Neetel Inside ニートノベル
表紙

70000歳
ツツジんち

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「モロボシは一体どこから来たんだい?」
 ツツジ科ツツジ属第2種通称ニィは、程良く焼けたローストチキンを口に運んだ。ローストチキンをナイフとフォークで切る手さばきは、食べやすく小分けにするというよりかは、その仕組みを理解するために、執念深く分解しているようにも思えた。
「えっと! えーっとっとっと、シコク地方の、ナカノ街から来たんだっけ?」
 ツツジが助け舟を出してしてくれたので、モロボシは頷いてそれに乗船する。
「シコクか……渡しはまだ行ったことないな。カンサイなら昔一年ほど留学したことはあるんだ。大海原のように広い湖がある街だよ」
 あの湖は理解の範疇を超えるほど巨大だったな……と、謎の感慨にふけるニィ。ツツジはまた始まったよ……と、近くに座るモロボシにしか聞こえない声でつぶやき、
「言ってもわかんないって。ね、モロボシ」
 モロボシが頷く前に、ニィが鼻で自分を笑って、
「それもそうだ。で、どうだい? ここは全く勝手が違うだろう? 住みにくくはないかな。食事は口に合うだろうか」
「おいしいです」
「それは良かった。あとでヒノキを褒めておこう」
「あっそうだ。本本。ねえあの本どうだった?」
「寝てた」
 とモロボシが言うと、
「ふーん、あっそ」
 ツツジはそっぽを向いた。
「まあまあそう機嫌を悪くするものじゃないよ。学校を卒業したら理不尽なんて腐るほどある。これぐらいで腐っていたら醗酵してチーズになるぞ。いや、チーズの方がまだマシだ。北方にはアザラシの死体に雀を入れて、地中で腐らすという料理があってだな……」
「もー、食事中によくわからないたとえを持ち出した説教やめてよ!」
「……そうだな。食事とは楽しいものだ。すまなかった。ところでモロボシ、君は歴史が好きかな?渡しは好きなんだ。歴史を知ると未来がわかる。先人の知恵には舌を巻くばかりだ。だから、なんというか。そうなんだよな……」
「ぐだぐだ遠まわしに言わないで、素直に家の歴史を語りたいって言えば?」
「そうだな……どうだろう? 語ることを許してくれるだろうか?」
 モロボシは頷く。
 ニィは満足げに頷き返す。
「実はこのツツジ村はね、書籍類で大きくなった村なんだ。もともとは別の村に住んでいた製本業者、それがツツジ科の祖先だ」
「図書館」
「そう。さかのぼること700年前、当時は電子ペーパーによる本が流通していた。しかしそれがあの悪名高い大津波の影響で使用できなくなると、今度は逆に紙で製本された本が求められるようになった。大祖はその津波の直前、とある大富豪から大量の製本を依頼されていたんだが、津波の影響で依頼主が死んでしまった。その数は膨大な量にのぼり、腐らせておくのは大変な損害だった。しかしここで大祖は機転を利かし、その本を誰でも借りることができる施設をつくった。つまり図書館だね。それで資産を築いたのだが、しかし偉いのはここからだ。大祖は、蔵書のサンプルの作製を許した。つまりそれは財産を切り売りすることにひとしい。けれど本のなくなった時代に本を独占することは罪にあたる、と大祖は考えたんだろうね。その所為で今はもう図書館業務ではほとんど稼げないが、代わりに膨大な名誉が残った。だから現在こうして渡したちが村の執政を取り扱う地位にいられるんだ。そしてその名残で蔵には大量の原本が置いてある」
 モロボシは出された料理を食べながら聞いていた。その食べっぷりを見て、
「しかしヒノキもまた料理の腕を上げたものだ」
「あ」
「どうかしたかな?」
「ヒノキ」
「ヒノキに何か用なの?」
 ツツジの問いに、モロボシは頷く。
「ヒノキはおそらく今、ゴにご飯食べさせてるだろうな」
 ニィが天井の方を見て言う。おそらくそこにゴ、と呼ばれた人物がいるのだろう。ゴとは、ミクリヤが言っていた、病に臥せているツツジ科ツツジ属第5種のことだろうか。そのようにヒノキの話題をしていたら、
