Neetel Inside 文芸新都
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「遂にきたっスね。決戦の時が」

放課後の第二音楽室、清川が俺達を見て言い放った。今日は約束の1年対2年の対決の日。「正々堂々、勝負しような」山崎が清川に手を差し出す。

どかどかと他の1年生達が楽器を担いで教室に入ってきた。最後にやよいが入口をまたぐと俺達に向かってこう告げた。

「今回の立会い人を無作為に選んできたわ。どうぞ」

すると5人の男女生徒が教室に入ってきた。俺はその中にいた美術部の女の子と目が合い、慌てて視線を外す。清川が俺達に向かって啖呵を切る。

「この間も言いましたけど先輩たちは俺たちにとって俺らを気持ちよく勝たせるための存在なんスよ。ゲームで言うところの雑魚キャラ。マリオで言うところのクリボー。ドラクエで言うところのスライム。
詰まる所、金かけた人間が勝つんスよ。なんだってね」
「は、それはどうかな?世間知らずのおぼっちゃまにホンモノのロックンロール、魅せつけてやるよ」
「ほぅ、それは楽しみっスね~時代遅れのおんぼろロック、期待してるっスよ!センパイ!」

両手を広げて馬鹿にしたように話す清川を平野が余裕の態度で受け流す。

「おっと、エキサイトするのはステージの上だけにしてちょうだい!」

やよいが場を仕切るように割って入り、山崎と清川に聞いた。

「始めるわよ。どっちのバンドが先に演奏する?」「おれ達が演るよ」「いやいや、オレらの方が先っスよ」言い合いをする二人を見て平野が控えめに手を挙げた。

「じゃ、じゃあ、ボクが」「どうぞどうぞ」「なんでだよ!こういう時のオチはあつし君の役目だろ!」

二人の間に入る平野を見て5人の観客が満足そうに笑い、手を叩いた。呆れた俺はやよいに500円玉を差し出した。

「ほら、コインで決めてくれ」500円玉を渡したのは500円玉が他の小銭と違って重さがあって偽造やすり替えなどの不正がしにくいからだ。

「さぁ、どっち?」コインを握り、やる気満々のやよいがバンドリーダー二人に尋ねる。「表」「裏っス」二人が予想を決めると審判のやよいがコインをトスした。

手を開くとコインは表をむいていた。「えっと、」「俺達は後攻で頼む」迷う山崎を見て俺がやよいにそう答える。こういう発表対決の場合、審査員の心象から言って圧倒的に後攻めが有利だ。
こういった特異な対決は審査員が場の空気に馴染むまで時間がかかるのだ。


俺の予想、立ち回りはこの時までは完璧だった。そうこの時までは...


異変は1年バンドがセッテングしていた時に起こった。眼鏡をかけた伊藤が、持ってきたバスドラムをステージの上に置いた。

「へぇ、1年は2バスでくるか」山崎がその様子を見て呟くと清川が椅子に座り、ドラムの鳴りを確かめるようにチューニングを始めた。

「まぁ、あのバスドラはあいつの自前らしいからな」俺がそんな事を呟いていると他のメンバーが楽器を抱え始めた。

伊藤がギター、高橋がベース、渡辺がギターを下げてセンターポジションに立った。「ちょ、ちょっと待った!」平野が慌てて立ち上がった。

「清川、お前ギターだろ!いつまでチューニングやってんだよ!」その言葉を受けて清川が飲んでいたペットボトルから口を外す。

「はぁ?俺は最初っからドラムっスけど?」なんとなんと、平野がギターが下手だと揶揄した清川はドラムだったのだ。それが俺達の最大の大誤算。

清川は左手のスティックを回すと部屋中に響き渡るような大音量でドラムを叩き始めた。重低音で窓がびりびり震え始める。余裕がなくなった平野が立ち上がって渡辺を指さした。

