Neetel Inside 文芸新都
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傷物の彼女
まとめて読む

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腐っても鯛。

真っ白のノートに手をかざすとこの言葉を思い出す。真っ白なノートには何も書かれていない。白の紙に溶け込む雪のような色の線が0.6ミリ感覚に散りばめられているだけである。本当ならこのノートは真っ黒になるほど書かれる「予定」だったが「予定」通りにはならなかった。もし「予定」通りに事が進んでいたらこのノートに触ることも無かったし、今現在のように、感傷的な気分になる必要も無かった。




人と接したくなかった。
周りがみんな敵だと思っていた。
自分の周りにバリケードを張って他人に自分を探られないようにしていて自分を隠した。隠したところでどうにもならないが、とにかく隠していた。本当は隠す必要なんて無かったはずなのに。


僕の中学校生活はいじめられているとか、悪さばっかりして他人に迷惑をたくさんかけた、というわけではなく、単に人と関わらなかっただけだ。当時の僕の人との関わりは、人と話す機会があっても「はい」「いいえ」「わかった」「いいや」「うん」「いや」の単語しか使ってない気がする、という極端な人との関わり方だった。だから友達なんてものは出来なかった。


今朝、僕はいつもより早く起きた。
なぜか分からないが、起きてすぐに眠気が冴えたっていうか、起きた後特有の倦怠感とか二度寝しようとかがない。スッパリ、スッキリと起きることが出来た。こんなにスッキリ起きることが出来たのははじめてだった。
その後、僕はいつもどおり歯を磨き、着替え、朝食を摂り、バッグに荷物を詰めて、家を発った。


中学校生活の二年次が終業して14日くらいの春季休業が終わって、あっという間に中学三年。通学途中、周りにはたくさんの中学生が「今日からクラス替えだね~」とか「俺、あの子とクラス同じになったらガンガン攻めていくっ!」などなど、新学期クラス替えトークが炸裂している。こういうのが「青春」というものだろう。当時、友達と呼べる人はいなかった僕は「青春」というキラキラしたワードにいまいちピンとこなかった。


学校の校門前に着いた。
「おはよー!」
「おっはー!」
「やべっ緊張する・・・・。」
「ははっ!お前緊張とか笑える!」
「腹がいてえ・・・」
「おい無理すんな。クラス替えの紙が張られるまであと30分もあるからその間にトイレ行って来いよ」
「クラス替えの発表まだー?」
「せっかく早起きしてきたのに発表まだなのかよー」
「そういえば理科の向井今年度から担任やるらしいぜ」
「まじかよー!俺あいつ嫌いなんだけどー」
「今日思った以上に寒いねー」
「だよねー上着もってくればよかったね」
「あれ?リカやせたー?」
「そう!最近ご飯食べてないからやせたのっ!」
「あーもうちょい遅く行けばよかったなー」

・・・・・。それは僕のセリフだ・・・・。てかよう朝からこんなにくっちゃべる元気があるよな・・・・。腹が立つほどにぎやかだ・・・・。最悪だ。人ごみはあんまり好きではない・・・・。今日の中学校校門前は中学生で埋め尽くされていた。幸い、今日は寒い。もし寒くなかったり、少し暖かい気候だったらサウナみたいにもっさりとした中学校校門前で30分以上待つことになっていただろう。考えるだけでもおっそろしい。何かしら時間をつぶせるものを持ってくればよかったと後悔した。こんなに混むと分かってたら小説の1冊や2冊もってくればよかった。こんなに長い待ち時間だったら小説の1冊や2冊が読めてしまうかもしれない。


幸い、に5分もせずに先生がやってきてクラス替え発表の大きい紙を学校の校門を少し過ぎた掲示板に張った。そして、すぐに校門が開かれた。校門前に溜まった生徒たちはぞろぞろと校門を通り、真っ先に掲示板へと向かっていった。中には走る者がいた。

