Neetel Inside 文芸新都
表紙

マジックカンパニー
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「どうぞ…あ、どうぞ…あ、ありがとうございます、どうぞ…」
宮崎寛太はもうティッシュ配りのアルバイトに飽き飽きしていた。
どうしてそんなにオレのことを無視するんだよ…ティッシュぐらい貰ってくれよ!要らないのか、ティッシュ?オレだったら絶対貰う。タダだし。
早くこんなアルバイト辞めて活躍したい、と具体的な希望も持たず彼は池袋駅の前でずっとティッシュを配り続けていた。
「はあ…」思わずため息が出る。子供がずっとこちらを見ている。くそ、子供なんて大嫌いだ。こっちを見るな。
ああ、若いサラリーマンまでオレのことを見てる。お願いだからやめてください。オレはあなたのように優秀な人間じゃないからこんなことをしているんです。
「おい、お前さ、暇そうだな」
暇どころじゃないんです。金が…
宮崎は驚いた。若いサラリーマンがティッシュを全て自分のカバンの中に入れた上に、宮崎に話しかけてきたのである。
「これで仕事終わりなんだろ?暇だろ?」
自分の抱えていた籠を見て宮崎はきょとんとしてしまう。盗る(?)の早かったな…と、いうよりも、何なのだこの男は。
「別に…まだまだやることありますし」
無愛想に宮崎がそう答えると、若いサラリーマンはとても残念そうな顔をして「何だよー、これから世界を救う者の言葉じゃねえぞ?」と言った。
「は?」
「お前、最近池袋に現れた『蟲』のことは知ってんだろ?」
ああ、そういえば、と宮崎は今朝読んだ新聞の記事を思い返す。
ある水族館に巨大なミミズが現れてみんなの大好きなイルカちゃんを食べちゃった、みたいな。
「イルカ可哀そうでしたね」
とぼんやりとして宮崎が言うと、若いサラリーマンが彼の肩をがんがんと揺すった。
「イルカどころじゃねえんだよ!いつか人間だって喰うぞ、あいつら…まあ、俺の仲間に『蟲』を食べちゃう女いるけど…それは置いといて、お前どうするつもりなんだよ、みっともなく池袋から避難すんのか?」
「まあ、『蟲』が行動範囲を広げたら…」
「そんなこと言ってらんねえぞ!今、俺の大好きなサンシャイン水族館は封鎖されてるんだ!この瞬間も、一体どれだけの生き物がミミズ野郎に食べられているか…!」
知ったことじゃない、と宮崎は思う。オレにはどうしようもないし。
若いサラリーマンが叫ぶ。「クリオネ見てえんだよ!」早く出勤しろ。
「知りませんよ、北海道行ったらどうなんですか」
「あそこにゃ熊しかいないだろが!」
「北海道に謝ってください!」
宮崎は早くこの場から立ち去ろうと思い、「じゃ、これで」と決まり文句を言いながら歩こうとした、が、
「馬鹿野郎!今の話を聞いてじゃあ僕もサンシャイン救いたいので頑張りマスってならないのかよ!お前、魚嫌いなのか!?」
若いサラリーマンがもはやすがりつくように宮崎のTシャツを引っ張る。
「嫌いじゃないですけど…」
「そうか、好きではないんだな…じゃあ鳥は!?ワシとかならサンシャインにいるよな!」
「別に…」
「あああ~、じゃ、じゃあ、カエル…」
「カエルは嫌いですね」
「じゃあ何が好きなんだよ!ハッ、結局女かあ!裸の魚が泳いでるの見てるくらいなら水着の女が泳いでるの見てるほうがいいかあ!」
「そういうわけじゃないですけど…」
「じゃあ、池袋救おうぜ」
なんと無茶な、と宮崎は思いつつも、若いサラリーマンが差し出してきた名刺を受取った。


