Neetel Inside ニートノベル
表紙

70000歳
収穫祭へ行こう

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 結局、他にいい案も出ず、ブラジャーを売ることになった。最低でも100枚売れば元が取れ、200枚売れば大儲け、という計算をツツジが即座にはじき出す。ツツジはこういう計算は得意なんだよ、とミクリヤが残念そうに囁いた。
 収穫祭まではあと2週間しかなく、早速作り始めようという話になったのだが、他のクラスメイトはあまり乗り気ではなかった。徒労に終わることが目に見えていたし、各々科属の事情があり、存分な人数を集めることができなかった。なのでクラスで出店するのではなく、ツツジとタマキの有志で店を出すという形に落ち着いた。
「大儲けしてもおごってやんねーからな!」と、タマキはクラスメイトに悪態をついたが、苦笑されるだけだった。
 よって、人手としてミクリヤもモロボシは勝手に数えられ、ついでに史学研究会のタチバナとコバヤシの二人も当然のように追加された。そして自動的に史学研究会の部屋が、ブラジャー製造の拠点となる。
 その日から準備は始まった。材料の買い出しをして、史学研究会の部屋にまとめて置いて、ツツジの家に着くと、日はすっかり暮れていた。
 いつもなら迎えてくれるはずのヒノキが居ないことに不審を抱きながら、一旦ツツジと別れて、モロボシは自分にあてがわれた部屋へ向かう。
ドアを開ける。
「……?」
 明かりが灯っていた。おかしい。朝出る時は確実に消したはずである。入口のすぐ右手にあるスイッチを操作して、明かりを消し、また点けてみた。
 ガタガタタン、と奥で物音がした。ここからは死角になっているので、何が起きたのかわからない。足早に部屋の奥へ向かってみると、ヒノキがふわふわのフリルが沢山ついたピンクのワンピースを着て、フローリングの床に尻もちをついていた。モロボシが明かりを点滅させた所為で驚いたのである。
「あっ……モロボシ、さま」
「大丈夫?」
「すっ……すみません、でした」
「怪我」
「はい、大丈夫です……」
「良かった」
「良くないです! ……あ、違うかそれは違いますね。私ははい、大丈夫です。あのっ! 本当に申し訳ございません! モロボシさまの衣服を勝手に……」
 モロボシはベッドに放られた、タマキの要らない服の山に視線を落とした。昨日、ツツジ経由で貰ったものである。冷静さが売りだったヒノキでさえ、理性を狂わせてしまう程に魅力的だったのだ。この服は。
「……」
 モロボシには良さが全然わからなかった。ヒノキは依然、冗談のようにオロオロとして、
「本当に……何とお詫びを申せばよいやら……」
「……あの、ヒノキ」
 モロボシの発言を遮るように息を吸って、
「渡し辞めます」
 と、ヒノキは言った。
「え」
「召使として失格です。お客さまの物を勝手に着用するなんて、召使として当然あってはならないことです。召使とは、主人に仕える高貴な仕事。下賤の者には決して務まりません……渡しは、一時の欲望で大事なご主人さまの財産を穢してしまいました……もはや召使として」
「あの」
 少し強めに言ってみた。
「……なんでしょう?」
「あげる」
「はい?」
 モロボシはふわふわのフリルを指さす。ヒノキは目尻に涙をためて、モロボシを見つめた。瞳が涙に浮かんでいる。何と言ったのか聞きとれなかったようなので、モロボシは詳しく言う。
「これ、あげる」
「……?」
「だから、泥棒とかじゃなくて……自分の服を着ていた、ということだから」
 恐ろしく長い沈黙を作って、
「そんなことより、また、おいしい料理、作って欲しい」
 ヒノキはしばらく放心したように目を見開いていたが、やがて、
「かしこまりました」
 と顔を伏せて部屋を出た。



 数分後ツツジがやって来て、色々と後片付けをしていたモロボシに訊いた。
「ヒノキと何かあった?」
「いや」
「あっそう。どこか様子がおかしかったから。目の周りが真っ赤だったし、あんなヒノキ初めて見た。それよりもさ、提案なんだけど」
 モロボシは頷く。
「もしブラジャーが売れに売れまくったらさ、みんなで旅行行きたいよね」
 モロボシは頷く。
「どこが良いかなー……海かな、渡しまだ生まれてから一度しか行ったことないんだよね、海。海はでっかいよー。本でしか読んだことないけど。モロボシは?」
「海」
 海。
 うみ。
 ――ズキン。
 記憶。図書館で本を読んでいた夢を見る前の記憶。それが、少し刺激されたような気がした。
「……あるかもしれない」
「えっほんと!? それじゃそこ行こうよ! もしかしたらモロボシの記憶が戻るかもしれない。他にその海の特徴とかない?」
「青かった」
「そりゃどこの海も青いって」
「……砂が」
「白かったとかそう言うのはナシだよ」
「……」
 そのときコンコン、とドアがノックされた。心なしか、歯切れの良いノックだった。
「夕食のご用意が出来ました」
 なぜかモロボシだけ妙に大盛りであった。
 