「そんな、おい清川!どう見ても体型的にこいつがドラムだろ!」指を刺された小太りの渡辺が憤慨して平野に言い返した。

「俺は最初っからボーカル志望ですよ!サッカーの時間にキーパーをやらせたり、野球のキャッチャーやらせるの、やめてください!」
「そこまで言ってねぇよ!」

「こら!上級生!1年相手に口撃しない!」平野の様子を見てやよいが止めに入った。この1週間、余裕たっぷりでバイトを4日入れた平野は頭を掻きむしって虚空に叫んだ。

「なんて日だ!」それを見て審査員席に座った美術部の女の子が吹き出す。1年バンドの準備が整うと代表してギターボーカルの渡辺が今から演る曲名を読み上げた。

「聴いてください。キューミリ・パラベラム・バレットのカバーで『ザ・レボリューショナリー』」

場が静まると清川のカウントで音楽がスタートした。猛烈な勢いのドラムをバックに伊藤がやや詰まりながらギターのイントロを奏でる。

清川の高速タム回しに審査員が驚きの声をあげる。渡辺が声量のある声でボーカルをとると慌てて山崎が立ち上がった。「やばい!やばいって!」

「高橋、失敗しろ!渡辺、音外せ!」平野が1年相手に汚い野次を飛ばす。堪えきれなくなった俺は二人の肩に手を置いて言った。

「落ち着けお前ら!...あいつらの演奏をちゃんと見てみろ」

二人に椅子に座るよう促すと俺はボーカルをとる渡辺と伊藤を交互に指さした。何度も「世界を変えるのさ」、と歌う二人を見て冷静な口調で俺は言った。

「平野、あんなので世界を変えられると思うか?」2番に入るとボーカルに熱が入った渡辺はギターを弾く行為を放棄し、伊藤は自分が弾いている所がわからなくなったのか、自信無さげに手元を見ながら演奏していた。

「山崎、音のバランス、どう思う?」ベースの高橋が演奏の手を止め、何度も自分が弾くパートを楽譜を見て確認していた。清川が必要以上の手数で騒音を響かせている。

「清川のドラムのせいでみんなの演ってる事がバラバラだ」俺がそう言うと納得したように横の二人がうなづいた。

「俺達が演る時はああいう事にならないようにしようぜ」伊藤が気が狂ったフリをしてギターを抱えたまま床に倒れ込むと、清川が最後に叩いたシンバルの音を残して1年バンドの演奏が終わった。

2秒の間があり、審査員がぱらぱらと拍手をした。「皆さん、もっと大きな拍手をお願いします!」やよいに促され、5人が慌てて手を叩く。

「よし、本日の主役の登場だ」調子良く平野が椅子から飛び上がってステージを目指して歩いた。それを見て俺と山崎も椅子から立ち上がった。

演奏を終えた1年とすれ違い様に山崎が清川にぼそっと呟いた。「ドラムの音が軽い」それを聞いて清川が言い返す。「ハッ!センパイ、負け惜しみっスか?」

清川の演奏が生のドラムではなく、ゲームで培った技術である事を山崎は気づいていた。俺は同じリズム隊の山崎の懐が知れた気がして少し嬉しくなった。

ステージに上がりセッテングをする。俺はケーブルをアンプにジャックするとイコライザーの高音と低音を強調した音作りを始めた。いわゆる“ドンシャリ系”の音が出来上がると俺は平野と山崎にOKサインを出した。

キットからバスドラムを外した山崎が少し手間取っていたがセッテングが終わり、レゲエマスターのストラップを首から下げた平野がスタンドマイクを握りしめて審査員に向けてMCを始めた。

「さぁ皆さん、長らくお待たせしました~、平野洋一新バンド記念すべく1曲目~、今回はあの歴史的名曲のカバーでお贈りします。カミングスーン...!」

意味不明な平野の仕切りに審査員席から笑いが起こる。

「センパーイ、そんなのいいから早くはじめちゃってくださいよー」目の前に座った清川がタオルで顔を拭きながら平野を急かす。それを見て平野が冷たい目で言い放った。

「そこで勝手に震えてろ。クソ1年が」「え、あの人なんて言ったんスか?」清川がやよいに今の暴言を確認する。平野は山崎とアイコンタクトを取るとマイクを握り演奏曲のタイトルを叫んだ。

「まいにっち!吹雪、吹雪、氷のせかウィー!!」山崎のドラムと平野の絶叫が教室中に響く。向陽ライオットを制した、Tーれっくすの咆哮が始まった。

       

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