Neetel Inside 文芸新都
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すぺらんかー
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「ふぅ……」


 俺『鶴橋圭太』は今日も穴を掘っている。

 掘り続けてどれ程の歳月が流れたのだろうか?

 電灯のおかげで作業場は明るいが、そこから一歩はずれればねっとりとした暗闇が身体に纏

わり付き、ここがどれだけ深い地下なのか想像すらつかない……



 ──15年前


 今年で二浪か……このまま俺の人生って……


「はぁ~……なんかいい事ないかな~」


 スポッ!?


「何だ!? 穴?」

「うわあああしっ死ぬうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 暗闇の中に意識も吸い込まれていく……

 穴に落ちてからどの位、気を失っていたのだろう?

 ……にぎやかな音が耳に入り、俺は目を覚ました。


「いっ生きてる……」


 意識がハッキリしてくると同時に、徐々に体の感覚も戻ってきた。

 ふよ~ん ふよ~ん

 何だろう? この上質なマットレスいや……まるでウォーターベッドに寝てる様な感覚は?

 ゆっくりと開いた俺の目に飛び込んで来たのは美女!?

 まるで竜宮城の乙姫様のような羽衣を羽織った美女がずら~り。


「ようこそ竜宮城へ」


 ……やっぱり俺死んだのか?

 それにしてもこの暖かくてやわらかな感触は……

 俺ずらりと並んだ女の子達のふとももの上で寝てんじゃん!?


「わっゴメン」


 ぽよよ~ん。起き上るために伸ばした左手に伝わるこのマシュマロのような感触は?

 って胸わし掴み!


「ひ~ごめっ……」

「んも~エッチ」

「……」


 優しい美女達に囲まれて、ここはなんて神環境なんだ~

 心ゆくまで酒池肉林を楽しんだ後、ふと我に返り明日が模試である事を思い出す。

 しかし、もーそんな事どーだっていいじゃないか。

 ここは素晴らしいところだし一生このままで……

 俺、なんであんなに頑張っていたんだろう。

 楽しそうに遊んで人生を謳歌している連中を横目に、ひたすら我慢して受験勉強。

 おまけにその努力さえ報われず、二回も挫折を味わったのに……

 俺には遊んでた連中の何倍も人生を楽しむ権利はあるはず。

 それに浪人でもこんなに楽しい事があるんだから、大学に合格すればもっともっと楽しい事

があるはずだ。


「俺そろそろ帰るよ」

「え~もっとゆっくりしていけばいいのに~」

「ごめん乙姫ちゃん、俺やらなきゃいけない事があるんだ……」

「分ったわ。また今度来た時はゆっくりしてってね」


 ニッコリと笑った彼女の笑顔に、またたく間に後ろ髪を引かれる思いだがぐっと堪える。


「お客様お帰りで~す」


 すると奥から黒いスーツ姿の初老の紳士が現れた。

 そうだった。帰ると言ってもここはどこかも解らぬ穴の中……

 送ってくれるのかな?


「あの~送っていただけるんですか?」

「もちろんでございますお客様」


 その言葉にほっと胸を撫で下ろす。


「80万円になります」

「へっ!?」

「いえ、ですからお会計が80万円になります」

「何の?」

「もちろん当店でお遊びになった料金です」


 ここそういう店だったの?? なんてこったい……


「まさかお金もないのに遊んでいたのですか?」

「……はい」

「それではいた仕方ありません。きっちり働いて弁済して頂きますよ」



 ……そして今に至る訳だ。

 えっ? 80万円返すのにこんな長い期間かかっているという事は、よほど酷い条件で働かされ

ていたのかって?

 いやいやそうでもないさ。

 一日8時間労働で日給8千円だし住宅もタダで光熱費もタダ、おまけに食事も3食きっちり付い

てくる。

 じゃあなんで返済にこんなに時間がかかるのか?

