Neetel Inside ニートノベル
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 ――学校のゲー研部室に来た。俺はこれから大切なミッションをこなさなくてはならないんだスネーク。男共の脂肪とパソコンで狭苦しい部室の辺りを見回すと、
「よう、ネコクロ、ゼナ。その他大勢のモブ」
「……ぼそっ」
「どもー、髙釈迦せんぱい。……ほら後光さん、ちゃんと返事。それじゃ聞こえないですよ?」
 ゼナが言った後光とはネコクロの名字のことだ。他の奴はともかく、ネコクロからも無視されたのかなと一瞬思ったが、ネコクロの声が単に小さかったらしい。ネコクロはキーボードを動かしていた手をピタリと止めて顔をこちらに向けた。
「久しぶりね」
 とぽつりと言った。今度は聞こえた。
「ああ。まあ、一昨日会ったような気がするが」
 ……ちなみにその他大勢からはいつも通りシカトである。あれ以来いつもこんな感じだからまあいいけど。
 部室の入り口から中に歩を進めると、ゼナの方もパソコンから手を離して寄ってきた。いつも通りテンション高い感じで、
「ちょっと聞いて下さいよ! 後光さんったら、昨日のクッキー出来が悪いからって全部家に持ち帰っちゃったんですよ!? 一緒に持って行こうって言ったのに!」
「だ、黙りなさい」
 それは残念だ。ネコクロは料理が上手だから。
「へー。そうなのか。食べたかったな」
「……そう」
 ネコクロはふいとそっぽを向いた。嫌われたのか? それでもいい。
「あのさ、ネコクロ。ちょっといいか?」
 ネコクロは身をサッと遠ざけるようにして、警戒心を露わにする。
「何? 変なところに連れ込もうというの? この鬼畜」
「いや、違うって。つーかお前、公衆の面前で鬼畜とか言うなよ……」



 ゲー研の外、廊下。
 俺はネコクロの陶器のようななめらかな顔を見た。大抵の場合無表情だ。冷淡とか、冷たいとか言う奴も少しいる。でもそういうのとは、俺は少し違うと思うんだ。
 俺達が二人きりの時はほんの少し小動物のような警戒を解いてくれる……気がする。
 上目づかいで「それで何?」と言いたげなネコクロを見て、話を進めることにした。
「高校生が一番稼げるバイトって何かな?」
「……」
 ネコクロは押し黙って薄い桜色の唇にそって人差し指を当てた。
「おい」
 口を開くと、
「……何故?」
 近付いてつま先立ちをして、俺の目を真っ直ぐ見据えた。その黒い瞳は、「嘘は許さない」ということを物語っているようだった。
「え? ええと、ネコクロなら詳しそうだと思って」
「そうじゃなくて。何故貴方がそのような事を知りたがるの? 貴方にそんな事を考えるような頭はないでしょう? 愚鈍なのだから」
 今度は愚鈍と来たよ。しかしグドンってなんか怪獣の名前みたいですよね?
「えっと……」
「お金が欲しいんでしょう?」
「……ああ」
「はっきり答えて頂戴。大体想像はついているわ。でも、貴方の口からきちんと聞かせて。……大切な事を話せないほど、私は信用に値しないというの?」
「信用してないとか、そういうことじゃねえよ」
「違う。話してくれないのなら、同じ事よ。本気なら、行動で示して」
 かつては『漆黒』と呼ばれたこともあるらしいその瞳に、吸い込まれそうになる。
 他者を拒絶するその姿勢。何もかも拒絶している筈なのに、他人を構おうとする。
 自らの力を顧みずに救おうとする。誰に対しても媚びず、挫折を怖れない。
 ――どうして俺なんかを受け容れたのか、それは今でも分からない。
「……分かった」
 俺は訥々と語り始めた。

