Neetel Inside ニートノベル
表紙

70000歳
タマキ14歳

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 収穫祭が終わって3日が経った。ツツジ、ミクリヤ、タチバナ、コバヤシ、モロボシの5人は無気力な空気が漂う史学研究会の部屋でゴロゴロしていた。ここが、数日前まで修羅場であった様子は微塵もない。反動のように緩みきった空気が室内を支配していた。
 タマキはと言うと、あれから一度も学校に顔を見せていない。収穫祭で注文を受けた分のブラジャーを作るのに忙しいらしい。渡したちも手伝おうか? とツツジたちは提案したが、ちびたちが頑張ってくれるからいらない、とタマキは断った。もしかしたらブラジャー作りを家業にするんじゃないかなぁとコバヤシは誰に言うでもなく呟いた。
 ブラジャー製作を独占することを、皆はどうとも思わなかった。ツツジたちにとって、経済、というものはもっと先の話である。この齢で一定の収入を得ようと目論むタマキの方が異端なのであった。
 というわけで、まだ働く気力のない史学研究会のメンバーたちは、自然と音読タイムに突入する。無駄な時間を、皆で共有しようという趣旨である。読まれるのは1000年前の本。チョイスはタチバナ。
「拙者、はみ乳刑事でござる! 浮世の不条理はわしのはみ乳で両成敗でござる!」
「ほほう、緊縛ブルマとはグルメな奴よのう……」
「あううううーーー! わしの魚介類が潮を噴き上げ取るのうううう!」
「流石、はみ乳刑事じゃ。血を流さず乳を流すとはあっぱれあっぱれ! 天皇賞じゃ!」
 と、このように毒にも薬にもならない、いや、もはや毒にしかならないコミュニケーションを、自我の発達した人間たちが延々と繰り返すのは、さながらこの世界の将来を暗示しているようにも思える。そんなとき、
「あ!」
 と、ツツジが奇声を上げた。
「こんなことしてる場合じゃないよ!」
「どうしたの?」
「すっかり忘れてた。ほら、モロボシの席のこと」
「あ」
 思い起こすこと2週間前、モロボシの座る席のことを経理課に聞きに行こうとしたのである。収穫祭の準備で忙しくなったせいで誰も気づかず、また、惰性でズルズルとミクリヤを膝の上に乗せていたら、もうすでに2週間以上が経過していた。
 一向にモロボシの席が運ばれてくる気配はない。担当教員のシミズも、何も言わなくなっている。
「ミクリヤ、モロボシ、一緒に聞きに行こうよ」
「そうだな、そうしよう」
「いってらっしゃい」
 タチバナとコバヤシに見送られて、モロボシたちは敷地のほぼ中央にある一際大きな建物へ向かった。そこの2階に経理課がある。
「あ!」
 道中、またしてもツツジが奇声を上げた。ツツジの奇声はなんというか、心臓を止めるような鋭さがあり、健康に悪い。
「……どうしたよ」
 とミクリヤが聞く。
「タマキ」
 なるほどよく見ると、斜め向こうからタマキが歩いてくる。あの穴だらけの服を着て、まるで怒ることは歩くことだと言わんばかりに、地面を強く踏みしめている。かなり声をかけづらい様子であった。やがてタマキは、教室棟の奥深くへ消えていった。
「どうしたんだろ? なんか嫌なことでもあったのかな?」
 モヤモヤしたまま件の建物の中へ入り、2階へ。階段を上ってすぐ目の前が経理課のオフィスであった。ガラスドアを開け、窓口に立って机のことを聞く。
 担当者がやってきて書類をパラパラめくり、
「その申請は2週間前に受理されています」
「えっ? でも……」
 2週間前とは、モロボシが学校に来た直後である。
「現金で5万円、ちゃんと支給されたとここには記されています」
「えっ現金なんですか?」
「いいえ、選べます。現物か、現金か。ほとんどの方は購入の手間を省くため、現物支給を選ぶのですが、受取人は、自分で机と椅子を現金で購入する方を選んでいますね」
「そんな。でもモロボシの机は、まだ……」
 ミクリヤがいぶかしげに訊いた。
「あの、その受取人って誰なんですか?」
 
 
 
