Neetel Inside ニートノベル
表紙

ソーダーとオンライン
二本目

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 おかしい。どうかしている。光景としても偏向としても、どれもどいつもどうかしている。
 学校中のありとあらゆる炭酸が全て売り切れていた。
 明確に赤い販売拒否の四文字を見つめて、正確に二つの意味で溜息をこぼす。三つ目はない。決して自分で飲みたいわけではない。仕方がなく、納得はしていないけれど、次善の策をとることにした。
 作業を終える。
 風が気持ちいい。
 自分のためにあつらえたような爽やかさだ、と二つの対象を褒めてみる。
 自分が誰で、ここは何処なのか。それは知っている。自分は何のために生まれたのか。それは知らない。興味はあっても強迫はない。知れないならばそれでいい。
 今は目的があるし、何より気分がいいのだから。
 水面が揺れ、鼓膜が揺れる。私は溶けるように消えた。スイーツ。


 いつものごとく始業時間ギリギリに登校すると、いつもより教室が騒がしかった。
 気に留めるまでもなく席に就いて間もなく、喧しそうな顔が視界に闖入する。
 机に手を叩きつけ、恐々とした内面がにじみ出ていそうな顔で、
「なあ、お前の悪戯とかじゃないよな?」
 と聞く交部長に、おもむろに引き出しから下敷を取り出しながら答える。
「何の話だよ」
 聞き返すと無闇に顔を近づけてくる。暑苦しい。下敷を煽いで相殺する。
 心なし小声で囁くように、
「俺の机にな、ファンタが置かれていたんだ」
 へえ、と興味なさげな生返事。
「これってさ、昨日言ってたやつだろ。炭酸のファンタが化学反応して炭酸になるやつ」
「落ちつけ、それは単なる融合だから。さておき、誰かの悪戯じゃないのか?」
「俺だって最初はそう思ったさ。だけど、俺が教室に着いた時には安田と高野しかいなかった。ところが安田は冗談飛ばす柄じゃないし、高野は面識のない女子だ。そりゃあ高野はそれなりの美人だし、知らぬ間に俺に一目惚れていて『片道十五分のツーリングお疲れ様』なんて気持ちを込めた匿名の差し入れをしたという線に期待したくないわけではないが、それにしたってタイミングがピタリ賞ド真ん中だ。いやしかし男女の恋は運命というし、このような奇跡も必然なのだろうか!」
「頭を冷やしてやろう」
「ああ、涼しい、とても涼しい」
 文字通り下敷の風を送ってやるとトランス状態で喜んでくれた。穴という穴から気色の悪い何かが飛び出さない内に切り上げる。
「どちらでもないと思うが、少なくとも僕は悪戯のために百二十円を浪費したりはしないし、早起きしてファンタに驚く男子高校生を隠れて見守る趣味もない」
「……八十円のミニ缶だったことを知らないあたり、どうやら無関係らしいな」 
 微妙にケチってやがった。
「冷たかったし、気が抜けてなかったから、前日から用意されてたって風でもない。こりゃ本当に、呪い、あるいは高野の標的になったセンが濃厚かもしれん」
 奇跡も魔物もないんだよ、とネタばらしを、特に前者をばらしてガッカリさせてやりたくなるが、ドッキリが目的ではないので自重する。それにしても素直なやつだ。なかば駄目元で協力した筋書きだったが、彼女の狙い通りに転がされている。今のところ嘘はついていないから、直感が誤解しているのかもしれない。直感で動くタイプだからと言って、第六感が尖っているとは限らないけれど。
「ちなみに俺は、ファンタよりラムネの方がもっと好きです」
 これ見よがしな声で嗜好をアピールしだしたが、高野さんは単語帳の世界に没入したまま反応を見せない。当然である。そういえば今日は英語の小テストから始まるんだったな。どうでもいいけど。
 まてよ。会話のニュアンスが引っかかる。
「まさかとは思うが、飲んだのか」
 交部長の目が逸れる。
「いやその、これからの事を考えていたら、不本意ながらつい手と口が。だって勿体ないだろう。それに、一回くらいは問題ないに違いない。そうだろう?」
 薬物中毒者の自己暗示みたいな台詞を聞き流していると、備え付けのスピーカーからポップノイズが吐き出された。何事かと雑談が絞られた教室に、教師の遅刻した理由がアナウンスされる。
 体育館に集合しろとのお達しだった。

       

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