Neetel Inside 文芸新都
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「で、どうするの?」

髪をかきあげてやよいが俺達に聞いた。「勝てる見込みはあるの?あなた達一度も合わせて練習やった事ないんでしょ?」

「ティラノ!」山崎が平野に泣きついた。「どうするんだよ!せっかく命懸けでこの部を取り返したのに!」「あつし君」

平野が山崎の手を振りほどいて言った。「いいかい?勝てば負けない!清川が部室でギター弾いてるとこ見ただろ?あれじゃいくらなんでも勝負にならないだろ」

椅子に座り呼吸を整えた俺は平野に訪ねた。「その、清川はギターが上手いのか?」「いーや、全然」平野が両手を広げて教壇から降りた。

「FどころかGすらろくに鳴らせないレベル。とーぜんオリジナル曲なんか持ってないだろうからカバー曲で勝負をうけてやったのさ」

山崎が安心したように息を吐いた。「じゃあ、練習すれば勝つ見込みはあるって事ね」「そう」「よし!今から練習しようか!」

声を上げる山崎を見て平野は壁の時計を睨んだ。「ごめん、今からボク、らーめん屋のバイト行かなきゃ。カバー曲何演るか二人で決めといてくれ」

そういうと平野はカバンを持って教室を出て行った。「まったく、クビがかかってるのに気楽なもんね」やよいが腰に手を当ててため息をついた。


その後、俺と山崎は再びステージに上がりビートルズの曲を演奏した。中途半端に間があく『カムトゥギャザー』を数回演奏し終えると俺達はステージ脇で休憩をとった。ペットボトルに口をつける山崎に聞いた。

「どうしてティラノなんだ?」俺の言葉を聞いて「ああ、」と理解したように山崎が口を外す。

「なんであいつがティラノって呼ばれてるかって事でしょ?」うなづくと山崎は続けた。

「簡単な理由だよ。平野がなまってティラノに聞こえたのをクラスメイトが広めたんだってさ」「子供じみた理由だ」俺が笑うと山崎が感慨深げにドラムキットを眺めた。

「あれは山崎の自前か?」「うん、1年間青木田達に取り上げられてたけどね」それを聞いて俺はさっき山崎が命懸けでこの部を取り返したという言葉を思い出した。

「おれの先輩達、青木田達が暴れた責任を押し付けられて退部になっちゃったんだ」それを聞いて俺は視線を下に落とす。山崎が昔を思い出すような顔で俺に語り始めた。

「一昨年の学祭で青木田達が大暴れしてさ。おれも怪我をして重傷者も何人か出た。でもそれを青木田の親父が何事もなかったように揉み消した。
怪我をした生徒の親が怒鳴り込んでくると軽音楽部の奴らのせいだって言いがかりをつけて先輩達全員がクビになった。プロを目指してた人、向陽ライオットに出たがっていた人もいた。
おれはそういう不幸を人達を増やしたくないんだ」

山崎の目に涙が浮かんだ。「平野が言ってただろ。勝てば負けないって」俺は立ち上がってステージに向かった。この慈悲深い軽音楽部部長を引退させる訳にはいかない。

来週の対バン、絶対に勝たなくては。練習を再開すると俺は弦を弾く指の力をいっそう強めた。


「あなたらしくないわ。馴れ合いで軽音楽部に入るなんて」

部屋に入ってきたアイコが俺の背中に言葉を発した。俺はパソコンの画面から目を離さずにアイコに答える。

「仕方がないだろ。それが平野のバンドに入る絶対条件だって言うんだから」ベットに座ったアイコがそれを聞いてふっと吹き出す。

「なんの能力もない連中が群れて馴れ合ってる様を見て滑稽だと笑っていた人は誰だったかしら?」俺はアイコの声を受け流し、キーボードを叩く。

「何を見ているの?」俺はイヤホンを片方外しアイコに答える。「ユーチューブ。今度の対バンで演奏する曲を探してるんだ」

それを聞いてアイコがふっと笑う。「この間の曲を演ればいいじゃない。お醤油の歌」「おまえはあれが晩飯の歌にでも聞こえたのか?」

俺は髪をかきあげてディスプレイを睨んだ。あの英語力からして平野は洋楽を歌えない。すると必然的に曲は絞られてくる。アニメのアイコンを見て俺はそれを鼻で笑い飛ばす。

「ロキノン系か。くだらないカテゴライズだ」見出しをスクロールしながら俺は平野の声質にあった曲を探す。

「この曲はどう?」アイコが俺の肩に顔を載せ、ディスプレイを指さした。顔にかかった妹の髪を除けると俺はディスプレイの見出しを眺めた。

「ダメだ。この曲はロックじゃない」「いいから聞いてみましょうよ」アイコがマウスを操作し、見出しにアイコンを持ってきてダブルクリックした。

俺のイヤホンにサイケデリックな音色と独特の歌声が絡みつく。これなら行けるかもしれない。

「でかした。妹よ」俺がアイコの肩に手を回すと「やめてよ、お兄ちゃん」と腕を払いアイコは部屋から出て行った。

妹に冷たい態度を取られて少しショックだったが演奏する曲は見つかった。

一段落ついた俺は窓を開け、夜空を見上げながらタバコに火をつけた。

       

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