Neetel Inside ニートノベル
表紙

横井、宝くじ当てたってよ
第二部

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 それから結局、俺たちは亀になったまま動かない酒井さんをもてあまし、どうするか茂田と緻密な打ち合わせを経た結果、彼女を田中くんちのおばあちゃんに漬物石として贈呈することで無事決着がついた。横井もどこいったのかわからんし、瓦礫の闇に飲み込まれた男鹿の行方も見当たらなかったし、なし崩しに解散という運びになって俺は自宅へ帰った。
 その晩のことである。
 俺が桐島から借りた少女マンガをほくほくしながら読んでいると家電が鳴った。いまどき家電引いてるのって意味あるのかなあと思ってマンガをペラペラしているうちに、さっき携帯をぶっ壊したことを思い出した。横井か茂田がかけてきているのかもしれない。俺は本を読むのを中断し、ベッドの縁にはみ出している本の海を泳いで電話のところまでいった。
「もしもし、後藤ですが」
『あのさ、なんでおまえんちに電話かけるといつもザブザブ音がするの?』
 横井だった。俺は本の海をぷかぷか浮きながら答えた。
「浮いてるからだよ。で、どうした」
『メールしても返事くれないし携帯かけても出ないからさー。どしたの?』
「ああ、ちょっといろいろあってな……」
 ちっ、こいつではなく俺に泡銭が転がり込んでいれば俺の携帯も路傍の露と消えずに済んだというものを。くそったれめ、ドコモショップいくの超めんどくせえ。
「で、どうする。何する? カラオケいってブックオフいってサイゼでミラノ風ドリア喰って帰るか」
『俺たちもうそれ三千回くらい繰り返してね?」
 どんだけ生きてんだよ。
「だってほかにやることねーじゃん。俺もうビリヤードはしないって決めたんだ」
『あの店の店員さんは確かにチャラかったけど、飲み物持ってきてくれたりして超いい人だったじゃん』
「うるせー。俺は嫌なの。口答えするな。だいたいお前あれだよ、たまには自分から企画立てろよ」
『うん、実はそうしようと思ってさ」
 何、予想外の展開。こいつが自発的に行動することがトイレにいく以外にあるなんて……
『九栗橋にさ、遊園地あるじゃん。ククリランド』
「ああ、あったな。夏休みに金の亡者と化した連中がよくバイトしてるとかいう」
『そうそう。そこいこーぜ!』
「男三人で? 牧瀬と山田でも誘えよ」
『そんなことになったら俺はもうお婿にはいけないよ』
「最初からいけないよ」
『ひどいな……まあ、とにかくさ、たまにはいいじゃん? 俺一回でいいからあそこのアイス食ってみたかったんだよね』
 そういえば、ククリランドは大手のアイクリーム屋のチェーンと提携していて、割りと安めにいろんな種類のアイスを食べられるので夏は盛況らしい。では混むのかと言えば、客のさばき方が手錬れのそれで、不思議とどこを見ても長蛇の行列というものは見当たらないという。まあ日本人は並んだ方が達成感があっていいなどとぬかすマゾの集まりなので、たぶんそのうち潰れたりするんだろうし、そうなる前に一度いってみるのもいいかもしれない。小学校の頃の町内は電車に乗れる環境じゃなかったから九栗あたりはまだ俺や茂田にとっては人跡未踏の地である。南小のゲリラが厳戒態勢を取って遠足が中止になった時はさすがにビックリした。
「まあ、いってもいいか」
『やたっ』
「でもさあ、遊園地って高いんだろ? フリーパスとか数千円するじゃん。いちいち切符買ったりとかも面倒っぽいし……そのへん大丈夫なのかよ?」
 ああ、と横井は笑ってあっさり答えた。
『奢るよ』
「殺すぞ」
『なんでっ!?』
 いやなんかビックリして口走っちゃった。ごめん横井。そうだ忘れてた、こいついま金あるんだったな。
「えーと、そうか、うん……横井、お前もしかして金持ち?」
『え? そんなことないけど』
 横井はどういうつもりなんだろう。金があるのがバレたくなければ奢るなんて言わないだろうし、かといって今の様子からすると金があることを喧伝したいわけでもなさそうだ。ただの馬鹿なのか? それが一番ありうる。
「じゃあ、明日、十時くらいに九栗駅の改札にするか」
『オッケー。あ、茂田に伝えといて。あいつも連絡つかないんだよ』
「携帯は確実に不通だろうからお前が電話しろよ」
『やだ』
「なんでだよ! お前らいっつも俺を中継役にしやがって、めんどくせえんだよ!」
『えー……だって後藤そういうの似合ってるじゃん』
「おまえいま俺のことパシリつったか」
『言ってない言ってない! いやほんともう、後藤がいないとこの町の平和は続かないって感じに思うくらいリスペクトしてるよ』
 少しも嬉しくねーよ。
「とにかく茂田にはお前から言っとけ。俺はもうやだ」
 俺はため息をついて、あばよ、と言い残し電話を切った。裏手から親父の声が聞こえてきた。
「おまえ、友達との電話であばよとか言っちゃうの?」
「おい親父、実の息子になんて冷たい声を出しやがる」
「実の息子が柳沢慎吾のマネもできないのに無茶な言葉使ってたら心配もするわ」
 親父が正しい気がしてきた。なんだかそれで俺はどっと気が抜けて、ベッドに戻りぼすんとその身を沈めた。
 その晩は、隣人が死んだように静かだったのでよく眠れた。


