Neetel Inside ニートノベル
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めめんともり
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「やっと見つけた」
 少女は今にも泣きそうな顔で言った。
「お前は本当に世話ばかりかける」
 少女の少し後ろに立っている青年も言葉とは裏腹に目に光る物を見せている。
「さあ、行こう。恭平」
 青年は右手をすっと差し出した。だがそれを掴むわけにはいかなかった。それは深い理由がある訳でなければ、青年の小汚い風体に嫌悪感を覚えたからでもない。それは単純明快な理由だ。
「待ってください、人違いです。俺は恭平なんて名前じゃなくて斉藤将介です! それに椅子の後ろで腕を縛られたら取れるわけ無いでしょう!」
 ぽかんとする二人。将介は自分が如何に恭平と呼ばれる人物と異なるか、その根拠を並べた。自分の生い立ちや二人に面識が無いこと。通っている高校の学生証も見せた。それでも二人は納得しようとしない。質の悪い冗談は辞めろと頑なに事実を認めようとはしなかった。
「だから俺だって。太郎だよ、佐藤太郎。お前の一個上の十七歳の。そんでこいつはお前と同い年の吉岡成海だ。覚えてるだろ!?」
「だーかーらー、知らないって言ってるでしょうがっ!」
 既に日は傾き薄暗い。初夏と言えども夕方になると少し冷える。いや、今いる場所が問題なのかもしれない。あまりに二人の印象が強かったせいか失念していたが、将介は学校帰りに二人に誘拐されたのだ。そして街外れの廃屋に軟禁されている。二人はどうしたものかと口喧嘩を始めた。それを冷ややかな目で見ながら将介は溜息をついた。
 冷静になって考えてみると色々不自然な点が見えてくるものだ。まず人探しをしているようだが、なぜ拉致軟禁する必要があったのか。普通に肩でも軽く叩き失礼を承知で質問するなり出来たはずだ。それに二人の格好。どちらも使い古した感じの所々擦れた服を着ている。高校に通う歳の子供がだ。何か面倒くさい事情があるのは明白だ。さらに言えば椅子に縛り付けている意味はなんだ。逃げられないためと考えるのが妥当だが、では何故逃げると思ったのか。誰かの仇とかそういう類では無さそうだが……。
「あー、えーと……。お前本当に恭平じゃないのか?」
 怖ず怖ずと太郎と名乗る青年は将介に尋ねる。
「だから違うって言ってるでしょうに!」
 流石に苛つきが頂点に達した将介は思わず声を荒げた。
「そうか……。こんな事ってあるんだな」
「本当。瓜二つなのに」
 成海とか言った少女は将介を縛り付けていた縄を解いた。随分強く縛ったのか縄の形が腕に残っている。肩を伸ばしたりストレッチをして凝り固まった体を解した。
「はーあ。結局無駄足か。悪かったな。えっと……キョウスケ?」
「将介です」
 正す意味はないのだが、つい口に出た。
「私達のことは忘れて」
「あと、夜は出歩かない事だ。物騒だからな」
 お前が言うか、と心の中で突っ込んだ。
「またな、キョウスケ」
 別れ際のその言葉は、言い間違いかも知れないが将介に二人との再会を予感させた。しばし放心状態ではあったが、父親からのメールによるスマートフォンの振動でふと我に返った。
 

     

「はい、昨日斉藤君が誘拐未遂事件に巻き込まれたようです。皆さん、特に美しい女子生徒諸君は帰り道に気を付けるように。はい、解散」
 翌日の放課後のホームルームは一瞬で将介のオンステージとなった。怒涛の質問ラッシュをいなし受け流し避けて何とか凌いだ。
「人気者だな、ショウスケ君は」
「羨ましいーなー!」
 金髪の不知火と丸坊主の吉永はそんな将介を見ながらケラケラと笑った。
「俺の溢れんばかりのカリスマがそうさせたんだな……」
「ショウスケ君はそういうカリスマ(笑)あるよな」
「すげーなー!」
 この後の予定もない三人はそのまま帰路についた。将介はふと昨日の出来事を思い出していた。

 ――あれは今のように商店街に入った瞬間の出来事だった。
 不意に背後で金属音が響いた。上空から鉄骨が落ちてたと錯覚するくらい大きな音。思わず振り向くのは通りだ。そこに何も過失はない。ただその音を無視できるくらいの図太さがあればその後誘拐されるようなことは無かった。
 商店街にいた人々の視線が音のする方へと向いたその一瞬だった。後頭部への衝撃と同時に訪れる浮遊感。訳もわからないうちに意識が遠のき、気が付けば廃屋の中。そしてあの二人とご対面。
 今思えば本当に現実味の無い出来事だった。こうしてまた通学路を友人と歩けているのが、大袈裟に言えば奇跡だったのかもしれない。

