Neetel Inside ニートノベル
表紙

ソーダーとオンライン
一本目

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「ソーダー部とは、どのような活動をするのだろうか」
 閑散とした学生食堂手前の自販機横に座り込んでアクエリを飲んでいる僕は、同じく自販機横でアクエリを嗜んでいる彼女を見上げる。お姉さまとでも呼ばれていそうなモデル体型も合わさって、相変わらず見栄えのする恰好だ。
「知らん」
 一言で返してアクエリを口に含む。350ミリリットルといわず250くらいで十分だよな、と思っていたら空き缶を投げ込む音が聞こえた。ちなみに彼女のは500ミリ(期間限定増量中)である。いくら夏至を過ぎたとはいえ、ついさっきまでパイプ椅子で姿勢を正していただけなのに、よく吸収できるものだ。
「迷いのない否定だな。知っていることだけ知っている、知らないことは知る由もない、か。清々しくて気持ちがいいよ」
 言いながら、何やら自販機を弄っている。アルミがぶつかるくぐもった音がした直後、彼女の手に握られていたのはアクエリの替え玉(期間限定増量中)であった。胃にスポンジでも入ってるのか?
「そういうお前も知らないじゃないか。というか、知らない集団とよく付き合う気になったな」
 プルタブを弾く小気味よい音も、意味を考えると気持ちが悪くなる。
「私は脅されてしまったのだよ」
「脅された?」
「ああ」
 彼女のロング缶が揺れ、ぴちゃぴちゃと水の跳ね当たる音がする。
「断れば口に含んだ炭酸を吹きかけるぞ、と無言の圧力を掛けられたのだ」
 その光景を想像する。夕暮れの空き教室で相対する男と女。男は炭酸で頬を膨らませながら女を凝視する。平穏な日常に突如として現れた爆弾。一触即発の危機にたじろぐ女。選択肢は不自由に等しい。
 引いた。何やってんだあの部長。場のノリで任命されて哀愁を漂わせながら下校していった部長。
「して、君の方は?」
「似たようなもんだよ。迫られて、答えを言わない内に力尽くで引き摺り込まれたんだ」
 事実である。少しの興味はあったが積極的に動くまでもない、つまり決めかねて、いやむしろ断る方向に傾いていた僕の精神をスルーし物理的に加入させられたのが今日の帰り際、ホームルーム直後のことだった。そこから校舎隅の空き教室に連れ込まれ、見知らぬ女生徒がやってくるまでは部活名すら知らなかったのだ。
「なるほど。と、いうことは。私たちには、不随意に不本意に加入させられたという共通の経緯があるわけだ。ここから導き出される答えはただ一つ」
 彼女は空いた手を、僕の目前にすらりと差し出す。
「ソーダー部を、共に潰そう」
 予想の斜め上をいった。
「何だこの手は」
「結束の提案だ」
「潰すまでしなくとも、部から抜ければ済む話じゃないのか」
「あれだけの強引な数合わせをしかけたんだ。無理に退部を申し出れば、運がよくて泣きつかれるか、最悪ソーダによる脅しすら考えられる。奴には前科があるからな。そのような危険を踏むよりは、所詮弱小組織、それ自体を崩壊させたほうが危険は少ない。何より、」
 彼女の潤った唇を、赤い舌が舐めるのが見えた。
「それでは、楽しくないではないか」
 楽しそうな声で、愉しそうな唇で、最も本音に近いであろう言葉を紡ぐ。
「それもそうだな」
 手を取り、引かれるままに立ち上がる。繊細で涼やかな指から、どこか悪戯っぽい力が伝わってくる。
 こうして、総部員三名の内二名による反逆の組織、ソーダー部を崩壊させる会が立ち上がるのであった。

     

