Neetel Inside ニートノベル
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「俺のターン、ドロー!」
 神之上高校決闘部からは2人目、鷹崎透がステージに立つ。しかし2人目にもかかわらず盤面はまだ3ターン目。眼前にはたったの2ターン、より正確に言うならば返しの1ターンで真子を破ったデュエリスト、ミハイル・ジェシャートニコフが立っていた。
(破壊無効、攻撃無効、連続攻撃の効果を持つ《シューティング・スター・ドラゴン》に加え、同属性以外のモンスターではほぼ無敵の《A・O・J カタストル》。ドローブーストの《TG ハイパー・ライブラリアン》。やっかい極まりないな)
 ドローカードを含め6枚の手札を一瞥する。
(だが、この手札ならスタートとしては悪くない。うまくいけば、このフィールドくらいなら覆せるかもしれない)
「魔法カード、《手札抹殺》を発動!」
「ありゃりゃ、《エフェクト・ヴェーラー》が捨てられちゃったか。4枚捨てて4枚ドローだよ」
(ここで《エフェクト・ヴェーラー》を捨てさせたのは大きい……このまま流れに乗る!)
「5枚捨てて5枚ドロー。さらに、《伝説の白石》2体の効果を発動!」
 《手札抹殺》で捨てられたのは《伝説の白石》2枚と《ガード・オブ・フレムベル》、《デルタフライ》、《スキル・サクセサー》。そして《伝説の白石》が墓地へ送られたことで、デッキから《青眼の白龍》を手札に加える。
「《トレード・イン》で今加えた《青眼の白龍》を墓地へ送り2枚ドロー! さらにもう1枚《トレード・イン》を発動、さらに2枚ドロー!」
 鷹崎お得意のドローブースト。彼のデッキはすでに17枚も掘り進められている。
(よし!)
「《闇の量産工場》を発動。墓地の《青眼の白龍》を回収! 行くぞ、《融合》を発動し、《青眼の究極竜》を融合召喚!!」
 攻撃力4500を誇る最強クラスの3つ首のドラゴン。白く光る体は何物にも汚されず美しく、青い瞳はすべてを飲み込んでしまうかのようだった。
「なるほど……《青眼の究極竜》の攻撃力は4500。だけど《シューティング・スター・ドラゴン》の攻撃力は《イージーチューニング》でアップして4600。でも《シューティング・スター・ドラゴン》が攻撃無効効果を使用すればステータスはリセットされる。それができないのをいいことに《TG ハイパー・ライブラリアン》を殴り倒す気だね。えっと、トオルだっけ? 君結構やるなぁ」
「そりゃあどうも。《青眼の究極竜》で《TG ハイパー・ライブラリアン》に攻撃! アルティメット・バーストォッ!!」
「仕方ないから受けるよー」

ミハイル LP:8000→5900

『……3ターン目にしてミハイル選手のライフに傷を付けたのはいい流れですね。藍原学園が彼のライフを初めて削ったのは7ターン目でしたから、それに比べれば何倍もいい結果と言えますね……』
 明石プロの言う通り、この時点でミハイルに傷を負わせたのは後に繋がる一歩となる。鷹崎がミハイルを打倒することは不可能でも、その役には立てる。これは大きな一歩だ。
 しかし、ここで鷹崎の動きは止まらなかった。
「速攻魔法、《融合解除》! 《青眼の白龍》3体を特殊召喚!」
「……? 分裂したって《シューティング・スター・ドラゴン》はおろか、《A・O・J カタストル》にも勝てないよ?」
「いいや、これでいい。《青眼の白龍》2体でオーバーレイ! エクシーズ召喚! 轟く雷により終焉をもたらせ、《サンダーエンド・ドラゴン》!!」
 その効果は集団破壊(マス・デストラクション)。しかし、破壊効果である以上《シューティング・スター・ドラゴン》の前には意味を成さない。
「……ってことは、その手札に《シューティング・スター・ドラゴン》を無力化するカードがあるわけだね。《禁じられた聖杯》?」
(ちっ、読まれてる……。この余裕はなんだ? 2枚目の《エフェクト・ヴェーラー》を握ってる? いや、例えそうでもここでこいつの効果を撃たない意味はねぇ。ここはとにかく攻める!)