校舎の中に吸い込まれていく生徒たち。

いつもより咲き誇った桜の木々。

雲の隙間から透き通っている日光。

その三つが感情の無い、つまらない僕をなぜか楽しみにさせていた。




新しい教室は四階の一番奥にあるらしい。

僕の新しいクラスは三年六組だ。この中学校は一学年六クラスと平均的なクラス配分なのだが、決まって六組は昇降口から一番遠くにある。なので、クラス替えのシーズンになると必ず「うわー。俺六組だわ」「まじで!?ドンマイ!」など六組=一番遠くにあるから移動がめんどくさいクラス、ということになっている。三年にいたっては最上階+一番奥という最悪な状況だった。

よりによってその六組になってしまったのだ。そう考えるだけで明日からの登下校が憂鬱だ。なぜなら僕はいわゆる「遅刻常習犯」だからだ。

朝はなぜか早く起きれない。それが僕の悩みであり、特徴でもあった。

朝早く起きれないのはたぶん「楽しみが無い」からだと僕は思う。どんな生徒も学校には友達がいる。クラスで明るい性格を持った者は明るい性格を持った友達をつくり、逆に暗い性格、自己主張が出来ない者はその同属を探し出し友達を作っている。明るい者、暗い者は友達がいる「楽しみ」があるから「学校に行きたい」と思うのだろう。

しかし僕は「学校に行きたい」なんて微塵も思わない。学校に僕が求めている「楽しみ」なんて存在しないし、「楽しみ」なんて必要ないと思うからだ。

そういう腐った考えのせいか、僕は朝早く起きることが出来なかった。中学一年はまだましだったが、日に日に起きる時間が遅くなり、遅刻することが多くなった。そうして遅刻常習犯の出来上がりである。かといって毎日遅刻しているわけではないが。

遅刻常習犯だった僕は中学一年、二年で「遅刻キャラ」として扱われた。たまに学校で早起きとか遅刻という話題になるとクラスのみんなが僕の名前笑いながらを挙げる。彼らに僕に対する悪意で名前を挙げているのではなく、いじりとして僕の名前を挙げているのだろうけど、僕はそのことを不快に感じた。だけど、僕の名前を挙げられたときは「うるさいうるさい」と言いながら苦笑いして流す。恨まれずに済むにはこれがいい。






教室の前に着いた。

「3-6」の文字が不思議と大きく、そしておおらかに感じた。
何かが始まりそうで、だけどすぐに終わってしまいそうな感覚。

今日は朝から何かがおかしい。今日の僕はどんなものでも優しく見えてしまう。

いつも消極的思考な僕が色々なことに前向きだ。

なんでだろう。

そして教室の引き戸を開けて教室に入った。教室には机と椅子の35セットが1列に5セット、そして7つの列を作って並んでいる。僕の出席番号は13番。ど真ん中の4列目より手前の3列目だった。僕はその座席を目指す。

理由は分からないけど僕の心臓がはやく脈打つ。
8部音符、と言うのか。エイトビートで脈打つ。

そして僕の座席の左隣に

美しく、希望に満ちた表情で外を眺めている、

「彼女」がいた。













     

「河原くんってどんなジャンルの小説が好きなの?」

僕の席の隣、篠崎優恵は僕が読んでいる本をのぞきながら無邪気にこう訊ねてきた。

「んー、何だろね。推理小説とかSF小説とかが好きかな」

僕は内心イライラしつつ、そう答えた。



始業式から3日後の5時間目。1つの教室から漏れる賑やかな声。明らかに静まり返った4階の空気を打破するような賑やかな喧騒。その元は3年6組。僕のクラスだ。

普段ならどの教室も授業があって静かになるはずなのだが、木曜5時間目の担当の社会教師が忌引きか何かで自習の時間になった。

もちろん生徒たちの考えは「自習=45分の休み時間」なので、ずっと騒いでたり、漫画を読んだり、と自習しない。するわけない。

そんな自習時間の中、僕は一人自分の席で本を読んでいた。僕の手の上に広がるハードカバーの本は、内容がSFのせいか、僕の机の上の薄っぺらな教科書の上を浮遊する強襲母艦のように思えてしまった。しまった。軽く中二病拗らせてしまった。

