Neetel Inside ニートノベル
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「しかしあれだな」
「ああ」
「あいつ無敵だな……」
「そうだな……」
 俺と茂田はブランコを大型化した船みたいやつに乗って逆さになっている横井を見上げていた。横井は実に幸せそうに三半規管を痛めつけている。馬鹿じゃねーの?
「なんでジェットコースターみたいな絶叫系ばっか乗るんだよあいつ……」
「横井にこんな才能があったとはな……くそっ、この遊園地、いったい何個ジェットコースターあるんだよ……多すぎだろ……!」
 青ざめたツラを貼り付けた俺たちにどこからともなく「じゃあ乗るなよ」というツッコミが入った気がするがそんなもんは糞喰らえである。男の子としてツレより先に音を上げるのは絶叫系コースターだろうと女子にボールぶつけたときだろうと許されないのだ。ほんと許されない。
「おえーっ」俺は嘔吐した。
「吐くなよ……」
 しかしゴミ箱と同じくらいの頻度でエチケット袋とその成れの果てである使用済みの地獄をぶち込むダストシュートがあるあたり、この遊園地は人を殺す気なんじゃないかと思う。
「うぇっぷ。へっ、吐いてからが本番って言うしな」
「その考え方が毎年悲劇を生むんだよ」
 俺と茂田はげっそりとしたまま、回転する巨大船から舞い戻ってきた横井を睨んだ。
「いやー楽しかったァ! お前らも乗ればよかったのに」
「俺たちは横井の嬉しそうな顔が見れただけで充分だよ」
「そう?」
 なんだそのツラ。ぶち殺すぞ。
 幸せだァ、幸せだァ、と安っぽい満足感に浸る横井に引き寄せられる鉄拳を俺と茂田はなんとかぐっとこらえた。
 ため息をひとつ、
「で、次はどうするんだよ」
「ああ、もう一周するのもいいよね」と横井。
「もう一周って……今まで通ったコースを? このスっカスカの園内で?」
「うん」
 なんなんだそのつぶらな瞳は。俺が間違っているのか? 俺は思わずよろめいて近くにあったベンチに倒れ込むようにして座った。
「ううっ」
「後藤! お前っ、だから帽子被って来いって言ったんだよ」
「言われてねーよ!! 言ったのは俺だよこのボケ!! てめえさっきからアクエリ飲んでねえみたいだが倒れたって知らねえぞ」
 夏場の水分補給は人間には重要である。茂田はおとなしく自販機で調達したスポーツドリンクをごくごくやり始めた。
「どうしたんだよー熱射病?」
 それと三半規管の消耗だよ。くそがあ。
「まあ俺ばっかハシャいでる感じはしてたよ」
 ウンウンと頷く横井。てめえ分かっててやってたの?
「お詫びにアイスクリーム買ってくるよ。おまえら何がいい?」
「ハーゲンダッツ」
「ブラックサンダー」
「アイスクリームだって言ってんだろ! それにブラックサンダーはアイスじゃないよ、攻撃だよ!」
 お菓子だよ。
「もうなんでもいいから買ってきてやるよ」
「当然おごりなんすよね? 横井兄さん」
「誰が兄さんだ誰が! まあ、いいよ。アイスくらい」
 この野郎、去年と言ってることが全然違うぞ。カラオケいった時のワリカンで二〇円まで俺に請求した糞野郎と同一人物とは思えねえ。
「金ってすげえ……」俺は思わず呟いていた。横井の背中がつれないあの子のように遠のいていく。そのまま戻ってこなくてもいいぞ。
「くそったれが……遊びに来てるのにどうして俺たちは体力を失っているんだ」
「それが遊ぶということなのかもしれねえ」
 茂田が妙に深いことを言いやがった。うん……って感じ。
「で、どうするよ。これ以上付き合ってたら生命が持たんぜ」と茂田。
「って言ってもなあ……まあ無料だしいいんじゃねーか? もう二度と来る機会がないと思えば」
「さっき吐いてたやつの言うセリフかよ?」
 そうだね。
「仕方ない。戻ってきたらあいつの耳の裏をぶん殴って強制的に俺たちと同じ気分にさせ、お化け屋敷で涼むコースに乗るしかない」
「ずいぶんと好戦的だな、後藤よ」
 お前がおととい姉貴のプリン勝手に喰って手首傷めてなければ伝家の当身ですべてのことは済んだんだよ茂田。
「おっ、横井が戻ってきたぜ」
「あの野郎バカなんじゃねーか? なんだあの積み重なったアイスは」
「そういえば、無闇に世界一高いビルとか建て始めた社会は遠からず破綻するらしいぜ」
「それが横井のアイスだったらあいつはいったい何者なんだよ」