《サンダーエンド・ドラゴン》 ORU:2→1

 鷹崎は《サンダーエンド・ドラゴン》の効果を発動。自身のフィールドの《青眼の白龍》を巻き込み、全てのモンスターに雷を落とす。《シューティング・スター・ドラゴン》の破壊無効効果は持っていた《禁じられた聖杯》で封じ、見事ミハイルのフィールドをがら空きにした。
「よしっ!!」
「うーんと、これ……最初から《サンダーエンド・ドラゴン》出してから攻撃したほうがダメージ多かったんじゃない?」
「いや、プレイングとしてはこれであってると思うよ。ダイレクトをトリガーに《冥府の使者ゴーズ》が来るかもしれないし、そもそも《サンダーエンド・ドラゴン》の効果を2枚目の《エフェクト・ヴェーラー》に止められたかもしれないしね」
「あ、なるほど」
 《エフェクト・ヴェーラー》が《手札抹殺》によって1枚墓地へ行ったとは言え、《シューティング・スター・ドラゴン》の効果でデッキ内にまだ眠っていることは判明している。それを考えれば、ダメージが多少少なくなってもこの判断の方が正しいと言えるだろう。
「これで俺はターンエンドだ」
『ミハイル選手の強力な布陣を打ち破っちゃってしまった鷹崎選手! これはひょっとするとひょっとしてしまうかもしれませんよ! お姉さんちょっぴりわくわくしてます!』
『ですけど……ミハイル選手はこの程度では止まりません。むしろ……ここから正念場です……』
 まるで明石プロの発言がトリガーになったかのように、ミハイルは行動する。
「エンドフェイズ、《リビングデッドの呼び声》を発動! 再び舞い上がれ、《シューティング・スター・ドラゴン》!」
 光の粒子と共に墓場よりその姿を再度現す。1ターンすらフィールドを離れてはくれない。
「ちっ、苦労して倒したものを……ッ!!」

第3ターン
鷹崎
LP:8000
手札:2
《サンダーエンド・ドラゴン》、SS

ミハイル
LP:5900
手札:3
《シューティング・スター・ドラゴン》、《リビングデッドの呼び声》

「僕のターン、ドロー! これは想像してたよりも楽しめそうだし……ちょっと気を引き締めないとね」
 ミハイルを包む空気が変わる。真子を撃破したあの瞬間にも似た空気を感じた鷹崎は、無意識のうちに体を強張らせた。
「《シューティング・スター・ドラゴン》の効果発動! デッキトップを捲って攻撃回数をアップ!」
 捲れた5枚のカード。その内容は前のターンと同様5分の5がチューナーだった。2ターン連続5回攻撃権を得た《シューティング・スター・ドラゴン》はその姿をジェット機のように変化させ、攻撃の姿勢を取る。
「バトルッ!! 《サンダーエンド・ドラゴン》に攻撃!」
「くっ……」

鷹崎 LP:8000→7700

「2発目! ダイレクトアタックだ!」

鷹崎 LP:7700→4400

「ぐっ……がら空きのフィールドに無警戒とはな! この瞬間現れろ! 《冥府の使者ゴーズ》! 《冥府の使者カイエントークン》! 《冥府の使者カイエントークン》の攻守は《シューティング・スター・ドラゴン》と同じく3300。突破はできない! これでお前の攻撃は――」

