Neetel Inside ニートノベル
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 交は「かわす」と読むらしい。
 その交という名の我が部長に牙が向いたことを視認すると、一息に背後へと回り込む。
 一振りで傷を付け、二振りで皮一枚まで追い込み、最後に片足を削ぎ落とす。
 ぐらり、と均衡を失った隙を逃さずにもう一本も切り落した。傷口から血が溢れ出る。
崩れ落ちる巨躯にとどめを刺す役目は、瀕死の部長、のアバターの斧が担う。
『まるでゴミのような攻撃だったな。塵が当たったのかと思ったぞ』
 言葉と同時に体力バーが一面の白に塗りつぶされる。
『え、ちょラグ死とかないわ』
 代わりに交という文字が赤く染まってぐしゃりと倒れた。本名プレイもないと思う。

SAO(別名、そこらへんに足が落ちているオンライン)とは、最新鋭のグラフィックをリアル方面に駆使して制作されたファンタジーMMOである。勇者が悪を駆逐する王道派なストーリーを最大限グロテスクに表現することで子供たちに正義と戦いの真実に気付いてもらいたい、というフロンティア精神溢れるコンセプトのもとに年齢制限を食らった本末転倒なオンラインとして一時期話題になったらしいが、偏重なリアル指向のために高身長の敵はまず足を落としてバランスを崩してから目玉なり心臓を付くのがセオリーであり、切り離された足は、プレイヤーの武器である「倒した相手を吸収して成長する剣」の対象から除外される仕様(運営発表)があるため、週一のメンテナンス前には腐りかけた足がフィールドにごろごろしているという凄惨な光景を目にすることができる。かくいう僕も面識のないクラスメートに強引に誘われて始めたのが昨日、メンテ一日前のことであり、街中にはびこるデカい足ときどき生首を目にしてナンセンスなホラーゲームかと思ってしまった。
長々とそんなことを考えながら街の中央広場で待機していると、障害物競走さながら足々を乗り越え相方がやってきた。教会での救命治療が成功したらしい。
『死ぬかと思った』
 一定確率の救命失敗でデータ全削除だからな。一つ五十円のAEDキットを買えば凌げるけど。
 石畳にしゃがみ込む二人。単調なBGMが半周する。見知らぬキャラが視界を駆け抜ける。
『クソゲーだな』
 同意する。今夜限りでデリートしよう。
 ところで、と話題転換を試みる。ゲームではなく現実の話。
 ソーダの呪いって知ってるか。
『いや、初耳だが』
 部活、と言えるかは怪しい何らかを終了した後、自販機から靴箱へ向かいつつ交わした作戦。昨夕発生した無名の都市伝説の内容はこうだ。
 密かな話題になってるらしいんだが、ソーダが好きなやつの身近に覚えのない炭酸飲料が現れるらしい。机の引き出しとか、バックの中とか。何かの間違いかと思って周りのやつらにきいてもわからずじまい。
『マジかよ、最高じゃん』
 と思うだろ? それが罠なんだと。それを飲むたびに体が炭酸っぽく変化していって、十分炭酸っぽくなった時、どでかい炭酸の塊みたいな化け物がそいつを吸収しに現れるらしい。
 そう打ちこんでから、別ウィンドウでSAO(すぐに飽きたオンゲ)のレビューをググるくらいの時間があった。評価は思った通りに目も当てられない。
『まじかよ』
 何だ今の間は。まさかこんなバカな話を丸呑みしていないとは思うが、文字のみのコミュニケーションなのでいまひとつ判断しづらい。この会話は信じさせることが目的ではないのだが。
『対策法はあるのか』
 あちらから尋ねてきたので、誠心誠意答えを入力してやる。
 ソーダに関するあらゆるものとの付き合いを断ち切れば、化け物の方から見込みなしと判断されて事なきを得るらしい。
 エンター。嘘だし、最初から彼女の創作だけど。
そういえば、彼女の名前を僕は知らない。次に会って、興味がでたら聞いておこう。
そんなことを思いながら、口数、いや打ち数の少なくなった交部長と少々の雑談をかわして別れる。
時刻は二十二時過ぎ。とりあえず、ゲームプログラムを消しておく。容量がちょっとだけ増えた。

       

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