 俺たちはガクリとこうべを垂れた。
「あのアイス、あいつ全部食いきれると思うか後藤」
「どう見ても七割がた余らせて俺らに食わせる気だ」
「ちくしょうっ……もうあいつにゲロをぶっかけてやりたい」
「それはどうかと思うよ茂田」
 そっくりなため息をつきつつ、俺たちが顔を上げると、
「あれ?」
 横井がいなくなっていた。それまでいた地点からワープ級で消失していた。俺たちはあたりを見回し、
「いまのいままでいたよな? あのバカどこいった」
「あれか? 後ろ向きに歩いて横に飛びのいて足跡を消すっていう」
「それで消えるのは足跡であって横井ではねーよ」
 俺たちは立ち上がって横井を探し始めた。
「おーい、横井やーい」
「ちょっと気分よくなってきたからアイス食いたいぞーい」
 だが俺たちがいくら呼んでも横井は出てこなかった。周囲にまばらにいる親子連れからの視線がちょっと辛くなってきた。
「迷子センターいくか?」
「男二人が男一人を求めて呼びかけるって死人が出るんじゃねーかな」
 とはいえフリーパスをまとめて持っているのがあのバカなのでこのままでは退園する以外に道がなくなってしまう。俺たちは重い腰と進まない気を働かせることにした。
「ったくよーもう高校生だってことを自覚しろよなァ」
 そして俺たちが迷子センターへと進む第一歩を踏み出しかけた時、きぃんと妙な音がした。
 アタマの中で。
「……?」
 茂田を見るとやつもカキ氷を食ったガキみたいなツラになっている。
「なんだ……?」
 と、やはりアタマの中に響くものがあった。
 今度は音は音でも声だった。それも女の。
『聞こえてるかしら……?』
「いや、聞こえないっすねー」
『ふふっ、冗句は結構よ』
 なんだこいつ。
 隣で茂田が「う、うわぁーっ!! アタマの中で声があーっ!!」と恐れおののきガードマンの耳目を集めている。バカが。
「あんた……ほんとに俺たちのアタマの中に喋りかけてるのか?」
『そうよ。本当は電話で済ませたかったのだけれど……あなたたち携帯電話を持っていないようだから。どうかと思うわ』
 すんません。
 ん? ちょっと待てよ?
「あんたどうして俺らが携帯持ってないことを知ってるんだ? ツレってわけでもねーよな。俺らが携帯ぶっ壊したのはまだ昨日のことなんだぜ」
『ふふ……』
 俺は声を出すのをやめた。
『あんた、そっちの声を伝えてくるだけじゃなくて俺らのアタマん中も覗けるらしいな』
『あら? 気づかれちゃった? その通りよ。つまりあなたたちが何をしようと私には通用しないってこと……手の内が読めるのだから』
『なるほど。最近流行の超能力者ってやつか』
『そうよ。いい、あなたたちは私の言うとおりにするしかないのよ』
『それはどうかな』
 俺は思い切りえっちなことをアタマの中に大展開した。
『ギャーッ!!!!』
 犬のウンコ踏んだ幼女みたいな声が頭蓋の中にこだました。
『さっ……最っ低!!!!!!』
『うるせえ!! 人のアタマの中を覗くやつに言われたくねえよ!! オラオラどうした男子高校生の妄想力なめんなよ。俺たちゃ加減を知らないからどこまでだってやっちゃうんだぜ!!』
『ギャアアアアアアッ!!!!』
 アタマの向こうで、跪きながら地面をかきむしるような気配を感じた。
『こっ、この外道……今すぐその破廉恥な妄想をやめなさい!! こっちには人質がいるのよ……!!』
『人質? 横井のことか。……なるほど読めたぞ。てめー、どっかで横井のアブク銭についてテレパシーで知ったな? それで誘拐に踏み切ったってわけだ』
『話が早いわね』
『まあな』俺は警備員に連れて行かれようとする茂田の首根っこを引っつかみながらニタリと笑ってみせた。
『で? どうしようってんだテレパシストさん。目的は横井のカネなんだろ?』
『そうよ。いい? 横井くんの生命が惜しければ、今すぐ横井くんの家に行ってありったけのお金をお母さんから調達してくるのよ。分かったわね?』
『いやだと言ったら?』
『横井くんは……死ぬことになるわ』
『ふーん』
『さあ、何を迷っているの? 選択肢なんてないはずよ。友達の生命が惜しければ……私の言うとおりにするしかないわ。早くお金を持ってきなさい!』
 俺は考えた。
『やだ』
『な……んですって……!?』
『そんな義理は横井にはない。ドジったやつの後始末まで出来るかよ。今日は暑いし俺たちはもう帰る。あとは勝手にやってくれ。そうだ、うまくいったら分け前くれよな』
