Neetel Inside ニートノベル
表紙

70000歳
ブラジャーーー(訂正版)!

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 翌朝、部屋の外で声がした。昨日聞いた声だとすぐにわかった。おっぱいと言った声だ。さすがに朝からおっぱいとは発言しなかったが、いつおっぱいが飛び出しても不思議はない。
 ミクリヤがドアを開けると、案の定そこにはツツジが立っており、手には装飾の施された布袋を下げている。
「おはよーっ! モロボシは?」
「おはよう」
 モロボシはミクリヤの背中越しに言った。
「おー! 完全にしゃべれるようになったんだ! 偉い偉い!」
「言葉は今も昔もそんなに変わらないらしいよ」
 と、ミクリヤ。
「だよね! 昔の本とか読んでもぜんっぜん渡したちの言葉使ってるし。よかったー。あ! そうだ、モロボシって何歳?」
 何歳だろうか。
「わからない」
「でも見た目、渡しと同じぐらいだよね。じゃあ大丈夫か。いやさ、昨日家に帰って思いついたんだけど、モロボシも学校行かない? ってそういう提案なんですけれども。あ! もちろん科属みんなにモロボシ的な存在が封印されていないかどうかさりげなくダイレクトに聞いてみたけど、みんな知らなかったよ! だから」
「ツツジそれ正気か」
「え、なんで? 駄目?」
「駄目だとは思わないけど、一応モロボシは700年前の、絶滅した貴重な一族なんだぞ」
「まったくこれだから研究者はけちんぼなんだから」
「だっ、違う」
「わかるよ。研究材料を独り占めしたいんでしょ? そうはいくものですか。いい? モロボシは渡しの家にあったの。ということは渡しの家のもの。渡しの家のものはみんなのもの、ってわけ」
「モロボシは……人類の遺産だ」
「わかってるよ。だからじゃん」
「遺産だよ?」
 わかってないだろ、という顔をするミクリヤに対して、ツツジは育ちを垣間見せる涼しげな顔で、
「遺産は腐らせておくべきじゃない。もっといろんな人に見てもらって、なんていうか、価値を高くしないべきだよ。文化は、偉くなったらおしまいなんだから。モロボシも、色んな人に触れるべきだよ。だってどう足掻いたって、モロボシはこの先この世界で、たった1人の種として生きてていくことになるんだから、なおさらね」
 1人の種、という言葉にミクリヤは反応したようだった。
 ミクリヤには、科属がいない。それが彼女の心を動かしたのかは定かでないが、ミクリヤはわかったよ、と呟いた。
「ツツジの言うことは賛成だ。しかしなあ……あまりにも、いきなりすぎやしないか? 昨日の今日だぞ」
「こう言うのは早い方がいいんだって。先手必勝」
「誰に勝つんだよ……わかった。その代わり学校が終ったら、みっちり研究に付き合ってもらうからな」
「ご自由にどーぞ、ミクリヤ博士」
「だがモロボシ。突然長い眠りから醒めて、次の日には学校に行くなんて大丈夫か?」
 ミクリヤが訊いた。
 モロボシは頷く。
 ミクリヤはわざとらしいため息をついて、
「……なら行くか」
 と、なんだかんだでモロボシの登校が始まろうとしたそのとき、いままで無視していた現実に衝突した。
「服、どうしよう」モロボシは全裸であった。
 モロボシが全裸でミクリヤの玄関を跨ごうとしたとき、ツツジによって指摘されるまで、ミクリヤもモロボシも気にしていなかったのである。
 モロボシが男性であるということは、秘密にしておかなければならない。ミクリヤが提案する前にツツジも心得ていたようだ。とっくの昔に絶滅したものがひょいと現れることが、どれだけ社会に影響を与えるのか計り知れない。
 とにもかくにも、衣服で隠さなければならない。全裸であることは罪なのである。
「どうする? 服。渡しの家には渡しの大きさの服しかないけど」
「その白衣と、祖ミクリヤの服は?」
「全部燃やした。思い出は辛いだけだ」
「そっか。それじゃハサミ貸して」
 と、ツツジは勝手に引き出しからハサミを取り出して、穿いていたスボンを脱ぎ、裾を大胆に切ってモロボシに渡した。モロボシは無言でそれを受け取る。
「それでギリギリ入るっしょ」
「いいのツツジ?」
「大丈夫大丈夫。渡しはミクリヤの白衣をワンピースみたいにして着るから」
 それでも丈は短すぎるとモロボシは思ったが、ツツジもミクリヤも何も言わないので、無言で渡されたズボンを穿く。狭かったが何とか穿けた。太ももが凶器のように剥き出しになっている。
「上はどうしよう……あ! ちょうど良いや、これつける?」
 ツツジは着ようとしていた白衣を脱ぎ、さらに自分のシャツまで脱いで、胸に巻いていたブラジャーを外した。
「700年以上前の人はこれ着ていたんでしょ? わたしさー実はずっと前からこれつけてるんだよね。蔵で見つけてさ。衝撃的で。見えないおしゃれって奴なのこれ?」
「文献によると乳房の発達しない男性はそれ付けないらしいよ」
「いやーでも、700年前なんだしさ、良いんじゃない? 原点回帰みたいなノリで」
「意味わからん」
 うへへと笑って誤魔化して、ツツジはモロボシにブラジャーを渡した。モロボシはそれをはめ……ようとするが、中々うまくいかない。
「ちょっと貸してごらん」
 とツツジが背中に回って代わりに留め具をはめてくれた。
 剥き出しの太ももに、乳首を覆う布を巻いた人間が完成した。
「よしっ! それじゃー行こう!」
