Neetel Inside ニートノベル
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 二人して浴衣のまま外に出た。
「で、歩いていけるんだっけ」
「ああ。十五分くらいかな」
「よっし、じゃあ楽しみにしておこうぜ。紫電ちゃんとラブラブになれるかもしれないラッキーな男の顔を」
「……そうだな」
 紫電ちゃんはぶかぶかになった袖を口元に当てて、笑った。
「後藤、おまえはいいやつだな。見直した」
「そうだろう。見直せ」
「昔からそんなだったか?」
「おい忘れてんじゃねーよ二大災厄のうち一人はおまえだぞ」
「失敬な。私は有り余る暴力に取り付かれていた美里をスポーツの世界に導いたんだぞ。それがどれだけ大変なことだったか」
「いつだって大変なのは巻き込まれる俺たちだったよ」
 茂田の後頭部にはまだ当時の傷が残ってるし。
 紫電ちゃんは、一台も通らないアスファルトの上をからんころんと下駄を鳴らして歩きながら、目を優しく細めた。
「懐かしいな……」
「まァほとんどの面子はそのまま一緒に進学したからあんま懐かしくもないけどな」
「そういうことを言ってるんじゃない。子供の頃が、ってことさ」
 俺は紫電ちゃんの横顔を見やった。
 そうか。
 ひょっとすると紫電ちゃんはもうすぐ、子供じゃなくなってしまうのか。
 俺は処女厨のみんなの顔を知っている限り思い出してふと涙を催してしまった。
「ううっ」
 可哀想に、小倉、佐伯、神庭、茂田、周防。おまえらの夢はもうすぐ何者かの魔手によって散るかもしれん。NTR耐性をつけておけとメールしてやれない俺を恨んでくれて構わんよ。
「……なんだろう、悪寒を感じる。上に何かカーディガンとか羽織ってくるべきだったかな。くちゅっ」
 紫電ちゃんはかわいくくしゃみをした。下卑た妄想をされているとも知らずに……ふふっ、愛い奴。
「なんだその目は。いやらしい」
「なんてこと言うんだ。人をそんな風に見た目で判断するのはよくないぞ」
「言ってろ。……お、あれだ。あかりがついてる……みんなまだ起きているのか」
 見ると、ゆっくりと傾斜していくアスファルトの道の果てに村があった。小さな、と言わないのはどの建物も門構えが立派で、なんというか、武家屋敷だけで作った村って感じだからだ。ちょっと要塞っぽい。
「忍者とかいそうだな」と俺。
「なんで知ってるんだ」と紫電ちゃん。
 聞かなかったことにする。
「で、どれが火泉さんちよ」
「どれも親戚だからそうと言えばそうなんだが、本家はあの一番奥の屋敷だな」
「かぁーっ。あれかァ。でっかくてご立派で、なんか金持ちっぽくて見ていてイライラしてくるぜ!」
「……なんだか、申し訳ない」
 しゅんとされても困る。
「とにかく、いいか後藤、まずは私の婚約者の顔を見に行くが、私は明日つくことになっている。もし今晩、姿を見られたら婚約者を消そうとしている疑いをかけられて捕まってしまうだろう」
「ここって親戚が住んでるんだよね? なんでそんな好戦的なんだよ」
「田舎というものは難しいものなんだ。ましてや後藤、おまえを連れ立っているというのはまずい。私がデキ婚で状況を打開しようとしていると思われるかもしれん。その場合、おまえは死ぬ」
 死ぬんだ。すっげー軽いね俺の生命。
「どうした、ワクワクするのか」
「そんなわけねーだろ普通に寒気がするわ。……いいよもうその婚約者ってやつを見るまでは死ぬ気ねーし。よし、いくか」
 俺たちはこそ泥のように腰を低くして先へ進んだ。村の入り口には『菖蒲峠果村』とある。あやめとうげはてむら、と読むのかな。自分の村に『果て』とかつけるセンスが怖い。

       

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