Neetel Inside 文芸新都
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 センチメンタルな気分を吹っ切るために駅には長居せず、バスに乗って舞部台に移動して手当り次第に商店を回った。そのかいがあって、春子と有は海岸でのやりとりを忘れて楽しんでいたようだったが、功二の脳裏には有の声がこびりついていた。
 人がいる学校は、人がいなくて、物差しもない駅より、ずっと寂しかった。不思議だよね。
 少し掠れた声音でそう笑う有は、触れたら脆く崩れそうだった。その様子が功二の記憶と繋がる。
「なぁ、香川って、憶えてる? 中一の時一緒だった」
 窓枠に頬杖をついて外を眺める圭一に尋ねる。圭一は動かずにそのまま答えた。
「香川? あー、そんな奴いたな」
 圭一はかつて同じクラスにいた香川貴輝に対してその程度の認識しか持っていないようだった。もっとも、香川は地味な生徒だったので、常に男子生徒の社交の中心にいた圭一が存在を知らなくてもやむを得ない部分もあるのだが。
「圭一は中二は違うクラスだったけど、俺はまた香川と一緒だったんだ。あいつさ、中二でハブられてた」
「マジ? なんかしたのか」
 圭一は興味なし、といった風で抑揚をつけずに言った。
「いや、別に。ただなんとなくみんなにシカトされてた」
「ふーん」
 バスがゆっくり速度を落として停車する。海岸通を走っているので、当然どこまで行っても海が見える。圭一は、久しぶりの遠出の愉悦に浸って、ひたすら汀の輝きを見つめていた。
「で、担任に相談してるのを聞いたことがあってさ。あいつ、シカトされるくらいならいじめてもらえた方がよっぽど楽だ、って言ってた」
「そか」
 沈黙が舞い降り、エンジン音と揺れが長めの隙間を埋める。
「なー」
 圭一が独り言のようにも聞こえる、ハッキリしない声で功二を呼ぶ。
「なに」
「そいつってさ、今神高にいんの?」
「うんや。大検の勉強してる。確か、東大目指してるっつってたけど」
「そか」
 圭一は伸びをして、また頬杖をついた。少し間を置いて、また話し始めた。
「よかったな。あんまり身の回りに不幸な奴がいっぱいいると、辛いからな」
 そう言う圭一の声は、さっきまでと比べて、わずかに温もりがこもった気がした。功二は息を吐きながら返答した。
「あぁ、そうだな」
 圭一は振り返って、功二の隣で寝ている二人の少女を見やる。二人とも資金力はあるらしく、春子が両腕で抱えている買い物袋は有名ブランドの夏服ですっかり膨らんでしまい、有が足下に置いた本屋の紙袋は持ち上げたら本の重みで裂けそうだ。圭一は言葉を続けた。
「不幸な人間って、自分を憐れむだけの嫌な奴と、他人を不幸にしないように努めるいい奴がいるけど、こいつらは間違いなく、いい奴らだよな」
「あぁ」
 功二の返事を聞きながら、圭一はまた伸びをした。
「俺達はどうなんだろ」
 そう呟きながら組んだ手をほどいて、圭一は功二に眠そうに言う。
「じゃ、俺家で宿題やんなきゃいけねぇし、まだだいぶバス長いし、寝るわ。今日はありがと。すげぇ楽しかったぜ」
 そう言って、圭一が窓にもたれかかる。これで、起きているのは功二だけだ。
 栗江市は東北地方の都市としては大きい方だが、所詮は地方都市、とコンプレックスを抱く若者が多く、ほとんどが東京近辺への移住を目標に上げる。なるほど、確かに流行、行き交う人々のファッションの洒脱具合、娯楽の選択肢は東京と比べるべくもないし、曇りの日の、中途半端な都市にありがちな閉塞感や寂寞感は絶望的ですらあり、まだ雨が降ってくれた方がまし、などと言われている。功二は東京理科大志望を公言していたし、一つ上の兄にしても、香川にしても、今まで知り合った同世代の人間のほとんどが東北には留まらないと、自分達の置かれた環境を鼻で笑っていたなかで、圭一は功二に打ち明けたことがあった。
 俺は、東京に行くつもりはない。
 なんで。少し驚いて理由を探ると、圭一はこう答えた。
 みんな栗江をバカにしてるけどさー、そのうち帰ってくると思うんだよな。その時、みんなが安心してここに戻れるように、俺が準備をしておくんだ。
 皆が帰ってくると思う根拠は一切挙げなかった。準備の内容も具体的には話さなかった。しかし、それでも、なぜか納得してしまう。
 圭一は、優しいんだよな。功二は思った。
 不幸な人間って、自分を憐れむだけの嫌な奴と、他人を不幸にしないように努めるいい奴がいるけど、こいつらは間違いなく、いい奴らだよな。俺達はどうなんだろ。
 俺はどうか知らないけど、お前もいい奴だよ、圭一。
 腕時計のアラームをセットして、功二もまぶたを閉じる。弱冷房の車内に乗り合わせた乗客達の喋る声が、少しずつ遠ざかる。


       

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