そんな自習時間の中、僕は突然声をかけられた。

「河原くんって何部に入ってるの?」

いきなりこんなこと聞かれた。クラスメイトとはろくに話さないのに、初めてクラスが同じになった人に話しかけられた。しかも女子だ。しかし相手の名前が分からない。

質問をされた瞬間、隣の女子の机に目をやった。机の上にはきっちり整頓されたノートと歴史の教科書、ペンケース、そして自習プリントが置いてあった。その自習プリントの氏名欄に書かれていた彼女の名前は「篠崎優恵」という名前だった。女子には不似合いなしっかりとした字で書かれていた。

「あ、僕?僕はどの部活にも入ってないよ。コッテコテの帰宅部だよ」

「え?そうなんだ!あたしも帰宅部だよ!」

ほう、そうなのか。

「へえ、意外だねえ」

と、僕は会話を終わらせた、つもりだった。

「河原くんって普段何してるの?」

おっと、第二波の質問。

「そうだなあ…本読んでたり、寝てたり、本読んでたり…あとは思いつかねえ」

僕は軽く笑みを含ませ、そう答えた。

「そうなのお!?ちょっとまじめにこたえてよー」

篠崎も笑いながら返してくれた。

まさか、僕が女子とこんなに会話できるとは思わなかった。

多分この女子は性格はいい、いわゆる「誰も嫌わない良い人」なのだろう。クラスの中で孤立ぎみの僕にお情けで「寂しそう。かわいそうだから会話してあげよう」みたいに思っているのだろうが、別に相手の期待に応えてじっくり話し込もうとは思わない。手短に話して、適当に話を切る。そうして相手に「この人は一人でいたいんだな」と思わせる。そうやって「誰も嫌わない良い人」との交流を切っていた。今回も「この人は一人でいたいんだな」と思わせることに成功したんだな、と思ったがそうはいかなかったようだ。

「そういえばさ、河原くんって英語が得意っぽいじゃん。どうやって勉強してるの?」

おっとまたまた質問がおいでなすった。

「単語帳をひたすらに読んでるだけだよ。そこら辺の書店で買えるやつを読んで暗記してるだけ」

「河原くんそれだけで抜き打ちの単語テスト満点だったんでしょ?やっぱすごいよ!」

「いやー。それほどでも」

僕は愛想笑いを含みつつそう応じた。…おい。もうさすがにここで話は終わるだろうな?

「河原くんってどこら辺に住んでるの?」

なぬ。まだ来るか。

「僕は西原台小学校の近くだね」

「おー!あたしも西小の近くなんだー!」
…。なんか共通点が多い気がする。ここまで来ると話を盛り上げるためにウソを言っているのか。ちょっとつついてみるか。

「僕は西小の近くにある布団屋から歩いて10分のとこに住んでるけど、篠崎さんはどこ住み?」

「あたしはね、西小の南門から出て5分のとこかな。あ、あたしのこと篠崎って呼び捨てでもいいよ」

と彼女は微笑みながら言った。
話を聞く限り、彼女はウソを言っているようには思えない。西小は僕の母校であり、学校の構造をよく知っている。その西小には4つの門がある。西門、北門、東門(正門)、そして南門。彼女は本当に西小の近くに住んでいるようだ。

