Neetel Inside ニートノベル
表紙

夢の残骸(処分場)
「乳法 - 01」

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「ワシのように……犬になるな……。お前は狼になるんだ……狼になって……飼い主を気取ってる……奴らの首元を噛み切るんだ……」
 俺の師父はそう言い残し、この世から消えていった。
 当時の俺にはその言葉が理解できなかったが、今は違う。俺は、俺が狼だ。 



 大いなる指導者が死に、各地に生きる大名たちは自分がこの国を収めようと、大いなる指導者の残した「この国を収めたかったなら、今世紀に一人いる最上の乳を持つ女を娶れ」と言う言葉通り、最上の乳を持つ女を探す泥沼の戦が各地で行われている中、俺は生まれた。 
 父も母も居ない俺を育て上げてくれたのは、他ならぬ師父だ。小さき時から師父は俺に数々の技を教えてくれた。生きていくための技、人を騙す技、そして乳法を。
 乳法とは、忍法とはまた違う、技。名前の通りに、最上の乳を確認するだけの技。だが、この乳法が、この時勢では忍法以上に必要とされている。
 各地に済む大名達は、この力を持ったニンジャ達を犬として使い、そして女の多い街を占拠しては、その技を使わせ最上の乳を持った女を探す。
 もう、世界はぐちゃぐちゃだった。乳を揉まれた女は泣き叫び、戦のために命を燃やす男たちは、文字通り命を燃やし。
 俺が生まれるまで、この国が豊かで穏やかだった……だなど、到底に思えぬほどに。



「ナギサ殿」
「またですか……お代官さま」
 最高の乳法を持っていた師父が亡くなり一年。俺の下に毎日のようにお代官さまが来るようになっていた。
「ええ、諦めませぬぞ。わたしはこの戦乱の世を早く収めたいのでございます。もちろん、それがしが我が主の望でもあるのですが」
 主というのは、多分、この辺一体を占めている大名のことだろう。
「あなたの師匠でもあり、父でもある師父様の乳法を継ぐのはあなただけ……。どうか、どうかわれわれに、その乳法を使っていただけないでしょうか……?」
「断る」
「おぉお、何故、あなたはいつも、いつも、我が望、主の望を断るのですか……! 早く、この戦乱を収めるためにも――」
「だから断ると言った。年貢もきちんと収めているだろう。何か文句があるのか?」
 と俺はお代官さまを睨みつけながら言った。
「……何故ですか」
 お代官さまは唇を噛み締めるようにして。
「何故、あなたは、そうやって、そうやって、持っている力を使おうとしないのでございますか! 何故、なぜ!?」
「師父に言われたのだ。無駄に力を使うなと。できるだけ力には頼らず普通の生活をしろ。と」
「……わかりましたナギサ殿。今日の所はこにて失礼しますが、わたしはまだ」
「用が終わったなら早く帰ってくれ!」
 俺は、腹の奥が暑くなるのを感じながら、家の戸を締めた。

