Neetel Inside ニートノベル
表紙

ルナティックス・シンドローム
第一話『医療都市』

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 医療都市横浜。
 月光症候群(ルナティックス・シンドローム)の発症が初めて横浜にて確認され、その後全国各地へと広がりを見せる中、その特異性に対応しきれなくなった医療施設が増大。人ならざる力と狂気を芽生えさせるそれによって、発症者だけでなく、暴走した人間が他の人間を手に掛けるという犯罪が増加。その為、月光症候群患者を隔離し、その研究をするため、横浜を巨大な壁で封鎖。そこを医療都市とした。
 十年前。夢月睦希に誘拐され、その折に発病した榊原計も例外ではない。彼も横浜の街で、病人として暮らしていた。
「――さっすが医療都市。ジュースのラインナップに気が利かなさすぎなんだよな」
 高校生になり、制服の学ランを着崩す計は、学校の購買前にある自動販売機の前で、頭を掻きながらそのラインナップを眺める。お茶に始まり、栄養ドリンクに終わる。そんな体に悪い物なんて一切入っていないと言わんばかりのラインナップは、高校生の舌を度外視している様にしか思えなかった。他の場所ならまた違うだろうが、腐っても医療都市。学校の様な公共施設であれば、このようなラインナップになってもしかたがない。
『我は栄養ドリンクなど性に合わん。お茶がいい』
 と、彼の心の中で、エレジーが呟く。この二人は、十年の付き合いになる。
 月光症候群の特徴。人ならざる狂気。計にとってのそれがエレジーであり、あの火を操る力が人ならざる力。そう括られてはいるものの、計もエレジーもあまり気にせず、横浜での入院生活を楽しんでいた。
「俺もこん中じゃあ、お茶以外選びたかねえなあ」
 小銭を自動販売機に投入し、緑茶を一つ購入した。すでに放課後になり、計は購買の窓際へと移動し、そこへ座って、ペットボトルのキャップを開いた。それを一口流しこむ。小高い丘の上にある学校からは、横浜の景色が一望できた。目立つのは、立ち並ぶビル群よりも、遠くにある高い壁。横浜とそれ以外を区切る、月光症候群患者が脱走しない為の壁だ。月光症候群を発症した者が強制的に連れてこられ、社会復帰という名の下に、検査と研究への協力を余儀なくされる。
 それを不満に思ったことなどなくても、当たり前だと思ったこともない。そこに計の意思がないからだ。彼にとっては、そこが最も気に食わなかった。
「計くん。ここいいかな?」
 彼の前にやってきた少女は、窓の外を睨みつけるような計に対し、恐れもなく話しかける。名は黒江理穂。計がこの横浜に来て初めて友人となった少女だった。おかっぱの黒髪にフレームレスの楕円形眼鏡。赤いスカーフをきっちり絞めた黒セーラーと、膝下まで伸びたスカート。対して茶髪を外に跳ねさせ、ピアスまでしている計とは正反対な所からわかる通り、優等生として評判な少女だった。
「いちいち言わなくても、別にいいって」
「あはは。計くんイライラしてたみたいだから、一応ね」
「――んで、なんか新ネタねえのかよ」
 窓の方へ向けていた体を理穂へと向き直し、計はニヤリと笑ってみせる。
「うん。山手駅前の小学校跡地で、月光症候群のグループを束ねてる人がいるみたい。名前はシャープエッジ」
「そうかそうか。情報サンキューな。これ、報酬」
 飲みかけのペットボトルを差し出し、立ち上がる計。理穂はそんな彼を見上げ、残念そうに唇を尖らせる。
「あれ、もう行くの?」
「ああ。ストレス解消だよ。実益も兼ねてな」
「もうちょっと私とお話しようよー」
「んなこといつだってできんだろうが。こっち優先だよ」
 握った拳を突き出し、理穂に見せつけ、計は踵を返して学食の出口へと向かった。高ぶる鼓動。感じながら、計は少しだけ足早に、山手駅へと向かう。


