Neetel Inside 文芸新都
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演奏が始まると俺はすぐに印象的なベースのフレーズを弾き始めた。大げさ過ぎるほどエッジの効いた音質に審査員席の空気が変わった事を感じる。


俺達が今回カバーに選んだ演奏曲は井上陽水の『氷の世界』。

アイコがユーチューブで俺に聴かせたのがきっかけだが、歌詞の内容、楽曲の空気間が今の平野とよくマッチしていると思ったからこの楽曲を二人に提案した。

先に筋肉少女帯というバンドがカバーしていたのでアレンジは意外とすんなりいった。平野はバイトで一緒に練習する時間がなかなか取れなかったが
昼休みなど空いてる時間を使い演奏についての意見交換をした。ギターソロのフレーズを確認すると平野は俺に聞いた。

「ベースはどうするの?ずっと同じフレーズ?」「ああ」俺はバンドスコアを見て平野に答えた。

「それじゃあダメだ。ボクらはギターが二人いるわけでもないし、キーボードもいないんだぜ。楽譜通り演ってたら観てる人達に飽きられる」

ほほう、こいつそんな事考えてライブを演ってたんだな。嬉しくて含み笑いをする俺を見て平野は言った。

「ボク、2番からハンドマイクで歌うから。ワッキがギターの間を埋めてくれよ」「わかった」俺はその時何気なくこいつに返事を返した事を後悔した。

ドラムとベースだけで演奏していた場合、もし仮に演奏中にどちらかの音が消えてしまったら失敗した事が審査員側にすぐバレてしまう。

そのため俺は練習の際、常に頭の中で2番のフレーズを意識していなければならなかった。「ワッキ、手元ばっか見るなー」

音の隙間からやよいの声が聞こえると俺は慌てて視線を前に移した。平野がささくれだった歌詞を早口でまくし立てる。

「毎日、吹雪、吹雪、氷の世界~!」裏声をバッチリ決めると平野はポケットから昨日買ったハーモニカを取り出して口にくわえてメチャクチャに吹きだした。

それをみてロックンロールだと思ったのか、審査員席から歓声がとんだ。俺と山崎はヒヤヒヤした気持ちでその様を演奏しながら見守っていた。

案の定、尺が少し余ると平野は床にそれを叩きつけ、「ノートレーニング!!」と大声で叫んだ。その後スタンドからマイクを外すと髪をかきあげながら2番の歌詞を歌い始めた。

「ノートレーニングって!負けたら引退っスよセンパイ!」清川が俺達に向かって叫んだ。負けたら引退。その言葉が俺の頭の中でリフレインする。

その瞬間、俺は頭が真っ白になった。「おい、ワッキ!」後ろから山崎が呼ぶ声が聞こえるがもう手遅れだ。ミスった。リズムに乗り遅れて自分の弾いているパートを忘れてしまったのだった。

俺は未だにベースのフレーズを思い出せないでいる。「戻せ、ワッキ」山崎の声を聞いて俺は最初の反復フレーズを弾き直した。くそ、やってしまった。

平野が意識的に声を張って歌っていたがこれは大きな減点になったかもしれない。2番の歌詞が終わると平野は背中に回していたギターを抱え直し、床に跪いてソロを弾き始めた。