『マジックカンパニー』
変身可、魔法銃装備
吾輩から見てレベル13くらい
田村忠志


「…ふざけてるんですか?」
何なのだ、マジックカンパニーとは、聞いたこともない。というよりも吾輩から見てレベル13くらいって、適当すぎる。吾輩って誰だ。
「こういうカンジでさ、俺たち『蟲』と戦ってるわけよ」
「『蟲』と戦う?そんなこと普通の人間にできるわけないでしょ。オレはもう帰りますよ」
「…俺たち、九州からここに来るまで、ずっと『蟲』たちと戦ってきたんだよ。嘘じゃない。『蟲』たちはいつか日本全国に行動範囲を広げるぜ。そうしたら俺たち、終わりだな」
田村は宮崎の腕をぐっと引っ張った。
「ちょっと、何するんですか!」
「お前、ホントは世界救いたいんだろ!お前を戦士にしてやるっつーの!」
「もう、よくわかりませんよ!」
強引に宮崎は「マジックカンパニー」というところへ連れて行かれた。




マジックカンパニーは大きなビルの34階にあった。表向きはこじんまりとした生物研究社、という扱いらしい。
「社長が天才でバカな金持ちなんだよ」
田村はそう言ってドアを開けた。
部屋の中には白衣を来た男と胸に黒いリボンがついている白いブラウスを来たきれいな女性がいた。
「おう、田村、遅かったな…ん?なんだそいつは」白衣の男が宮崎をじろじろと見る。
「新入り!この前あのミミズ野郎に3人殺されちゃったろ、その穴うめだ」田村が答える。
「おおおおお!こ、これで最強の五人がそろった!!」
白衣の男が興奮して宮崎の方をつかむ。
「アンタがその五人組の中に堂々と入ってるってことが気に入らないんだけど」
ブラウスの女性が白衣の男に向かって言った。
「くくくく、新入りよ、吾輩がこれからみっちりと仕込んでやろう!さてさて!貴様に変身アイテムを渡さないとなあ!」
白衣の男は嬉しそうにバタバタと部屋の奥へ向かって行った。
「あの変な男は斉藤一樹、で、あたしは遠山由紀子。よろしく」
パソコンをいじりながらブラウスの女性、遠山が教えてくれた。
「あ、よろしくお願いします…あの、田村さん、変身アイテムって…」
名前を教えられても中々状況が理解できない。
「ん?ああ、お前だって小さい頃変身ヒーローアニメとか見たことあんだろ。そのものだよ」
当たり前のことを言うように田村が答えたので、宮崎はむっとして言い返す。
「人間が変身できるなんて、ありえませんよ」
「いやあ、斉藤にならできちゃうんだよな…言ったろ、社長は天才だって。ああ、一応アイツが社長だからな」
「持ってきたぞ~~!む、ところで貴様の名は?吾輩は斉藤一樹、このカンパニーの長にして最高の」
「さっきあたしが言った」斉藤の言葉を遠山が遮る。
「そうか?まあいい。で?名を名乗りたまえ」
「み、宮崎です。宮崎寛太…」宮崎はおずおずを名乗った。斉藤は異常なほど目を輝かせる。
「そ~おかそうか!良い名だ!ではこれを受け取りたまえ!」
斉藤は宮崎に黄色の紙を渡された。
何も書かれていない無地の紙だが、自分が今まで知らなかったような力を感じられた。
「…これが…」
「そうだ、変身アイテムだよ。もう使い方なんてわかったろう、お前は田村に選ばれた戦士なのだから…」
「あ、いいえ、それはわかりません」
「さあ己の心のままにその紙に…って、えええ~吾輩興ざめ~」
そんなことを言われても…これが変身できる紙であることはわかるが、それ以外さっぱりなのだ。アニメの変身ヒーローはもっと、ベルトやらスティックやら明確なものを持っていた。しかしこれは紙なのだ。
「くそ…田村!そいつを外に出せ!紙の使い方もわからん奴に任せられるか!!」
「最初は誰だってわかんないに決まってるでしょ、ばいばい」
遠山がわめく斉藤を無理やり部屋の外に押し出しドアを乱暴に閉めた。
「私が教えるね」
彼女はズボンのポケットから青色の紙を取り出した。一目でそれが彼女の変身アイテムだとわかる。
「こうやって、紙に手のひらを乗っけて…私のことをわかってくださいって願うの。紙は賢いからあなたのことを全て理解してくれる」
青色の紙が光りだした。宮崎は魔法を見ているような気分になる。いや、実際に魔法を見ているのか?
「そうそう、宮崎。紙に手当ててるとき変なこと考えんなよ。変な装備になるから」と田村。
「へ、変なこと?」
「…コスプレのこととか…」
「コスプレ?装備自体コスプレじゃないの?」
「いや!コスプレのことは絶対考えんな!」
気づいたら遠山は変身し終わっているようだった。普段着に少し装飾を加えた、そんな感じで宮崎は少し驚いた。
「結構ふつう…ですね」
「こんなもんよ。これでも特殊な能力は加わってる。装備よりも重要なのはこっち」
そう言って遠山が右手を挙げると、彼女の身長ほどある大きな魚が手元に現れる。
「えっ、何ですかその魚…マグロ?」
宮崎が驚いてそう聞くと、遠山は満足そうに頷き「武器なのよ」と答える。隣では田村が「いつ見ても美しいな、シオネは…」とつぶやいていた。
「田村も変身してあげたら?」シオネと呼ばれた武器(?)を消すと遠山は田村のカバンから赤色の紙を出した。
「え、俺はいいよ~戦うときで…」
「何でよ、いいじゃない」
「いや、いいって…」
「ふーん」
結局宮崎は彼の変身姿を見ることができなかった。まあ、どちらでも良いのだが…。
「じゃ、宮崎君変身してみようか。コレに手のひら置いて」
黄色の紙を広げた遠山を、田村が「ちょっと待った」と遮った。
「オレやユキみたいに、先に得物の名前考えとこうぜ」
「ああ、そうしようか、じゃあ宮崎君考えて」
「へ、う、はい?」
「ユキのがシオネで~オレのがユウカだから~」
「あ、あと、千代子のはクルミね」
「そうだったっけか。じゃあ宮崎のはレイコが妥当じゃね?」
「そうね。じゃあそれで決定~。あなたの得物の名前はレイコになったわ。おめでとう」
「へ、う、はい?」
「はいはい、じゃあ手を置いて」
流されっぱなしで宮崎は黄色の紙に手を置く。
しかし、紙に対してお願いするというのはどんなものだろうか。
自分のことを理解してくれるように…?
そもそも、得物がマグロになってしまった遠山さんは相当変なことを考えていたんじゃ…
おっといけない。これではオレまで変な武器になってしまう。
オレのことを理解してくれますように、理解してくれますように…
オレって何だろう。今まで何してきたっけか。
まさか、ティッシュ配りのバイトやってたからって武器がティッシュになったりしないよな?
それだけはやめてください。お願いします、お願いします…
あれ?なんか方向性違くない?オレ間違ってる?
「おお~なんだよ宮崎~けっこうまともじゃんか~」
田村が背中を叩いてくる。はっとして宮崎は自分の全身を見た。
さっきまでは白いシャツに黒いズボンを履いていた。白いシャツが少しマントっぽくなり、丈が長くなっていた。それだけ。
「紙には君の姿が記憶されるの。だから、次変身するとき別の恰好をしてても同じ服装になるよ」
ということは、今日の遠山さんは初めて変身したときと同じ恰好なのか…とふと思ってしまう。
「さてと、変身も終わったことだし、うるさい奴を入れてやろうかしらね」
「そういえば、結構静かじゃなかったか?」
「あら…そうね…」
田村がドアを開けると、斉藤の姿はなく、その代わりに床にメモがあった。
「斉藤が、何か書き置いてった…」