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK:3300→4100

鷹崎 LP:4400→300

 ――防げる。鷹崎の口がそう紡ぎ終わる前に、フィールドは閑散とした有様になっていた。そのフィールドに残っているのは唯一ミハイルのフェイバリットだけだった。
「2枚目の《イージーチューニング》で、墓地の《TG ストライカー》を除外。800アップした攻撃力で、《冥府の使者ゴーズ》と《冥府の使者カイエントークン》を突破。さらにもう1発ダイレクトを決めさせてもらったよ」
 5回すべての攻撃を受けてなお、鷹崎は立っている。そう言えば聞こえはいいが、実際の状況はそう生易しいものではない。圧倒的すぎる。
(気付けなかった。《イージーチューニング》が発動されたのだけならまだしも、《冥府の使者ゴーズ》たちが突破されたことも、ライフが削られたことも……)
 普通ならミハイルと同じ状況にあっても誰もがこのようなパフォーマンスをできるわけではない。デュエルスタイル、『明鏡止水(クリア・マインド)』によって極度の集中状態にあるミハイルだからこそ、あの状況での《冥府の使者ゴーズ》の存在を確信し、完璧かつ鷹崎の意表を突くタイミングでの《イージーチューニング》の発動を成功させたと言っていい。
(速すぎる……あのアンナが霞んで見えるほどに最強だ。これで8番目? この上にまだ7人も最強がいるのかよ……なんて世界だよ、ったく)
「いやー、刈り切れなかったよ。やっぱりクロが見込んだだけはある、トオルは強いよ」
「はっ、どの口が言うんだよ。だが刈り切れなかったのは事実だ。まだ終わってやらねぇぞ」
 ミハイルの口元が僅かに釣り上がる。
「いいなぁ、すっごく楽しいよ。僕はカード1枚セット、ターンエンドだ! さぁ、次はいったい何を見せてくれるんだ!」

第4ターン
鷹崎
LP:300
手札:1
無し

ミハイル
LP:5900
手札:2
《シューティング・スター・ドラゴン》、《リビングデッドの呼び声》、SS

「俺のターン、ドロー」
 このドローで手札は2枚。フィールドは0枚。
(それなりに防御の態勢はとれる。だが……あっちは次のターンのドローで手札は3枚。実際どの程度攻撃を防げるかもわからねぇ。どうせあいつはまた《シューティング・スター・ドラゴン》の効果で5回攻撃を成功させるだろうしな)
 軽くミハイルを睨む。しかしすぐに目線を手札へと戻した。
(下手に延命するよりも、次につなげた方がいい。俺の勝利ではなくチームの勝利を優先させる。なら……)
「《聖刻龍-ドラゴンヌート》を通常召喚。墓地の《スキル・サクセサー》の効果を発動! 《聖刻龍-ドラゴンヌート》の攻撃力を800上げ、さらに効果の対象となったため効果を発動。デッキから通常ドラゴンを1体特殊召喚する。俺はデッキから《アレキサンドライドラゴン》を特殊召喚する」

《聖刻龍-ドラゴンヌート》 ATK:1700→2500

「レベル4の《聖刻龍-ドラゴンヌート》と《アレキサンドライドラゴン》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! 打ち抜け、《ガガガガンマン》!」
(へぇ……《交響魔人マエストローク》じゃないんだ。防御じゃなくて攻撃を選ぶか……)
「オーバーレイユニットを取り外し、効果を発動! このモンスターが守備表示の時、相手プレイヤーに800ダメージを与える!」

《ガガガガンマン》 ORU:2→1

ミハイル LP:5900→5100

「俺はカードを1枚伏せる。これでターンエンドだ」
(あとは今伏せた「これ」が決まれば随分と勝ちに近づくが……)
 続いて3度目のミハイルのターン。着実に敗北へと近づいていく。

第5ターン
鷹崎
LP:300
手札:0
《ガガガガンマン》、SS

ミハイル
LP:5100
手札:2
《シューティング・スター・ドラゴン》、《リビングデッドの呼び声》、SS

「僕のターン、ドロー」
 ドローカードを確認し手札に加えると、彼はそのまま《シューティング・スター・ドラゴン》の効果を発動させた。
「捲れたチューナーは当然5枚! 5回連続攻撃! バトルフェイズに入るよ! 《ガガガガンマン》に攻撃!」
「ただでやられるかよ! 《魔法の筒》を発動! 攻撃を無効にしそのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える!」
 破壊を介さず攻撃を無効にし、大幅にライフを削ることのできる優秀な防御カード。この発動が通ればミハイルのライフは一気に1000まで削れる。鷹崎はデュエルに敗北するが、それでも続く美里が大分楽になる。
 しかしミハイルはそれを打ち破る。
「カウンター罠、《盗賊の七つ道具》! ライフを1000払って罠を無効だ!」