  ■


 過去は高級住宅街として有名だった山手ではあるが、今現在、医療都市となってからは見る影も無く荒れていた。高級住宅街に住めるようなセレブは横浜を離れていき、高くなった土地価格だけが残ってしまった為に住むものは居らず、そこへ集まってくる月光症候群持ちを恐れて治安は悪化。土地の価格はどんどん暴落していった。
 だからなのか、電車で山手駅にやってくると、駅内はスプレーによる落書きとゴミで溢れかえっていた。シンナーか、生ゴミか、なんとも言えない異臭が周囲を包んでいた。
『はん。こんな品の無い場所、我には耐えられん』
『そうか? 俺はこういう雰囲気好きだけどな。医療都市なんてきっちりした場所よりはよっぽど親近感があらぁ』
『貴様の品の無さにはほとほと呆れる……』
 溜息を吐くエレジー。それとは反対に、計はごきげんな様子で駅から出る。目の前には昔小学校だった建物。しかしそこは、すでに役目を果たし、整備する人間がいなくなったためか、荒れ放題だった。そして、そこに月光症候群持ち共が固まっている。校門には見張り役なのか、二人の少年が座っていた。おそらくは高校生――ストリートファッションに身を包んだ彼らは、ふらふらと寄ってくる計に怪訝そうな目付きを向けながら、傍らに置かれていた鉄パイプと金属バットをそれぞれ持ち、校門の前に立った計を左右から睨みつけ始める。
「てめえらさ、ここ溜まり場にしてる、シャープエッジとかいう組織だろ?」
 計の余裕な笑みからの質問に、ヤンキー少年たちは「そうだけど、なんか用かよ」と警戒を顕にしたまま応えた。
「ここ、入れてくんねえ? リーダーに挑戦しに来たんだよ俺」
「……いるんだよなあ、たまに。リーダーを倒して名を上げようなんてやつが。けど、大体そういうヤツは口ばっかりで、俺達を突破することすらできねえ!」
 その声を合図に、二人は持っていた得物を同時に計へと向かって振り下ろした。が、それより素早く鉄パイプの男の腹に前蹴りを突き刺し、鉄バットは手を押さえ途中で止めてみせた。鉄パイプの男はすでに気絶し、一瞬で二人を封じるという離れ業を見せた計に対し、バットの男は戦意を喪失してしまっている。今はただ恐怖に目を見開き、計を畏怖の対象として捉えているようだった。
「なあ。このバット、借りてもいいか?」
 だが計にとってそんなことは関係ない。ここはクリアしたのだから、次に行くだけだ。頷く少年からバットを受け取り、校門を飛び越え、中へと侵入する。
 広い校庭の中心には人だかりができており、松明の様に燃える何かが周囲を照らしていた。何人もの少年少女が集まって馬鹿騒ぎをしているなか、それを遠く離れた朝礼台でぼんやりと見ている男が居た。白いダボダボのパーカーに色あせたファットジーンズ。タレ目から睡眠不足なのかと思ったが、元々その顔らしい。金髪のアシンメトリーで右側の髪だけ左側に比べて若干長い。
『……あいつだな。この中で一番強いのは』
『ああ。そうみたいだな』
 エレジーと意思が一致し、計はの男に向かって歩み寄る。彼はそんな計を見つけ、立ち上がり、ふらふらとおぼつかない足取りで二人は対峙することになる。
「あれー。キミ、見かけなーい顔だけど。どうやって入ってきたーの?」
 子供に話しかけるような、変な所で伸びる小馬鹿にした様な口調。計はその口調に苛ついていた。
「門番やってた連中を説得してきたんだよ。ちょっと荒っぽくしちまったけどな」
「ふーん。結構強いヤツらだったんだけーどねえ。そーれで、目的は? シャープエッジに入りたーいの?」
「ざけんな。こんなめんどくさそうなことやってられるか。――俺の目的は、強くなることだ。だから、強いヤツと戦いに来た。お前がこん中で一番強えんだろ? 俺とやれよ、喧嘩だ喧嘩ぁ!!」
 計はバットを振りかぶり、男の顔を狙って振り下ろす。が、それを彼はあろうことか、腕で受けた。一瞬驚いた計だったが、彼の腕には大量のナイフが張り付いていた。それのおかげか、彼にダメージはないらしい。腕を振り払い、計を押し返す。
「なるほーどねえ。ま、そういうやつはたくさんいたけど。いいよ、相手したーげる」
 先ほどの計の大声で、二人の戦闘開始に気づいたのか。騒いでいた連中が二人の方を向き、歓声を上げていた。計もその雰囲気に乗せられてか、少しだけワクワクしてくる。
「名乗れよ! 俺は榊原計だ!」
「いいーよー。俺は芝村奈胡。シャープエッジのリーダーやらしてもらーってる」
 奈胡は、腕に張り付いていたナイフを振り落とす。すると、そのナイフがくるくると奈胡の周りを衛生の様に飛び始めた。その中の一品――刃渡り十センチ以上はありそうなサバイバルナイフを手に取る。さらに、空いた左手を計に向かってかざすと、衛生軌道していた。ナイフが、計に向かって飛んできた。しかし、それは予想していた為、横に飛んで躱す。が、それは直角に曲がり、計を追って来る。
「あ!?」
 驚きもあったが、そこから更に躱すには体勢が乱れすぎた。計はバットを振り、飛んでくる大量のナイフを叩き落とそうとする。しかし、それは何故かバットにくっついたまま。
「……磁力か」