『蟹場が今、ロフト前で蟲と戦っている。ちょっと吾輩見てくる。まあ蟹場のことだから大丈夫だろうが』


「あら千代子、一人で行っちゃったの」
「そういえばあいつの家からここまでって、ロフト前通るしな」
のんきにメモを眺めている二人の姿に宮崎はうろたえる。「オレたちも早く行かなくていいんですか?蟹場さんっていう人、大丈夫なんですか?」
「ああ、行くよ行くよ…ユキ、コイツ連れて早く行って来い。俺は後で行く」
田村の目が泳いでいる。何だか怪しいと思いつつも遠山に連れられ、二人は変身したまま目的地へ向かった。





「あらあ~どっかで見たことあるなあと思ったら…」
遠山の声はどこか穏やかな雰囲気を持っていたが、それとは対照に宮崎は驚愕していた。
何せ、昨日ボールペンを買いに行った黄色い店が巨大なミミズによってめちゃくちゃにされていたのだ。
壁がミミズのなめらかな曲線を帯びた頭部によって崩壊され、窓ガラスは全滅。まわりに人はいなかったが、死体はないかと探してしまう。
暴れ狂うミミズの影に細い脚がちらりと見え、思わず体がはねてしまった。
「あ、あそこに…」
死体が、と言いかけた時に、その脚がまだ生きている人間であることがわかった。しかも女性の。
その女性はフリルがたくさんついたミニドレスを身に着け、大きなナイフを振るっていた。ああ、マジックカンパニーの人か…宮崎は拍子抜けする。
おそらく彼女が蟹場千代子という人だろう。宮崎がそう理解したのが遠山にもわかったのか、彼女はそのことについて触れなかった。
「あのミミズ、この前サンシャイン水族館を襲撃して田村の大好きだったイルカちゃんを食べちゃった奴よ」
「ああ、やっぱり」
「宮崎君、危ないからここで見ててね」
「あ、はい、最初はそうですよね」
「…とは言わないわ。バッ、キラーン、ザクッといくからついてきて」
「え…え!?」
宮崎の右手は遠山にがっしり掴まれて、強制的にミミズ討伐へと向かう羽目になった。
「む、無理です!武器、持ってないし!」
「あ、忘れてた。早く武器が出るよう念じて!」
「無理です!!」
遠山は宮崎を一旦放し、マグロを振ってミミズの頭部へと跳躍していった。
「す、すごい…」こんなジャンプ力もつくのか、改めて宮崎は斉藤のことを尊敬してしまう。
「千代子、首、抑えて!」
遠山が叫ぶ。蟹場はミミズの体の上を駆けてナイフをミミズの首に突き刺す。
赤色とも言えぬ濁った色の体液がミミズの体からあふれ出した。宮崎は思わず目を覆いたくなったがその隙にミミズに襲われては大変だ。気を強く持って高橋の方を見た。
蟹場は真剣な表情で戦っている。遠山と同じくらいの年の、可愛らしい女性だった。こんな健気そうな人が、こんなに強いのだ。技も、心も。オレだって負けていられない。武器が自分の手元に現れるよう、念じてみた。今ならきっと、うまくいく―――
「いっただっきまあ~す!!」
そんな高くて可愛い女性の声が聞こえたのは気のせいだろうか。念じるんだ。今はそのことに…
ブチッ、ジャクッ
「………嘘だろ」
いただきますと発言したのは紛れもなく蟹場さんで、今、ミミズの体をナイフを突き刺した部分から貪り食っているのも蟹場さんである。
な、何で食べてるんだ?というよりも、よく食べられるな…。
ミミズが痛みにもだえている間に、遠山がミミズの頭部を強くマグロで叩きつけた。
遠山はくるりと一回転して、宮崎のところへ戻ってくる。そして、「あのさ」と突然話しかけてきた。
「な、何ですか」
「カニバリズムって知ってる?」
「え、人間の肉を食べる行為のことでしたっけ」
「蟲を食べる千代子の行為は…ある意味蟹場リズムだから、心配ないよ」
「え?か、カニバリズム…?え?人間じゃないですよ、あれは」
「カニバリズムじゃなくて、蟹場リズム」
「はい?」
「まあいいや。まだ武器出ないの?もしかしたら魔法型かもしれないなあ」
「あ、すみません、集中できなくて…」
「いいよ、今回は。やっぱ見てて」
なぜか宮崎はミミズと戦わなくて良いこと以上の何かに対する安堵を感じた。
「田村遅いなあ~、ん、何か忘れてるような…あ、そうだ、社長がいない」
あんなにすごい発明をしておいて忘れられてしまう社長というのもすごいものである。
また、建物が壊れる音がした。ミミズが痛みに耐えかねて暴れだしたのである。
「あら、大変」
遠山はミミズの頭部が宮崎を突きそうになる前に彼を抱え後ろに下がった。
「あ、ありがとうございます…」
「いいけど、蟲って一度理性を失うと大変なのよ。どうしよ?死ぬかもよ」
