Neetel Inside 文芸新都
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夢日記
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 白い花が並ぶ花畑に僕は立っていて、遠くに虹色の観覧車が見えた。

 初夏の誘惑。心地良い日照りの中で観覧車は太陽光を反射させながらゆっくりと回転を繰り返している。

 観覧車に歩み寄るべく腰の重心を動かした矢先、白い花に隠れていたのか、おびただしい数の水色の蝶たちが、それも百は超えるであろう数の蝶たちが一斉に遊園地のバルーンのように青空に飛んで、そのブルーの中へ静かに消えていった。

 しばらくはその景色に見とれていた。呆けていた、と言っていいほど夢中になっていたかもしれない。気がつくとすぐ隣に学生時代の恩師が立っていて、僕はたじろいでしまう。恩師は静かに口を開いた。

 「チョウチョは観覧車より高く飛ぶ事は出来ないんです。彼らも夢を見ているんですよ」

 それだけを言い残すと、恩師は踵を返して観覧車とは逆の方向へ歩き始める。僕は追いかけようとするけど、歩けど歩けど追いつく気配は無い。その恩師を呼ぼうと叫び声をあげようとするけど、口を開いた瞬間に目が覚めた。

     

 雨が降っていて、無意識に「学校に行かなくちゃ」という意思が働いていた。僕は高校時代によく歩いていた通学路に立っている。どうやらかつて通っていた高校に向かおうとしているらしい。
 湿り重々しい空気に、鉛色の空。時折つむじ風が吹いて右手の傘が荒々しく踊る。僕は骨が折れないようにと、何度も傘の向きを変えては足を進めていた。

 ふと周囲に目をやると、見覚えのある顔が並んでいた。しかし誰だったかは思いだせない。当たり前のように周囲にいた人間ではあるのだが、何か特別な意識を持って接した人間には思えなかった。外道な言い方をすれば、自分の高校生活にとって取るに足らない存在でしかなかった人々のように思えた。

 通いなれていた通学路を歩く。無邪気な水しぶきの音が雨音にかき消されて、ただただ無意味に気が滅入っていった。周りの取るに足らない人たちも僕の後ろをついてきている。だけどそれがなんとなく当然の事であるような気がして、僕はそのまま学校に向かう。

 見たことの無い道に出た。車通りが多く、一本の大きな国道が数多の細い道に別れ、鳥の足のような形状をした道路のある通りに出る。その道路の上には円形の歩道橋が建っており、別れた細い道同士自由に行き来出来る仕組みになっていた(恐らく菊水か何処かにこんな歩道橋があったと思う)。

 すくなくとも高校時代にこんな道は通学路に存在しなかったし、その道に行き当たった僕はひどく混乱した。それでも行き先は無意識の中で理解していたから、進む足を止める事も無く歩道橋の階段を上がる。

 登る途中、はじめて足を止めた。手すりの向こう側に、見覚えのある女性二人が並んでこっちを見ている。この二人は覚えている。中学時代の同級生だ。この二人は僕が中学時代に早めに登校すると、学校の玄関で、靴箱の前で体を艶かしく絡めながら息も交じるようなキスをしていた二人のはずだ。同性愛者なのか、はたまた若気の至りなのかは未だに不明だが、片方の背が高い方の女は今キャバクラだったか酒を提供する店にて夜の街で働いていると現在も付き合いのある友人に聞いたことがある。
 当時僕は同性愛者に対しての理解が浅かった為、何故その二人がそこまで濃厚なキスをするのかわからなかったし、どういう言葉を発していいのかわからなかったため見なかった事にして静かに上靴を履いて教室に向かったのだ。
 その後口止めを強要されることもなく、あれはまぼろしだったのかもしれないと思うほどのそのことは些細に僕の記憶の中で時針のようにゆっくりと消えていったのであった。

 しかしこんな夢の中で思い出すとは思わなかった。何故僕のほうをじっと見ているのか意味不明だったが、そのまま歩道橋の階段を登って円形の通路に出る。道路を見渡す事が出来、眺めはよさそうだと思えたがあいにくの曇空でそれすらも叶わない。胃酸が胃を苦しめる感触を噛み締めて、僕は多少の疑問も考えないほどに浮浪者のような足取りで学校にそのまま向かったのである。
 タイヤが湿った道路の水をはじく音。ボンネットが風を切る音が交差する。日常のようで静かに狂っているような気がする風景の中で僕はいつの間にか高校に着いていた。そこで本能がままに動いていた僕の体は止まり、戸惑いを覚え立ち尽くしてしまう。

 「なにしてんだ」

 高校時代の担任の先生の声が聞こえた。辺りを見渡すけど、先生はいない。

 「学校に来ました」
 「お前はもう卒業したろう」
 「そうですけど……」
 「学校は、(ここの言葉は覚えていない)。ノートは提出したのか」
 「ノート?」

 ふわっ、と体が浮く感触がした。ノート……僕は高校時代、提出物に対しては非常にだらしがなくよく先生方に怒られていた。決まってノートを提出する日になると僕はふてくされ、「ノートを出さなくて何が悪い。要はテストで良い点を取ればいいんだろう」と開き直った態度で授業に望んでいた覚えがある。

 ふと屋上を見ると、さっきの女性二人が屋上であの時と同じキスをしている。服を乱しあい、四肢という四肢を互いに絡めて近くにベッドでもあればそのまま性交渉でも始まりそうな勢いであった。僕は屋上から落ちてしまわないかが突発的に心配になった。正直僕はこの二人が苦手だったため、その肉体の絡まりを見た所で雀の涙ほどの性欲は一切わかなかった。それどころか、「屋上で何してんだあいつら」と蔑みの目をしてしまうほどのそれであった。

 「先生、あの」

 視線を前に戻すと、目の前にイーゼルに立てかけられた絵画があった。夢のなかでは思い出せなかったが、今目を覚ましディスプレイの前に座っている今なら思い出せる。あれは確か、レンブラントの「夜警」。
 もともとこの絵画は「フランス・バニング・コック隊長とウィレム・ファン・ラウテンブルフ副隊長の市民隊」というタイトルで昼の情景を描いた作品だが、絵画の表面が変色してしまったがゆえに「夜警」という通称がついてしまったのだという話を授業で習ったことがある。

 本当ならばもっと巨大な絵画であるはずなのだが、目の前にある「夜警」はA3サイズほどの小ささで、ひどく違和感があったことを覚えている。そして何かがわかった気がした。胸の中ですっと絡まった糸が解けて、清々しい気持ちになった。雨が止んでいる事に気づき、傘を放り投げて僕は一言、「あぁそうだ俺は卒業したんだ」と言おうとしたが、途中で目が覚めた。

       

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