教室中に歓声が一気に巻き起こる。平野は複雑なフレーズを一度もミスすることなく弾きこなした。「奇跡だ」と1年の誰かが声をあげる。

立ち上がってスタンドマイクに向かう時、俺は平野と目が合った。その時の俺の感情はなんとも筆舌に尽くしがたかった。

俺は自信に満ち満ちた平野を見てとにかくこいつは俺とは違う生き物である、という事をまざまざと実感した。平野が最後のシャウトを客席に向かって決める。

「オウ!毎日、吹雪、吹雪、氷の世界!!」眠っていた氷漬けの恐竜が今、目を覚まし咆哮をあげた。ドラムの残響が止むと大きな拍手が俺達を包み込んだ。

俺はベースをスタンドに置くと、ステージを降りる際、平野と山崎に小さく手を上げて謝った。「格の違いを見せつけられちまったよ」

それを聞いて平野が呟く。「伊達に地獄は見てないんでね」俺達が1年バンドと並び合って座るとやよいが場を仕切って審査員達に聞いた。

「それでは結果発表!」審査員5人が①と②の数字の付いた札を挙げた。その結果を見て1年達が仰け反りかえる。

「①が2人で②が3人!...ということで対バン勝負は2年生が勝利!」

それを受けて平野が飛び上がってガッツポーズを取り、俺と山崎は大きく息を吐いて椅子からずり落ちた。やよいが②を挙げた審査員の一人にインタビューした。

「いや、とにかくすごいの一言に尽きます。拙者、音楽の事は良く分からんので...」聞く相手を間違えたので他に②を挙げた博識そうな女子に聞いた。

「1年生は清川君、2年生は平野君が中心になって周りを引っ張っているのがわかりました。でもそこは平野君の方がスター性があったかなって」

「でしょう!?」調子付いて立ち上がった平野をやよいが目で牽制する。①を挙げた美術部の女の子にやよいが理由を聞いた。

「2年生は途中でベースが止まったから...」それを聞いて俺の心臓が跳ね上がる。俺と目を合わせないようにしてやよいの顔を見ながらその女の子は答えた。

「いや、1年生もミスがあったと思うんだけど...2年生は演奏がストイックな分、ミスが目立っちゃったかなって」

俺が口元に手を当てると山崎が気にするな、という風に俺の肩に手を回した。全員の意見を聞くとやよいが含み笑いを浮かべ入口の方を向き直った。

「今日は、ここで特別ゲストをお迎えしています。どうぞ」

「お、リアム・ギャラガーか!?」椅子から立ち上がる平野を見て「来てくれる訳ないだろ」と俺が呟く。

ドアが開くと半袖のシャツを着た中年の男性が拍手をしながら部屋に入ってきた。「誰?このおっさん?」目を点にした平野を見て「やぁ、期待させてすまない」とポマードのついた頭髪を撫でながら中年が笑った。

「この方は光川女子の神崎先生よ」「え?光川女子って言ったらあの有名なお嬢様高校っスか!?」清川が鼻息荒く立ち上がった。それを見て笑うと神埼先生は目を輝かせて俺達に言った。

「君たちの演奏を隣の第1音楽室で聴かせてもらった。演奏の途中で部屋に入るのは失礼だと思って別室でモニタリングしていたんだよ」

貫禄のある中年太りを眺めながら俺達はうなづく。すると先生は本題を切り出した。

「いやー、平野君が新しくバンドを演るっていうから来てみたが、実に良い!是非ウチの軽音楽部と演奏してみないかね?
ウチの連中も喜ぶだろう!うん、それがいい!」

頬についた肉を揺らしながら先生が笑う。「それはお宅の高校と対バンすると捉えていいんですね?神崎先生」俺が聞くと「その通りだよ」と言葉が帰ってきた。

歓喜の表情で平野が拳を握り大声で叫んだ。

「よし!こうなったら決まりだ!女子高に殴り込んで花乙女達に俺のロックスピリットを注ぎ込んでやるぜ!イッツオーライ!やってやろうぜお前ら!」

「でも、俺ら対バンで負けたから1ヶ月活動禁止じゃ...」「何言ってんだ。そんなの取り消しだ。お前らにはもっと違う罰を与える」

「お、やったぜ」「違う罰ってなんスか?」

「明 日 、 放 課 後 全 員 中 庭 に 来 い」



「...今週末に光川女子と対バンやりまーす」「チケットオールフリーなんで観に来てくださいっス~」

下校する生徒達がバニースーツ姿でフライヤーを配る伊藤や清川を見て笑う。屋上で双眼鏡を構えてその姿を眺めて笑い転げる平野を見て俺は言った。

「ちょっとやりすぎなんじゃないのか。対バンで負けたくらいで」笑いが収まった平野が俺を見て声をあげる。「ワッキ、いいとこに来た。ほれ、これ」

平野が青い毛のかつらと女性物の洋服を俺に向けた。「なんだこれは?」「いや、女装グッズ」俺は呆れて踵を返した。「いや、俺は絶対やらない」

「やれよ!誰のせいでこんな面倒臭い事になったと思ってんだ!」「やらねぇって言ってんだろ!」小一時間平野と小競り合いをした後、結局折れた俺は下校者が少ない時間を見計らって
頭にヅラをかぶりブラウスに腕を通し、宣伝用のフライヤーを持って中庭に向かって歩きだした。気づいた1年たちが俺を見て手を叩いて笑う。

「見ろよ!綾波レイだ!」「白いブラウスが超絶似合わねー!」頭にきた俺はアイドルの衣装を着た渡辺を指さして言った。

「俺よりこいつの方が似合ってないだろ!カチューシャ外してもポニーテール揺らしてもブスだ!」「あー!なんて事言うんすかセンパイ!」
「ナベはこう見えても傷つき易い性格なんスよ。謝ってくださいっス」「うるせぇ!気持ち悪いんだよお前ら!!」

俺は1年に混じってもみくちゃになって言い争いをした。アイコが見たら卒倒しそうな光景だが俺はいがみ合っていた1年達と本音を打ち明ける事が出来てとても楽しかった。

草場の影から山崎がこれでよし、という風に俺達に優しく微笑んでいた。校庭に暖かい風が吹き抜けていった。

       

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