Neetel Inside ニートノベル
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「なあ野霧、泣くことないだろ? よく分かんなかったけど、俺の受験と同じで、頑張れば何とかなるって。それよりLiarSoftの新作ゲームが出てるらしいぜ? アキバに偵察に行こう」
「う……うっさいクズ! バカ! アンタさえいなければ……!」
「あ? なんだよ。俺何もしてねーだろ!」
「そうだよ。きょーちゃんは何もしてない。なにも考えていない甲斐性なしの浮気性なディープな一介の高校生に過ぎないもん」
「な、何か凄い言われようだな。マミナ、カイショーナシってなんだ?」
 マミナは笑って、
「ふふ、きょーちゃんらしいってことだよ」
 と言った。俺らしいって事か。確かにな。自分らしさって大切だよな。
 野霧は青ざめた顔で、マミナの方を殺せるんじゃないかって言うくらいの鋭い眼光で睨み付けた。
「……アンタの言いたいことは分かった。でもアタシはイヤ。帰って」
「仕方ないなあ。分かったよ、野霧ちゃん。でも忘れないでね、きょーちゃんがうちにオムコさんに来るのが一番幸せなんだよ。お互いの家族で、野霧ちゃん以外は誰も反対してない。私はいつでもいいんだけど、きょーちゃんの誕生日がまだ来てないからね」
「……帰れ! 二度と来んな!」
「うん。じゃあまた明日」
「……!」
 瞬間、マミナに飛びかかろうとする野霧を押さえる。
「お、おい! やめろ!」
「離せ! クソ馬鹿、アンタ言われてること全然分かってないくせに! 邪魔すんな!」
 野霧が暴れる。腕を思い切り引っ掛かれたり本気の腹パンされたりしたのでかなり痛い。
「お、おいやめろって! 確かによく分かってねーけど、暴力は良くねーだろ!」
 野霧を落ち着かせるのに暫くかかった。



 帰り際。
「……送ってくぜ」
「うん!」
 こういう時のマミナは本当に普通の奴なんだが。野霧とはとにかく相性が悪いようだ。歩きながら聞く。
「なあマミナ、お前野霧にあんまり酷いこと言うなよ。俺のこと馬鹿にするのはいいんだけどさ……」
「きょーちゃんのこと馬鹿になんてしてないよ? 野霧ちゃんと普通にお話ししてただけだよ? そしたら野霧ちゃんが突然怒ったんだよ。私怖かったあ」
「まあ、俺もびっくりしたけどさ。でも、飛びかかってくるくらいって事はさ、やっぱ野霧、相当怒ってたと思うんだよ。ほら、俺も居心地悪いしさ。ちょっと気を遣ってくれよ」
「ふふ、だって私ずっとあの子のこと、嫌いだったんだもん。何年間もずーーーーーっと、きょーちゃんにも辛く当たってばっかりだし」
「うーん。そうなのか? 最近はそうでもないと思うが。たまに素直なような……」
「……だからね、きょーちゃん。だから尚更なんだよ。何もかも、遅いよね。他の子ならまだしも、野霧ちゃんなんて許せる訳ないじゃない」
「なあ、……よく分からないんだが。野霧の何が許せないんだ? お前に何か酷いことしたか?」
「うーん」
 マミナは考え込んで、
「強いて言えば『全部』かな。存在が許せないの」
 そう言ってにこりと微笑んだ。今までと変わらない、優しい微笑みだったよ。俺にはそうとしか思えなかったんだ。
「どうやったら許せるんだ?」
「……きょーちゃん。私だってなんでも答えられる訳じゃないんだよ」
 これ以上マミナも喋る気がないのか、無言のまま二人で歩いた。マミナの家の前に着く。
「じゃあね、送ってくれてありがとう。きょーちゃん」



 ――自宅まで戻ってくると、俺はリビングのソファーに座っている野霧に尋ねた。
「なあ、何でお前マミナのこと嫌いなの? マミナが何言ったのかは分からねーけど、やっぱりああいう態度は良くねーよ。俺からもちょっと言っといたからさ……」
「うっさい! 早く寝ろ! アンタは……アンタは何であんな女と知り合いなの……? 殺したい……」
 殺気走った目でテレビの方を見ながら、それでいて片手で握ったテレビのリモコンをめきめきと音を立てて握りつぶそうとしている。
 相変わらず可愛くねー……というレベルを超えている。正直ちょっと怖い。
「……お、おい。物騒なこといってんじゃねえよ。それからプラスチック割れたら手、怪我するぞ。モデルなんだから、もうちょっと大事にしろよ」
「……じゃあ取ってよ」
 はあ? 何言ってんだコイツは。
「お前が離せばいいだけだろ?」
「取ってっつってんの!」
「へいへい」
 俺は無言で引き離そうとする。野霧の握り締めた手を傷つけないように両手で押さえて、一本一本引きはがそうとする。
「あひゃっ! どこ触ってんの!?」
「ああ!? お前が離せッつったんだろ!?」
 野霧は赤らめた顔で俺の方を見て、
「……バーカ」
 一言言って去っていった。



 ――夕食時。
 親父もお袋も二人してあまり喋らなくなってしまったので、俺と野霧ばかり沢山喋るようになっていた。
 この辺は半年くらいで前とずいぶん変わった気がするな。
「今日のご飯はパンの耳か」
「……うん。ただで貰えるから。明日は贅沢してうどんにするよ」
 座っている野霧が返事をする。
「なんだ、飲み物も用意してないのか。しょうがねえな」
 俺は水道水を四人分汲んで並べた。
「ほら」
「……ありがと」
「ほら、みんな、食事の挨拶しようぜ」
「うん。頂きまーす」
「頂きます。あれだな、ついにうちも三ヶ月連続で同じメニュー達成だな! このレパートリーのなさ! まあ好きだからいいけど。うちのご飯はいつも美味いな。パンだけどな」
「……この時ばかりはアンタが馬鹿で良かったと思うわ」
「つーかさ、パンの耳って言っても種類があるんだよな。この店は砂糖が結構多めだ。口に入れた時の香ばしさが他の店より多いし、噛んでると甘みが増す感じだよな!」
「……うん。おいしいよね」
「そうだ。今度ザリガニ取りにいってくるか」
「アメリカザリガニ? ふーん。アレ、食べられるの?」
「身は少ないけどな。食えないこともないぞ。最近はあんまり見ないけどな」
「へー」
「あとはそうだな、明日はノビルでも取ってくるか」
「何それ」
「草だ」
 ノビルとは引っこ抜いた根っこがそのまま食べられる草である。田んぼの脇の土手辺りに良く生えている。



 深夜である。俺は気分よく眠っていた訳だ。
「ぐ、むむ……」
 喉元が何やら苦しい。
「野霧……?」
 野霧がうつぶせになった俺の上に馬乗りになっている。
 ――それは何ともシュールな構図と言えるかもしれない。
 それでも野霧の瞳は真剣そのもので、ふざけることを許さない。
「……人生相談が、あるの」
「ああ!?」
 そう。野霧はいつだって、抗うことを許さない。

       

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