「ふーん…」

さすがにもうお話の時間は終わるだろう。会話を続けにくいようにわざと「ふーん…」で終わらしておいた。流石に篠崎は察してくれるだろう。

「そういえば河原くんって、学校でたくさん本を読んでるよね?いつも河原くんを見るたびに思うんだけど、一日に何冊本を読むの?」

ああ、なんかイライラしてきた。

「一日に3冊かな?いや、4冊くらい読んでるよ。いつも暇ですから」

「いつも暇、は無いでしょー」

「いや、これが暇なんだよねー」

と僕は愛想笑いをしながら返した。

内心イライラしてるが、ここで爆発してしまえば子供っぽい。だからイライラした顔をせず、大人っぽく冷静に対処せねばならない。

「河原くんってどんなジャンルの小説が好きなの?」

また質問がきた。

「んー、何だろね。推理小説とかSF小説とかが好きかな」

「あー。なんか河原くんっぽい」

「そーかなー。この学校、いや、このクラスにSF小説とか推理小説が好きなやつはたくさんいると思うけどなー」

「それはないと思うよ。このクラスで本を読んでいるのは河原くんだけだもん。だって周りを見てみてよ」

周りを見てみると、クラスの元気な男子たちがでかい声で昨日やってたテレビの話をしている。あの芸人つまらんとか、あの女優はかわいすぎるとか、そういう話ばっかしている。その近くでクラスの元気で声のでかいビッチどもは4組の○○ってイケメンでかっこよくない!?、とか、うちとうちの彼氏最近なんか不仲ぎみっぽい、とかなんか女子会っぽい話ばっかしている。そしてクラスの隅っこの方で俺の好きなアニメベスト10とか、□□は俺の嫁、とかなんかオタク丸出しの会話をしている。そして近くで机と机をつなげて卓球してるアホな男子もいた。

「たしかに、僕以外、本なんて読まなさそうだ」

僕は素直に笑ってそう言った。
このとき、なぜかさっきまであったイライラ感がなくなっていた。

僕はイライラしつつも、篠崎と話していて楽しいと感じていたのだろう。

まったく、不思議な感覚だ。

僕は中学校生活で「楽しい会話」なんてしたことがなかった。だけど初めて、「楽しい会話」が出来た。

こんな僕でも彼女、篠崎優恵だけだったら受け入れることができるかもしれない。

「でしょ?」

篠崎はなぜか満足げにそう言った。

     

6時間目の眠たい国語を超えて、ついに待ちに待った下校時間だ。
他のクラスメイトは部活が忙しいらしく、帰りのホームルームを終えた後すぐに部活に行く、なんていつものことであった。3年は引退試合がある。その最後の追い込み的なものであろう。そんな遽しいクラスメイトを背に僕は教科書やノートなどを自分のメッセンジャーバッグの中に吸い込ませていた。僕はとにかく早く帰ることだけを考えていた。なんだよ。今日宿題なんてあったのか。まあ、いっか。

「はー、今日もかったるい一日だったぜ」

そう思いながら僕は階段を下りて昇降口を目指した。

入学のときに「教室までの移動がしんどい。だるい」とか思っていたが、案外三日も経つと慣れるものだ。

昇降口に向かう途中、職員室から出てくる篠崎を見つけた。礼をしながら引き戸をゆっくり閉める。そして「はあ」と深い溜息をした。教師と揉めたのか?いや、彼女は教師やクラスメイトにケンカを売るような人ではない。そして彼女はこっちを向いた。なんとなく嫌な予感がする。呼ばれるかもな。

「おーい!河原くーん!」

呼ばれちまった。

「ん、篠崎…さん…?」

まさか本当に呼ばれるなんて思わなかった。こんなつまらない僕を呼んで何する気だろう。

「河原くん!篠崎、って呼び捨てでもいいよってさっき言ったじゃん!」

確かそんなことを言ってたな。

「おお。ごめんごめん。で、篠崎さ・・・篠崎はどうして職員室にいたの?」

「ちょっと進路相談でね」

進路、か。僕がそう思った刹那、彼女は言った。

「ねえ河原くん。そういえば西小の近くに住んでるんだよね?」

「うん、そうだけどそれがどうかしたの?」

「よかったら一緒に帰ろ!」

正直どうしようか迷った。だが断る理由も無いので

「うん。いいよ」

と返事をした。

そんな話をしているうちに僕と篠崎は昇降口に着いた。下駄箱の戸を開け上履きを仕舞い、靴を取り出した。篠崎の靴はハイカットのコンバースにユニオンジャックの模様をあしらったものだった。いまどきの女子っぽい。

「あ、河原くんもコンバースじゃん!」

ちなみに僕の靴はネイビーのコンバース。

「なんかお揃い、ってかんじだね!」

と篠崎はなぜか嬉しそうに言った。

「そうだね。確かに形が似てるし」

「普通に「お揃い」って言えばいいじゃんー。素直になりなよー」

そんな感じで篠崎と絡んでいたが、さっきから誰かに見られてる気がしてならない。僕の勘では人数は二人。両方とも男。そんなやつらの警戒心を含んだ視線を感じる。

誰かの視線を気にしながらも、僕と篠崎は学校を後にした。

       

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Neetsha