Neetel Inside 文芸新都
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演奏が始まると俺は同じ面接者であるベーシスト、筧ノブ夫のプレイに注目した。

筧のアレンジは直線的で1年生特有の勢いが感じられた。緊張からかリズムがよれたり、早いテンポに時々手が止まるが筧は最後までこの曲を演奏し終えた。

平野が決めのポーズを取り、ギターを弾き下ろすとしばしの残響の後、ギャラリーから拍手が鳴った。

ゆるいテンポで手を叩く隣の女子を見て俺も手を叩く。「なかなかやるじゃん」清川がステージの3人を見て足を組むのをやめた。

「ども、お粗末でした。ありがとうございます」

筧が1年の高橋にベースを返すと一緒に演奏した先輩部員の二人に頭を下げた。「途中ヒヤヒヤしたけど完走できて良かったよ」「いいガッツしてるじゃねぇか!」

ドラムを叩いていた山崎が筧に声をかけ平野が尻を叩く。それを見て俺は少し焦った。大丈夫、技術なら俺の方が上だ。

平野がエフェクターを足で踏むと俺たちに向かって声を発した。

「次、どっちが演る?」それを聞いて隣の女子が立ち上がった。

「3年の白井沙良砂(しらいさらさ)です。私が演ります」彼女はポーチからディスクを出してステージの二人に向けた。

「CDは持ってきてます」「そっか、じゃあCDアレンジを聴くって事でいいんですね、サラサさん!」

ギターをスタンドに置こうとする平野をサラサが呼び止めた。「待ってください。私もライブを演ります。曲はYUIの『HELLO』でお願いします」

「ハロー?」平野と山崎が顔を見合わせる。「課題曲は決まっていなかったはずです」サラサは椅子の横に置いてあった自分のケースから楽器を取り出した。

黄色いテレキャスターが姿を現した。

「新バンドではリードギター、メインボーカルを希望します」「おいおいおいおい...」平野が口元に手を当てる。この発言には教室のだれもが面食らった。

「確かベースの募集だったはずじゃ、」「いや、いいんだ。YUIの『HELLO』だったら俺も叩けるからさ。オーケー、オーケー」「ちょっとあつし君!」

平野が山崎の肩を抱いてステージ後ろで打ち合わせを始めた。ステージのマイクがところどころ彼らの会話を拾う。

「...いいじゃん。ティラノだってその方がいいだろ」「...だって、そんなの...バンドを乗っ取られるかもしれないんだぞ!」

サラサはギターのチューニングを始めてステージの上の二人を見つめた。

「平野君は弾かなくてもいいですよ。私はバックメンバーが欲しいんで」「ほらみろ!」平野が苛立ったように自分の膝を叩いた。


話を整理するために俺はひとつの仮説を立てた。彼女は恐らくシンガーソングライターとして一人で活動していてバンドメンバーを探しにここに来たのだろう。

それも自分が中心となって活動するためのバックメンバー。つまり山崎をドラムとして迎え自分がギターボーカルをとる。平野はリズムギターか下手したら解雇。

そうなったらまた新しいメンバーを入れればいい。俺は彼女の覚悟と恐ろしさに体が震えた。そんな事を企んでいる人間がこんなところにやってくるなんて思いもしなかった。

「あつし君はいいっていうかもしれないけど」準備が終わってステージに向かって歩くサラサにステージから降りた平野がすれ違い様に言った。

「ボクはキミをメンバーとして迎えないかもしれないよ?」「いいですよ。それで」彼女は高圧的に髪をかきあげた。

「私が欲しいのは向陽ライオットを優勝したキミのネームバリューだから」サラサの言葉を受け、平野は俺の横の椅子にどかっと座った。

「どうして女っていつもこうなんだろうな。対して才能もねぇくせに自分が特別だってしゃしゃり出てくる。自意識過剰だと思わないかい?中ニ病君!」
「その中ニ病っていうのをやめろ」

不機嫌そうに呟く平野をたしなめるとステージに上がったサラサが山崎と打ち合わせを始めた。すぐにそれが終わり、山崎のドラムが鳴ると
サラサはマイクに口を近づけ、歌い始めた。高音がややきつそうだが、透き通るような細く、よく通る声に俺たちは聞き惚れていた。

「ふん。いつからここはカラオケボックスになったんだ」唯一平野だけが不機嫌そうに腕組をしていたが演奏が終わるとみんながステージの彼女に向けて拍手をした。

「白井センパイ、素敵っス!バックメンバーだったら俺が担当してもいいっスよ!」調子のいい事をいう清川を一瞥するとサラサはギターを背負ってステージを降りた。

「ガン無視素敵っス!」清川の切ない声に教室のあちらこちらで笑いが起こる。

「ほら、次」平野が俺の椅子の背をつついた。「キミの番だけど。どうする?」「どうするもない」平野の声を受けて俺は立ち上がった。

手の中にはびっしり汗をかいている。心拍数はさっきから上がったまんまだ。そして空になったステージを見上げた。

「やるしかないんだ」

俺は椅子から立ち上がりステージに向かって歩を進めた。

       

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