表情を全く変えない遠山からは、それが冗談なのか本気なのか読み取れず、かえって不安になった。
「に…逃げましょう。こんなの…無理です」
「無理無理って、そんなこと言ってたら世界救えないわ。それとも私たちの仲間なんて嫌だ?マジックカンパニーやめたい?」
「そんなことないです…でも」
「私だって…田村がいきなり捕まえてきた人を信用するだなんて、できない…」
「………」
「でも、なんだか君は大丈夫だって気がしたの…変よね。冗談じゃないわ。ああ、やっぱりやめよう…信用を押し付けるだなんて。ごめんね宮崎君。逃げなさい」
「あ…いえ!」
宮崎が何か言わんとする前に遠山は暴れ狂うミミズへと向かって行ってしまった。
宮崎は後悔する。自分は何といういくじなしなのだ。こうして戦う力を貰ったというのに、今さら逃げようだなんて。
早く、あのミミズを倒せるようになりたい。今はそれが無理でも、遠山さんや蟹場さんの力になりたい。
どれだけ強く思っても武器は出てこない。
…やはり、自分は落ちこぼれなのだろうか。落ちこぼれだから、すぐに諦めてしまうのだろうか。
「おお、宮崎。何やってんの?」
後ろから田村の声がする。
「あんたこそ…遅れて来て…」
責める気にもなれない。武器を出すこともできない自分に、その資格がない。
「ごめんよ。だがな、オレはこの周辺にいる蟲を倒してきたんだよ」
「えっ?」
「やばいな。あのミミズ野郎の他にも、オレたちぐらいの身長だが大量の蟲が現れてきた。ここからは見えないだろうが、あたりにいっぱいいたんだぜ。まだ隠れてる奴がいるかもしれないから気をつけろよ」
「…田村さんは、それを見越して…?」
「まあな。で、宮崎、レイコまだできないの?いいじゃん素手で。オレと一緒に行こうぜ」
田村が宮崎の方を軽くポンと叩く。彼の手の暖かさがその一瞬で伝わってくる。
そして彼の言葉に少し勇気づけられ、元気がわいてきた。そうだ、田村と一緒なら大丈夫かもしれない。宮崎は振り返る。
「はい!一緒に…」
そこにいたのは、海賊が身にまとうような真っ赤なコートを着た田村。宮崎は思わず二度見した。
「…田村さん…?あの…装備?って…普段着から形成されてるんですよ…ね?何でそんな派手な…」
「う、うるせえ!だから言ったろコスプレのことは考えんなって!!」田村は顔を真っ赤にして宮崎の手を思い切りつねる。
「さっさと行くぞ!ユキと蟹場もけっこうやばそうだしな!」
宮崎はそのまま田村に手を引っ張られ、遠山にされたようにまた強制的に走らされた。
「あ、オレの得物は銃の形してんだよ。シオネやクルミと比べりゃまともだろ?」
そういえば個々人の得物の名前は決まっていたんだっけか、宮崎は思い出すのに少し苦労した。田村のは確か、ユウカだった気がする。
ミミズから少し離れたところで立ち止まる。改めて大きいな、と宮崎は思った。だが不思議と恐怖はわいてこない。
蟹場は振り落とされたのか腰をさすりながら後退していた。変わりに遠山がミミズをひきつけ攻撃が当たらぬよう立ち回っている。
「さ、行くぜ」
いつの間にか田村の両手には銀色に輝く銃があった。彼はそれらを交互にばんばんばんと鳴らしていく。
よく見ると銃弾は氷の塊だった。先は鋭く光っている。氷がミミズのやわらかい体にどんどん刺さっていき、ミミズは体を仰け反らせた。
「あれが刺さると、どんどん体が冷えていくんだ。そういえば社長どこだ?」
ミミズは標的を田村に変えた。ものすごいスピードで彼に迫ってくる。遠山はそれに追いつけない。
「た、田村さん…!」
「お…っと」
目の前にミミズの顔がある。目も耳も鼻も無い顔。あるのは不気味にぬめった口だけ。
おぞましい空気が漂う。このまま突っ込まれては死んでしまう―――
「やめてください!!」
そう宮崎が叫んだとき、何かがミミズの体を貫いた。
十字架だ。ミミズより三倍くらい大きな十字架が、まるで針のようにミミズを仕留めている。
「な…何だ!?」
田村が驚いてミミズと宮崎の顔を交互に見た。
「今の、お前か!?」
「わ、わかりません!」
蟹場と遠山がこちらに駆け寄ってきた。
「今まであんなの見たことないわ…武器でもない、魔法でもない…」
遠山が怯えるように言った。蟹場が、
「社長がこれを仕組んだのかな…?そういえば社長は?」と辺りを見渡す。
「あ、ああ、そういえば…今のについては後で、社長と一緒に話し合いましょ。まずは社長を探さないと。ばらばらになって探した方が効率がいいわね。」
宮崎は、まだこの周辺に蟲がいるかもしれないという理由で遠山と社長を探すことになった。




