Neetel Inside ニートノベル
表紙

サクッと読める短編集
正義執行社

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 目覚めると見知らぬ部屋にいた。
 部屋には窓ひとつなく、ドアがひとつあるだけ。リノリウムの冷たい床には何も置かれておらず、ただ真っ白い壁に、のこぎりや手斧、ナイフや包丁といった刃物や、ハンマーなどの鈍器、果ては拳銃らしきものまでが飾られている。まったく見覚えのない、異様な光景だ。目前の状況が信じられず、俺はまだ夢の中にいるのかと疑う。
「西岡澄夫さんですね」
 後ろからいきなり声をかけられ、心臓が痛くなるほど驚きながら振り返る。そこには金髪碧眼の、黒いスーツを着た西洋人の女がいた。
「ご足労頂いてまことにありがとうございます。あなたは弊社…正義執行社に選ばれて『ゲーム』に参加することになりました!」
「は…?」
 流暢な日本語で、いきなり何を言うのだこの女は。
「さて、早速ルールを解説致しますよ」
「ちょ、ちょっと待て。何だお前は?何で俺はこんなところにいる?」
 女はさも意外なことを言われたというように目を見開き、ため息をつきながら答える。
「そこから説明しなければいけませんか。えー…貴方、西岡澄夫さんは、2年前3件の連続少女殺害の容疑で逮捕、起訴され、つい先日無罪判決を得、検察が上告を断念したため判決が確定していらっしゃいましたね?」
 知られているのか。顔も名前も散々報道されたから、仕方ないだろう。俺はこれから永久にこんなことを言われ続けるのだろうか。検察庁のお偉いさんが謝罪に来たりしたが、それで俺が殺人事件の犯人として有名になった事実は消えたりしない。
「そうだが…それがどうした。判決は無罪だったんだ。俺が何か言われる筋合いはない」
 女はにこりと微笑む。
「正義執行社は、貴方をあの事件の犯人として認定しました」
 思わず耳を疑う。この女…今なんて言った?
「判決は証拠不十分により貴方の犯人性を認めないとのことでしたが、弊社としては、独自に入手した証拠により、貴方が犯人である蓋然性が極めて高いと判断致しました」
 ちょっと待て。
「わ…わけの分からないことを言うな。裁判所が俺は無罪だと言ったんだぞ?」
「それが何か?」
 女は笑っているが、その目は冷たい。
「弊社は、司法機関ではありませんし。裁判所がどう認定しようが、弊社とは関係がありません」
「お前は、何なんだよ!記者か何かか?無理やりこんな部屋に閉じ込めて、これは、監禁って言うんじゃないか?警察に訴えるぞ」
「どうぞお好きになさって下さい。ただし…首にあるものを確認してからになさることをお勧めしますが」
「え…?」
 言われて、首の違和感に気付く。手で触ると、どうやらチョーカーのようなものを付けられているようだ。女は続ける。
「その首輪には、小型の爆弾が仕掛けられています。我々に逆らいますと、爆弾が貴方の頸動脈を破壊します。まー、その場合、貴方は即死するんじゃないでしょうかね」
 一瞬、まったく想定していないことを言われ、理解できなかった。日本語として理解できても、意味が頭に入って来ない。何を言っているんだ、こいつは…?
「お疑いなら、逆らってみればよろしいんじゃないですか?たったひとつしかない命を秤にかけて、爆弾が本物かどうか確かめると言うのも、オツなものかもしれませんよ」
 俺は押し黙るしかない。今分かったことがある。こいつら、正義執行社とかいうのは、犯罪者集団だ。俺は眠らされて、ここに閉じ込められた。とても正気の沙汰ではない。逆らえば、どうなってしまうか分からない。
「さあ、状況が理解できましたか?とにかく、貴方は弊社に殺人鬼であると認定されました。司法は、法律に縛られて貴方のような殺人鬼を野放しにすることがありますが、そんな者をこの社会にのさばらせるわけにはいかない。我々が、粛清します」
 女は表情を崩さない。こいつは、本物だ。本物の狂人だ。俺は、なんとかこの状況を脱する方法を考え始める。爆弾があるとか言ったが、どうしたら起爆するんだ?この女がスイッチのようなものでも持っているのか。そうだとしたら、女に飛びかかって…
「とはいえ、犯した罪を後悔する暇もなく殺してしまうのでは、被害者や遺族が浮かばれません。貴方には、後悔するチャンスを与えます。それが『ゲーム』です」
 俺は部屋の隅に目を向ける。よく見ると、いくつか監視カメラが仕掛けられている。これによって外部の人間がこの部屋をリアルタイムで監視していてるとしたら、どうだ?そしてそいつらが爆弾を遠隔操作で起爆できるとしたら。女に飛びかかった瞬間、俺の命はないんじゃないか。鼓動が早くなる。俺は殺される。
「『ゲーム』の内容は、こうです。貴方を一旦解放します。もちろん首輪を付けたままでね。貴方は弊社の指定する3人の人間を、3日以内に殺して下さい。成功すれば、爆弾を解除し、貴方に自由をプレゼント致します」
 何?
「凶器は、この部屋にある物を自由に使っていいですよ。ですがあまり目立つものを持って、警察に見とがめられるとまずいのは、分かりますよね。もし警察に貴方のしようとしていることがバレ、引いては弊社の存在に気付かれそうになれば、その時点で首輪を爆発させます。ちなみに、首輪を外そうとしても爆発させますから。とにかく妙なことは考えないように」
「3人の人間を、殺す…?」
「ええ。そうすれば、貴方を自由にします。3日間、自己の犯した罪を後悔しながら、せいぜい頑張ってください」