「およびでしょうか?」
 と、テンポ良くモロボシの背後に立っていた。
「おかわり」
「はい?」
「良いですか」
 ローストチキンは絶品だったので、ものの数分で平らげてしまったのだった。
「はー、食いしん坊だねモロボシは」
 とツツジ。ヒノキは虚を突かれたように目を点にしていたが、やがて元の毅然とした様子に戻って、
「了解いたしました、少々お待ち下さい」
「ふむ。なかなかよい食べっぷりだな。見ているこっちも食欲沸いてきた。よしヒノキ、渡しもだ」
「かしこまりました」
 それからニィが現在の村の復興事業の話をつらつらと語った。モロボシはヒノキの料理を食べながら聞いた。かなり踏み込んでいろいろ話してくれたが、いろいろ苦労しているということしか頭に残らなかった。
 部屋に帰ってベッドで再び横になっていると、コンコン、とノックの音がした。返事をするより先にツツジが入ってきた。
「もう寝てるの? 太るよ」
「ごめん」
 モロボシは半身を起こす。
「いやー、謝られてもなあ……あ、やっぱりまだ全然手をつけてないんだ」
 ローテーブルに積まれた本を見て、がっかりした声を出すツツジ。
「ごめん」
「むー……。わかった、それじゃお勧めだけで良いから読んでみてよ」
 モロボシは頷く。
 ツツジは手付かずで積み上げられた本の1つを抜き取ってモロボシに渡した。
 文庫サイズの本だった。表紙にはピンク色の髪をした少女が純白のドレスを着てこちらを見ているイラストが描かれていた。
「もちろんサンプルだから別に汚しても大丈夫だからね」
「わかった」
 表紙を開いてイラストを読み、目次を読み、文章に目を走らす。
「……」
「……ま、それは後回しでさ、せっかくだからお話ししていい? さっきさんざんニィの苦労話聞かされただろうけど、まあ渡しのは別腹ってことで」
 モロボシは頷く。
 ツツジはモロボシの座っているベッドの端に、溜息とともに腰を下ろした。
「それがね聞いてよもう……あのバカニィはまた渡しにめんどくさい仕事を押し付けてくるんだよ。今日は街の属祖を訪問して、健康かどうかチェックするって言うどーでも良いような仕事を8軒ぐらいやらされてさ、しかも属祖ってみんな無駄に話長いじゃん? あ、長いんだよ年寄りは。だからさー、もーこっちはチェックするだけだってんのに向こうは余計なことをべったらべったら言ってくるから全然回れなくてさ。ったく歳食うと話まで長くなるんだから手に負えないよねまったく…ああっ! そうそう服だ。ちょっと待ってて」
 タタタタタと駆けて部屋を出て、数秒で布袋を下げてタタタタタと戻ってきた。
「これこれ。今日ねタマキ家に訪問したらブラジャー明日返す代わりにタマキが要らないっていう服をいろいろ貰ったんだ。これのどれかを着れば良いんじゃない?」
 早速とばかりに布袋の中身をベッドにまき散らす。少なくとも5、6着はあった。
 ふわふわのフリルが至る所に沢山ついたピンク色のワンピースや、銀色のボタンが至る所に沢山ついた黒のカーディガン。臍の上までしかないTシャツや、ダメージ加工で股の部分が裂けているジーパンなどがあった。サイズはほとんど合うので、それからモロボシは就寝までツツジの人形になって着せ替えを堪能された。
 翌日学校へは一番まともだったカーティガンと、赤いパンタロンを組み合わせて行った。
 教室に入るとタマキが自作したブラジャーを巻いていた。モロボシに気付いたタマキは相変わらずの吊り目でツカツカとこちらに迫って来て、
「これありがとな」
 とブラジャーを渡す。
 モロボシは受け取ったブラジャーをそのまま自分の胸に巻いた。ホックは隣に立っていたツツジが留めてくれた。
「それ……」
「いやーあんまり気持ち良いからさ、つい作っちゃったよ」
「じゃ昨日休んだのってそれで?」
「ああ。構造がちょっと複雑だったから型紙切るのに一苦労でさ。それとつけ心地の良い素材選びまでしてて、気付いたら翌々日になってた」
