「なにが、という訳で、なのよ」
「『この曲を聴く度に、去年別れた彼女のことを

 ダメだ、と有は思った。
 本もラジオも、頭に情報が入ってくるそばから抜けていってしまう。日曜日の待ち合わせが気になってしょうがないのだ。
 ラジオの電源を消し、本を閉じると、一気に部屋が静まり返り、ようやく何かを考えるだけの余裕が生まれる。
 春子はなんであんな笑顔が出来るのだろう。
 自然で、嫌味がなくて、「普通の女の子」らしい感じがする。
 有は駅での出来事を思い出す。友達ですよ、と言って笑う春子。他の友達を連れてきてくれるという春子。「alison」の撮影のために自らの手首を切るようなイメージとは決して結びつかない映像群。結局のところ、春子は「普通」に見える。
 「普通」になりたい、と有は常々思っていた。こんな根暗じゃなかったら、読書なんかに興味がなかったら、運動が人並みに出来たら、テストの平均点をあと十点くらい落とせたら……。ラジオも、聞いている間だけ「普通の女の子」になった気分になれるから、麻薬がやめられない薬物中毒者のように頼ってしまうのだ。
 春子や、春子の友達といたら、私も「普通」になれるのだろうか。
 有は掌を天井の電灯にかざしてみる。指の隙間から漏れる光の色がなぜだか曖昧に見えた。単に照明の明るさを二段階目にしているからかもしれないし、別の理由があるかも知れないが、考えるのが面倒くさかった。


       

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