Neetel Inside 文芸新都
表紙

僕と神無月さんの事情
エピローグ的な

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 そんなこんなで僕たちを襲った一連の事件は幕を閉じた。事件と呼ぶほど仰々しいものでもない気がするが、まぁいいだろう。細かいことは気にしてはいけない。
 数日後、夏休みを目前にしてクラスの空気は暗澹たるものになった。テスト結果はやはり皆、よろしくなかったらしい。
 僕と神無月さんのテスト勝負も、神無月さんの勝利で終わった。
 天草君は、あのパーティーをきっかけにしてすぐクラスに馴染む事が出来た。それどころか、彼はこのクラス初となるカップルになったのだ。
 石壁さんと。

「よく気付いたね。石壁さんが天草君を好きって」
 昼休み、僕と神無月さんは屋上で昼食を取っていた。日差しはきつかったが風が強く、涼やかな日だった。
「簡単ですわ。女子の観察眼をなめてはいけません。瀬戸さんの推理を聞いてから石壁さんの様子を観察していましたの。すぐわかりましたわ」
 彼女はフフンと得意気な顔でサンドイッチを口に運ぶ。
 石壁さんが天草君の事を黙っていたのはただの気遣いからではなかった。一目ぼれから来る独占欲。それが一番の理由だという。会場で作られていた妙にムーディーな雰囲気作りも、全ては石壁・天草カップルを成立させる為の付箋だったと言うわけだ。
 後々三枝さんに聞いた話だが、あの日神無月家で行われたパーティーは彼女が元々企画していたものだったらしい。
 単純に家の財産や権利を濫用する人とは一線を画す。彼女が行っていることには何かしらの意味がある。
 そこがまた、神無月さんのすごいところなのである。
「とにかく、ようやくこれで一段落したって感じかな」
 我が家に生じた問題はほとんど解決されていない気もするが、過ぎ行く季節がどうにかしてくれる事を祈るしかない。色んな事がなぁなぁで流れていくのもなんだか青春っぽくていいんじゃないかな。もうどうでも。
「瀬戸さん、夏休みはいかがしましょう?」
「特に決めてないけど」
「いけませんわ。そうですわね。新しい季節に向けて家を改築するのはいかが?」
「それはないな……」
 流れる雲の影がグラウンドを走っていた。僕はそれを眺めながらストローをすする。するとどこかの教室から紙飛行機が飛ばされるのが見えた。察するに、たぶんウチのクラスだ。紙飛行機にはテスト用紙が使われているらしく、酷い点数が書かれているのが分かった。
「そう言えば、まだ神無月さんの願いごと聞いてないね。テストに勝ったほうが願いを聞くって言うの」
「そういえばそうでしたわね」
「どうするの?」
 すると神無月さんは少し考えるそぶりを見せた後、そっと首をふった。
「願いはまだしないことにしますわ。保留、と言う事で」
 そう言って彼女はまるで女神のように美しく微笑む。
 でも、口にしなくたって何となく分かる。パーティー会場で彼女が口にした言葉。
 あれがおそらく彼女の願い。

 でもね、瀬戸さん。私は──
 私はあなたとずっと一緒にいたい。

「そうだ、瀬戸さん。どうせなら今日も我が家に来ませんこと?」
「今日も? なんでまた」
「母が今日美味しいクッキーを焼いてくれるみたいなんです。神無月家専属のパティシエを使って」
「自分で焼け」
「それに」
「それに?」
「数年ぶりに瀬戸さんが我が家に来てくれたんですもの。これって私たちが思春期の波を越えて再び近づき始めた、そう思ってよろしんじゃなくて?」
「すごい極論だね」
「極論くらい言えないと、瀬戸さんの気は引けませんもの」
「僕はいったい何者なんですか」
「いかがしましょう」
「どうしようかな……。うん、いいよ、行くよ」
 紙飛行機は風に乗り上手く空を飛んでいる。どこまでも高く飛んでいく。雲はゆっくりと流れ、グラウンドには影が走っている。空は青く澄み渡り、木々はその色彩をますます濃くする。
 どこか遠くから、蝉の鳴き声が聞こえた気がした。

 ──了

       

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