ミハイル LP:5100→4100

「ぐっ……!」
「バトル続行! 《ガガガガンマン》を破壊! さらにダイレクトアタック! スターライト・エクスティンクション!!」
「ぐあああああああっ!」

鷹崎 LP:300→0

『ミハイル選手2連勝! しかし鷹崎選手もミハイル選手のライフを大幅に削りました! 大健闘と言えますよーっ』
 鷹崎はミハイルのライフを合計3900削った。この数値は藍原学園が13ターン……つまりは藍原学園が全力を賭して削った数値と相違ない。それを考えれば、鷹崎の活躍は十分のものと言えるだろう。
(タカサキトオル……デュエリストレベル7、ドラゴン族だけで固めたデッキに大量のドローブーストでフィールド、手札、デッキを高速回転させるプレイングが基本形。この大会は墓地共有のルールがあるから《冥府の使者ゴーズ》や《ガガガガンマン》も採用してたけど、その辺の構築について予想はついてた。けど、想定外だったのはそのプレイング。最初から勝つ気がなかった……違う、最初から自分の力で勝とうとしてなかった。あくまで前座、準備、捨て駒……自分の事を最終的な勝利への1つのピースとしか考えてなかったんだ。生き延びるための防御よりも、少しでも僕のライフを、アドバンテージを削ろうと攻めを繰り返していた)
「トオルはホント面白いなぁ。これはそう遠くないうちに化けるぞぉ」
 ミハイルは笑みを崩さずステージを降りていく鷹崎を、ステージに上ってくる美里を見た。
「悪い……任せる形になっちまった」
「けほっ……いいよ。元からそんなにうまくいく相手じゃないって分かってたんだし、それに……圏内には入ったよ」
「ああ」
 ステージに登っていく美里。その途中何度か咳を手で押さえる。
(また咳き込んでるな。まだ体調は戻ってない……いや、むしろ昨日より悪くなってないか?)
『神之上高校からは3人目、2年生、デュエリストレベル7、秋月美里選手です! ミハイル選手に対抗すべくいったいどんな手を打ってくるのでしょうか?』
「僕はカードを1枚セット、ターンエンド!」

第6ターン
美里
LP:8000
手札:5
無し

ミハイル
LP:4100
手札:2
《シューティング・スター・ドラゴン》、《リビングデッドの呼び声》、SS

「けほっけほっ……私のターン」
 鷹崎の懸念通り、美里の体調は良くなっていないどころか、悪化していた。
(一応昨日はたっぷり休んだんだけど……昨日から酷くなってる)
 見るからに正常ではなかった美里に対し、ミハイルが心配そうに声をかける。
「そんな体で大丈夫? 対戦相手の僕が言うのもなんだけど、休んだ方がいいんじゃ……」
「大丈夫だよ。せめて、君を倒してからじゃないとみんなに顔向けできないし、私もデュエリストだよ。こんなくらいじゃ、デュエルをやめる理由にはならない」
 一瞬キョトンとした顔をするミハイル。しかしすぐに笑みを浮かべた。
「いいな。ホントに君たちは面白い。ああ、それじゃあ遠慮はしないよ! 心行くまでデュエルを楽しもう! 君のターンだぜ!」
「うん。それじゃあ私は……」
 手札から数枚のカードを引き抜く。
「モンスターをセット。カードを2枚セットして、ターン終了だよ」
(ふぅん……意気込んてた割には消極的な一手。こっちの手数が段々と少なくなるのに対し、あっちの手札は6枚の状態からのスタート。この辺で一度《シューティング・スター・ドラゴン》攻略に出てくるかな?)