ロフトはほぼ崩壊してしまったが、辛うじて部屋を形成している箇所があった。二人はそこに足を踏み入れてみる。
「あ~あ…今度ここでノート買いたかったのに」遠山が残念そうにつぶやく。
「…俺、昨日ここにペンを買いに来てたんですよ…たぶんこの時間帯のときに」
そう言葉に発したときやっと、宮崎に自覚が戻ってきて心臓が凍るような感覚がはしった。
「もし、ペンを買いに来たのが今日だとしたら…宮崎君は死んでたわね」
ここだけでも死体がごろごろと転がっていた。品物をとりかけている死体の手が宮崎の目にとまる。
「俺、こんなの嫌です…楽しく買い物に来ただけなのに、あんな化け物に殺されてしまうなんて」
「私も嫌よ。だから戦ってるの。正義はある意味エゴね。誰からも許される変なエゴ」
「エゴ…ですかね」
「あのミミズも、死にたくなかっただろうよ」
「………」
宮崎は何が何だかわからなくなってきた。ミミズや、蟲たちが何のために人々を襲うのかわからないし、感情を持っているのかもわからない。不気味で、恐ろしくて恐ろしくてもうこの世界にいたくなくなった。
「…あら?」
遠山がしゃがみ込んだ。何かを拾ったようだ。
「鳥の羽だわ…しかも結構大きい。変ね…」
彼女が拾った鳥の羽は鷲や鷹の羽に思われた。
二人はさらに奥へと歩を進める。
「…誰かいる」
その人物は、カウンターにあぐらをかいて座り込んでいた。右手にはビデオカメラを持ち、高く挙げた左手には鷹がとまっている。
こちらに気が付いたのか、顔をあげた。男だった。整った顔立ちで、服装は地味だったが体形はほっそりしておりそれを気にさせない。
「やあ」
男は短く挨拶をしてきた。
「あなたは誰?」
遠山が単刀直入に聞く。鷹がそれに怒ったように羽をばたつかせた。
「教える気はないかもね」笑顔で男はそう答える。
「何故ここに?蟲にやられなかったんですか?」今度は宮崎が質問した。
「後から来たんだ。君たちのこと、撮影したくて」
遠山は男の持っているビデオカメラを見て怪訝そうな顔をした。「私たちが戦っている間、ずっとそれで撮影してたってこと?」
「そうだね。この池袋に蟲が現れてからずっと、だね。君たちの戦い方は少しずつ進歩してるみたいだけど…今回はこの人が頑張らなかったら赤いコートの人、死んでたんじゃないのかい?」
隣でじりっという音がして宮崎は横を見る。遠山が男を睨み付けながら足を前に出している。
「見てただけのくせに、偉そうなこと言わないで!」
彼女の手にシオネが現れた。
「遠山さん!ふつうの人に武器を振っちゃ…」宮崎は遠山のしようとしていることがわかり慌てて止めようとした。が、
「やる気かい。僕は強いけどね」
ミミズがあけたであろう、壁の大きな穴から鳥の大群が飛び込んできた。鳥たちは遠山と宮崎の視界を遮り、また空へと戻っていく。
そして、レジカウンターの上にもう男はいなかった。
「な、なんなのよ、あいつ…」
茫然として遠山はその場に座り込んでしまった。