 経理課を出て、史学研究会の部屋に戻るかどうか検討したが、結局そのまま家に帰ることにした。これから3人で色々と話し合い、受取人とは明日対峙することにした。
 モロボシはタチバナとコバヤシに、先に帰る旨を伝えるため、一旦史学研究会の部屋に戻ることにした。ツツジとミクリヤは、帰路につきながら、今後のことについて意見を交わすのだという。
 タチバナとコバヤシに帰宅の意を告げたあと、モロボシも、心なしか足早にツツジたちの影を追う。
 自分らの教室がある棟を通り過ぎようとした、そのときである。
 20センチほど開いた窓から声が聞こえてきた。モロボシの記憶に間違いがなければ、タマキとシミズである。モロボシはとてつもない磁力でその窓に吸い寄せられた。そして、カーテンの隙間から教室の中を見る。
 予想通りタマキとシミズが居た。2人は教師と生徒の間柄のはずだが、その様子は険悪だった。
「あの金さ……10万だけでも良いから、返してくれないか?」
 とタマキ。
「どうして?」
 とシミズ。
「うちのちびが病気にかかったんだ。多分収穫祭のサクラギ街で、もらった病気なんだと思うけど……とにかく、薬代が要るんだ。医者に見せたら、治りはするらしいけど、薬が高くて、服用を続けなければならないと言われた。でもウチにはそんな大金がない。だからお願いだ。いますぐ必要なんだ」
「でもまだ、経理課から返事が来てないから……渡しも知らなくて。ごめんなさい」
「それ、嘘だろ」
「え?」
「……聞いたんだよ今日、経理課に。お金が要るから売り上げを返してくれないかって。そしたらお金は預かっていないし、そもそも報告する義務すらないって……」
「……」
「まあ、大体は予想がつく。借金の返済とか何かだろ……? 別に教師が借金したらダメとか、そういう規範のこと言いたいわけじゃないんだ。ちびが、苦しんでいるんだ……あのモロボシとかいうバカともう一度遊びたいって……だからさ、お願いだ。10万円で良いんだ」
「できない、って言ったら?」
「学校にバラす」
「証拠はないはずよ」
「みんながシミズに売り上げを渡すところを見ていた。それにツツジは、この街の名士だ。威光を借りるつもりはねーが、そうすれば、たとえ生徒の告発でも、学校は動かざるを得ない」
「……」
「すぐさまシミズの家が調べられるだろうな。借金のこともすぐ公になる。教え子の金を横領していたとバレれば、社会的地位だけじゃなく交友関係もボロボロになるだろう」
「……」
「別に全額返すのは今じゃなくても良い。今回は大目に見てやるよ。腐ってもお前は渡しらの教師だし、いちおー恩義も感じているんだぜ。今は10万で良い。だから、たっノッ……」
 ガタン、と机の倒れる音がした。
 モロボシは頭が真っ白になり、気づいたときには走っていた。入口まで迂回して、廊下を通り、教室の戸を開けた。おびえた表情でシミズがこっちを見た。タマキはシミズの下敷きになっている。首筋に真っ赤な指の痕ができていた。モロボシはタマキに近付いた。シミズは無表情でやってくるモロボシに恐怖を感じたのか、転げ落ちるように後ずさった。
 モロボシは、タマキの首筋に手を当ててみた。
 死んでいる。
「……」
「……」
「……殺した」
 シミズはビクン、と震えて、
「違う!」
 と叫んだ。
 息が詰まるような長い静寂。
「席」
 モロボシの席を購入する現金の受取人は、担当教員のシミズであった。
「……そうよ」
 シミズは開き直ったのか、肩の力を抜き、挑発するようにモロボシを睨んだ。
「渡しお金が必要なの。ちょっと人には知られたくない理由。知りたい?」
「いらない」
「あっそう」
「……ちびはどうなる」
「さあね。このままだと死ぬんじゃない? モロボシと遊びたい気持ちをちっちゃい胸に抱いてね。可哀想に」
「……」
「あっそうだ」
 シミズは名案を思いついたのか立ち上がり、モロボシの目をじっと見つめた。
「モロボシ、取引しない?」
 タマキの身体は氷のように冷たくなっていく。
 
 
 

       

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