 翌日。
 快晴だった。
 流れで九栗駅集合になっていたはずだったが、どいつもこいつも地柱駅周辺に生息しているので自然と合流してしまった。これだから地元は嫌である。
「おい聞いたか。今日は市民プールにミス地大の辻村さんが来るんだってよ」
 茂田の声に切符を買おうとしていた俺の手が止まった。
「マジかよ。それじゃあ今すぐ方向転換しなくっちゃじゃねえか。ミス地大といえばこの貧しい土地に舞い降りたJカップだってその筋じゃ有名だぜ。なあ横井」
「いや知らないよ……美人なのその人?」
 足音と一緒に睾丸までどこかに落としてきたのではなかろうかと思えるほどの冷めた態度を見せる横井。
「バカヤロー。今年のミス地大は例年通りのお情け王座決定戦とはちょっといくらかワケが違ったんだ。見た目だけは人間の茂田の姉貴とか、江戸川の姉貴とかを押さえての一位だからな。俺も一目見たことあるが、ありゃあ天使か何かだ」
「へー。じゃあみんなその人を見に行ってて、九栗の方は空いてるかもね」
「そうそう、それが言いたかったんだよ」と茂田。
「あ、そういえば話変わるけどさ」
 と横井。
「ウチの学校ってそういう女子の美人コンテストとかしないよね」
「言われてみればそうだな」
「ウチのクラスだと二人は誰が好きなわけ?」
「寺嶋さん」
 茂田はゆがみねーなー。こないだ肩がぶつかりあったときに接触箇所をファブリーズされたって落ち込んでたのは記憶からもう抹消されちゃったの?
「後藤は?」
 横井が下から俺の顔を覗き込んでくる。そのアングルやめろ。ぶっ殺すぞ。
「同じクラスじゃねーけど、紫電ちゃんとかいいよな」
「あざといなー」横井は鬼の首を取ったように嬉しそうである。
「後藤あざとい」
「俺かよ」
「でもなんか安牌だよね紫電ちゃんだとさ。金髪だし学ランだし強いし」
「ていうかさ」と茂田が首をぐりんと捻って俺を見た。
「おまえ素人っぽい女が好きだって言ってたろーが」
「そうだっけ?」
「そうだよ。沢村の妹とかさ、お前って昔からイモっぽいのが好きじゃねえか。紫電ちゃん? いやいやないね、俺にはわかる。おまえは紫電ちゃんだけはない」
「なにその自信? 怖いわあ」
「ふふふふふ」
 意味深に笑う茂田。こいつ夏の暑さでぶっ壊れたんじゃねーのか。だから帽子かぶってこいって言ったんだよ。
 俺は話をとっとと変えるべく横井に振った。
「で、お前は誰よ」
 うーん、と横井はしばらく窓の外を眺めていたが、
「かおりちゃん、かな」
「…………」
「…………」
「…………」
 なんかリアルで、突っ込めなかった。
 俺たちはそのまま九栗駅につくまで靴を脱いで膝で座席に乗っかり過ぎていく街の景色を眺めていた。
 いつの間にかファーストネーム呼びだしよォ。


 それから間もなくして、電車は九栗駅に到着した。改札で茂田のパスモがチャージ切れを起こしていたのでちょっと手間取ったが、俺たちは無事にククリランド正門前に辿り着いた。
「まあ、無事にも何も敵なんていねーけどな」
「俺は月曜を迎えた時、天ヶ峰の機嫌を見てもお前が同じことを言えるかどうか心配だよ茂田」
「やっぱ怒ってんのかなあ、天ヶ峰」
「あいつちょっかい出されてほったらかしってのが一番嫌がるんだよ。昔のこともあるし。まあ、昨夜俺の家に特攻かまして来なかったあたりからして、そんなじゃねーと思うけど」
「ちなみに特攻かまされるとどうなるの?」
「うちの扉って三代目なんだぜ」
「……………………」
「まあまあいいじゃん!」と横井が朗らかに言った。
「今日が最後だと思ってパァっと楽しもうぜ!」
「そんな男気を求められる休日ってなに?」
 いいからいいから、と横井は俺らの背中を押すようにしてチケット売り場へ進んだ。
「フリーパス、おひとりさま五千円になりまあす」
「やっぱ結構するなあ」
「江戸川が馬車馬みたいにバイトする気持ちがわかったぜ」
「え、なんで江戸川?」
「いやあいつ彼女いるし」
「マっジかよ! くそったれ、女子はボールしか見てねえのか」
「黒木がモテないところから察するにそうかもな」
「やっぱ格闘技は顔のかたち変わるからじゃん?」
「かもなあ」
 などと世間話に耽っているように思えるかもしれないが水面下で俺と茂田は生唾ごくりで緊張していた。それというのも前言通りに俺たちにフリーパスを買い与えてくれた横井の、財布の中身がさっき一瞬チラリと見えたからである。
 諭吉がスタメンもベンチも総動員してスクラムを組んでいた。
 俺と茂田はひっそりと顔を付き合わせた。
「やっぱ面と向かって諭吉見ると気分変わるな」
「ああ、やっぱ何がなんでもって気になるぜ」
「俺、イタリアあたりで情熱的な子とパン屋か何かを経営したい」
「悪くねえな」
 俺たちは何も知らずに酔っ払いのごとくトテチテと歩いていく横井の背中を睨んだ。
「なあなあ、どれに乗るよ!? えーちょっと待ってよ俺あのピカピカ光るモノレールみたいなやつ小学生以来なんだけどーっ!! うっわあこっちにもあったのかやっべえ漲ってきたおいお前らおせーよ! 早く! 何を犠牲にしてでも早く!」
「うるせーなー」
 とは言うものの、まあせっかく来たことだし、楽しんでおくか。
 大人になったら、きっと遊園地にも来なくなるんだろうし。

       

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