 良く見るとタマキの目元には深いクマが刻まれている。
「えー……でも、悔しいけど、可愛いなあ」
「だろ」
「タマキにしてはセンスがある」
「それどういう意味だよ」
「でもその刺繍とかもっとバリエーションあるといいなあ。あと色のバリエーションとか。わたし水色好きなんだよね」
「なるほど……それ面白いな」
 そのときシミズが教室に入ってきたので、二人は会話をやめて席に戻らなければならなかった。
「あとでじっくり話そうぜ」
 去り際にタマキはツツジに言った。
授業が始まる前に、シミズは今日もモロボシの席を用意するのを忘れていたことを詫びた。なのでまたしてもミクリヤを太ももに乗せて一緒に授業を受けることになった。
 昼休み、建物が見下ろせる丘で弁当を三人で食べながら、ミクリヤが言う。
「ねえ……ちょっとヘンだと思わない?」
「なにが?」
 口の中に食べ物を含んだままツツジが言う。
「いい加減モロボシの席が用意されても良いと思うんだけど」
「確かにそうだね……ちゃんと生徒申請は出したよね、うん出した。あっ、ほら三日前始めて学校来たとき、教室棟の前でちょっと待っててって言ったじゃん、その時に書いたの」
 とモロボシに説明してくれた。
「何でまだ支給されないんだろ。渡しの時はその日には用意されたのに……物資の供給がまた完全じゃないとか?」
「それでもおかしい。それならシミズがちゃんと言うはずじゃん。でも忘れてたってシミズは言ってたんだよ。忘れてたんだよ?」
「何か……怪しいね」
「今日授業が終わったら経理課に行って聞いてみよう」
 とミクリヤが提案する。
「そだね。もーシミズは信用できないし、渡したちでやっちゃおう」
 そして午後の授業が終わり、さて行こうかと三人で照らし合わせて集まると、件のシミズが教壇の上で手を叩いた。
「ちょっと帰る前にみなさんにお知らせしたいことがあります」
「なんだろ」
「あっ、アレじゃない?」
「みなさんも楽しみにしていると思いますが、2週間後に隣のサクラギ街で一年に一度の収穫祭があります。先の争いの傷跡がようやく治りかけたこの時期、フレッシュな祭りが今年のコンセプトに決まり、各街の学校からも出店の募集を募るそうです。そこで渡したちの学校も参加しよういう話になりました。もし何か良いアイディアを持っている生徒が居たら、挙手をお願いします」
「そっかー……もうそういう季節なんだねえ」
「収穫祭」
 うん、とミクリヤは頷いて、
「毎年この時期に隣のサクラギ街、この辺じゃ一番大きな街なんだけど、そこで収穫祭って言う一年に一度のお祭りがある。もともとは豊作を祈るための儀式だったんだけど、いつの間にかこういうお祭りになったんだ」
「へえ」
「でも出店って言ってもなあ……」
 ミクリヤは苦い顔をする。
「こういうのはそんなに期待しちゃ駄目なんだよ。特に売上とか。基本どこも赤字だからね」
「へえ」
「趣味の範囲でやるんなら構わないけど……ツツジみたいになっちゃうと駄目だから」
 先ほどから静かだと思ったら、ツツジは早速うーむうーむと唸りながら斬新なアイディアを絞ろうと苦心していた。
「食べ物系は……プロのお料理屋さんが沢山居るからかなうわけないし……工芸は人気ない上にハードル高いし……動物系は元手がかかって儲からないからなあ……ねえミクリヤ、モロボシ、何かない?」
「ない」
 ぐへーと落ち込んだ顔をするツツジ。シミズが静かな教室を見回して、
「それじゃこの話はなかったことで」
「はい」
 硬直した空気の中、スッと姿勢良く手を挙げたのはタマキだった。
「タマキさん、何かあるの?」
「ああ」
 タマキは着ていたブラジャーをバサッと脱いで、高く掲げた。
「これ売ろうぜ」
「これは……なんなの?」
 シミズが真剣な顔で訊いた。
「ブラジャーだ」
 とても良い顔でタマキは言った。乳房を衆目に晒した状態で、とても良い顔だった。

       

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