 
 
 翌日、モロボシはへそ出しルックで学校に行き、学校が終るとすぐさまブラジャー作りに駆り出され、へとへとになって帰ってくる。その翌日、股の部分が大胆に裂けたダメージジーンズを履き、学校が終るとすぐさまブラジャー作りに駆り出され、へとへとになって帰ってくる。
 そんな毎日が続いた。
「渡しさ、もしこれが売れに売れまくって儲かったらさ、ちびたちに沢山おいしいもの食わせて良い物を着せてやりたいんだよな……渡しんところもコバヤシ程ではないけど大所帯だからさ。今、大体30まで居るから世話が大変で」
 とタマキ。
「渡しのところはもう働いてる人たちが沢山いるから、負担はそれほどではないよ。それよりも上下関係がつらいかな。齢が近くても敬語を忘れたらご飯抜かされるもん」
 とコバヤシ。
「コバヤシも大変だね。渡しのところは少ないけどニィがめんどくさくてさ、やたら謎のたとえを用いた説教を垂れるんだよ。まるでそれがアイデンティティであるかのように……」
 とツツジ。
「ニィってツツジ属第2種さま?」
「敬称なんていらないいらない。呼び捨てで良いよあんなの」
「いやでもさ、ほとんど街の長みたいなものじゃないか? あの方は」
「うげー。タマキ、それは誤解だよ」
「ちょっと、うげー、はやめてよ! 渡しの憧れなんだからね!」
「うげーうげーうげー。コバヤシ、目を覚ましなさい」
 とツツジ、タマキ、コバヤシは楽しげに会話しながらも手は高速で布に糸をするする通したり、ワイヤーを張ったりしている。
 一方でミクリヤとタチバナは黙々と布を断って作業していた。二人とも単純作業に熱中する性格なのか、目をギラギラと輝かせながらハサミを操るので、近寄りがたい雰囲気が全開だった。
 早々に戦力外通告をされたモロボシは、タマキたちが作ったブラジャーに不良品がないか、一旦自分の身体に巻いてみて付け心地をチェックする役を割り当てられた。今日ですでに50枚はチェックしただろう。巻いたものは100ずつ箱に仕分けて入れる。箱はすでに10箱以上積み上がっていたが、材料も、発注ミスなのか意図的なのか定かではないが、依然として大量に残っていた。せっかくだから全部使ってしまおうと。売れなかったら大科属のコバヤシ家が責任もって使い古すよと言っている。
 話を聞く限りでは、前からブラジャーの存在を知っていたのはツツジとミクリヤだけだった。大昔の、それこそ1000年前の文献などには度々現れたりしているらしいのだが、ただの布切れだと史学研究会のメンバーであるタチバナ・コバヤシは思っていたという。タマキに至っては、たまにツツジの服から透けて見えるその布は、未知のファッションだったと語られた。
 今でも胸が落ち着かなくて気になる人は、適当な長さに切った布を巻いて対処するらしいが、個人の試行錯誤の末に生み出され、人によってやり方は違うという極めて曖昧な衣類であるらしい。なのでここまで洗練された形は、タマキいわく、
「ファッション界に革命が起こるな……」
 と言わしめるほどだった。
 材料をすべて使い切る頃には30箱の山ができていた。計3000枚である。ちなみにミクリヤに聞いた話だと、収穫祭に参加するのは毎年10万人ほど。つまり完売するためには、大体33人に1人が購入しなければならない。そう数えると簡単そうに思えるが、現実は甘くないのである。
「こんなに売れるかなあ…」
 と、経理を買って出たツツジですら不安になる量だった。
「どうやって運ぶ」
 とモロボシはタマキに訊いた。
「チビどもを何人か引っ張ってくるさ」
「あ、じゃあ渡しも科属に声かけてみる」
 とコバヤシ。
 収穫祭は4日間にかけて行われ、その間、学校をはじめとしたさまざまな機関が活動を休止して、お祭り騒ぎに熱中する。
 普段ツツジ村とサクラギ村を繋ぐ列車は一週間に一本あるかないかなのだが、この期間になると1日20本も出て、朝から晩まで大勢の人を乗せ、2つの村を往復する。モロボシたちは朝一番の便に乗るため、その日の朝4時に駅舎に集合した。
「おはよー、ねむいねー……」
 ふわわわわと、浮かれすぎて寝付けなかったようなあくびをツツジがした。
「でも、やったるぞっ! 売って売って売りまくるのだ!」
「ツツジは緊張しねーのかよ」
「しまくって、なんかよくわかんないテンションなんじゃない? そういうタマキも、クマができてるよ」
「まーな。正直渡しは、売れると思う。そして将来的には、事業を拡大するんだ。そん時になったらコバヤシも雇ってやるよ」