第7ターン
美里
LP:8000
手札:3
SM、SS×2

ミハイル
LP:4100
手札:2
《シューティング・スター・ドラゴン》、《リビングデッドの呼び声》、SS

「美里ちゃん……」
 遡ることおよそ6時間前。朝食を一緒に取ろうと璃奈が美里を部屋まで呼びに行った時の事だった。

 コンコンコン、と璃奈が美里の部屋のドアを3度ノックする。返事はなかった。しかし鍵は開いていたので、失礼とは思いながらも璃奈は勝手に部屋に入る。
「美里ちゃーん……?」
 ドアから顔を覗かせ中の様子を窺う。やはり返事はない。可能性として、既に1人で食べに行ったのかと思ったが、前日から一緒に朝食を取る約束をしていたのだから、それを反故するとは思えない。次にまだ寝ているのかと思った。彼女は朝にあまり強いとも言えなかったので、その可能性が高いと思っていた。
 事実、彼女は眠っていた。
 しかしベッドの上ではなく床で、さらに正確に言うならば睡眠ではなく気絶していた。
「美里ちゃん!?」
 璃奈はすぐに駆け寄り上半身を抱きかかえて美里に呼びかけた。触れた体は明らかに熱く、少なく見積もっても体温は38度を上回っていただろう。
 呼びかけが十を超えたあたりで美里はようやく意識を取り戻した。
「けほっ、璃奈……ちゃん……? どうしたの……? 今にも泣きそうな顔してるけど? 玄くんに変なことでもされた?」
「美里ちゃん!! 体調が優れないんだったらすぐに言って下さいよ! 心配したじゃないですかぁ……」
 瞳を潤ませる。ここでようやく美里は自分がどんな状況に置かれているのか把握し、俯きながら謝罪した。
「ごめんね……心配させたくなかったんだけど、逆効果だったね。ごめん。本当にごめんなさい」
 何度も謝る。眼鏡を付けていないせいで若干ぼやけた視界と、熱のせいで激しくぼやけた思考で目の前の少女に何度も謝った。
「えっと、とりあえず熱を下げないと……みんなに連絡して、氷出して、それとそれと」
「待って璃奈ちゃん。みんなには……伝えないで」
 璃奈は美里を凝視する。美里も朧気な視界で璃奈を凝視する。美里の表情は完全に病人のそれだったが、意志の強さが感じられた。
「みんなに心配は掛けたくないし、それにもしかしたら私の体調を考えて大会に出るのを自重するかもしれない。みんな優しいから……。でもね、私はみんなと一緒に戦いたい。玄くんと、真子先輩と、音無先輩と、鷹崎くんと、そして璃奈ちゃんと一緒に。だから私に頑張らせて」
 璃奈は涙ぐみながら言葉に詰まる。口を開いたのは2分程度経過してからだった。
「頑張っちゃダメです……なんて言いません。私だって美里ちゃんと一緒に戦いたいです。だから、無理はしないでください」
「ありがとう璃奈ちゃん。大好き」
「私もです。だから絶対に無理だけはしないでくださいよ……」
「うん……うん」
 自分に言い聞かせるように、美里は何度も頷いた。

