俺が軽音楽部に面接を受けに行った次の日、俺は美術室へ部活の見学に行った。
美術部の部長が俺に部の活動を教えてくれる。夏に全国に向けての地区大会があるだの、イベントの度に校門の前に飾る壁画を描くだの、
事細かに、親切に説明してくれたが俺の耳にはなかなか部長の言葉は届かなかった。昨日のライブの失敗が尾を引いていた。
いや、あれはライブと呼べる規模のものじゃなかったのかもしれないが。
「今は放課後にみんなで石膏のデッサンをしています」
美術部の部員たちは部屋の中心で女性の石膏を囲んでスケッチブックに線を描きこんでいた。
「鈴木君もすぐあのくらい描けるようになりますよ」
部長がそういうのを聞いて俺は笑顔を作った。新入部員らしき女の子が俺の姿を見てぺこ、と頭を下げる。
それを見て俺は好感を抱かれるよう、爽やかな微笑みを浮かべる。
「へ~インテリ君はこんなのを見てシコってんのか~」
後ろで声がし、振り返るとそこにはルノワールの『裸婦』が表紙の画集を眺めている平野洋一がいた。
「困りますよ!勝手に棚から持ち出されちゃ!」
部長が平野から本を取り上げようとするがひょい、ひょいと上下させ、その手を避ける。俺が横からそれをかすめ取った。
「何やってんだ、お前は」
呆れて俺が聞くと平野は要件を思い出したように手を叩いた。「おお、鈴木君!キミに用があったんだ」そう言うと平野は猿のような跳躍でみんなが描いている石膏に抱きついた。
「きゃあ!」「何なんですか!あんたは!」石膏の膨らんだ胸を撫で回しながら平野が俺に言う。
「追試だ。昨日の面接の」
平野は制服の内ポケットをあさり、俺に向かって何かを投げつけた。俺はそれが地面に落ちる前にキャッチする。「これはCD‐Rか?」「そう」
「すずきかずき用」と見出しのついたケースを眺めると机の上の平野が告げた。
「来週の金曜までにその曲にベースをつけてきてくれ。それが面接官のボクとあつし君による追試だ」
「つまり、二次試験って事か?」
昨日のライブは失敗したと思っていた。それがこうやってチャンスをもらい、自分が認めてもらったようで正直少し嬉しかった。しかし、平野は機械的な声で俺に言い返した。
「繰り返す。これは追試だ。昨日のアレを観たけど、今のキミの実力じゃボクのバックは任せられない。
キミに周りを活かして自分もアピール出来る力があるかをみたい。期限は10日だ。10日後の放課後に第二音楽室にて最終面接を行う。CDにベースを入れたモノを聴かせてくれてもいいし、
ボクらと一緒に演奏してくれても構わない。ボクらのイメージを超える音楽を聴かせてくれ」
「ずいぶん上からモノを言うんだな」俺は能力不足だとはっきり言われて少し傷ついた。せっかく面接を受けにいってやったのに追試?
人を馬鹿にするのもいい加減にしろ。
「おっぱいってこんなに硬いのかよ~ありえん」
胸を撫で回すのに飽きた平野が机から飛び降りた。そして部員達全員に聞こえるよう叫んだ。
「おまえら、みんなインテリぶってるけどこういうの見たりヌード画描いたりして家に帰ってオナニーばっかしてんだろ!お前も!お前も!!お前も!!!
勉強も運動も出来ないのに仲間内でスカしやがって。サブカル気取ってんじゃねぇよ!ファックオフ!エブリシング!!」
「な!?」「オイ、ちょっと何言ってんだアンタ!」
男子部員が平野に言い返すと平野は入口のドアに向かって歩き出した。奴は俺の横を通る時にぼそっとこう呟いた。
「あー、スッキリした。ボク去年美術の成績ずっと1だったんだよね。所詮田舎町の頭の硬い連中にボクの美的センスはわからん」
なるほど、平野が荒ぶっていた理由が分かった。「何あの人!最低!」さっきの女の子が怒りで身を震わせていた。
「鈴木君」部長が俺に声をかけた。「我々は彼と関係を持ちたくない。彼は下品で不潔だ。彼が今後ここを出入りするようなら今回の話はなかった事にしてもらう」
「いいですよ。別に」「え?」驚いた顔を向ける部長に対し俺は言葉を繋いだ。
「ここに来たのも平野のバンドの滑り止めですし。それに俺、」
裸婦の画集を棚に戻してドアを開いた。「印象派の画家の絵は好きじゃないんですよ。自己主張が強すぎる」
その言葉を残すと俺は平野と出くわさないように遠回りで階段を降り、下校するために玄関に向かった。
「楽しそうね」
いつの間にか部屋に入ってきたアイコが俺に言った。「楽しそうに見えるかい?」俺は机のパソコンを前にして頭を抱えていた。耳からイヤホンを外しアイコを見上げるとベッドに座った妹はふっと笑った。
「最近のあなたはとても楽しそう」俺が自虐的に笑うとアイコが俺の瞳を覗き込んだ。
「チェインソゥは見つかった?」真っ直ぐな瑠璃色の瞳から俺は目をそらす。「それはまだ」俺は椅子を回しパソコンに向き直った。
アイコが立ち上がって机の上の奴が書いた曲の歌詞カードを取り上げた。「おい」俺が声をかけると妹は背を向けてしゃがみこんだ。
「まぁ!なんてひどい歌詞!」「だろ?」俺は額に手を当てた。妹よ。それがお兄ちゃんが今度入ろうとしているバンドのフロントマンが書いた歌詞だ。
「か、かはんしんが、止まらない、、、ですって」
顔を真っ赤にしてアイコが俺にカードを差し出した。悪く思わないでくれ。つっても無理か。俺はパソコンからイヤホンを引き抜き、CDプレーヤーを起動させた。
平野の歌う曲が部屋中に広がる。おそらく山崎が叩いているであろうドラムのリズムがつき、ジャカジャカとコード弾きのギターが響き、低俗な歌詞が早口で吐き捨てられるように歌われていた。
「こんな音楽を聴いているなんて、軽蔑してくれるかい?」俺がアイコに向き直ると彼女はベッドに座り俺に顔を見られないように顔を横から手で押さえつけている。俺はアイコに事情を説明する事にした。
そしてこの一見つかみどころがない、性のはけ口のような曲の分析を始める事にした。