Neetel Inside ニートノベル
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ランダムお題短編集
第三話「シャワーの真似をする行動」

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 199X年…地球は、核の炎に包まれた。
 あらゆる生命体は、絶滅したかに見えた。しかし、人類は死に絶えてはいなかった。
 各地には人の集まる集落がいくつもできあがり、人々は残されたわずかな文明の利器を活用して暮らしていた。
 その中の一つ、ヤリキ・レナイ集落は数多くある集落の中でもかなり大きな方だった。老若男女数十人が自然の中で暮らしている。終末戦争からかなりの月日が流れた今となっては、この集落で生まれ育った子どもたちも珍しくはない。
 五体満足で生まれてくる子供はそれほど多くはなかったが。
 その集落の端に、みすぼらしい小さな家屋があった。家屋と言うよりはもはや廃屋である。
 その前では、全裸の少女が水浴びをしていた。年齢は六、七歳くらいだろうか。金属製の大きなタライに水を張り、それをバケツで汲み上げて自分の体へかけている。
 少女は重そうなバケツを片手で持って使っていた。その姿はふらふらと頼りなく、とても危なっかしく見えた。
 しかし彼女がそれを両手で持つことはない。手が一本しかないからだ。
 核戦争が人類にもたらした爪あとは思いの外大きかったらしい。きちんと生まれて成長している彼女はまだ幸運な方だ。多くの子供は生まれても、幼いうちに死んでしまう。
 彼女はひとしきり水を浴び終わると、タライにバケツを放り込む。それをズルズルと引っ張って、家の影へと運んでいった。
 どうやら水浴びは終わったらしい。
 彼女が長い髪を片腕で器用にとかしていると、家の中から大柄の男が現れた。少女は男を見て顔を輝かせる。そんな彼女に男の方から話しかけた。
「おお、水浴びをしていたのか。そろそろ雨が降りそうだから、家に入ってな」
「うん、わかった! お父さんはこれからお仕事?」
「そうだ」
「ちぇっ。遊んでもらおうと思ってたのに」
 どうやら男は少女の父親らしい。こちらは五体満足、それどころかかなりの大丈夫だった。
 少女は出かけてしまう父親に唇を尖らせて不平を述べる。男は頬を指でかきながら、困ったような表情を浮かべた。
「しかたがないんだよ……この世界はまだまだ汚いんだ。お父さんはそれを綺麗にする大事なお仕事をしているんだよ?」
「知らないもん。たまには遊んで欲しいんだもん」
 少女はそっぽを向いてしまう。まだ駄々をこねたい年齢なのだろう。
「困ったな……。今度時間のあるときにゆっくり遊んであげるから、許してよ」
「ホント!? ……でも、うーんと……やっぱりそれだけじゃ許したげない!」
 少女は一瞬顔を輝かせるが、また顔をそむけてしまう。しかしその頬は赤く、口元はにやけている。駄々をこねていた手前、急に機嫌を良くするのがきまり悪く感じるのだろう。
「じゃあどうしたら許してくれるんだい」
「うーんとねぇ……そうだ! ちょっと教えてほしいことがあるんだ」
「なに?」
 男は優しく問いかける。少女は人差し指を立てて、少しもったいつけたようにしゃべりはじめた。
「この間ね、友達に『しゃわー』ってヤツの話を聞いたんだー。それってなんなの?」
「あぁ、シャワーか。昔はそれを使って水浴びをしたんだよ」
「バケツみたいなもの?」
「うーん、バケツとはちょっと違うなぁ……」
 少女は納得の行かない様子で首をかしげる。それを見て父親は頭をかきながら説明を続けた。
「昔はね、水道っていうものがあったんだよ。いくらだって綺麗な水が出てくるんだ。シャワーっていうのは、それを使って水浴びをするための道具なんだ」
 そう言いながら男は自分の腕をくねくねと曲げて、シャワーのノズルの真似をする。少女にもホースの印象がなんとなく伝わったようだ。
「すごいね! その細長いのの先っちょから水が出てくるの!?」
「そうだよ」
「お父さんのお腹の下についてるヤツに似てるね!」
 少女は満面の笑みでそう言った。男は娘の無邪気な発言に面食らいながらも、頬を赤らめつつ説明を続ける。
「ごほん……、シャワーはね、先っちょに穴がたくさん空いてて、水がたくさんに別れて出てくるんだよ。……そうだ、雨みたいな感じかな」
「雨ー!? 汚ーい!」
「……そうだね、今の雨はとても汚い。浴びたら病気になっちゃうから、気をつけないといけないんだ」
 男は声のトーンを落とす。
「でもシャワーは違うんだよ。とても綺麗な水が出てくるんだ。綺麗な雨って言っても想像しにくいかもしれないけどね……」
「ふーん……」
 わかったのかわからないのか、少女は下を向いて考えこんでしまう。
 少しして、彼女は唐突に顔を上げて言った。
「じゃあシャワーがあれば、お父さんの仕事もおしまいになるね!」
 それはとても輝かしい笑顔だった。男はそれを見て一瞬涙したように見えたが、くしゃりと顔をゆがめて笑った。
「そうだね……、お父さんはこの汚い世界を綺麗にするのが仕事だから……」
「うん! 頑張ってね!」
 男はやはりこらえきれず、目頭を抑える。そうしている男を、少女はしばらく誇らしげな笑顔で見上げるのだった。
「……じゃあ、お父さんは行くね。雨が降る前に家に入るんだよ」
 男はそう言ってニッコリと笑った。
「わかった! 行ってらっしゃい!」
 男が歩き始める。その後ろでは少女が手を振っている。
 男は娘との穏やかなひとときを胸に仕事に出かけるのだった。

 少し離れたところに停めておいた、タイヤの四つあるごついバイクに男はまたがる。
 片手で自身のモヒカン頭をなでつける。その肩にはトゲ付きの肩パットをつけていた。

「そう……汚物は消毒だ……」

 男は今日も仕事に向かう。

       

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