(あれから市販の熱さまし用のシートを大量に全身に張ったおかげで熱は下がったけど、咳は止まらないしフラフラする。お願いだからあと数ターン、数ターンもって……)
「僕のターン、ドロー!」
(フィールドに出るカードは全部合わせて3枚……今までのデータから考えればセットモンスターの可能性としては《クリッター》、《墓守の偵察者》、《墓守の番兵》あたりかな。セットカードは……破壊系のカード2枚使いで《シューティング・スター・ドラゴン》を突破してくる可能性もある。まぁ一番きついのは《墓守の番兵》だけど、ケアは十分にできる。それ以外は大した障害じゃない。ここは攻撃あるのみだ!)
 この思考にかけた時間はドローフェイズ時の2秒のみ。洗練された思考で最善策を選択する。
 そして再び《シューティング・スター・ドラゴン》の効果を発動。当然のように5枚のチューナーを捲り、4度目の5回攻撃となる。
「セットモンスターに攻撃!」
「《クリッター》の効果を発動。手札に《墓守の番兵》を加えるよ」
(ここで《墓守の番兵》か……。だけど一手遅い! このターンでライフを削り切れば関係ナッシング!)
「2度目の攻撃!」
 ここで美里がセットカードの1枚に手を掛ける。
「《聖なるバリア-ミラーフォース-》! 攻撃モンスターを破壊!」
「《シューティング・スター・ドラゴン》の効果を発動! 破壊効果を無効にし破壊する! クリスタル・ウォール!!」
「もう1枚罠カード発動! 《サンダー・ブレイク》! 《シューティング・スター・ドラゴン》を破壊!」
(やっぱり狙いは2連罠! でも……)
「その程度読んでるよ! カウンター罠、《魔宮の賄賂》!! 魔法・罠を無効化する!」
「くっ……《魔宮の賄賂》の効果で1枚ドロー」
 《サンダー・ブレイク》は虚しく空振り。《シューティング・スター・ドラゴン》は未だ健在しており、その鋭い一撃が美里を襲う。
「きゃあっ!!」

美里 LP:8000→3900

「次の一撃で終わりだ! 行けっ、《シューティング・スター・ドラゴン》!!」
 だが。
「ううん。ここでお終いだよ」
 《シューティング・スター・ドラゴン》は、動かない。いや、動けない。
「えっ……どうしてだ。《シューティング・スター・ドラゴン》! どうして動かない!」
「自分のライフを、よーく確認するといいよ」
 そう言われ怪訝そうな顔をしながらミハイルは自身のデュエルディスクを確認する。すると。
「これは……ッ!?」

ミハイル LP:4100→0

「墓地から、モンスター効果を発動させてもらったよ。けほっ……《ヴォルカニック・カウンター》!」
「なぁっ……!?」
 《ヴォルカニック・カウンター》。炎属性モンスターが墓地に存在するとき、受けた戦闘ダメージをそっくりそのまま相手に与えるカード。ミハイルのライフは4100、そして《イージーチューニング》によって強化された《シューティング・スター・ドラゴン》の攻撃力も4100だ。それによって結果、ミハイルのライフは0となったのだ。
(《ヴォルカニック・カウンター》は今の《サンダー・ブレイク》で捨てたカード。発動条件のトリガーになったのはトオルが《手札抹殺》で捨てた《ガード・オブ・フレムベル》。そこまでは分かった。でもどうしてこの程度のコンボが『明鏡止水(クリア・マインド)』発動状態の僕が気付かなかった? いや、気付けなかったのか……? 藍原学園とのデュエルでは『明鏡止水(クリア・マインド)』は8ターンもった。こんなデュエルをするのは初めてだったから集中力が長持ちしなかったのは事実。それでもこのターンはまだ8ターン目。本当ならここまではまだ発動しているはずなんだ。間違いなく発動はしてたはずだ。なのに、なんだ気付けなかったんだ?)
 極限の集中状態にあるミハイルならば本来この程度のコンボは見破れたはず。しかしそれができなかった。
「……気になってるみたいだね。うん、教えてあげるよ。私は、私たちは君を攻略するために、意識を逸らすための布石を3つ撃った」
「3つの布石……?」
「1つ目は私の体調不良。私の具合が悪くなったのはただの偶然だけど、君は最初に私の事を心配したよね? あの時点でまず1つ目が成功してたんだよ。君のデュエルスタイル『明鏡止水(クリア・マインド)』で「秋月美里は体調が悪い。意識が正常ではない。本来の力を出し切れないだろう」って見抜いた。そのせいでほんの少し、ほんの少しだけ君は警戒心が緩んだ。それは本当に極々僅かだけど、それが後々効いてくる」
 実際彼女は体調不良で万全の状態ではなかった。しかしその程度でデュエルのレベルが下がるほど美里は決意は小さくない。
(偶然でも体調不良になったんだから、そこを利用する。使えるものは全部使わせてもらうよ……)
「2つ目、これは《クリッター》で加えた《墓守の番兵》。あの状況で君が一番厄介だと感じる手は、リバースモンスターが《墓守の番兵》だった場合だよね? きっとそれでも持ち直せたんだろうけど、それでも一番厄介だと感じるのはこの手だったはず。だから私は君の意識に一番大きく出てきている《墓守の番兵》を《クリッター》で加えて、またほんのちょっとだけ警戒を緩ませた」
 ミハイルは無言で美里の話を聞き続けた。その様子を確認して美里は続ける。
「最後に3つ目。罠カード2枚使いの打倒《シューティング・スター・ドラゴン》。《聖なるバリア-ミラーフォース-》が発動した時点でその作戦を確信。だから君は《サンダー・ブレイク》コストである《ヴォルカニック・カウンター》なんか気にも留めず、《シューティング・スター・ドラゴン》で私を攻撃した」
(本当は4つ目もあるんだけど……それは内緒にしとこう)