 夜。帽子を目深に被り、黒のダウンジャケットを羽織ってなるべく目立たない格好をして、人通りの少ない裏路地に入る。掃除をする人間などいないらしく、煙草の吸殻や吐き捨てられたガムや立ち小便の跡で、ひどく汚らしい。正直、まだ夢見心地だ。とてもあんなことがあったとは思えない。しかし、首のチョーカーの存在が、俺が取るべき行動を思い出させる。
 俺の一人目の殺人対象の名前は、森坂治朗といった。どこかで聞いたことのある名のような気もするし、顔写真にも見覚えがあるような気がするが、思い出せない。あの女の話では、森坂はこの裏路地のスナックによく現れるらしい。二人目、三人目の殺人対象に関しては、そのような情報どころかまだ名前すら教えてもらっていない。いずれ分かるなどと言っていたが、こちらには3日しかないのだ。いい加減なことは困る。
 スナックの出入り口を遠目に見張る。近所の人間から見れば怪しいだろうが、やむを得ない。何せこちらには時間がない。
 しかし、自分がこれから人を殺そうとしているとは、とても信じられない。はっきり言って、計画は非常にずさんだ。スナックに森坂がやって来たら、出てくるまでひたすら待ち、その後をつける。そして森坂が人目のないところに移動するか、もしくは玄関まで付けて、ドアを開けたら森坂ごと部屋に押し込んで、そこで殺す。森坂が人目のないところに移動するか分からないし、一人暮らしなのか、家族がいるのかも、知らない。しかしこれ以上の計画は思いつかなかった。なにせ情報も時間もなさすぎる。そう考えると、俺はあの女に随分と無茶苦茶なことを注文されているのだ。あの女は、後悔する時間をやるとか何とか言っていたが、こんなもの、女への怒りしか湧かない。
 と。スナックのドアが開き、男が一人で出てきた。…森坂だ!奴は俺が来る前から、既に中にいたのだ。スナックの中の人間と何かやりとりした後、森坂は一人で歩きだした。後をつけなければならない。俺は森坂の速度に合わせ、歩み始める。尾行なんて今まで一度もやったことがない。俺の存在は、森坂に気付かれているだろうか。十分距離を取っているつもりだが、それが功を奏しているかは分からない。
 2分ほど歩いたあと、森坂は近場の公園に入っていった。夜の公園には人気はないが、ここでは無理だ。あまりにも開けすぎている。しかし、森坂は、公園なんかに何の用があるのだ。
 …と、それはすぐに分かった。公園内に設置されている、白い小さなトイレだ。奴は用を足すために公園に立ち寄った。森坂がトイレに入った。
 俺は気付く。これはチャンスではないか。トイレは、出入り口に扉のあるタイプで、外からは見えない構造になっている。公園はおろか、ここに至るまでにもほとんど人影はなかった。そもそも、夜の公園のトイレに立ち寄る奴なんて、滅多にいないだろう。
 今しかない。俺は急いでトイレに向かう。奴が小便器に向かっている時がチャンスだ。人があんなに他人に対して無防備になる瞬間なんて、他にはない…!
 森坂の用事が小便であることを祈る。なんだか馬鹿な話だが、俺にとっては重要極まりない。個室には鍵がかかってしまうからだ。トイレに入った。森坂は、俺の期待通り、小便器に向かっていた。森坂は一瞬こちらを確認したが、すぐに前に向き直した。今だ。
 俺は凶器として選んだ縄をポケットから取り出し、両端を握りしめる。細いが丈夫で、人間の力ではちぎれそうもない。これが一番、静かに確実に人を殺せそうだったから、選んだ。足音を立てないように森坂の背後に近付く。森坂は気付かず、用を足し終わったのか、体をゆすっている。迷っている暇はない。俺は縄をその首に掛からせ、あらかじめ交差させていた両手を一気に引っ張った。
「!?…………!!」