 交は「かわす」と読むらしい。
 その交という名の我が部長に牙が向いたことを視認すると、一息に背後へと回り込む。
 一振りで傷を付け、二振りで皮一枚まで追い込み、最後に片足を削ぎ落とす。
 ぐらり、と均衡を失った隙を逃さずにもう一本も切り落した。傷口から血が溢れ出る。
崩れ落ちる巨躯にとどめを刺す役目は、瀕死の部長、のアバターの斧が担う。
『まるでゴミのような攻撃だったな。塵が当たったのかと思ったぞ』
 言葉と同時に体力バーが一面の白に塗りつぶされる。
『え、ちょラグ死とかないわ』
 代わりに交という文字が赤く染まってぐしゃりと倒れた。本名プレイもないと思う。

SAO(別名、そこらへんに足が落ちているオンライン)とは、最新鋭のグラフィックをリアル方面に駆使して制作されたファンタジーMMOである。勇者が悪を駆逐する王道派なストーリーを最大限グロテスクに表現することで子供たちに正義と戦いの真実に気付いてもらいたい、というフロンティア精神溢れるコンセプトのもとに年齢制限を食らった本末転倒なオンラインとして一時期話題になったらしいが、偏重なリアル指向のために高身長の敵はまず足を落としてバランスを崩してから目玉なり心臓を付くのがセオリーであり、切り離された足は、プレイヤーの武器である「倒した相手を吸収して成長する剣」の対象から除外される仕様(運営発表)があるため、週一のメンテナンス前には腐りかけた足がフィールドにごろごろしているという凄惨な光景を目にすることができる。かくいう僕も面識のないクラスメートに強引に誘われて始めたのが昨日、メンテ一日前のことであり、街中にはびこるデカい足ときどき生首を目にしてナンセンスなホラーゲームかと思ってしまった。
長々とそんなことを考えながら街の中央広場で待機していると、障害物競走さながら足々を乗り越え相方がやってきた。教会での救命治療が成功したらしい。
『死ぬかと思った』
 一定確率の救命失敗でデータ全削除だからな。一つ五十円のAEDキットを買えば凌げるけど。
 石畳にしゃがみ込む二人。単調なBGMが半周する。見知らぬキャラが視界を駆け抜ける。
『クソゲーだな』
 同意する。今夜限りでデリートしよう。
 ところで、と話題転換を試みる。ゲームではなく現実の話。
 ソーダの呪いって知ってるか。
『いや、初耳だが』
 部活、と言えるかは怪しい何らかを終了した後、自販機から靴箱へ向かいつつ交わした作戦。昨夕発生した無名の都市伝説の内容はこうだ。
 密かな話題になってるらしいんだが、ソーダが好きなやつの身近に覚えのない炭酸飲料が現れるらしい。机の引き出しとか、バックの中とか。何かの間違いかと思って周りのやつらにきいてもわからずじまい。
『マジかよ、最高じゃん』
 と思うだろ? それが罠なんだと。それを飲むたびに体が炭酸っぽく変化していって、十分炭酸っぽくなった時、どでかい炭酸の塊みたいな化け物がそいつを吸収しに現れるらしい。
 そう打ちこんでから、別ウィンドウでSAO(すぐに飽きたオンゲ)のレビューをググるくらいの時間があった。評価は思った通りに目も当てられない。
『まじかよ』
 何だ今の間は。まさかこんなバカな話を丸呑みしていないとは思うが、文字のみのコミュニケーションなのでいまひとつ判断しづらい。この会話は信じさせることが目的ではないのだが。
『対策法はあるのか』
 あちらから尋ねてきたので、誠心誠意答えを入力してやる。
 ソーダに関するあらゆるものとの付き合いを断ち切れば、化け物の方から見込みなしと判断されて事なきを得るらしい。
 エンター。嘘だし、最初から彼女の創作だけど。
そういえば、彼女の名前を僕は知らない。次に会って、興味がでたら聞いておこう。
そんなことを思いながら、口数、いや打ち数の少なくなった交部長と少々の雑談をかわして別れる。
時刻は二十二時過ぎ。とりあえず、ゲームプログラムを消しておく。容量がちょっとだけ増えた。

       

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Neetsha