「俺は死んだのですか」
「うん!死んだ!!」
ずっと俺の目の前で本を読んでいた男は、俺が問いかけるとそう元気に答えた。
気づいたら俺は病院の診察室のような部屋にいた。そのときはまだこの部屋に男はいなかった…いや、実際には見えなかったのだ。10分くらい経ってやっと男の輪郭が現れはじめ、今それが男だと分かったときだった。
そして俺は思い出す。自分が先ほど交通事故に逢い重傷を負ったことを。
「あの、これから俺、どうなるんですか」
「どうするの!?ここにいられても邪魔だけど!」
「ええっ」
邪魔と言われたって…俺は望んでここに来たわけではない。帰れるものなら帰りたい。
もしかするとこの男も俺と同様死者なのだろうか。何か特別な…
「あなたも死んだのですか」
「死のしくみについて教えてあげようか!」
「え、あ、はい…」
今までおとなしく本を読んでいた男が、いきなりべらべらと喋りだした。
男が言うには、この世界はインターネットのようなものらしい。神というユーザーが、俺たちというデータを入れたり消したりしている。死とはゴミ箱に入れられることだ。
パーソナルコンピューターならば、ゴミ箱に入れたものを更に消去し完全に消し去ることができる。その消し去ってしまった状態が魂の死。ゴミ箱に入れられただけならば魂の死ではなく肉体の死である。
ゴミ箱の中から世界に戻してもらうそのときが生まれ変わりというものだそうだ。
「神がゴミ箱の整理をするのを忘れてればずっとここで本を読んでいられるんだけどさ!まあ、いつかそのときはやってきちゃうんだよねー!」
「生まれ変わるなんてことはないのですか」
「役に立つやつ、面白いやつだったらあるかもしんないけどさー。神に飽きられてんなら終わりだよね!実際、ボクたちは神に飽きられて死んだんだしさ!」
そうか。死とはゴミ箱に入れられること。すなわち神が自分のことを不要だと思ったわけか。
「ただ、人間が人間を殺したっていうんなら別だよ。自殺もおんなじ。あんたどうなのさ!」
男から自分の死について聞かれるのは意外だった。やはり、この死の世界の番人のようなものではないということか。
「交通事故です…これも、人に殺されたってことになりますか」
「あ~あ、それは完全に神に飽きられたタイプだね!だってその事故意図的じゃないんでしょ!?」
「…そうですね…」
男は本を床にバサリと置き俺に近づいてきた。本は大切に。
「ガッカリするなよ。どんな良い人間だって、飽きられるときはあるんだよ!あ、聞くけどさー…戻りたいか!?」
「ええ。実は彼女の誕生日プレゼントを渡そうと、彼女の家に向かっていたときだったんです。結構悔しいものですね」
俺の肩をがちりと掴み、男は必要以上に揺さぶってくる。かなり痛い。
「う~ん、それはやだな!よし、戻るか!」
「ええっ」
そんなこと、神にしかできまい。半信半疑で男の顔を見る。冗談を言っているようには見えなかった。
男は床に置いた本を再び手に取り、まるでサンドイッチを食べるように口に含んだ。本は一瞬で男の体の中に入っていった。
「んじゃ、ついてきてくれよ!あんた、ボクについてこなきゃ戻れないんだからね!?でも、ついてきたら戻れるよ!これ、ついてくるしかないでしょ!」
「はあ…あ、あの、あなたは一体…」
俺が今まで一番気になっていたことを口にすると、男は振り返りニカッと笑った。
「ゴミ箱を荒らすコンピューターウィルスってとこかな!」