『正気なの!? 友達の生命が懸かってるのよ!?』
『人質を取った誘拐犯に諭されてもなあ』
『くっ……!! あっ、ちょっと、何、ほんとに帰るの!? バカじゃないの!? あたしひどいことするわよ!! 横井くんの心に思念波を送って発狂させることだってできるんだから!!』
『そのバカが人の思念(はなし)を聞くようなタマだといいけどな』
 俺は喉を鳴らして茂田に言った。
「行こうぜ茂田」
「っ!? ちょっと待ってくれ後藤、いま俺のアタマの中で変な声がするんだ!! そいつは誰かと喋ってるみたいで」
「俺だよ!!」
「なんだと!! そういうことは最初に言ってくれよ!!」
「流れで悟れよ……まあいい、いこうぜ」
「横井はいいのか?」
 俺はできるだけ無心になって誤魔化そうとしたがバレた。
『はっはーん。助けを呼びにいくのね。待って、もうちょっと……ああ、見えた。あまがみね? とかいう人を呼びにいけば解決すると思ってるのね後藤くん。ふふ、甘いわ。他者の心を読み抜く能力者である私に物理攻撃が通用するわけないじゃない!!』
 俺は舌打ちした。
「だったらどうする。横井の爪でも剥ぐか?」
『そんなことはしないわ。一枚一枚衣服を剥いでいって、最後には全裸で幼女うずまく遊園地のど真ん中に放り出すだけよ。……名前と住所を記した看板を首から提げさせてね!!』
「……っ!!」
「おい後藤、この女マジでイカれてやがるぜ!! いくら横井にだって守られるべきプライベートはあるはずだろ!?」
 俺の胸にハンマーでぶっ叩いたような芯に残る痛みが走ったが、構わない、俺はここを出て行く。
 アタマの中の声の主に向って、吐き捨てるように言う、
「天ヶ峰を敵に回して引越しせずにいられると思うなよ」
『ふふっ、この子が相続した十億円さえ手に入ればこっちから出て行ってやるわ、こんな街』
「そうかよ」
 俺は迷わずに退園への第一歩を踏み出した。
「後藤っ!!」
「……」
「後藤……」
 俺だって辛い。だが、この状況を打破するには天ヶ峰を呼ぶのが一番いいんだ。あとは沢村とか……誰でもいいが、とにかく、俺たちは能力者じゃない。ただの高校生に何ができる?
 ただの高校生は、友達の全裸が衆目の下に晒されるとしても何一つ手が打てない時があるんだ……!!
「横井、俺はお前のカネだけは守ってみせるからな……」
 そして、退園のゲートを出ようとした時、
 ベチッ!
 俺は見えない壁にぶつかって鼻をしたたかに打った。
「くそがあーっ!!」
「後藤ぉーっ!!」
 俺と茂田はひとしきり喚いた後に、何もない空間に手を伸ばした。冷たいガラスのような感触がしたが、そこには何もあるようには見えない……まさに透明な壁だった。
「どういうことだ? おいテレパシー女、あんたの仕業か?」
『違うわよ!! どういうこと……? あんたたちの能力でもないみたいだし……ちょっと待って、これって……遊園地全体にバリアが……!?』
「ああ? どういうことだよ。おい!」
 だがそれっきり女の声は聞こえなくなった。時々、パニックめいた声にならない『ざわつき』だけが伝わってはきたが。あまり精度のよくない能力なのかもしれない。まだ目覚めたばかりとか……?
 茂田がローファーの踵をレンガ敷きの地面に打ち付けた。
「どうするよ、後藤」
「どうするもこうするも……出れないってんなら仕方ないだろ」
 俺は首をごきりと鳴らして、
「俺たちでどうにかするしかない」
 それを聞いて茂田は笑った。
「待ってました。そう来なくっちゃな」
「何も考えるつもりがないやつは気楽でいいなあ」
「わかってんじゃん。で、どうする?」
「ひとまずこのバリアの正体を探ろう。あの女の仕業ってわけでもないんなら、この遊園地に別の能力者がいるってことだ。もしかしたら別件で能力者同士の揉め事でも起こっているのかもな」
「マジか。やべえな」
「ああ、やべえよ。ちょっとな」
 俺はとりあえず遊園地内を一周することにして、駆け出した。後ろから茂田がついてくる。それにしても――と思う。他の能力者が園内にいることに気づかなかったということは、横井を誘拐した女は――
 いずれにせよ、今はバリアの能力者を探すのが先だ。

       

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