 そりゃあ労働の後の一杯は格別だからね。

 今じゃ俺も『竜宮城』の常連さ。

 ちょうどいいや。今から行くところだから、みんなも一緒に行こうよ。

 えっ嫌だ? 連れない事言うなよ。じゃあ入るよ。


「キャー圭ちゃんいらっしゃ~い」

「今日はお友達いっぱいなのね。サービスしちゃうから」

「あれ? 乙姫ちゃんは?」

「あー前の乙姫ちゃんなら、お父さんの借金返し終わったから上に帰っちゃったわよ」

「そんな事より~今は私が乙姫ちゃんなんだから、一緒に楽しく呑みましょうよ~」


 あれっ? なんだろうこの気持ち……


「……ごめん俺行かなきゃ」

「え~もう帰っちゃうの? ゆっくりしてってよ~」

「支配人! 俺まだツケ残ってたっけ?」

「はいあと8万円になります」

「それなら今月の給料前借すれば払えるな」

「それはそうですが、どうなさったのですか?」

「頼む、上に……地上に戻して欲しいんだ!」

「それは可能ですが……本当によろしいので?」

「ああ、頼む」

「かしこまりました、すぐに手配をさせましょう」


 俺は車? なのか電車? なのか船? なのかよく解らないないが地上へ向かう乗り物の中で初

老の紳士に尋ねる。


「乙姫ちゃん……前の乙姫ちゃんの行き先を教えて頂けませんか?」

「申し訳ございませんが、それはお答え出来ません」

「そんな……」

「そういうルールなので御容赦下さい」

「代わりにというのもなんですが、これは当店を御贔屓にして下さった鶴橋様への贈り物です」


 初老の紳士の手にはいつの間にか、豪華な紐で結ばれた見事な漆器の小箱が握られていた。

 促されるまま俺は小箱を受け取ったが、それは見た目通りの小箱の重さしかなく、まるで中身

は空の様だった。

 訝しげな俺の表情を見て初老の紳士が口を開く。


「小箱の中には鶴橋様の望む物が入っております」

「俺が望む物?」

「はい、小箱に入らない大きさの物は無理ですが、入る大きさの物なら何でも……」

「ただし、小箱を開けるのは上に着いてからです。これもルールです」


 よく解らないが、取り敢えずルールに従う事にする。

 程なくして乗り物が止まった。


「到着しました」


 初老の紳士の後を追い外へ出ると、そこには濃い霧が立ち込めている。

 ここはどこだ?


「鶴橋様、またの御来店を心よりお待ち申しております」


 初老の紳士はそう言い放ち深々と頭を下げると、濃い霧の中に消えて行った。

 すると同時に意識が遠のく……

 ……にぎやかな音が耳に入り、目を覚ますとそこには見た事のある景色が広がっていた。

 ここは……穴に落ちた場所だ! 夢だったのか?

 いや、夢じゃない。手にはしっかりと小箱が握られている。

 これからどうする? いや考える必要などなかった。

 しかし、問題はどうやって乙姫ちゃんを探すかだけど……

 そうだ、小箱の中には俺が望む物ならなんでも入っているはず!

 頼む……俺は一途の望みをかけ紐をほどきおそるおそる小箱を開けた。

 すると小箱の中には一枚の紙が……

 手に取り見るとそこには場所が示されている。

 ここからそう遠くない。


「良しこれなら!」


 僅かだがお金もある。俺は紙に示された場所までタクシーを飛ばす。

 目的地に到着しタクシーを降りた俺は、再度紙に示された場所を確認する。

 ここで間違いはない……

 その建物の入り口には『スナック竜宮城』と書かれた小さな看板があった。

 俺は、はやる気持ちを抑えゆっくりと扉を開く。


「ようこそ竜宮城へ」


 聞き慣れた声だった。


「やあ、探しちゃったよ……」

「キャー圭ちゃん来てくれたの感激~」


 話は盛り上がりいつの間にやらかなりの時間が過ぎた……


「まだまだ話し足りないけど今日はそろそろ帰るよ」

「え~もう帰っちゃうの~」

「また来るからさ取り敢えずお会計お願い」

「は~いちょっと待っててね」


 伝票を取りに行く乙姫ちゃんの後ろ姿を眺めながら楽しい時間の余韻に浸る。

 会計の計算が終わった様で、奥から声が聞こえてきた。


「領収書どうする~?」

「領収書はいらないよ」

「は~い」


 程なくして乙姫ちゃんが席に戻って来た。


「こちらが本日のお会計になります」


 手渡された金額は……


「へっ!?」

「80万円!?」

「は~い本日のお会計は80万円になりま~す」


 ……そうだ!? 俺には魔法の小箱が!

 頼む小箱よ! 80万円出してくれ……

 おそるおそる小箱を開くと中は空だった。

 一回しかダメなのね……


「あの~乙姫ちゃんツケじゃダメかな?」

「困ったわね~うちツケきかないのよ~」

「あっそうだ!? ちょっと待ってて」


 パタパタと奥へ向かった乙姫ちゃんはどこかへ電話しているみたいだ。

 ツケがきく様に交渉してくれているのだろうか?

 話しが終わったみたいでこちらに戻って来る。


「交渉せいり~つ! ちょっと待っててね」

「ありがとう乙姫ちゃん」


 しばらくして奥から黒いスーツ姿の初老の紳士が現れた。


「しっ支配人!?」

「いや~まさか鶴橋様がこれ程早くお戻りになるとは思いませんでした」

「ではまいりましょうか」

「……また地下に戻るのね」

       

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