「またお代官さま来てたの?」
 数刻立ち、村の中もいつも通りの静けさを取り戻すと、幼馴染のナオが俺の家の戸を勝手に開けて入ってきた。
「ナオ……また人の家にかってに入って……」
「勝手にっていうか、ナギサが勝手に師父の家に住んでるんじゃない」
 と戸を閉め、囲炉裏の前に座るナオ。
「師父は俺の家族だ。師父が立てたこの家を守るのが、今の俺にできる唯一のことだ」
「あっそう。でもさ」
 ナオは囲炉裏の火から俺の顔に視線を移して。
「ナギサさ、どうせ乳法とか言うのは使えても、実際に女の胸を揉んだこと……ないでしょ?」
「……何を言ってるんだ……ナオ」
 ナオは目頭を緩ませて。
「ははぁーん。この戦乱の世をまとめ上げる力の中でも、最高の力を持った師父から、その力を伝授しておきながら……その力を使ったことがない。なんてー……ありえないよね?」
 確かに俺は、本物の女の乳を揉んだことがない。
 修業の時は大体、砂袋を揉み、この手に乳法の極意を仕込んできたのだが――実際の女の乳という物を触ったことがない。
 明確な胸の基準は師父の修業おかげか、この頭と手に記憶されているのだが、が、実際に本物の胸を揉んだことがないだけに、俺はその基準を信じていいのか――正直、分からない。
「なら、ナオ」
 俺はナオの胸を食い入るように見つめながら。
「その胸を俺に揉ませてくれないか?」
「嫌だ」
「何故だ。師父の教えどおり、俺は師父の乳法を伝授したか確かめたい。だから頼む」
「嫌だって」
 ナオは軽蔑するような視線を俺に叩きつけながら。
「どうして、ナギサの修業の出来をボクで試さないといけないのさ! そんなのその辺に居る女の胸で確かめればいいじゃない!」
 確かに乳法には後ろから忍び寄り、胸を揉み、相手に気づかれる前に立ち去るという技がある。と言うより、それがこの法の極意なのだが……。
「駄目だ。祖父が言っていた。一番最初に良くも知らぬ相手の胸を揉むものじゃない。と」
「なんでよ? 女の知り合いならボク以外にも居るでしょ?」
 と不思議そうにナオは言った。
「居ない。知り合いなど、師父が死んだ今、ナオ以外」
 師父は障害孤独だった。迫害されるかのように村はずれの申し訳程度の小屋に一人孤独に澄んでいた祖父。
 その祖父に育てられた俺に知り合いなどというものができるとは思っていなかったのだが、どういうわけかこのナオと言う女だけは俺と仲良くしてくれた。
「……ごめん」
「謝ることはない。ナオは何も悪いことは言っていない」
 そんな重い空気の中、なにか思いついたのかナオが立ち上がりこういった。
「なら、こういのはどう? ボクがナギサに『村娘の胸を揉んでこい』って依頼をするってのは」
「それは……?」
「知らなければ知ればいいのよ。あんた一応ニンジャなんでしょ?」
「……そうだが?」
「なら、ボクがこれから言う女につきまとって、その女の一部始終を調べて、その女を知った上で、胸を揉めばいいのよ」
「何を言っている。そんなのはムチャクチャだ。俺はヤラんぞ」
 その言葉を聞いたナオは顔を引き締め、怒鳴るように。
「ならそうやって怠けてるといいよ! せっかく師父から教えられた物も生かせずに、師父の言葉に縛られ続ければいいよ! ボクはね、ナギサにもっといろんな物を見てもらいたいの!」
「いろんな物?」
「そう。いろんな物。ナオの世界はこの小さな小屋だけじゃないってことを知ってもらいたいの!」
 そうか。それもそうか。
 祖父も言っていた。いずれ自分で考え行動しろと。ワシの言葉に縛られているだけではダメだと。
「……分かった。ならやってみる。で、俺はどの女の乳を揉めばいいのだ?」



 ナオの指名した女の顔を見に、久々に村の中心に行く。と言っても、買い物に村の真ん中に行く時とは全く別だ。
 人に気付かれないように、目標を探さなくてはならない。しかも俺はその目標となる女の顔を知らない。
 だがナオの言っていた「男どもの中心にその女がいる」というのが本当ならば、見つけられないこともない。
 しばらくの間、村の中心を見渡せる家の屋根の上で見を潜めていると、何やら不自然な人だかりができ始めて来ていた。
 そこに店があるわけでもなく、そこに何か珍獣がいるわけでもないのに出来る人だかり。しかも、女の影はなく、男だけの。
 気味が悪いと思いつつ、その人だかりを眺めていると、中心に一人の女がいるのに気がついた。どうやら、あれがナオに言っていた女らしいが、どうもここからでは顔がよく見えない。
 俺はその女の顔がしっかり見えるところまで、誰にも気付かれないよう気配を消しつつ移動し、その女の顔を見ると同時に、俺に流れる時が一瞬止まってしまったのを感じた。
 その女は美しかった。
 腰まで届くであろう長い黒髪、綺麗な二重、すっきりとした鼻。一目惚れというのはこういうことなんだとうか。と思ってしまうほどに美しかった。
 なるほど、村の男達が群れをなすのも理解できる。が、これだけ人がいると、女を監察するもクソも無い。
 どうしようか。と悩みながら、その行列の一歩後から目標を付きまとっていると、ある路地の前で、男たちはその中心に据える幹を亡くした葉のように散り散りに別れていった。
 何が起きたのか。わけも分からず、誰もいなくなった路地の前にまで行くと、かすかにだが惚れ薬のような匂いが漂ってきた。
 もしや、あの女。



 女の素性はいつどう調べても分かり得なかった。
 村に住んでいるのかも、名前も、何もかも、全然、調べがつかなかった。
 ナオに誰なんだと訊くのもひとつの手だが、それだけは使いたくない。依頼主には変な責任を押し付けてはいけない。
 女はふらふらーっと、村の真ん中に現れては男達の中心に立ち、そして笑顔を振りまく。一定時間それをやった後、ふらふらーっと路地裏に消え、それまで夢でも見ていたかのように男たちもそれぞれの生活へ戻っていく。
 得体のしれないが美しい女。
 そんな魅力を持つ女。
 そして俺が生まれて初めて乳を揉むことになるであろう女。
 魅力を感じていないといえば嘘になる。乳法を試したくてしょうがないといえば嘘になる。だが名も知らぬ女の胸を触るのにはかなりの抵抗があった。
 揉もうと思えばいつでも揉めるが、それはしたくない。最低限相手の名前くらいは知りたい。だから俺は我慢する。あの女の素性を知るまでは。

     

「もみてぃっく(http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=12279)」の外伝? として書いた小説。
 世にでることもなく、続きを書くこともなく、忘れ去られた小説の一つです。

       

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