「――そういえば誘拐もそうだけど、他にも最近物騒な噂を聞くよな」
 将介の思考を遮るように不知火は口を開いた。
「ああ、虐殺魔神だっけ?」
「なにそれカッケー!!!」
 虐殺魔神は一種の都市伝説だ。数年前、東京湾周辺のある街で数万人単位の大量虐殺が起こった。この法治国家でそんな事が起こるとは国家の存亡を揺るがす程の大事件だが、その街というのが少し特殊でむしろテロの標的にされやすい街だったことは事実だ。そして、その大事件の裏側で怪物が殺戮していたという噂が都市伝説として最近ネットを通して広まっている。目撃写真を掲載したサイトが閉鎖に追い込まれるなど、政府が隠蔽しているのではとオカルト方面の方々は騒ぎ立て、専門書が出るほどのプチブームとなっている。だがサイト閉鎖の話も目撃写真もすべて噂の域を出ないので、こういった事件の尾ひれにつく様式美的な話という結論が一応出ている。
 長くなったが、その虐殺魔神が最近関東近辺で多数目撃されたという噂が出始めた。それは将介達が住む街の近くでもあったらしい。が、誰一人として殺された人はおらず、結局はこれも噂の域を出ていない。だがこれ系の話が大好きなお年ごろの中高生を盛り上がらせるのには十分だった、というわけだ。
「面白そうだよな。不謹慎だけど」
「まあな」
「うっ、うぐぐぐぐぐぐ」
 急に吉永が額を抑えながら地面に膝を落とした。そして次の瞬間には勢い良く立ち上がり、不知火と将介に向かい声を張り上げた。
「我が名は虐殺魔神。虐殺は性交以上の快楽にして、我を我とせしめんとする行為。貴様らが死ぬことは我の証明。さあ、我に首を差し出せっ!!」
「ウオッ!?」
「吉永の変なスイッチが入ったな」
「死ね、下等なハエ共っ!」
「面倒くさいぞ、逃げろー!」
 駆け出す二人を吉永が追いかける。いつも通り、そして何回も繰り返したきた情景。それが徐々に失われていることに、将介はまだ気づいていない。

     

 将介は自宅の玄関の前で扉を開ける前に少し躊躇した。それは昨日の誘拐事件が起因している。
「――ってことがあったから今日は遅くなったんだ」
 父である鍵介に事の顛末を話すと、鍵介はその顔に怒りと戸惑いを浮かべていた。将介はそれが自分に対する心配であると感じ満更でも無かったのだが、それは思い違いであったと直ぐに気づかされた。
「……そいつらはどんな奴だった?」
「女の子と男。みすぼらしい格好してたけど、俺と同い年くらいだったかな」
「そいつらはお前に何か言っていたか?」
「んー、わけわかんないこと言ってたわ」
「何て言ってたんだっ!?」
 急に語気を強めたので将介はおののいた。鍵介は普段は温厚で、中学二年生である妹の花火とよくミニコントのような会話をするくらいにフランクだ。そんな父が急に今まで見たこと無い位の剣幕を見せたことに、将介は驚きを隠せずにいた。そして何も言葉を発せれない将介に鍵介は更に苛立ちを見せた。
「早く言いなさい!!」
「にっ、似てるって――」
「誰とだ!?」
「きょ、キョウヘイって人と。でも人違いだったって、帰っていったよ……」
「それだけか?」
「え?」
「そいつらが言ってたのはそれだけかって言ってるんだ!!」
 机を強く叩き鍵介は怒鳴った。隣の部屋でテレビを見ていた花火はその物音に思わず二人のいる部屋までやってきた。
「それだけだよ。本当に」
 その言葉を聞くと鍵介は深くため息を付き、もう行っていいと右手をひらひらとさせた。途中から様子を見ていたはなびはどう声をかけていいか分からずオロオロと将介の後ろを追いかけた。
「お兄ちゃん、パパは少しパニックだっただけだよ。きっと」
「ああ、だろうな」
 口ではそうは言うものの、正直なところ父への不信感は募るばかりだった。

「――どうしたのお兄ちゃん?」
 背後からの声に思わず体を強ばらせた。振り向くと学校帰の花火が不思議そうな顔で将介を見ていた。
「家、入らないの?」
「いやあ、鍵をどこにやったかなって思ってさ」
「無くしちゃったの?」
 はなびは将介の前に出るとおもむろにドアノブを捻った。先程の言葉は玄関の前で躊躇していたことを言い訳するためについた嘘なのだから、必然鍵などかかっている訳がない。有無を言わさずドアは開いた。
「なんだー、開いてるじゃん。お兄ちゃん抜けてるなあ」
「ははは、本当だ。鍵は鞄に入れっぱなしだったわ」
「しっかりしてよね?」
 ただいまと花火は家中に響くほど大きいな声で言いながら玄関へ入っていった。将介もややトーンを落としてただいまと言った。
「おかえり花火、将介!」
 いつも通りの返事が二人に返ってきて、一先ず将介は安堵の表情を浮かべた。

       

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