Neetel Inside 文芸新都
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 電車に乗る必要がなく営業している駅には近付かなくても生活できるから、有にとって駅は初名浜の廃駅以外存在しないも同然だ。
 駅は浜辺に建っている。浜辺、と一口に言っても、夏になると大勢の人々が詰めかける整備された海水浴場から、荒涼として、ゴツゴツした岩肌から枯れ草が伸びて風に揺られる寂しい原風景まで色々だが、駅がある海岸は間違いなく後者の極北を行っている。
 栗江市は北に開いた小さな湾に面しており、西側に泉鮎浜という海水浴場や栗江市の中心街である舞部台があり、東側に初名浜がある。その近くに初名坂が位置していて、坂を登って西に三分も歩けば有の家があり、さらに七、八分で神村高校につく。
 元々は地方の鉄道会社の観光路線の一駅だったが、有が六歳の時に会社が倒産し、路線の一部をJRが引き継いだ。しかし、どういう訳か引き継がれなかった駅々も取り壊されずに残っていて、その閑散とした具合が町並みの時間軸にぶれを与える。初名浜の駅は特にそうだ。
 坂の出口で立ち止まったのを境に、スイッチが入ったかのように静かになってしまった。圭一が突然感傷的になったせいだ。功二は気まずく思った。
「なんかおっかないところだなぁ。こんなところに一人でいて、寂しくなかったの」
 狭い通りを抜けると、唐突に空間が広がる。海岸に沿った道路を歩きながら、功二が不自然に明るい声で有に問いかけると、有は風に吹かれる髪を耳の後ろに押さえながら黙想した。
 
 有は、人がいないことを孤独として受け取ったことがなかった。
 小学校の三年生あたりから、陰ででずっとけなされていた。頭がいい、私達とは違う、変、恐い、静かすぎる、近付きたくない。運動会の全員参加のリレーで全力で走っても手を抜いているように見えるらしく、最下位になった時、運動バカの男子生徒に目の前でこうそしられたこともあった。
 こいつに何言ってもしょうがねぇよ。こいつは俺達と違って、頭いいんだぜ。手ぇ抜いて走っても関係ねぇんだ。いいよなぁ、楽で。
 悔しさのあまり泣き出すと、彼はチェッ、と小さく、しかしはっきりと舌打ちをしてその場を離れた。
 中学に上がればみんな変わる。担任や親にそう言い聞かせられていたが、中学校に上がっても、皆オブラートに包んだ言い方を学んだだけで中身は変わらなかった。それでも親は、高校に上がれば変わる、と繰り返していた。
 高校に上がった結果は言うまでもない。親もついに、有を励まし切れなくなって、何も問題がないかのように振る舞い、「普通の家庭」を演出した。
 一つの学年に百何十もの人間がいて、その中の四十人には毎日同じクラスで接する。それなのに、理解を示し、親身になってくれる者は滅多にいなかった。

「寂しく、なかった」
 首を横に向け、波を眺める有はほんの少し口の端を上げて、力のない笑顔をしていた。瞳に映っているものが確認できない。訊かない方が良かったかな、と功二に自身を責めさせるには充分だった。
「寂しい、って思うには物差しが必要でしょう。学校にはあんなに人がいるのに、私の側には、誰もいない。それが物差しになるから、人がいる学校は、人がいなくて、物差しもない駅より、ずっと寂しかった。不思議だよね」
「そう」
 功二にはその一音節以外に答えようがなかった。
「うん」
 生返事をする有から目を離し、圭一と春子を見る。二人とも苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ねぇ」
 三人とも、突然陽気な声を発した有に向き直る。
「駅まで、競走しよ」
 不器用に取り繕ったハイテンションが見え透いていたが、有も人付き合いに慣れていないなりにその場の軌道修正を試みているのもよく伝わった。
「よし、俺がスタートの声出すよ」
「そしたらお前が有利じゃねぇか」
 功二の発言に圭一が突っ込む、お決まりのやりとりが展開される。その時点で、春子の参加が義務づけられたのだ。
「よーい、どん」
「あ、不意打ちか」
「ずりーぞ、このぉ」
 勝手に走り出した春子を三人が全力で追いかける。少し先で、木造の駅舎が彼らを観察するように静止している。


       

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