 それはつい昨日のこと。宮路森高校の試合を録画したビデオを見終わった後の事。美里は玄に読みだされた。
「どうしたの玄くん? できれば早くお休みしたいんだけど……」
 この時点ですでに体調悪化の兆しは出ていた。なるべく早く休み、体調を万全のものにしようとしていた。結局はその思惑もうまくいくことはなかったのだが。ここでは関係のない話。
「ああ、一応お前だけには話しておこうかと思ってな。ミハイルの弱点……ってわけじゃないけど、隙を作るためのヒントを」
「隙を作るための……ヒント? そんなのあるんだ」
「ホントにヒント程度だけどな。美里、お前はミハイルの『明鏡止水(クリア・マインド)』をどう捉えている?」
「どうって……うーんと、相手の動きを読み切って、最善策を最短ルートで叩き込む……みたいな?」
「概ね正解」
 俺からの情報とビデオを見ただけでその回答なら及第点だよ、と玄は付け加えた。
「実はあいつのデュエルスタイルの発動条件はもうちょっと面倒臭くてな。対戦相手の情報を多少なり知ってないといけないんだ」
 実際にデュエルしたことがある者や、デュエルを映像で見たり、その個人の情報を口伝に聞いても構わない。問題はその相手がどんなデュエルをする相手なのかを知っていなければならないのだ。
「あいつはAをされたらBをする。CをされたらDをする。って感じに全ての行動に対しての回答を持ってるわけじゃない。EさんならFのような行動をするからそうしたらGをしよう。と、ある程度の予測、予想がある上での行動を行っているに過ぎない。だから全く知らない情報、思い掛けないような行動をすればそれを覆せる。俺が伝えられるのはこんなもんだ。あとは頑張ってみてくれ」
 そう言って玄は自室へと入っていく。美里は少しその場に棒立ちした後、自室で少し考えた。

