Neetel Inside ニートノベル
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「うおおおおおおおおおおっ!!」
 戦況は、沢村の優勢である。
 果敢に絶え間なく撃ち出される火球がどっかんどっかん天ヶ峰のガード前で爆発して衝撃の霧に転じていた。天ヶ峰の足元がふらつく。瞬間、そのガードが跳ね上がった。
 よくもまァ飛び込む気になったものだと沢村を褒めてやりたい。一世一代の万引きを成し遂げて自動ドアをぶち破るかのごとき勢いで突進した沢村の肘鉄には炎が宿っていた。
 土嚢を蹴りつけたような鈍い音。
 水月にモロにエルボーをもらった天ヶ峰は反重力的加速で後方へ吹っ飛んだ。俺たちの視界から消える。後には勝利者のように沢村だけが残り、ぜえぜえと荒い息をこぼしていた。
 脇から横井が突いてくる。
「……やった、のか?」
 知るか。
 沢村が顔を上げて脱兎のごとく駆け出した。俺たちはばあちゃんに挨拶してから団子屋をホフク前進で飛び出し、商店街に長く這った。
 プールひとつ分の距離を挟んだ向こうで、天ヶ峰が大の字に伸びている。沢村はそれをへっぴり腰で見下ろしていた。ケツ拭いてもらうガキじゃないんだからよ。
 沢村がそばに落ちていた鉄パイプで天ヶ峰をツンツン突いた。
 天ヶ峰は動かない。横ざまに構えられた顔に深く赤茶けた髪がかかっていて意識があるのかどうかも分からない。さすがに能力者の肘鉄制裁は効いたようである。
「沢村のやつ、無茶しやがって……相手次第じゃ死んでたぞ」
「あれ喰らって死なないやつとかいるの……?」
 いたようである。
 沢村がおめおめとすがっていた鉄パイプをがしっと天ヶ峰の腕が掴んで、
 べきり、
 へし折った。砂糖細工のような鉄パイプの欠片が宙を舞う。
「うわああああああああああ!!」
 ビックリしたのは沢村である。まずしりもちを突いて天ヶ峰の左ストレートをダッキング(頭を下げて相手のパンチをかわす防御法)してからケツで必死にあとずさって続く左右連打の低空フックをかわしていく。見るに耐えない。レフェリーストップコンテストものである。
「がんばれ……がんばれ沢村……!!」
 横井の痛切な願いが通じたのか、沢村はたたらを踏みながら立ち上がって、そしてそのまま背中から風の翼を出して上空二メートルほどに飛びあがった。
「沢村ウイングか……!!」
「だからもうちょっと格好いい名前をつけてやろうぜ!?」
 そんなものは紅葉沢さんにでも頼んでくれ。俺は門外漢。
 沢村ウイングを噴出させて空に浮かび上がった沢村は肩で息をしながら、旋回して俺たちの方を向いた。天ヶ峰が振り向く。これで沢村の表情が見える形になったわけである。
 そのフツメン丸出しの顔がハタと何かに気づいたようである。
 天ヶ峰が何もせずに突っ立っている。それもそのはず、天ヶ峰には空を飛ぶことなんてできないのだ。カウンターも糞もない。上から集中砲火してやればそれで天ヶ峰の勝ちはない。
「天ヶ峰……お前を、倒す!!」
 おお、でっかく出たなァ。
 天ヶ峰は首をもたげて沢村を仰いだまま動かない。
「喰らええええええええええ!!」
 茂田の、黒木の、木村の田中くんの悲しみを詰め込んだ炎の沢村玉が雨あられと降り注いだ。
 商店街は大パニックである。
 家財道具一式を背負った八百屋の鉄崎さんが俺に向って怒鳴った。
「後藤ンとこのせがれよォ!! 市街戦やる時は事前に通告しろって言ってんだろうが!!」
 俺は片手拝みに謝った。べつにやりたくてやってるわけじゃないんだけどな。ていうか俺たち見てるだけだし。
「頼むぞ本当に! おい母ちゃん、通帳持ったか」
「うう、こんな町に嫁がなければよかった」
「今更言っても始まらねえだろ。おい後藤ンとこの、終わったら経路Dで連絡網回せや」
「わかってますよ」
「じゃ、よろしくな。……おい鹿野さんその箪笥は持ってけねえから諦めろって!!」
 鉄崎さんとその一家は去っていった。俺は鉄崎火波/六歳に手を振って別れを告げてから、戦況を目視する作業に戻った。
 削岩しているかのような大騒ぎだった。
 天ヶ峰の姿はもはや爆炎で見えない。ただ空に浮かんで両手を交互にピストンさせる沢村の姿だけが黒煙に揉まれて悪魔的である。
「だららららららららららららららァ!!」
 そして特大の沢村玉を撃ち下ろすと、そのまま沢村は身を捻って飛び蹴りの姿勢を取って急降下した。
 まず、沢村玉が鈍い角度で跳ね返された。その炎が煙を喰って周囲がはらりと晴れる。
 天ヶ峰は、まだ立っていた。