「ホント? じゃあ渡し専務!」
 ゴゴゴゴゴ……と闘志を燃やすツツジタマキコバヤシの三人の遠巻きにして、共同作業で絆が深まったミクリヤとタチバナは、
「10枚売れない方に1000円だな」
「え、渡しが10枚売れない方に1000円が良い」
「それじゃ賭けが成り立たないだろう」
「うーん……じゃあ……1日目で3枚売れる方に2000」
「だったら、4枚売れて何故か5枚返品されるほうに2000」
 と眠気をこらえながらふざけ合っている。
 モロボシはというと、朝っぱらから元気なタマキとコバヤシのちびどもの相手をさせられていた。
「モロボシばーか」
「ばーか」
「うんちー」
「だっぷん仮面」
 人手のために召集されたはずなのだが、逆に足手まといな感じは否めない。もしかしたらタマキもコバヤシもちびどもに手伝わせる気など皆無で、ただ単に、一年に一度のお祭りを堪能させたいだけではないのかと思った。
 駅舎にまばらにある人影は、皆、収穫祭で出店する側の人間なのだろう。皆が皆、大量の荷物を抱えている。
「それにしてもシミズ遅いね……もう列車出ちゃうよ」
「先に行っておくか? どっちにしろあっちで待てばいいし」
「そだね」
 担当教員なのでシミズも同行する手はずだったが、指定の時刻になっても来ないので駅員に伝言を頼み、先に向かうことにした。
 ツツジ、タマキ、コバヤシ、ミクリヤ、タチバナが揃ってボックス席に座り、もう1つのボックス席をモロボシとその他が占領した。
 やがて甲高い汽笛が鳴って、列車がホームから滑りだす。窓から眺められる景色は、発車して数分間は、青を数滴混ぜたような暗闇だったが、時が経つにつれて夜が明けて行き、東の山々から太陽が顔を見せ始めた。
「すげー」
「モロボシあれなに?」
「なーに?」
「太陽」
「太陽すげー」
「すげー」
 田園地帯に朝が来る。もう少しこの神秘的な風景を眺めていたかったが、列車が山岳地帯に入ったので、景色は再び暗闇に閉ざされる。列車の振動を全身で感じていると、抑えていた睡魔に殺されそうになった。ツツジたちもうとうとし始めて、モロボシも睡魔に吸い殺されそうになったが、パンパンと顔を叩かれる。
「なに」
 タマキ第……何種か忘れた。とにかく今日来た中で一番小さいやつである。無垢な瞳で、
「おしっこ」
 モロボシは頷く。
「みんな、静かにして」
 しかし人生初の列車でそう我慢するのは無理な話だった。ちびどもは睡魔など全く歯牙にかけず、キャーキャー騒いではドン、とぶつかり、バタン、と何かを倒している。闇が晴れるのが少し恐ろしかった。
「……行こ」
「うん」
 ちびタマキの手を取ってお手洗いへ行く。お手洗いまでは半分手探りで、3回ほどタマキだかコバヤシのちびにタックルを見舞われた。
 幸い個室は空いており、ちびタマキとモロボシは中に入って鍵を閉める。穿いていた物を脱がせて便器に座らせる。ちょろちょろちょろちょろ……と用を足して、水を流すためのレバーを引く。シューーー――――、ポンッ!と大きな音が鳴って、ちびタマキは泣きべそをかいてモロボシを見た。頭を撫でて落ち着かせて、手を洗わせて、外に出ると、少し照れたように言った。
「ありがと、モロボシ」
 モロボシは小さく頷いた。



 サクラギ村の市場に着くと既に人はごった返していた。タマキが黄色いテントを張ったブースに行き、何やら色々と申請の確認を取り、係員の先導で指定された場所に移動する。その間ツツジとタマキと時々コバヤシは場所における優位性を話して、食べ物系以外で一番強いのはトイレの近くだという結論に至った。
 そして案内されたのは、大通りから遠く外れた、皮肉のように寂れた区画だった。隙間風がぴゅうぴゅう吹き、心なしか大通りよりも小汚い気がする。見事に出鼻をくじかれたツツジ一行だったが、
「いやでもさ、逆の発想だよ。つまり人気を獲得したら長蛇の列ができるじゃん? だから周りに迷惑をかけなくて済むぜ」
 とタマキが前向きに鼓舞して、
「そ、そうだね。うん! 周りに迷惑をかけないことって大切なことだし。最低限のモラルは守るべきだし!」
 とコバヤシがそれをフォローし、
「こうなったら飛び込み営業だよ! これは飛び込み営業の力が試されるね!……ふふ……腕が鳴るわい」
 とツツジが勇敢に言ってのけた。



       

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Neetsha