 ツツジを先頭にしてミクリヤの家を出る。ずっと屋内に居たのでわからなかったのだが、ここは廃墟であった。昔は集合住宅だったらしく薄汚れたドアがいくつも並んでいる。そのいくつかは戸さえもなく、寒々と部屋の中身を外に晒していた。
「あ、そうか700年ぶりの外出じゃん! どう気分は? 風が啼いてる?」
「わからない」
「ま、すぐ慣れるよ。でもね、誤解しないで欲しいんだけど、みんながみんなこういうふうに住んでるわけじゃないよ。ミクリヤ博士が異常なだけだよ」
「異常ってそんな言い方ひどいな。ちゃんと耐震対策しているし、防犯だって完璧だから」
「でも見た目が全てを台無しにしてるよね」
「ハリボテなんていらないよ」
「わかってないなあ。ハリボテがすべてだ、ってのがおしゃれなんだから」
 集合住宅を抜けると荒れた道に繋がった。道の両側は背丈以上ある雑草で壁が出来ていた。時折コンクリートが顔をのぞかせるので、住宅もその雑草で埋もれていると思われる。よく見ると地面はアスファルトである。何百年も風雨に耐え続けていた所為か劣化して、今では逆に通行を厳しくさせていた。
「700年前ってさー、歴史的に言えばアレじゃん? アホみたいな大津波があったんだっけ。それで色んな文化が水に流されたって。合ってる?」
「うん」
「ミクリヤに聞いてないよっ」
「悪かったな」
「でさでさ、当時はどんな感じだったの?」
「わからない」
「もしかしたら、津波が起きた時は、すでに寝ていたかもしれないな」
「あー」
 学校に着いた。
 学校はいくつもの棟に分かれており、まるで小さな町のような印象であった。地面には赤と白のレンガで幾何学模様が描かれている。
二人についていくと無数にある棟の、特に特徴のない1つで立ち止まった。天辺についた風見鶏がくるくる回っている。
「取りあえず再確認だけど、教室の皆にはモロボシの正体を明かさない方向で行くから。700年前の人間なんて混乱を呼ぶだけだ」
「そーだね……でもさあ、いきなり行って大丈夫かなぁ?」
 と、心細げにツツジが言うので、ミクリヤは呆れたように、
「いきなりって、ツツジが行こうって言いだしたんだろ」
「そりゃーそうだけど……よしわかった! 覚悟を決めた! やったろうじゃん! モロボシちょっと外で待ってて。行くよ、ミクリヤ」
「渡しも行くのかよ」「共犯じゃん」
 ツツジはミクリヤを引っ張って建物の中に消えて行く。
 途端、辺りは静かになる。
 モロボシはぼんやりと空を眺めた。700年前の記憶と照らし合わせてみても、それが700年前と同じかどうかはわからない。そもそも空をどれだけ眺めたことがあっただろう?
 記憶を手繰り寄せると、真っ先に頭に浮かぶのは、白い部屋。一晩費やして、ようやく、夢の中の記憶と現実世界の記憶が判別できるようになった。しかし現実世界の記憶は乏しく、白い部屋以外にはそこに自分ともう1人誰かが居た、という曖昧な欠片しか残されていない。
「お前何なの?」
 と、不意に背中に声をかけられたので、
「モロボシ」
 と答えながら振り返った。
 そこに立っていたのは背の高い少女だった。170センチのモロボシとほとんど視点が変わらない。その目は、見る者に緊張を与える可能性のある吊り目であった。
 モロボシが自分の名を名乗ったきり、ずっと彼女を黙視していると、彼女は眉にシワを寄せて、
「いやまあ名前もだけど、名前じゃなくてさ、その服だよ」
「服?」
 服というよりは、下着である。
「これ?」
「ああ。凄く……おしゃれじゃん……あんた見かけない顔だな。渡しはタマキ。第2種。齢は十四。あんたは?」
「モロボシ」
「そうかさっき言ったなそれ、二度手間取らせちまった。すまん……で話は戻るんだけど、その服何だよ?」
「ブラジャー」
「へー……ぶらじゃー。ぶらじゃー。ブラジャー、ね……なあ、ちょっと着て良いか?それ」
 モロボシは頷いた。
 タマキ、はモロボシの身体をウロウロと観察して、おおこれか、と呟きブラジャーのホックを外した。そしてスルリとブラジャーを抜き取る。
「お前の胸、凄い平べったいな。事件の匂いがするぞ」
 自分が男性であることは秘密なので、取り敢えず、モロボシは頷く。
「そんなんで母乳出んのか? でも羨ましいわ。大きいとすぐ肩こるんだよな。たりー」
 タマキは着ていた骸骨のシルエットの描かれた黒いセーラー服を脱いで、自分の胸にブラジャーを巻いた。ホックをはめるのに苦戦していたのでモロボシが代わりにはめてやると、
「お、お、ありがと……ピッタリだ。良いなこれ。ぶるんぶるんしない。何より肩が楽になった。ブラジャーだっけ? これは良い物だ。じゃ、お前代わりにそれ着てみろよ」
 モロボシは頷く。
 そして渡されたセーラー服をもぞもぞと着てみる。彼女の服のサイズはモロボシと同じだったので、少し苦しいが何とか着れた。
 剥き出しの太ももに、セーラー服を合わせた人間が完成した。
「似合うじゃん」
 なぜだかモロボシは、戦慄をおぼえた。
 その時棟の扉が開いた。ツツジである。
「お待た…どういう状態!?」
「ツツジ」
「モロボシ何その格好…あ、この人はタマキ」
「知ってる」
「何だツツジの知り合いか」
 タマキが言った。
「うん。ま中入って。みんなにモロボシを紹介するから」

       

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Neetsha