 その制服は破れ果てて見る影もない。ブラウスは完全にボロ切れと成り果てて天下無敵のスポーツブラが急所だけを辛うじて守っている。針金入りのスカートは乱暴に扱われた傘のようにあちこちから銀針を突っ張らせ、生身の肌はどこもかしこも煤けていた。
 だが、立っていた。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
 綺麗事の生皮が剥げて本音を漏らした沢村の飛び蹴り。いくら天ヶ峰でもパンチの三倍はあると言われる蹴り技を、それも能力者のそれを受け止めればガードの上からでも持ちこたえられまい。
 けふ、と黒煙を吐き出す。
 たぶん、その両目は輝いていたのだと思う。
 その場で反転、革靴の底をすり潰すかのような急速旋回、そのスピードの意味するところはバックステップ。距離を取った天ヶ峰の鼻先を沢村の蹴り足が通り過ぎる。
 そのまま、天ヶ峰は宝箱のように固く閉じた右拳をアスファルトに落下させた。
 灰色の波飛沫が上がる。それに飲み込まれる沢村。
「うわああああああああああああ!!」
 あとには。
 天ヶ峰のチョッピングライトが作り出した大穴と、それを作り出した張本人だけが残った。
 俺は顔を覆った。
「あのバカ……格好つけて白兵戦になんて持ち込むから……!!」
「え? え?」
 横井はまだあの戦いを目視するだけの眼球を作り上げていないらしい。
「どうなっ、え? 沢村は?」
「落ちたよ」
「落ちたって……あの穴にか!?」
「天ヶ峰の野郎、この土壇場でアタマ使いやがって……。後方に下がって距離を作ってから相手を誘い込む穴を開けやがったんだ」
「じゃあ、沢村は……」
「下水に落ちた」
 横井はパシッと口元を覆って涙をこらえた。汚泥に飲み込まれた友人のことを思いやったのか、それともその悪臭を考えて気分を害したのかは俺にもわからん。
 俺はかぶりを振って目の前の状況を見やった。天ヶ峰はいまはしゃがみこんで大穴を見下ろしているがそれもいつまでも続くまい。またぞろ俺を探して動き出すはずだ。どうしよう……スゲー怖い。
 だが、なんとかしなければならない。天ヶ峰は刻一刻と人間の皮を脱ぎ捨てて昔のような悪鬼に戻りつつある。この町の平和のため、天ヶ峰には手芸部のくせに不器用な女子高生でいてもらわなければならない。どうでもいいがあいつが壊したミシンの苦情が俺に来るのは本当に迷惑だ。請求書、じゃねーよふざけんな破いて捨てたわ。本人に言えしマジで。
「なあ横井、俺たちどうしたらいいと思……」
 横を向いた俺はピタリと固まってしまった。
 というのも、横井がショットガンを突きつけられたウサギのように震えながら、スマホを耳に押し当てていたからだ。
「横井……」
「後藤っ、後藤っ……俺っ……死にたくないっ……」
「いや、それはわかってるが、おまえどこに連絡してんだ?」
「死にたくないんだ……後藤……俺っ……!!」
「だからそれはわかってるって……なんだこの音?」
 幻聴に似ている。
 あるいは怪鳥の雄叫びか。
 俺は動物的直感に基づいて振り返った。
 紺碧の青空に、一点、影がある。それが灼熱の太陽から寵愛を受けてキラリと光った。
「おまえあれ……」
 俺はごくりと生唾を飲み込んだ。
「戦闘機ってやつじゃねーのか……」
 俺は横井の胸倉をひっつかんでガッタンガッタン揺さ振った。
「ばっかやろ、ありゃあテメーの仕業か!?」
 横井は首が千切れそうになるくらい俺から顔を背けている。背けすぎだろ。
「あんなんがミサイルでも撃ち込んで来た日にはこの町も終わりだぜ!! わかってんのかよ!?」
「知らない、俺、俺あんなF-72知らない」
「知ってるじゃねーか!! よくわかんねーけど強そうだなそれオイ!!」
「死にたくないよお……怖いんだよお……!!」
「女の子か!!」俺はひっつかんでいた横井を突き飛ばすようにして放すと刻一刻と迫ってくる戦闘機を見上げた。
 ばしゅっ
 それこそ俺も目を背けたかったが、現実である。
 ミサイルが発射された。
 マジかよ……
 いま、この状況でただの男子高校生にできることなどたかが知れていた。俺は横井の襟首を掴むと脱兎のごとく駆け出した。夏の日差しの中へと向かって。
 振り返り、叫んだ。
「天ヶ峰――!! 逃げ――」
 最後に、あいつがこっちを見たような気がした。
 瞬間、コマ飛ばしのような速度で地柱銀座商店街の大通りに仰角百二十度でミサイルが突っ込んでその役目を爆裂させた。
 小さな太陽が商店街に出現し、
「――――!!」
 俺たちは、白い光の中に飲み込まれた。





       

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