Neetel Inside ニートノベル
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 もうすぐ七月。加えて空は気持ち悪いほどに晴れていた。
 そんな時節に体育館などという小窓しかない空間に全校生徒を詰め込むものだから、室内は準子供用サウナくらいの様相を呈していた。準子供用とはいえど耐性には個人差があるわけで、まといつく湿度と温度、刻々と低下する酸素濃度は一人二人と罪のない生徒を保健室送りにしていった。
 歯切れの悪い般若心経みたいな生活指導教員、および校長の話を要約するとこうだ。一年一組にてそれぞれの机に正体不明の炭酸飲料が置かれていたこと。またその教室手前から階段を経由して二年一組の手前に至るまで、何らかの液体がぶちまけられていたこと。悪戯をした者は報告にくること、ただし外部の危険人物による犯行であるかもしれないので、身に覚えのない炭酸飲料を発見した場合は口にせず報告せよ。
 どう工夫すればこの一分スピーチですら余りそうな正味を四十分という超大作に引き延ばせるのかは、途中で脳の処理機能の大体がポップな炭酸ナンバーワン決定戦に費やされたために不明だが、記憶の断片から予想すると冗長にリピートを重ねてしばしば若者への罵倒を挟むという聞き苦しい手段を駆使していたように思う。そこまでして長話をしたい心境は察せそうにないが、親戚や近所のおばちゃんしかり、年齢と話の長さは比例するのかもしれない。はた迷惑な法則である。
 軟弱な軍隊のように整列して教室へ取って返されつつ彼女の姿を探すも見当たらなかった。背が高いので目に留まりやすいと思ったのだが、あいにく人が多すぎるようだ。
 教室にて斜め後ろの席を振り見ると、アイテムを惜しみなく使い命からがらボスを倒したら第二形態に移行したかのような交部長の青ざめた顔があった。他の生徒がまじめに小テスト前のテンミニッツ悪足掻きに没頭しているというのに、虚空を見つめてどんな無駄妄想に時間を割いているのだろうか。僕も人のことを言えた身ではないけれど。
 それにしても、まるっと一クラスごと配布するとは、なんとも気前のいい広報手段を採用したものだ。道具はミニサイズだったというのに。いや、だからこそのミニ缶なのかもしれない。要件を伝えるために冗長な言葉は必要ないし、脅すためにロング缶はいらない。私的には怪談の類はひそかに浸食するもののほうが恐怖心を掻き立てそうに思えるのだが、全校集会によって校舎中に噂の種が振り撒かれ、何より当の本丸に結構なショックを与えられたようなので、結果論ではあるが効果は覿面だったと言えるだろう。もしたった数十分の付き合いであの信心深い性格を見抜き考慮した上での作戦だったのなら、恐らく彼女は洞察力系の魔眼とかを発現していると思う。
 などと栓無いことを考えている内に昼休みに至り、部長はそそくさと席を立った。
 怪しい、とまではいかなくても気にかかる。授業を適度に聞き流すついでに観察をしていたが、一時間ごとに絶望に染まった表情に覚悟のような色が上塗りされていた様子で、つい先の国語の授業中には口角すら上がっていて不気味に感じられたほどだ。その時に朗読されていたのは主人公たる小動物が蛇に丸呑みされて全身を複雑骨折する場面だったので、よもや授業が原因でほくそ笑んでいたわけではあるまい。
 弁当を取り出して机上に設置しながらもそんなことを考える。昼休み終了まで残り四十三分。藪から棒が飛び出さない限り食いっぱぐれることもあるまい。
 袋から取り出さないままの弁当箱にしばしの別れを告げる。僕は興味との両立を図ることにした。

       

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Neetsha