 森坂は一瞬体を硬直させたあと、振り向こうとしても振り向けず、声が出ない状況に気付くと、激しくもがき始めた。俺の体に手をかけようとするが、届かない。首に手をやり縄を緩めようとするが、がっちりと首を絞めている縄に指はかからない。俺は油断なく、あらためて満身の力を込めて縄を引っ張る。縄の音が、森坂の首の音か、きしむような音が響く。除々に、森坂の体から力が抜けていき、やがて、完全に動かなくなった。森坂の体が崩れ、膝をついた状態になる。念には念を入れて、俺はその状態から、さらに3分ほど縄を引っ張り続けた。
 いよいよ腕に力が入らなくなり俺は縄から手を離した。森坂の体が倒れる。確実に死んでいることを確認しようとして、触りたくもなかったが、森坂の顔をこちらに向けた。
 森坂の顔を目の前にして、俺は思わず後ずさった。
 泡を吹いている死体にビビったわけではない。写真で見ただけでは気付かなかったことに気付いて、俺は動けなくなっていた。
 本物の森坂を見て思い出した。森坂治朗。奴は、10年程前の毒入りパン事件の容疑者だった人間だ。あの事件では2人が死に、10人以上が重軽傷を負ったはずだ。…奴は、その後の裁判で、証拠不十分で無罪になった。とてもじゃないが、俺も森坂も重大事件の容疑者とされ、無罪判決を得ていることが、偶然の一致とは思えない。俺は『ゲーム』の趣旨を理解する。奴らが粛清したいと考える、司法に裁かれなかった容疑者に、別の容疑者を殺させる。奴らにとって、効率の良い殺人方法。それが『ゲーム』の正体だ。
 何か、引っかかるものがある。もちろん『ゲーム』は胸糞悪い、悪趣味の極まった狂人の行いだが、そのことじゃない。効率の良い殺人方法。3人の人間を殺す。一人目の殺人対象は森坂治朗で、二人目、三人目は、「いずれ分かる」…。
 まさか。
 俺は背後の足音に気付いた。咄嗟に身を翻すが、遅い。俺は頭に衝撃を受け、倒れた。
「…ぁっ!」
 碌に声も出ない。倒れ込みながら振り返ると、そこには男が立っていた。ニュースで見たことがある顔だ。名前は何と言ったか。そんなことはいい。とにかくこいつは、無罪判決を得て釈放された人間だ。男は血のついたハンマーを握っていた。あれが俺の血だと気付いた瞬間、急激に頭に痛みを感じた。顔に温かいものが流れている。
 男は、極度の緊張状態にあるようだった。呼吸が荒く、顔は汗でびしょりだ。その首には、チョ―カーが巻きつけられている。
 頭が痛い。割れるようだ。昔、ハンマーで豚の頭蓋骨を割ったことがある。平らのほうでいくら殴っても、骨は割れなかったのに、尖ったほうを叩きつけると一瞬で砕けた。幸い、俺は平らの方で殴られたようだ。
 男が近付いてくる。俺をまた、ハンマーで殴るつもりだ。俺の頭蓋骨はきっと豚のそれより柔らかいだろう。次殴られたら、死んでしまう。
 嫌だ。頭が痛い。血が目に入って来る。たぶん、今起き上がっても、まともに体を動かすことはできない。だが…手は動く。
 俺は懐に忍ばせていた拳銃を取り出した。あの部屋にあったものだ。本物かどうかも知らないが、きっと持っていると心強いだろうと思って持って来たのだ。一応、使い方も確認した。ハンマーを指で引き起こして、銃を男に向けた。男は一瞬身をたじろがせたが、すぐに思い直して、ハンマーを振りかぶった。拳銃に、弾のようなものはちゃんと入っていた。俺は銃が本物であることを祈りながら、引き金を引いた。
 瞬間、空気を裂くような音がしたかと思うと、男が動きが止まっていた。男はそのまま二、三歩よろめいて、自分の胸を確認したかと思うと、倒れた。
 俺は拳銃を取り落とす。頭が痛い。割れるようだ。段々視界が暗くなってくる。こんなでかい音をたててしまったら、人が来るかもしれない。逃げなくては。だが、動けない。
 俺は意識を失った。

