Neetel Inside ニートノベル
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 廊下を可能な限り自然な動作でこっそり覗くと、突き当りを右折する姿が見えた。
 足音に気を付けて、まだ人気の少ない廊下を早足で進む。曲がった先の階段には既に人影がない。踊り場付近は音がよく反射するので気を付けなければならない。塀に跳び移る肉球動物のように、二段飛ばしで駆け上がる。
 まるで敵地に侵入したスパイのような心持ちである。あながち間違いではないと思う。尾行とは往々にしてそういうものだ。俯瞰して不審なのはどう考えても僕であり、問い詰められて困るのも僕だ。
 それでも、奇抜な男が奇妙な動きをしていれば、気にならない方が嘘というもの。
 交部長からは企みを感じる。妙に馬鹿っぽくもあり、しかし危うさを含んだ企みだ。それは単なる直感でしかないが、あの表情から察するに、彼の胸中に何らかの思い付きが発芽し、行動に移るだけの成長を終えたことは想像に難くない。
 階段を登り終えると二階に到着。まっすぐ進むと職員室があって、その前に上級生らしい姿がちらほらとあった。その途中の分岐に入り込めば教室。ここから左折しても教室。
 二階には職員室と図書室、それを除けば二年生の教室くらいしか無かったはずだ。彼は、交部長は何を目的としてここに来たのか。
 まず浮かんだのは創部届け。要するに、部活としての認可を受けるため職員室へと出向いたケース。考えてみれば、前日の夜間に創設を思い立ち、当日の夕刻に部員を掻き集めるような有様で、正式に部としての許可を受けているとは考え難い。生徒手帳なんて入学初日の説明会でパラパラと捲った記憶しかないし、部の設立要件なんて当然僕の知るところにはないが、少なくとも部員一名でソーダを崇めるなんて弱小新興宗教も鼻で笑いそうな内容を通すほどこの高校も前衛的ではなかったはずだ。むしろ教職員すら由来や理由に首を捻るような伝統行事を強行するような保守性をウリにしていたように思う。権力を持った愚人は保守へと走り、移りゆく環境を軽視して意味を失った非効率的な行為すら盲信し、模倣し、継続し、その内じわじわと腐ってゆくのだ。
 などと学習と模倣の明確な差について考えながら職員室前を通過するが、プリントを提出しに来たらしい生徒に便乗して室内を覗く分には作業に励む教員がちらほらと見えるだけだった。もう少し細かく見渡したいが、主張できる用もないのに入室するのは気が引けた。
 だがしかし、どちらにせよ、部員が増えたところで(入部届けを書いた覚えすらないが)許可が下りるわけもなし、早々に気に掛ける必要もないだろう。
 そのまま素通りし、次は図書室にたどり着く。
 ケースその二。呪いへの護身、あるいは反逆のために、資料を探しにいった可能性。
 無駄に重厚な扉を押し開け、見知った姿がないか瞥見する。知人の姿どころか担当の図書委員すら見当たらないが、奥の本棚に庇護された死角を確認するために入室した。 
 あくまで学術の主流に依存する公的教育機関にオカルトジャンルの資料を期待するのは苦しいものがあると思うが、果たして奥の奥に小ぢんまりとスペースが設けられているのみで、そこには目的の人物ではなく、交部長曰くそれなりに美人らしい高野さんの横顔があった。なんたる俊敏な移動。オカルトを究明すればテレポーターになれるのだろうか。幸い何らかの書物を熟読されているようで、こちらには気付いていないようだ。そのまま何気ない動作で顔を引っ込め、本棚を視界の盾にしつつ図書室を去る。何も見なかったことにしよう。
 再び職員室を横切り階段前。一時だけ逡巡して、登ることにした。
 三階にあるのは三年生の教室群だ。詳しいことは知らない。行ったことがないからだ。あまり交部長のいる可能性はないように思えたが、ここまで来たならば確認だけでもしておきたい。
 最上階に行き着くと、余分な施設がない以上は、二階と同じような構造をしていた。わざわざ階段という名の長ったらしい道のりを挟んで作る必要がないので、当然と言えば当然か。
 つまり、ここを訪れるということは、三年生の教室に用事があるということだ。
 ありえないと言うほどではない。オカルトに詳しい上級生の知り合いでもいるのかもしれない。だがしかし、ここも職員室と同じ類の理由で、進むのは躊躇われた。ここらが引き際なのだろう。
 まあそもそも、怪しいと言うだけで、僕が少年探偵じみた真似に苦闘する理由もない。対抗するなら好きにすればいい。計画から逸れるのも厭わない。僕は彼女の試案に乗ったが、それは積極的に目的を支援したいという善意を元にしてはおらず、過程に便乗することが面白そうだという利己心からだ。
 どちらにせよ何らかの変化があれば、放課後の空き教室にて彼自身が大々的に報告してくれることだろう。今日も活動するのならば、だけれど。
 そう断を下して踵を返す僕の目に、階下へ帰る階段、それ以外の通路が目に入る。
 すっかり忘れていた。暗く埃っぽいそこは、最上階の更に上部へと段を伸ばしている。
 屋上か。

       

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