遠山の携帯電話に田村からの連絡が来た。斉藤は見つかった、とのことだった。
ひとまずマジック・カンパニーのビルへ集合する。
田村の話によると、斉藤は電灯のてっぺんにいたらしかった。蟹場に協力しようとしてミミズに吹っ飛ばされ、丁度そこに落ちついてしまったらしい。
「ビデオカメラを持っていつも私たちを撮影してた男のこと、知ってた?」
遠山がふと宮崎以外の全員に聞いた。
「えっ、それって盗撮だよな。犯罪じゃん」と田村。
「千代子と社長は?」
「私も知りませんでしたあ…そんな人いるんですか?撮影してどうするのでしょう…」
「ふむ。全く知らなかった。今日見つけたのか?」
「ええ。紙の力を使っているわけでもないのにたくさんの鳥を操っていたの。私の夢じゃないわよね、宮崎君?」
いきなり名前を呼ばれて宮崎は驚く。「え、あ、はい。オレも見ました…」
「サンシャイン水族館の人じゃね?男?女?」
田村は近くにあったノートパソコンを開いた。どうやら検索をするらしい。
「男だった。いくらサンシャイン水族館の人でも、あんな大群、無理よ」
と遠山が言うと、今まで不思議なほど黙っていた斉藤がガタリと立ち上がった。
「そんなことは…ど、う、で、も、いいのだーーー!!」
大声で叫ぶ。耳がじんじんした。
「何でどうでもいいんですか!?」蟹場が叫び返す。窓ガラスが割れるのではないかと思った。
「吾輩が気になるのは、宮崎のあの技だ!」
「あら、見てたの?」
「当たり前だ!おい宮崎、どうやってあの技を出した!?吾輩はあんなもの組込んだ覚えはない…宮崎ッ!」
「えっ、あの、わ、わかりません」
どうしたと言われても困るのだ。
「あ、そういえばなコイツ、俺が殺されそうになったとき『やめてください!』って叫んでたんだぜ…ハッ、もしや愛の力?宮崎、俺のことを…!」
そう言って抱きつこうとしてくる田村を押しのけ、宮崎は黄色い紙を取り出した。
「まあいい。そうだ、給料を渡さんとな…ホレ」
斉藤に封筒を渡された。ろくに中身を見ず宮崎はカバンにそれをつっこむ。
「じゃあ、オレもう帰りますんで…」
この先不安になって、さっさと帰ることにした。もうここに来れる気がしない。来ても良い、という気がしない。
ミミズを倒したものの、自分が現れることによって盗撮している男が現れたような気がしたし、あの大きな十字架は誰かの死を表している気がする。
斉藤の言葉によって、改めて自分のやったことの不可解さがわかった。
オレの仕事はティッシュ配りさ…早く帰ろう。
「待てよ、宮崎~」
田村が会社の外まで追いかけてくる。
「メルアドくらい教えろよ~今度一緒に遊びに行こうぜ。何かお前面白そうだし」彼はあのミミズと戦った後だというのに輝くような笑顔をしていた。
「…ごめん」
田村の言葉を無視し宮崎は走って駅へと向かった。