**

 ――そう、それは昨日の真夜中のことだ。
 俺の部屋に妹が乗り込んできて、人が気持ちよく寝ていたところに飛びかかってきて、とんでもないことを言った。
「アンタ、私の友達と付き合ってよ……」
「はぁ!? 何でだよ」
「アンタ物凄い馬鹿だから、働いたところでたかが知れてる。地方の中小企業で課長……にも絶対なれない。というか平社員も無理。それはアタシが保証する」
「そんなもん保証すんじゃねえよ! まだ大学すら行ってないというのに!」
「行っても行かなくても分かるから。……だから、付き合った人に普通の人の倍稼いで貰いなさい」
「何故そうなる」
「アタシだって読モでいつまで稼げるか分かんないし、ガッコ出たところで外資入るほどの頭はないし……。家族なんて、養えないよ……。ケータイ小説で貰ったお金だって今はもうほとんどないの。あの女の言う通り、悔しいけど確かにお父さんの再就職は厳しいと思う……。お母さんはパートするのが精一杯だし」
「そうなのか?」
「そうなの! だからアンタが早い段階で主夫になるしかないんだよ。認めたくないけど、アンタには、なんつーか……女たらしの才能だけはあると思うし」
「あのなあ、俺がいつ女たらしになったよ!? そんなことしてないだろ?」
「黙れクズ。いい? ハーレム展開はダメ。ルート決めて、誰か一人に的を絞って攻略するの。全員がハッピーエンドなんて現実にはありえないんだから」
 強く言い切る。
「何言ってるんだお前……」
「いいから! アタシは未来を見てる。……狂介も自分が馬鹿だってちゃんと認めて。アタシの言うことを聞いて?」
 起き上がろうとする俺の両手をしっかと掴まれて、野霧が瞳に涙を溜める。
「……」
「会話がなくなっちゃった家庭なんて絶対にヤダ。アンタが誰かと付き合うのもしゃくに障るけど、一家離散なんてもっとヤダ。絶対にヤダ……!」
「……あのさ、そんなに俺は馬鹿なのか? ちょっと篭もって勉強したら千葉大受かるくらいの頭はあると思ってたんだが……」
「ちょっと篭もってっていうか、アンタいつも篭もってるじゃん。努力しない人に限って『やったらできる』とか、『才能はあるんだが行動が伴わない』とか言うよね。大丈夫アンタはどうしようもなく馬鹿だよ。凡夫の一言。いいとこ典型的なハーレムエロゲの主人公って感じ。なんていうか現実にいたら人間として愚か」
 人間として愚かと来たよ。
「エロゲか……。まあ、俺がエロゲ会社に就職出来たりしたらいいんだが……」
「何の才能もないくせに出来る訳ないでしょエロゲなめんなバーカ! 大体給料安いよ」
「いや、別になめてねーよ。エロゲって割と女の人が作ってるんだろ? 『らくえん』っていうエロゲで知ったよ」
「ほとんど男だよ! しかもゲームの中でも倒産してんだろ! ゲーム真に受けんな! どんだけもの知らずなの!? 狂介、頼むからアンタもう喋らないで……。喋れば喋るほど馬鹿に見えるから……」
「すまん、で、一体どういう状況なんだ?」
「あーもう。どんだけ馬鹿なの……。えーと……。そう、『家族計画』の後半。大体そんな感じの状況。分かる?」
「よし分かった!」
 ――『家族計画』とはD.Oから発売されたエロゲーである。シナリオライターは田中ロミオ先生。原画は福永ユミ先生だ。これをやらずにエロゲーマーであると宣言する輩には俺は鉄槌を下すことにしているよ。
 という事で野霧のかなり的確な説明によって俺には大体状況が分かった(と思うことにした)。
「大変じゃないか……だから三ヶ月パンの耳だったのか……俺はてっきりパンの耳を極めようとしてるんだとばかり……」
「好き好んでそんなもの極める家族なんて居ないっしょ。ってかさ、そのくらい普通の人は気づくよ? ……まあ、そういう部分で、少しだけ助かったってところもあるけどさ……」
「何だ? まああれだ、色んな事にすぐ気付くなら俺はこんな風じゃないと思うぜ? 状況は分かった。俺に何か出来ることはないか?」
「だから私の友達と付き合えって言ってんでしょ! 同じ会話繰り返させるんじゃない!」
「何故? ……ぐはッ!」
 蹴り飛ばされる。
「上の文章バックログで全部読み返せ!」

       

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