(私が今まで使ったことのない《ヴォルカニック・カウンター》。正直思い付きで入れてみたんだけど、いや思い付きで入れからこそうまく行ったのかな)
 実際この話をメンバーたちに話したところ、玄はもちろんほかの4人も賛成した。そうして4つの布石がうまく重なり合い、今のこの状況を作り出した。
「うん……これが私たちの作戦。ぬるっと成功させてもらったよ」
(言うだけなら簡単だ……でもそれを考え、成立させるのは難しい。作戦通りにやったところで普通の人間ならこうはうまくいかない。彼女、ミサトの才能があってこそできる芸当だ)
 美里のデュエルスタイル『羊の皮を被った狼(ミスディレクション)』は、相手の心理の隙を突き、そこから生まれる隙を突く。読まれていたとは言え、1度は玄を苦しめかけたデュエルスタイルだ。特異なルールに加え、『明鏡止水(クリア・マインド)』が切れかかっていたタイミングを突き、美里は見事ミハイルを倒した。
(藍原学園にはこんなことをしてくるデュエリストはいなかった……だから『明鏡止水(クリア・マインド)』の切れかかるタイミングを狙って自らのスタイルを捻じ込んで無理矢理成立させたような作戦。未だにデュエリストレベルが7で留まっていることが不思議なくらいこの子は強い。はぁー、これは完全に一本取られちゃったよ)
「今回のルールだと、僕はこれ以上デュエルを続けられない。メイン2に移動することもできない。完敗だよ」
 くるっと、美里に背を向け、ステージを降りていく。
『あ、あ、あ、秋月選手! 見事『黄金決闘者(ゴールド・デュエリスト)』であるミハイル選手を倒しましたーっ!! お姉さん興奮が抑えられません! すごいですよ、すごいですね、すごいです! ねっ光ちゃん!』
『はい……正直私もとても驚いています。秋月選手のレベルではミハイル選手に一矢報いることも難しいと思っていましたから……。これは素直にすごいと言えます。……あと、光ちゃんはやめてください。一応、お仕事中です』
 変則的なルールとは言え、あのミハイルをたった8ターンで沈黙させたという偉業に、2人のプロデュエリストだけでなく、観客全員が興奮していた。Aブロックでのミハイルの暴れっぷりを知るものならば余計にそう感じるだろう。
「ごめーん! 負けてきちゃった! 全員……なんて最初から思ってなかったけど、こんなに早く退場させられとは思ってなかったよ」
「馬鹿が。あの手札ならもっと安全に攻めることができただろうが。お前のことだ、どうせ「後のために取って置きたかった」とか考えてたんだろ」
「ここから手札見えてたんだ……目ぇいいなぁカイ。その通りだよ。ホントごめんねー」
「……ふん。ま、今回に限っては許してやるよ。あいつらの実力は本物だ」
「それに、私たちの出番なしじゃつまんないでしょ?」
 横から口を挟んできたのは部長の喜多見。宮路森高校の2番手は彼女だ。
「それじゃ、あの子倒しちゃって来るから、応援よろしくねー」
 軽い調子で喜多見はステージへと登って行った。

第8ターン
美里
LP:3900
手札:3
無し

喜多見
LP:8000
手札:5
《シューティング・スター・ドラゴン》、《リビングデッドの呼び声》

『興奮冷めやらぬうちに次へ行きましょう! ここからは宮路森高校では初お披露目となります。3年生、デュエリストレベル8の部長、喜多見涼香選手ですっ』
「よろしくね」
「……」
(返事はなし……というか聞こえてなさそう。この子、ホントに重症みたいね。こんなコンディションでミハイルくんを倒したの? それとも……こんなコンディションだから倒せたのかしら)
 追い込まれることによって真価を発揮する決闘者と言うのがいる。その究極系が璃奈だと言えるが、美里もそれと同タイプ。フィジカル面に異常をきたすことでその分メンタル面で本来以上のパフォーマンスを起こすことができるのだ。
(ハンドアドバンテージ、ライフアドバンテージ、フィールドアドバンテージ的には私の方が有利。でもこのルール上、ペナルティとでもいうような不利が私を襲う。この状況なら大して気にならないものかもしれないけど、今の状況の秋月さん相手にそれは甘い見積もりかもね)
(……なんとか倒した。ギリギリだったけど第一目標はクリア。でもこの状況でどこまでいける? そもそも私はまだ戦えるの? デュエルディスクがすごく重く感じる。手札を持ってるのも億劫になってきた。投げ出したい。投げてもいい? 投げても許してくれるかも。投げ……)
「美里ちゃんがんばれーっ!!」
 聞こえてきたのは少女の声。小さい頃から何度も聞いたその声は、折れかかっていた彼女の心を繋ぎ止める。
 少女の声のする方向へ振り向きはしない。自分の気持ちは少女には十分通じていると思ったから。
「……うん。ちょっぴり元気出てきた」
「?」
「行きます。私にはまだ、倒れちゃいけない理由ができました……!」



 9-2 ― 繋いだ思いと繋がる想い ―



 To be continue

       

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