「ピンポーン。俺の症状『電網力場(マグ・マグネット)』俺は磁力を付与できる磁力人間ってわーけ! だからこんなこともできちゃーうよっと!」
 前に伸ばしていた腕を引くと、計のバットが引っ張られ、奈胡の方へと飛んでいく。自身の腕にくっついたそれからナイフを引き剥がし、バットだけ背後へと放り投げる。彼はナイフ以外の得物を使う気はないらしく、計からバットを引き剥がすことだけが目的だったらしい。
「さー。どーんどん行くよ!」
 奈胡の周りに浮いていたナイフがまるでミサイルの様に計へ向かって飛ぶ。今度こそ、サイドステップで躱して、素早く真っ直ぐ奈胡の元へ走っていく。そして、バチンと指を弾き、右腕を燃やす。頭の中で炎の形を練り、炎をダーツの形へと変える。
『射抜く炎(ブルショット)!!』
 エレジーの叫びと同時に、計は炎のダーツを奈胡に向かって投げた。
 しかしその程度の事は、奈胡にとって避けるほどでもない。それを大小様々なナイフでコーティングした手で掴み、一瞥する。
「ふーん。炎を操るんだ。大したことなーいねッ!」
 彼の腕は、既にナイフによって巨大な爪となっていた。それを計の胸へと突き刺そうとするが、それを足の爪先で蹴り上げ躱す。ナイフは飛び散るが、磁力によって再び奈胡の腕へとへばりつく。
「そいつをなんとかしねえといけねえなぁっ!!」
 腕を燃やした計は、奈胡のナイフの腕を掴もうとするが、背中にいくつかのナイフが刺さった。
「……あぁ?」
「さっき飛び散った内の何本かーだけ、後ろに飛ばしておいたんだよ」
『ふむ。磁極を変えて、戻して、軌道上に居るお前に刺さる様にしておいたのか』
 倒れそうになるが、なんとか踏ん張り、拳を振り上げる。が、血が流れ出る計の拳は遅かったらしく、奈胡はバックステップで躱しながら、計の周辺にナイフを突き刺した。外したのか、それとも別な要因か。とにかく、計はその隙に背中に刺さったナイフを抜いていく。
『計。痛いぞ! もっとゆっくり抜け!』
『うっせえ! 俺も痛えんだわがまま言うな!』
 血塗れのナイフを適当に放り投げる。エレジーのイライラも募っているようだ。早めの決着が望ましい。計は勢いよく息を吐いて、再び奈胡に突っ込もうとするが、バチンと何かに弾かれ、奈胡に近づけない。
「いっつ!! ……なんだ?」
「俺の必殺。症状の由来になった、『電網力場(マグ・マグネット)』今、キミの体はS極になっている。そして、周辺の磁石もS極。つまり……反発するんだよ。キミはそこから出られない」
『……ふむ。応用の効く能力だな。羨ましい』
「さらに」
 残していた一本のナイフを、計に向かって投げる。酷くゆっくりだったので躱すのは楽勝だった。しかし
『避けろ計!!』
 エレジーの声に振り向くと、何故かナイフが計に向かって戻ってきた。
「ああ!?」
『先ほど何を聞いてた貴様!! ここは磁力の結界の中だと言っていただろう! あのナイフにも磁力を込めることで、この結界内ならナイフは反発と吸引で自由自在だ!』
「だったら掴んでやりゃあいいんだよ!」
 飛んでくるナイフを掴もうとしたが、しかしナイフは計の手を拒む様に反発し、離れていく。
「あぁ!? なんでだ!」
『貴様奴の話を聞いてなかったのか!? 今貴様は磁力を帯びているんだぞ! 反発か吸着をするに決まっている!』
「めんどくせえなあ!」
 なんとか目でナイフを追い、避け続ける。その視界の端々で、嘲笑う奈胡の姿。気に入らねえ。小さく舌打ちをするが、考えるということが苦手な計には難しすぎる問題だ。――しかし、そこを補う為にエレジーは居る。
『計。我と変われ。貴様には頭が足りん』
「――ちっ。了解だ」
 心の中。エレジーと向かい合う計。彼を照らすスポットライト。このスポットライト内に入ることで、計の体の操縦権を得る。計が一歩スポットライトから出て、エレジーと入れ替わる。そうすることで計の瞳が紅く染まり、エレジーとなる。
「……そーの紅い瞳。キミが有名な『緋色の炎』かあ。いろんなとこで、有名な月光症候群に喧嘩挑んでるっていう。俺も強いって認められたってことかな?」
「我が認めているわけではない。我の情報屋から、情報をもらっているだけだ」
 雰囲気が変わった計に戸惑っているのだろう。少しだけ、表情に陰りが見えた。
「さて……。この状況、抜けるのは案外簡単だ」
 エレジーが右手の指を鳴らすと、その体が燃え出す。
「何、を……!?」
 その自殺行為にも思える行動に驚いた奈胡だが、しかしすぐにエレジーの狙いを察知したようだ。
「そう。加熱すれば磁力は弱まる……。これくらい、小学校の頃にやった科学だ。そして、これを使えば――」
 エレジーは、まるで扉をこじ開けるように、結界と外の境界を押す。それは存外すんなりと開き、エレジーは結界の外へ出てきた。
「……やーるね、キミ」
「貴様の能力は、少し楽しかったぞ」
 エレジーは指を弾く。拳を炎に纏わせ、それで思い切り奈胡の頬をぶん殴った。

       

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Neetsha