埼玉のアパートに着いた。部屋に入ったとき、斉藤が渡した封筒の中身が気になった。靴を脱ぎながら封筒を取り出しふたをびりびりと開ける。
「…え」
思わず声を出した。中に入っていたのは、50万円の小切手だった。
ティッシュ配り以外の日は大学で勉強をし、休日は家でごろごろしながら映画を観ている、そんな宮崎にとって50万は大金だった。
田村によるとあの社長は「天才でバカな金持ち」らしいが、人にポンと50万を渡せるというのはどのくらいの金持ちなのだろう。
それも、給料を渡したのは宮崎にだけではないだろう。田村にも、遠山にも、蟹場にも。
総額で…200万円。
一体どうなっているのだ。そう思いつつも、宮崎はこう決心した。
また明日、蟲と戦おう。





その日の夜、宮崎は奇妙な夢を見た。
マジックカンパニーにふらふらと出社すると、田村が部屋の中で立ちすくんでいる。
「よお、宮崎…クッキー食うか。クッキー。それともラスクがいいか」
田村はそう言いながらチーズケーキをそのまま宮崎の手に直接渡してくる。
「汚いよ、田村」
「なあ宮崎、俺はな、もう男として見られんのがやだな。かと言って女に性転換して女として見られるのもやだね。なんっていうかさー…性別が嫌なんだよ…誰も俺のことを見ないでくれっ!!」
「な、何でだよ。男でも女でもいいじゃん…っていうか、どうしてその話題なの」
「蟲にはな、性別のくくりがねえからだよ」
「む、蟲?」
「お前は今日のミミズを『あ、女だ~』とか思って殺したか?」
「いいや」
「俺はな、それが羨ましいんだよ。人間って醜いなあ…アハハ」





「なんだ夢か」
と、お決まりのセリフを言って宮崎は目覚めた。
そういえばマジックカンパニーの出社時間はどのくらいなのだろう。そう考えながら宮崎は身支度をする。

























       

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