 目覚めると見覚えのある部屋にいた。
 部屋には窓ひとつなく、ドアがひとつあるだけ。リノリウムの冷たい床には何も置かれておらず、ただ真っ白い壁に、のこぎりや手斧、ナイフや包丁といった刃物や、ハンマーなどの鈍器、果ては銃らしきものまでが飾られている。
 あの女のいた部屋だ。見渡すが、今、部屋には俺一人しかない。ふと頭に違和感を感じ、手をやると、包帯が巻かれていた。頭の傷を治療してくれたのか。
 立ちあがる。俺はあの男を殺せたのか。そうだとすれば、これで2人。『ゲーム』の達成のためには、あと1人殺せばいい。これなら、なんとかなるかもしれない。しかし、時間は平気だろうか。森坂を殺した時点で、既に半日経っていた。俺はどれだけの時間気絶していたのか。それによっては、もう時間はあまりないかもしれない。相変わらず、首にはチョーカーが巻かれている。
 部屋に唯一ある出入り口であるドアに手をかけた。開かない。ドアは鉄製らしく、とてもじゃないがこじ開けられそうもない。
「…誰かいないのか?」
 反応はない。監視カメラがこちらをにらみ続けている。

 何時間経ったろうか。この部屋には、凶器の他には何もないので時間が分からない。俺は、ねっとりする嫌な汗をかきはじめていた。口が渇く。別に喉が渇いているわけではないのに。心臓が痛いほど脈打つ。
「二人目、三人目の殺害対象はいずれ分かる」
 いずれっていつだ。二人目はすぐに分かった。でも、三人目が現れない。殺害対象の共通点は、無罪判決を受けていること。『ゲーム』の趣旨は、無罪判決を受けたものたちを効率よく殺すと共に、後悔の念を与えること。部屋には凶器がたくさんある。拳銃も。ドアは開かない。ここから逃げ出すことは出来ない。時間はあとどのくらいあるのだ。
 三人目を殺さなければ、俺の命は助からない。

       

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Neetsha