Neetel Inside 文芸新都
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スカートの骨格
その、答

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【その、答】

 私は、とうとう生の終焉を迎えようとしていた。
 思えば恵まれた人生であった。
 始まりはひとつの思い付きにすぎなかったが、それがヒット商品となり、結果的には友人にも部下にも、とても世話になったし感謝している。
 そして、そういう人々が数多く身の周りにいてくれたことにも感謝すべきだろう。

 勿論、数々の失敗はあった。しかし、それは恥ずべきことではなく、むしろ新たに学ぶべき事柄であって、その対応は丁寧に行った。そのことによって益々信用いただいたことも、あった。
 幸福は時として坂道を転がる雪玉のようで、これが泥に汚れた道だったり、ただただ身を削らせる路面であったりなど、悪い方向に転がった場合のことを思うと、幸福を感ぜれば感ぜる程に身を引き締めたものだった。
 そんな、恥とは縁の遠い恵まれた人生であった。

 比較的若いうちに人生の軌道に乗ったためか度々取材なども申し込まれ、事情が許す限りには対応した。
 そんな中で未だに印象に残っているのは、プロスポーツ選手から贈られたようなゴツいペンダントが鈍く光るインタビュアーの胸の谷間でも、短いスカートの裾から見得る誘惑の意思に溢れる下着でもなく、たったひとつの設問。
 曰く、
「あなたにとって『恥をかく』とはなんですか」
 質問をした側には、それほど深い意図はなかったであろう。せいぜい『この成り上がりの思いあがった若造をへこませてやろう』という程度の、他愛の無い問いかけ。
 『恥』という概念を言葉にするのは難しい。
 正直にいうならば、その瞬間まで考えたことすらなかった。
 大雑把に過ぎれば他人目には『おおらか』に見えるかも知れぬが自らが恥をかく可能性は増え、神経質に過ぎれば他人目には付き合いづらかろうが自らが恥をかく機会は減る。
 私は取材を受けている立場なので、なんらかの回答をせねばならず、
「まだ色々勉強させていただいている途中なのでわかりませんが」
 ここの一息の間が、人生で一番背中に油汗をかいたことを体が覚えている。
「それを学ぶ代償は、会社ひとつどころの金額ではおさまらないでしょうね」
 ひとつの失敗でもそれによって信用が損なわれ、今まで共に苦労してきてくれた社員やその家族全員を路頭に迷わせてしまうことを思えば、そう言わざるを得ない。
「それはどんな金額になるのかも楽しみですが、その責任感は流石ですね」
 『楽しみ』とはあまりに軽薄に過ぎる言い草ではあるが、インタビュアーは、そう、いかにも演技な風で淡々と驚く。
 そして、その質問があったからこそ、その質問に会ったからこそ、常に自戒が念頭にあったとも言い得る。
 恥とは何か。
 そして、大雑把に過ぎるのか神経質に過ぎるのか、どちらの理由かは自らは判じ得ぬが、私はその回答を、未だに得られていない。

 私は、とうとう人生の終焉を迎えようとしていた。
 規則的な電子音が、私の心臓がまだ動いていることを表明している。
 その音よりも遠く、遙かに足下の方で、ここ数日、親戚連中がなにやら話し合いをしている。いや、話し合いといえるほど穏やかなものでは既になく、音だけを頼りにするのであれば、それはさながら『猿山の頂上に誰が一番早く到達するかの肉弾戦狂騒』にも思えた。
 人間関係にも巡り合わせにも恵まれ、反省こそ少なくなかったものの後悔は少なかった我が歩み。
 それがこういう形で争いごとの種になってしまうとは。
 頭を抱えようにも、既に数々のチューブに動きを拘束されている。
 そんな状態ではあるが、親戚連中に向けて力一杯の声を上げる。
「私に恥をかかせるつもりか」
 蚊の鳴くようなささやかな声であったに違いない。しかし、親戚連中は驚いた様子で一斉にこちらに視線を移し、口々に言う。
「ようやくわかっていただけましたか」

       

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